original image: © Travel Wild - Fotolia.com
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今回は、ちょっと我田引水的な趣もあるかもしれないが、「健康食」という観点からインドカレーを考えてみたい。実際、自分で作ったカレーを日常的に食べていると体調が良い、特に胃もたれしない、お通じが良いなど、消化器方面が快調であることを実感している(若い頃はたまに体調が悪いが、年を取るとたまに体調が良い、という話もあれど)。
自分で作るインドカレーは、これまで紹介してきたレシピを見ても分かるように、市販のカレールーなどは一切使わないので、得体の知れない添加物の類はまったく入っていない。肉や野菜といった材料にしても、産地を選んだり、なるべく地元で穫れたものを使うなど、自分なりに工夫することができる。さらに、肉っ気が一切無くても成立するのがインドカレーである。
例えば、筆者の場合は、御殿場周辺の養鶏場の鶏肉を使ったり、トマトなどの野菜類は箱根や伊豆など周辺の農産物をなるべく使うようにしている。ジャガイモや玉ねぎなどは、生まれ育った北海道のものを選ぶことも多い。
スパイスについても、ターメリックは漢方薬としても使われるウコンだし、カイエンペッパーの辛味成分であるカプサイシンは代謝を促進する(摂り過ぎは消化器への刺激が強過ぎて良くないらしいが)。ターメリック以外にも、薬効成分が含まれるスパイスはいろいろある。とはいえ、スパイスの効能や成分については、世の中に優れた解説がたくさんあるし、師匠のメヘラ・ハリオム氏のブログでも多数紹介しているので、ここではこれ以上は触れないことにする。
自然の素材、地産地消、スパイスの効能というだけでも、安心・安全な食への第一歩だと思うのだが、さらに「デザイナーフーズ」という考え方があることを知って意を強くしている。
デザイナーフーズというのは、1990年代に米国の国立ガン研究センターで調査・研究が行われて提唱されたガン予防を意識した食の概念だ。ピラミッド状に食材が分類されており、ピラミッドの上に行くほど、ガン予防効果が高いという(参考ページ「デザイナーフーズ計画」)。現在では目立った活動は見られないようだが、提唱した機関から考えても「トンデモ系」ではないだろう。
この食材ピラミッドを見ると、最上位にニンニクやショウガが位置しており、その次の階層には玉ねぎ、ターメリック、全粒粉、トマト、ナス、ピーマン、カリフラワーなどが並んでいる。
もう、お分かりだろう。これらの食材は、インドカレーでは非常によく使われるものばかりなのである。ニンニク、ショウガ、玉ねぎ、トマト、ターメリックは、基本となるカレーベースの主たる材料だ。全粒粉で作る薄いパンが「チャパティ」(別途、記事にする予定)だし、ナス、ピーマン、カリフラワーなどは、カレーの具材としてとても良く使う素材だ。
ちょっと古い資料ではあるが、下記ような調査が実施されており、日本に比べてインドの方が明らかにガンの罹患率が低いという結果が出ている。もっとも、病気はガンだけではないし、インドが長寿国として有名かと言われるとそうでもないと思うので、あくまで固形癌だけの話ではあるが。
安心・安全、ガン予防(になるらしい)に加えて、別の観点として「塩分」を挙げておきたい。食事において、カロリーと共に気を付けるべきものが塩分だと思うが、この点でもインドカレーはとても健康的だ。素材の味とスパイスによって十分に美味しくできるので、必要以上に塩気に頼らなくても良いからだ。
例えば、筆者が普段作っているキーマカレー(鶏むね肉のひき肉のカレー)は、ひき肉500gに対して、トマト2個、玉ねぎ1個、ニンニクをショウガを適量、あとは少量のサラダ油とスパイス、塩と水だけで作る。でき上がりのカレーは全部で1600gくらいになって、約8食分に相当する(市販のレトルトカレーは1食200gというものが多い)。
実は、この分量で使う塩の量は約10gに過ぎないのだ。つまり、1食当たりの塩分は、8食に分けるとして約1.25gである。
高血圧などで塩分制限をしていると、塩は1日8gまで(これは、特に外食やコンビニが中心の食生活だとかなり達成が難しい数値目標だ)とされる場合が多いはずだが、この数字から考えても、上述のキーマカレーがいかに体に優しいかが分かると思う。しかも鶏ひき肉は、脂肪分の少ない胸肉を皮を外して使っている。チキンカレーの場合も、皮を取った胸肉を使っている。
