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核家族から拡大家族へ 働き方改革と地域創生を支援する家事代行マッチングプラットフォームは、なぜ生まれたか - 日本を変える 創生する未来「人」その4

2019.07.25

Updated by 創生する未来 on July 25, 2019, 23:38 pm JST

「タスカジ」をご存知だろうか? 最近では、テレビでも耳にするようになったので、主婦の方々はよく知っているかもしれない。家事の補助を必要とする人と家事のプロフェッショナルをマッチングするプラットフォームである。タスカジとは「助かる家事」を略した造語で、同社の独自テストにパスしたスペシャリストのハウスキーパーは「タスカジさん」の愛称で親しまれている。冷蔵庫にあるものだけを使い、わずか3時間で10数品の料理を作る伝説のタスカジさんも在籍するという。

第4回目の創生する未来「人」では、このタスカジを立ち上げ、C2Cのシェアリングエコノミーサービスを提供している女性起業家、和田幸子氏にフォーカスしたい。

▲家事代行マッチングプラットフォーム「タスカジ」のWebサイト。依頼者がタスカジさんに仕事を頼む場合は、3時間単位で4500円から請け負ってくれる。

 

どうにもならない! 怒りにも似た感情が一人の女性を起業家に変えた

和田氏は、大学で経営学を専攻し、大手ITメーカーでERPの開発や企画を担当していたバリバリのIT女子だった。社会人になってからも会社の企業派遣留学制度を活用し、慶應大学のビジネススクールに通うなどキャリアを積んできた。ところが結婚して子供を授かったころから、仕事と家庭の両立が困難になってしまったという。キャリアウーマンであれば、誰もが直面する問題だろう。

「私の場合は、夫の強力なサポートもあって二人で家事を分担していたのですが、それでもやりきれませんでした。SEだったのでそれなりに残業も多い職場でした。仕事は楽くても、帰宅後に料理を作ったり、子供をお風呂を入れたり、世話をする余力を残しておかなければなりません。そういう、しんどい生活を4年ほど続けました」(和田氏)。

当時は、家事代行サービスの利用も考えたという。しかし1回あたり1万円を超える料金で、現実的に手が出なかった。そんな悩みを抱える中、家事代行を仕事にするフリーの人がいることを聞き、その人にお願いすることになった。

「実際に家事を頼んでみると、家の様子がガラリと変わりました。家事がラクになっただけでなく、生活が豊かになり、みんなが幸せで、微笑みの絶えない家庭になりました。そもそも家のドアを開けた瞬間から空気が違うのです」(和田氏)。

▲タスカジ 代表取締役CEO & Founder 和田幸子氏

 

そんな素晴らしい体験をした同氏は、その時、家事の担い手不足という課題を再認識したという。

「これは慢性的な環境の問題だと気づきました。周りを見渡すと、家庭に入ることでやむなくキャリアを諦めてしまう女性も多くいて、非常にもったいと思いました。私だけの問題ではなく社会課題だと思い始めたのです。それで起業しようと考え始めました」(和田氏)。

とはいえ、1人の女性が会社を起こすことは想像以上に大変だ。しかし同氏は諦めなかった。怒りにも似た感情につき動かされたからだ。

「なぜ女性だけが苦労しなければならないの! という気持ちでした。でも、夫たちも遅くまで働いて疲れて帰ってきますから、家事をやってとは言えません。これは社会課題なので、誰が悪いわけでもないのです。どうにもならないことに対して、その怒りのベクトルをどこへ持っていけばよいのか、わかりませんでした」と振り返る。

企画からフロー設計、シミュレーション、実装まで、これまでの仕事経験が活きた

そこで和田氏は起業すべく、具体的な行動に出た。準備にSNSを活用したというのが今風だ。まず自身で企画書を作り、ユーザーになりそうな友人にアドバイスをもらった。

「企画書を書いたのでフィードバックをくれませんか? とFacebookに投稿すると、興味を示してくれる方がいて、最終的に10人の友人にアドバイスをもらいました。企画をブラッシュアップし、諸々のリスクを洗い出せたところで、テストマーケティングを始めました」(和田氏)。

マーケティングでは、タスカジさんに当たる家政婦を3名、依頼者を3名ほどみつけ、お金のやりとりをしてマッチングさせた。システムで想定した機能も、メールと電話を使って手動で試し、シミュレートした。

「そうやっていくと、どこかでボトルネックになるフローが必ず見つかります。これらを1つずつ潰していき、ルールを明確にしながら、プロセスを改善していきました」(和田氏)。

この辺りは、やはりERPの会計システムのSE経験が活かされた場面だった。

タスカジは2014年に設立され、今年で5年目を迎えた。起ち上げ時は一人で切り盛りしていたが、現在では社員10名を抱えるまでに成長した。すでに1900人以上のタスカジさんが登録し、利用者も5万5000人(いずれも2019年6月現在)を超える。とはいえ、経営は順風満帆というわけではなく、スタートアップ故の資金問題に直面した。

「起業して半年間は売上が伸びず、資金がショートしそうになったのです。大企業であれば倒産はしないでしょうが、スタートアップには現実の危機があることを肌で感じました。それで売上が伸びるまで費用を圧縮して乗り切ることにしたのです。資金調達も考えましたが、その時点では先が見えないビジネスで、そこまでリスクを取るのは得策でないと判断しました」と、なんとか難局を乗り切った。

「核家族から拡大家族へ」というスローガンに込められた思いとは?

