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なぜ、すべての大学、すべての学部でAI教育を行うべきなのか

2019.06.22

Updated by Ryo Shimizu on June 22, 2019, 18:21 pm UTC

日本国政府の統合イノベーション戦略推進会議は令和元年6月11日に毎年25万人の「データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成」を養成するという方針を発表した(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/)

これは、AI技術者を25万人養成するという意味ではない。
あくまでも、「データサイエンス・AIを理解し、各専門分野で応用できる人材を育成」であり、つまりAIとは異なる専門分野を持っている人物の要請を指す。いわゆる技術者の養成としては、「データサイエンス・AIを駆使してイノベーションを創出し、世界で活躍できるレベルの人材の発掘・育成(約 2,000 人/年、そのうちトップクラス約 100 人/年)」を掲げている。

さらに提案書を読み込んでいくと、具体的な目標設定とアクションプランが示されている。以下はその抜粋である。

具体目標1
文理を問わず、一定規模の大学・高専生(約 25 万人 15卒/年)が、自らの専門分野への数 理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得
このために、大学入試において数理・データサイエンス・AIの応用基礎力の習得が可能と考えら れる入学者の選抜を重点的に行う大学を支援

(取組)
 数理・データサイエンス・AI分野を含めた、教育効果の高い大学・高専におけるインターンシップ を表彰、グッドプラクティスの普及促進(2019 年度)【文】
 大学・高専における、応用基礎レベルの標準カリキュラム・教材の開発と全国展開(2020年 度)【文・経】
 カリキュラムに数理・データサイエンス・AI教育を導入するなどの取組状況等を考慮した、大学・ 高専に対する運営費交付金や私学助成金等の重点化を通じた積極的支援(2020 年度) 【文】
 大学・高専における、応用基礎レベルの認定コース((4)参照)の導入(2021年度) 【CSTI・文・経】
 一定規模の大学・高専生(約25万人卒/年)が、卒業までに、自らの専門分野での数理・デ ータサイエンス・AIの学習・学修を経験できる環境を整備(外国の優良教材の活用も含むM OOCの活用・拡充、外部専門家、AI×専門分野のダブルメジャー等の学位取得が可能な 制度の活用を含む)(2022 年度)【文】
 数理・データサイエンス・AIの応用基礎力を習得できると考えられる入学者を選抜する大学入 試を積極的に実施する大学を重点的に支援(2022 年度)【文】
 上記取組等を通じて、数理・データサイエンス・AI分野の履修が可能となる環境整備を行うとと もに、同分野での留学生の受け入れを促進(2022 年度)【文】

そして、今度は文部科学省が、18日にすべての国立大学のすべての学部でAI教育を実施すると発表。
令和に入ってから急速に政策が進み、我が国は本格的にAIの社会実装を推進する国家になろうとしている。

AIの社会実装の鍵は、一部の専門家だけではなく、「あらゆる人々」「あらゆる仕事」にAIが入り込み、活用できるようになることだ。

これはすぐにはイメージするのが難しいかもしれないが、今のAIは例えるならば50年前のコンピュータと同じ状況である。

ごく一部の専門家が使い、専門家はコンピュータを使えるというスキルで高給を稼ぐことができた。

今やコンピュータを扱うことはもはや誰にでもできる。
三歳児でも90歳のおばあちゃんでも当たり前のようにスマートフォンを使っている現状を考えれば、情報機器がここまで普及することをリアルに想像するのが難しかった時代の感覚を思い出すのは難しいかもしれない。

筆者の場合、中学生の頃、全校人数が360人の学校でプログラミングができるのはほとんど自分一人だった。ワープロとして使える人も、先生も全部合わせて10人にも満たなかった。電子メールを使ってる人は皆無だった。

学級新聞はすべて手書きのコピーであり、ワープロで打ち出した原稿なんか持っていけば簡単にヒーローになれた。

ほんの20年ほど前まで、キーボードを打てるということがそもそも特殊スキルであり、IT教育とはキーボードの訓練を意味していた。僕の通っていた国際情報高校の情報科学科では、コンピュータの授業といえばキーボード練習ソフトを攻略することとイコールだった。誰一人プログラミングなんか書けやしない。教えてる先生だって書けないんだから。

AIは当時とほとんど全く同じ状況だと言える。実際に作ってみればわかるが、AIは全く難しくない。
拍子抜けするほど簡単である。

それに比べれば、犬や猫に芸を仕込むほうがよっぽど根気がいるし、子育てのほうが遥かに難しい。

これは比喩ではなく、実際的にそうなのだ。

たとえば僕が大学に入学した1995年は、なんと一年生の頃はコンピュータを触らせてもらえなかった。僕が入学したのは「情報工学科」であるにもかかわらず、だ。

専門家は自分の道具を素人から遠ざけておきたがる傾向がある。これは昔から変わらない。
遠ざけたほうが自分が優位に立てることを本能的に察知しているのだろう。

しかし一方で、ごく簡単なAIというのは誰にでも簡単に訓練し、使うすることができる。これはプログラミングそのものよりも遥かに簡単だ。

あらゆる仕事でコンピュータが活躍しているように、いや、ひょっとするとそれ以上に、AIが活躍する時代が来るだろう。

なぜコンピュータそのものの需要をAIが追い越すかといえば、コンピュータはどこまで行っても電源を入れるか、スリープから目覚めさせてやらなければ使うことができないが、AIはそこに置いておくだけで役割を果たすことができるからだ。

人は自分の両手両足の指の数よりも遥かに多いAIを自在に使いこなすようになるだろう。自宅ですら、キッチンで、トイレで、お風呂場で、リビングで、AIを使うことによってこれまで疑問に感じることすらなかったニーズを満たせるようになるに違いない。

携帯電話が普及する前のポケベルの時代(といっても、同じ1995年である)、誰かにメッセージを送るには、わざわざ公衆電話を探さなければならなかったし、文字を頭の中でポケベル用の数字に変換(エンコード)して送る必要があった。

女子高生はそれを嫌うどころかむしろエンコードの速さを一種のゲームとして競い、世界で一番ポケベルを使いこなした。

たった四半世紀で、おそらくAIをそこまで世界を変える。コンピュータがスマートフォンへと進化し、人々の生活に溶け込んでいったように、AIもまた人々の生活に溶け込んでいくはずだ。

それに対応できる人材を育成する準備を行うことは、むしろ遅すぎるくらいだ。年間20万人という目標も、おそらくは少子化を見込んだ控えめなものだろう。

そのときAIは、きっと今の我々が想像もできないような使われ方をするに違いない。
あと四半世紀もすれば、驚くほどの使い方を幼稚園児に教わることになるだろう。

人類はこうして前進を繰り返してきた。今度も繰り返す。
今から楽しみでならない。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。

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