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反東京としての地方建築を歩く02「建築家が活躍する広島」

反東京としての地方建築を歩く02「建築家が活躍する広島」

2019.05.31

Updated by Tarou Igarashi on May 31, 2019, 17:59 pm JST

全国区で活躍する有名な建築家の事務所は、やはり東京に集中している。その次は関西だろう。しかし、例外的に日本の地方都市において、注目すべき建築家が何人も拠点を置くのが、広島県である。すでに二度の日本建築学会賞(作品)を受賞した三分一博志のほか、ミニマルで幾何学的な作風で知られる村上徹、小川晋一、谷尻誠が率いるサポーズ・デザイン・オフィス、前田圭介、土井一秀、小川文象らの名前が挙げられるからだ。おそらく、その背景としては、ハウスメーカーや工務店ではなく、地域の建築家に実験的な住宅などの仕事を依頼する施主が少なくないのではないかと想像される。また積極的に建築家を起用する企業の存在が指摘できるだろう。実際、近年、福山や尾道で興味深いプロジェクトが立て続けに登場し、不思議に思っていたが、地元の常石造船のグループが関わっていた。また建築のコーディネーターとしてフェリエ肇子が入っている。そこで今回は常石グループの現代建築をとりあげたい。

福山市の山中にある神勝寺 禅と庭のミュージアムは、まわりに関係ないビルがなく、広大な敷地に理想郷としての建築とランドスケープが展開する。1965年に常石造船の社長が最初に建立し、コンクリートの伽藍、利休による茶室の復元、古建築の移築、白隠のコレクション、飲食と浴室などを楽しめるが、さらに2つの現代建築が加わった。まずは総門を抜けて、入り口で出迎える建築史家の藤森照信が設計した松堂(2014年)[1]である。彼らしいユーモラスな味わいをもった建築だ。背後の多宝塔を意識し、不規則な八角形のとんがり屋根のてっぺんにアカマツを植え、さらに屋根面や列柱に手曲げ銅板を貼っている。細部を凝視すると、皺だらけで、まっすぐな線がほとんどない。抽象度が高い幾何学的な空間をつくったり、アクロバティックな構造に挑戦するいわゆる建築家の手法ではなく、藤森は触覚に強く訴える素材が全体を覆うことによって、強烈なキャラを獲得している。

反東京としての地方建築を歩く02「建築家が活躍する広島」

松堂の脇を登って橋を渡ると、もうひとつの現代建築、アートパビリオンの洸庭(2016年)[2] [3]が出迎える。列柱で持ち上げられた、約50mの船のようなヴォリュームが宙に浮かぶ。これはアーティストの名和晃平が、建築家とコラボレーションするSANDWICHのチームが手がけたものだ。当初は老朽化した建物のリノベーションを依頼されたが、結局、アートとしての建築を新しくつくることになった。洸庭は寄棟造に近い屋根をもち、下部もそれを反転しつつ、艶めかしく丸味を帯びた造形であり、大量の小さな薄い木板によって全体を覆う。名和はガラスビーズに覆われた鹿の剥製などの作品で知られるが、こうしたセンスをデザインに応用している。アーティストゆえに発想しうる掟破りの建築だ。実際、洸庭は窓がなく、巨大な彫刻のようにも見える。ほっこりした藤森建築に対し、こちらはクールだ。ダイナマイトで砕いた岩を並べた石の海原をまわり、タラップのように小さな橋を渡って洸庭に乗船する。内部に入ると、暗闇で空間が見えない。そこでわずかな光が水にきらめく映像的なインスタレーションを体験する。これは名和があいちトリエンナーレ2013に出品した暗闇の中で泡が発生する「FOAM」[4]の世界観を継承したものだ。

反東京としての地方建築を歩く02「建築家が活躍する広島」

またベラビスタ スパ&マリーナ尾道[5]は、船員向けのホテルのリノベーションを中村拓志が担当し、センスの良い空間に改造したものである。ちょっと宿泊費ははるが、それだけの価値をもつ豊かな体験を提供する建築だ。浮かぶような屋根のレストランのエレテギア(2015年)[6]で海を眺めながら朝食をいただくのも爽やかである。また中村の傑作、二重螺旋の構造によるリボンチャペル(2014年)[7][8]も同一の敷地内だ。これは男女がそれぞれ別の階段を登り、頂上で二人が出会い、一緒に降りる動線を演出した結婚式のためのデザインである。リボンチャペルは小さい建築ながら、通常は大きなビルなどに与えられる建築界のBCS賞を受賞したことも特筆される。なお、筆者が滞在時、このホテルのバルコニーから、常石造船が建造したクルーズ客船、ガンツウ(2017年)[9]が出航するのを目撃した。これは堀部安嗣が外観やインテリアを設計し、話題を呼んだものである。

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ほかに注目すべき常石グループのプロジェクトとしては、社員が暮らす集合住宅も挙げられる。藤本壮介によるせとの森住宅(2013年)[10]は、二戸を合体させてつくる大きな三角屋根のヴォリュームを13棟、造成地においてランダムな方角で並べたものだ。住棟のあいだに塀や垣根がなく、開放的なレイアウトになっているのが印象的だ。またマウント・フジ・アーキテクツ・スタジオによる集合住宅Seto(2013年)[11] は、道路側にある端部のタワー棟で重さのバランスをとりながら、海に面した傾斜地から思い切り片持ち梁の構造で住棟のヴォリュームを空中に突きだす。その上部は地域に開かれた大きなテラスにもなっている。

反東京としての地方建築を歩く02「建築家が活躍する広島」

最後に谷尻らによる尾道の商業施設、ONOMICHI U2(2014年)[12]を紹介しよう。外観はほとんど手を加えていない倉庫だが、内部に入ると、カッコいい空間が展開する。水辺のデッキも気持ちがよく、立地を見事に生かしたリノベーションの成功事例だろう。プログラムとしても、サイクリスト向けのホテルを含むのがユニークだ。さらに飲食店や物販のショップもセンスが良く、横浜の赤レンガ倉庫がダサく見えてしまうほどのデザインである。もちろん、オリジナルの建築としては横浜の方が素晴らしい。だが、内部はせせこましく店舗を詰め込み、空間としての余裕が全然ない。おそらく、尾道の倉庫のリノベーションの方が素晴らしいと言ってもにわかに信じられないだろうが、われわれはこの現実を受け止める必要がある。

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五十嵐 太郎(いがらし・たろう)

建築批評家。東北大大学院教授。著作に『現代日本建築家列伝』、『モダニズム崩壊後の建築』、『日本建築入門』、『現代建築に関する16章』、『被災地を歩きながら考えたこと』など。ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008日本館のコミッショナー、あいちトリエンナーレ2013芸術時監督のほか、「インポッシブル・アーキテクチャー」展、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」、「戦後日本住宅伝説」展、「3.11以後の建築」展などの監修をつとめる。

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