サービスリリース当初は競合他社がいなかったが、逆に言えば何も参考にできるものがなかった。そのためサービスの哲学や思想を、どう明確にするかという点には苦労したという。

「思想や哲学はすごく重要です。というのもプライオリティを考える際に利用者の判断の拠り所になるからです。たとえばタスカジのカラーは、女性が好むと言われているピンクではなく、グリーンです。その理由は、家事は女性だけでなく、家族全体の課題であると捉え、男性もターゲットにすべきだと考えたからです。最初は、そういうことを上手く自分でも説明できず、感覚的に決めていました。でも人に説得するには、理由を明確に言語化できなければいけません」(和田氏)。

旧態依然とした「家族」や「家事」に対する価値観や観念もハードルになった。家事代行は便利そうだと気軽に誰でも利用するかと思うかもしれないが、一般女性は家事を依頼すること自体に大きな抵抗感を覚えるからだ。

「そもそも私と同世代の女性は、自分が家事をする存在だと子供のころから教えられてきた方も多いのではないでしょうか。それはキャリアを持つ女性でも同じ。本来なら自分が家事をしなければならないのに、仕事が忙しいから妥協してお手伝いを頼むと考えてしまいます。私は、そういう従来の専業主婦がいる家庭が前提の観念に縛られていませんか? というメッセージを発信し、家事代行を使っても良いと啓蒙してきました。家事代行を頼むことは悪いことではないのに、日本の家族は凄くクローズド。まずはその価値観を変えていくところから始めたのです。この課題も最近では徐々に解決してきました」(和田氏)。

その想いは、同社のスローガンである「核家族から拡大家族へ」という言葉に端的に現れている。ここには家庭の外から、家事のパートナーを迎え入れ、「拡大家族」として新しい家族の形を作ろう! という想いが込められているのだ。

▲新しい家族の形を作ろう! という想いが込められたスローガン「核家族から拡大家族へ」。タスカジのロゴはグリーン。家事を家族全体の課題にしたかったからだ。

 

マッチング精度を高め、条件にぴったりのタスカジさんを探す

次は具体的なサービスの問題だ。ここで重要な点は、いかに自分と相性の良いタスカジさんを探せるかというマッチング精度だ。いまはライフスタイルが多様化し、人によって求める条件も異なる。社交的な人が好き、寡黙に働く人が好きといった好みもあるだろう。子供やペットが懐く人、旦那さんウケがよい人など、条件はいろいろだ。

「マッチングに関しては、自分の条件にピッタリな人を何度もお試しでお願いしてみることがポイントですね。タスカジさんの求人は、女性だけとは限りません。男性でも外国人でも良いのです。老若男女や国籍は問われません。実際に外国人の登録も2割ほどあります」(和田氏)。

▲タスカジさんの検索フォーム。まず起点となる地域を選ぶ。すると画面のような検索条件が現れるので、チェックするとタスカジさんの候補者リスト表示される。

 

では、同社のハウスキーパーとして活躍する「タスカジさん」は、どのように選ばれているのか。タスカジさんとしてデビューするには、まず身分証明書を提出し、タスカジ本社で面接を受ける。その上で、実際にタスカジさんとして3時間ほど仕事を行い、同社独自基準のテストをクリアしなければならない。実務上、想定外のハプニングが起きることも珍しくなく、いかに臨機応変に対処できるかも合格のポイントになるそうだ。

「もう1つ重要な点は、登録しているタスカジさんが自立して、楽しく働けることです。仕事を通じてスキルが磨かれ、成長できることが重要だと思います」(和田氏)。

そのためにタスカジのWebサイトでは、料理やお片付けなど、家事のスキルを高められる情報が満載だ。冒頭で触れた公式本の「伝説のタスカジさん」のノウハウなども紹介されている。

▲伝説のタスカジさんが執筆した公式レシピ本『予約がとれない伝説の家政婦が教える魔法の作りおき』など出版物も多数。家事に関するノウハウなどを特集してWebに掲載し、タスカジさんのスキルを高める施策を展開している。

 

▲タスカジのWebサイトでは、タスカジさんのスキルを底上げしたり、依頼者が楽しく読めるお役立ち情報も満載している。

 

