WirelessWire News The Technology and Ecosystem of the IoT.

by Category

知られざるiPhone誕生の秘密を描いたドキュメンタリー映画"General Magic"

2019.05.18

Updated by Ryo Shimizu on May 18, 2019, 17:09 pm UTC

現在、「スティーブ・ジョブズ」が登場する映画は3つある。

ひとつは2013年のアシュトン・カッチャーがジョブズの青年期からiPod発売までを語る伝記物、もうひとつは2015年のマイケル・ファスベンダーがジョブズの歴史的プレゼンの40分前を三つ描くトリッキーなもの。もう一つは1999年のバトル・オブ・シリコンバレーである。

さて、スティーブ・ジョブズをここまで世界的ヒーローにした原動力は、iPodよりもむしろiPhoneであったと僕は思う。

もしもジョブズがiPhoneを作らずに、高性能音楽プレイヤーとオシャレなパソコンだけを売るだけで終わっていたら、これほどまでに伝説的な人物になっただろうか。

ところがどの映画も、一番肝心の「スティーブ・ジョブズとその仲間たちがどのようなプロセスで世紀の大発明、iPhoneを開発したか」ということについて一切触れられていないのだ。

これではまるでエジソンの映画を作るのに電球を発明するシーンを入れない、くらいの違和感である。
まさに画竜点睛を欠くとはこのことである。

しかしおそらく、Apple社の全面的な協力がなければ作れないであろう「スティーブ・ジョブズ」映画にあって、真のイノベーションについて語ることは企業機密の観点から非常に危険が伴う行為でもあり、しかも関係者の多くが存命中であることから、あんまり好き勝手にするのも難しい。

本作でも残念ながら「iPhoneそのもの」の開発過程が語られるわけではない。ただ、他の映画と比べると、「iPhoneの原型」がどのようにして生まれ、そして育っていったかということがわかる。イノベーションが生まれる本質を鋭く突いた秀逸な内容と言える。

今作の登場人物はスティーブ・ジョブズ本人と7人の男女たち。ただしジョブズの秘蔵映像などはない。
作品タイトルである「General Magic」とは、ジョブズ追放後にジョブズ腹心の部下たちを隔離するために作られた実在のアップルの子会社の名前である。

どのジョブズ映画でも必ず悪役になるジョン・スカリー本人も、今回もやはり悪役として登場し、ドキュメンタリーでありながら緊迫感を盛り上げる。

この映画のタイトルを「iPhone開発の真実」ではなく、「General Magic」にしたのは、こうした関係者たちを黙らせるためのうまい方便だったに違いない。

General Magic社に集められたのは、アシュトン・カッチャー版とマイケル・ファスベンダー版の両方の映画に出演した、ビル・アトキンソンとアンディ・ハーツフェルド。この映画にはドキュメンタリーなので、その本人が登場する。さらに、マイケル・ファスベンダー版で常にジョブズを献身的に支える有能な女性幹部、ジョアンナ・ホフマンも登場。過去に撮影されたプロトタイプなどを含む秘蔵映像と現代のインタビューが交錯しながら、極めて秀逸なドキュメンタリーとして物語が綴られて行く。

今作の真の主役はこれまでどの映画でも語られてきてなかった、トニー・ファデル。General Magic社に学生インターンとして入社し、初期のプロトタイプの開発などに貢献した。

General Magic社に集められたジョブズの元腹心たちは、Macintosh開発の経験を生かして 今度はより小さく、持ち運べて、いつでも誰とでも電子メールがやりとりできるような夢のデジタルコミュニケータの構想にとりかかる。それは独自のOSが動きタッチスクリーンを搭載したモバイル端末だった。1991年のことである。彼らはこのOSを「MagicCap(マジックキャップ)」と呼んだ。

ところがスカリーは、MagicCapの製品と完全に機能がかぶるNewtonを先行して発売する。

MagicCapを搭載した最初で最後の製品、MagicLink(SONY製)は、FAXは日本国内専用で、電子メールはAOL専用だった。480x320ドット(13年後の初代iPhoneと同じ解像度であることに注意)の白黒タッチスクリーン(抵抗皮膜式)を搭載していたが、CPUが非力で、液晶は見づらかった。当時の技術の限界にあったのである。また、当時この手の端末は前例がなく、$899は非常に高いと思われた。

ちなみに同時期にスカリーが発売したNewtonは$699で、米国内で使えるFAX機能を搭載していた。親会社が子会社の製品を真っ向から全力で叩き潰すという、市場まれに見る理不尽な行動により、General Magicは倒産してしまう。

学生インターンだったトニー・ファデルがGeneral Magicでの経験を元にフィリップスに就職した後、最終的には古巣と縁浅からぬジョブズ復帰後のApple社に小型ハードディスクを内蔵した音楽プレイヤーの開発を提案し、プロジェクト責任者となる。そう、彼こそはiPodとiPhoneの共同発明者なのだ。

他にもGeneral Magic出身者たちは、のちにAndroidを開発することになるアンディ・ルービンや、オバマ大統領のもとで米国政府CTOになるメーガン・スミス、現在のAppleのCTOとなるケビン・リンチなどがいる。

彼らの極めて生々しい感情と感情がぶつかり合う。先見性があっても勝てるとは限らない。正しいと思ったことで負ける悔しさ、それでも負けずに不屈の闘志を燃やす者と、諦める者、そうした人間模様のダイナミズムこそが世界的イノベーションの中心にあるのだということがありありと伝わってくる。

昨年の映画だが、非常に小さい劇場でしか上映されていにないのは、やはりタイトルから「ピン」とくる人が少ないからこそだろう。わざとそうしているのかもしれない。

しかしだからこそ、イノベーションを語ろうという人は絶対にこの映画を見ておくべきだろう。
見るのは簡単ではないが、チャンスを逃してはいけない。


https://www.generalmagicthemovie.com/

ちなみにMagicCapのデモはここから見れる

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

RELATED TAG