ちなみに、市販のレトルトカレーの塩分を調べてみたことがある。レトルトカレーを食べる度に1食分のカロリー(どれも200gから220gの間でほぼ同じ量)と塩の量を確認していたのだ。これはカレーだけのカロリーであって、これにパックご飯200gだと約300kcalが加算される。ちょっと前のデータなのと、既に販売されていない商品もあるので銘柄は伏せるが、明らかに安いものほど塩気がキツいという傾向があった。
・A社のカレー(170kcal、3.1g)
・B社のカレー(277kcal、2.3g)
・C社のカリー チキン(233kcal、1.9g)
・C社のカリー ビーフ(326kcal、2.3g)
・D社のカレー1(178kcal、3.6g)
・D社のカレー2(194kcal、2.3g)
・E社のインド風チキンカレー(152kcal、2.8g)
・F社のポークカレー1(256kcal、2.3g)
・F社のポークカレー2(252kcal、2.5g)
・F社のポークカレー3(184kcal、2.7g)
とはいえ実際には、塩分だけを問題にしていてもしょうがない、ということも言える。先日、某Webサイトで「安い外食チェーンの食事は塩分が多い」という至極当たり前のことを延々と書いている記事を見てしまったのだが、本質的なことはそこにはなくて、外食やコンビニが中心の食生活で1日8g以下の塩分で、なんてことをやっていたら、そもそも体に必要な以下に挙げるような大事な栄養素が圧倒的に不足するのだ。
・カロリー
・タンパク質
・脂質
・炭水化物
・食物繊維
これらの主要な栄養素が、たかが塩分という単一指標だけのために圧倒的に足りなくなってしまい、活動したり、自然治癒で傷を治したり、抵抗力を維持したり、といったことに影響を及ぼしてしまう。最近は熱中症で搬送される人が増えているようだが、これは暑さが厳しくなっているのと同時に、塩分を気にしすぎて薄味のモノばかり食べているために、塩分を含んだ汗をたくさんかいて暑さに耐える、という体の力が結果的に殺がれているのではないかとも思っている(完全に推測ではあるが)。
理想的な食事は、己の体質を知って、それに合わせた食事を全部自分で作る、ではあるのだろうが、独り暮らしだったり仕事が忙しかったりすると、なかなかそうも行かない。そういう意味では、安心の食材で手軽に作ることができて健康的というインドカレー、特にハリオム氏が掲げている「インド家庭料理」というアプローチはとても理に適っていると思う。
家庭料理というだけに、毎日食べても飽きない、手軽に作れる(30分もかからないものが多い)、そしてでき立てが美味しいのである。日本的なカレーライスというよりは、和食における味噌や醤油に相当するものがスパイスなのであって、スパイスを使った「惣菜全般」と考えると分かりやすいだろう。例えば、キーマカレーとナスのサブジ(ドライなスパイス炒め)、ご飯かチャパティくらいで構成する食事であれば、料理研究家の土井善晴氏が提唱している「一汁一菜」にも相通じるシンプルさと家庭料理としての普遍性を備えた食事の形である、ということも言えるだろう。
筆者も店を開ける前にその日に売るためのカレーを作っては、味の確認を兼ねて食べるようにしているが、これは自画自賛ではあれどなかなか悪くないものである。
※本連載は、横浜市都筑区のインド家庭料理「ラニ」のオーナーシェフであるメヘラ・ハリオム氏と、同氏を師と仰ぐ田邊(富士山麓のcafe TRAILでカレーを提供中)の共著という形で、インドカレーのセオリーについて考え、それを分かりやすく提示する試みです。もちろん、いくつか代表的なカレーのレシピも掲載していきますが、いわゆるレシピそのものを紹介すること自体は目的ではありません。このレシピはなぜこうなっているのかを理解することで、レシピを見なくても、自分にとって美味しいインドカレーが作れるようになることを目指しています。また、各種スパイスについての解説は、食材やスパイス同士の組み合わせや相性を中心とし、スパイスの歴史や特性などについては、他に優れた本がたくさんあるので、それらにお任せするというスタンスです。
※この連載が本になりました! 2019年12月16日発売です。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。