利用者からタスカジさんへのフィードバックも重要だ。

「タスカジさんのスキルの底上げのためにレビュー機能も実装しています。これでタスカジさんも自分のどのような仕事が評価されているのか、客観的に見えてきます。レビューで励まされ、整理収納アドバイザーなど新しい資格にチャレンジする方もいらっしゃいます」(和田氏)。

▲依頼者が、タスカジさんを評価するレビューを書く。自分のどこが評価されているのか、客観的に判断し、見える化されているので、タスカジさんも励みになるという(写真にはボカシを入れています)。

独自の講師認定制度も設置した。

「会社員ならば同じ仕事を何十年も続けていると、相当な専門家と見なされます。しかし主婦は当たり前のように思われているので、本来の凄さが見えません。そこで会社の資格制度と同様に、タスカジさんにも講師の認定制度を設けたのです」(和田氏)。

タスカジ本社でも週に数回の講習会を開き、講師認定制度に合格したタスカジさんが後輩にノウハウを伝授している。プロフェッショナルとして認定されることは、タスカジさん同士でも励みになるだろうし、向上心を持つきっかけになる。それに、同様の職種が増えていくなかでも重要度を増していく制度のはずだ。

 

地域活性化のためのシェアリングエコノミーも視野に展開

現在、関東と関西を中心にサービスを提供中だが、地方創生に関わるところでは秋田県湯沢市でもサービスをローンチした。なぜ湯沢市なのだろうか?

「もともと地方にサービスを広げたいと模索していました。ちょうど湯沢市がシェアリングシティ宣言を採択し、市民生活を豊かにしようとしていたのです。"公助から共助へ"と、みんなで助け合っていく仕組みづくりに力を入れていたなかで、女性活躍という観点で話をうかがい、協力させていただくことになりました」(和田氏)。

同市は、家事や子育て、スペースなどをシェアする仕組みづくりに力を入れている。こうして地方自治体と協力すると、新たなライフスタイルを取り入れた文化づくりから関わることができるようだ。今後は、名古屋や福岡など他都市でも、タスカジさんを広げていく考えだ。

政府は近年、人手不足の問題を解消するために、外国人のビザ緩和などの施策を打ち始めている。同社では外国人の対応をどう考えているのだろうか?

「今回のビザ緩和は、フルタイムで働く外国人に適用されるもので、タスカジ的には外国人の登録者が増えるわけではありません。ただし、すでに永住権を持つ外国人のタスカジさんは全体の2割ほど活躍しています」(和田氏)。

実は、外国人のタスカジさんのニーズは高いという。依頼者は日本人が多く、海外出身者に家事を頼むことで、子供が異文化に触れられることに価値を見出しているという。特にフィリピン出身者はもともと家事代行のスキルが高い人が多く、世界的にもブランド力があり人気が高いそうだ。

和田氏は「海外出身者に仕事をお願いする際は、日本人が海外の感性に合わせないといけないシーンが増えてくるかもしれません。たとえば時間の問題で言うと、日本人は1分や2分を気にしますが、海外では数分ぐらい遅れても遅刻と考えないことも多い。そのあたりは、日本人の感覚が厳しいため、互いに歩み寄る必要もあるでしょう」と語る。

同社ではシニア層への展開も射程に入れているが、ITリテラシーや利用率の問題もあるようだ。シェアリングエコノミーの概念も、企業と個人、世代間で考え方が異なる。しかし今後の技術進歩とITリテラシーが深まることで、こういった問題は自然に解決していくだろう。

最後に和田氏は「政府には大いに旗を振っていただき、文化づくり面で協力してほしいです。主婦力の凄さ、家事代行の仕事の魅力を世に広めてもらえると嬉しいですね。また一緒にコラボできる方々も探しています。タスカジさんのレシピ本もその一環ですが、商品も一緒に開発できるでしょう。タスカジさんは、数多くのご家庭を訪問し、様々なケースにおける家具や家電の使い勝手を熟知し、本当に使いやすい商品を作るアイデアを持っています。そういったクリエイティブなパワーとコラボできればと考えております」(和田氏)。

自らの困りごとを社会課題と捉え、家事の問題をシェアリングエコノミーの観点から解決しようと奮闘中のタスカジ。依頼する側も依頼される側もお互いにWin-Winでハッピーになれる仕組みだ。さらに「核家族から拡大家族へ」という同社の考え方は、疲弊しつつある地域社会を再び活性化してくれる可能性を秘めている。

身近な困りごとや経験からビジネスを生み出したタスカジの和田氏。鋭いビジネス感覚はもちろん、なにより女性として世の中を見つめる目線の冷静さと暖かさを持っている。この働く女性のためのブレない思いが、大都市圏だけでなく、地域でもタスカジファンを増殖させている。女性起業家として第一線で展開している和田幸子氏を、創生する未来「人」の認定4号としたい。

(インタビュアー&執筆:フリーライター 井上猛雄 写真:高城つかさ 監修:伊嶋謙二)

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