反東京としての地方建築を歩く04「重層する建築都市、金沢」
2019.10.10
Updated by Tarou Igarashi on October 10, 2019, 17:15 pm JST
2019.10.10
Updated by Tarou Igarashi on October 10, 2019, 17:15 pm JST
この夏、金沢に公立としては初の建築博物館が誕生した。金沢建築館[1]である。正式名称は「谷口吉郎・吉生記念 金沢建築館」だが、なぜ人物名が冠せられているのか。それは場所がかつて吉郎が暮らした住まいの跡地であり、息子の吉生が土地を市に寄贈し、設計を担当したからである。父は九谷焼の窯元の家に生まれ、東京国立近代美術館(1969)、東京国立博物館東洋館(1968)、石川県立伝統産業工芸館(1959)などを手がけ、息子は豊田市美術館(1995)、ニューヨーク近代美術館新館(2004)、金沢の鈴木大拙館(2011)[2]などの作品が知られているように、親子で金沢にゆかりのある建築家だ。ともにモダニズムを継承しており、金沢建築館も幾何学的なヴォリュームを組み合わせながら、寺町通りに対して、繊細な格子を用いた端正なデザインである。
現在、オープン記念の展覧会として、父の仕事を紹介する「清らかな意匠 ー金沢が育んだ建築家・谷口吉郎の世界ー」が開催されている(2020年1月19日まで)。また二階の常設展示では、父が設計した迎賓館赤坂離宮の和風別館「遊心亭」の広間と茶室を再現しているが、これに面して息子が得意とする水庭を設置し、親子の空間が対話していることも興味深い[3]。ここではモダニズムによって再解釈された日本的な空間を堪能できる。なお、二人の競作としては、金沢市立玉川図書館(1978)も挙げられる。また今年の9月にリニュアル・オープンした東京のホテルオークラの建て替えを息子が担当し、父による旧館のロビーの意匠を継承したことも話題になった。
金沢の現代建築といえば、2004年にオープンしたSANAAの設計による金沢21世紀美術館[4]があまりにも有名だろう。日本ではめずらしく、観光ガイドにも紹介されている現代建築だ。これは兼六園から坂を降りると、ちょうど角地で出会う立地の良さもさることながら、塀がなく、全面ガラス張りの開放的な円形の建築であり、あちこちにエントランスを設けたことで、多くの来場者を集めることに成功した。谷口が神殿のような美術館だとすれば、SANAAはコンビニのように気軽に入れる美術館である。内部も大小のホワイトキューブと中庭をランダムに散りばめ、それらを自由に回遊できるユニークなプランをもつ。また同館は、解説を読んでも理解しにくい小難しい作品ではなく、レアンドロ・エルリッヒのプール[5]、ジェームス・タレル、アニッシュ・カプーアなど、体感型の現代アートを常設していることでも、人々を惹きつけている。ところで、金沢21世紀美術館は、ルーブル美術館ランス別館(2012)を担当するなど、今や海外で活躍するSANAAの出世作になった建築である。すなわち、金沢はのちにニューヨーク近代美術館やルーブル美術館の仕事を引き受けるような世界的な建築家を育てた街なのだ。
工藤和美+堀場弘/シーラカンスK&Hが設計した金沢海みらい図書館(2011)[6]も、新しい感覚の施設である。外観は大きな白い立方体。近ずくと、小さな丸い開口が無数にあり、眺望を得るための、いわゆる開け閉めする窓ではなく、ここから採光していることがわかる。こうした円窓は船を想起させるかもしれない。図書館の内部に入ると、円窓による光の粒子が散りばめられた大きな吹き抜けが壮観である。他にも現代建築としては、街の新しい顔になった白江龍三による金沢駅前の鼓門・もてなしドームや、グッドデザイン賞の大賞になった水野一郎による金沢市民芸術村[7]、雪吊りのかたちを模した芦原義信の金沢市ホール[8]、黒川紀章の本多の森ホールなどが挙げられる。また金沢工業大学のキャンパス[9]は、一連の施設を大谷幸夫が手がけ、今年は力強い造形の本館(1969)がドコモモ・ジャパンから「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された。なお、同大学のライブラリーセンターでは、近代以前の貴重な建築書のコレクションや、JIA(日本建築家協会)と連携した図面のアーカイブを保管している。これも日本国内において特筆すべき事業だろう。
金沢は現代建築だけではない。震災や戦災がなかったこともあり、もともと多くの町家が残る、古い街並みで知られていた。さらに軍都であり、大学が創設されたことに関連し、明治時代の建築もよく残っている。ちなみに、東京の国立美術館工芸館が移転する先も、かつての兵器庫をリノベーションしたいしかわ赤レンガミュージアムの隣であり、いずれも軍の施設だった旧第九師団司令部庁舎と旧金沢偕行社を移築・活用することで、来年のオープンをめざしている。また北國銀行や中島商店など、村野藤吾の初期の建築[10]も保存されている。すなわち、前衛的な現代建築だけでなく、他の時代の建築も同時に存在していることが、金沢の魅力だ。こうした地方都市は、ヨーロッパだとめずらしくないのだが、スクラップ・アンド・ビルドが激しい日本では残念ながらあまり多くない。
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登録はこちら建築批評家。東北大大学院教授。著作に『現代日本建築家列伝』、『モダニズム崩壊後の建築』、『日本建築入門』、『現代建築に関する16章』、『被災地を歩きながら考えたこと』など。ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008日本館のコミッショナー、あいちトリエンナーレ2013芸術時監督のほか、「インポッシブル・アーキテクチャー」展、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」、「戦後日本住宅伝説」展、「3.11以後の建築」展などの監修をつとめる。