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冷やし中華に「力み」は要らない ウイスキーと酒場の寓話(32)

2020.07.21

Updated by Toshimasa TANABE on July 21, 2020, 13:26 pm JST

今年は、なかなか暑くならないが(特に御殿場は、標高450mということもあってかなり涼しい)、夏が近づいてくると猛烈に食べたくなるものの一つに「冷やし中華」がある。鰻と違って定期的に切れてくる感じではなくて、この時期に2、3回食べれば衝動は収まる。店先に「冷やし中華、始めました」などという告知や幟が現れるのも季節感があって良いものだ。カラッと暑い日に、ビール1本と冷やし中華という昼飯は、ビールが飲める状況であることと相まって最高だ。

冷やし中華は、高級店で2000円近くも出して食べるものではない。「それほどのモンじゃないだろ」というのが冷やし中華であって、「旬食材の五目冷麺」などと気取ったことはいわずにあくまで冷やし中華であるべきなのだ。1000円を切るくらいの価格帯で、妙な高級素材など使っておらず、あまり力んだり余計な工夫をしていないものが好ましい。これは、食べる側にもいえることであって「さぁっ、今季初の冷やし中華だぞ!」などと力み返ったりしてはいけない。

とはいえ、600円しないくらいで妙に安いと思ったら、周りが赤い昔ながらの角ハム、出来合いの乾燥錦糸卵、きゅうり、これになんと「のりたま」を振り掛けてあるだけ、というものに遭遇してそのチープさに仰け反ったことがある。何事も、過剰にならず手を抜かず、適当なところでバランスさせることが肝要である。

冷やし中華は、まず麺がキリリと冷えていなくてはいけない。中途半端に水道の温度くらいの冷やし方だと、麺にキレが感じられずいまひとつだ。もっともこれは、蕎麦や素麺などの他の冷たい麺類でも同様ではある。

具材としては、細く切ったハムとチャーシュー、きゅうり、錦糸卵くらいが必須で、あと何か特徴のあるものを一つか二つ、だろうか。クラゲ、茹でもやしなども良い。紅ショウガはあった方が良いだろう。麺との相性を考えると、すべてが細切りであることが望ましい。

蒸し鶏や棒棒鶏が乗った冷やし中華も好ましい。鶏の一部をつまみに紹興酒を飲みつつ食べると丁度良い。いずれにしても、あまり多種多様なものを乗せると、各々の具材の絶対量が少なくなりがちだし、テーマがはっきりしなくなる。たれとの相性も具材によってそれぞれだ。また、過度なヘルシー志向も勘弁である。ある程度の肉っ気は欲しい。

鶏が乗った冷やし中華

たれは醤油ベースでちょっと酸味のあるものが普通だが、味噌だれやごまだれ、肉味噌なども良いものだ。また、蒸し鶏がメインであるような場合には、ネギ塩だれも美味い。蒸し鶏を乗せた冷やし中華は、主役がはっきりしていて余計なことを考えなくて済むのが良いところだ。きゅうりとの相性も良い。いずれにしても、カラシは必須の脇役だ。辣油を垂らすのも悪くない。

下の写真は、近所の街場中華(5. 「街場中華」の楽しさは食事だけではない)のもので800円台である。価格はもちろん、具材の種類やバランス、たれや麺の感じなど、個人的には理想に近いものといえる。冷やし中華というものには、この程度の丁度良さが重要なのである。

冷やし中華

次の写真は、これも近所の別の街場中華で、具材が別盛りのタイプ。一つ前のものと同様に800円台で力みや変な気負いがない良心的な一品である。先に具材はすべて細切りが良いと書いたが、このような別盛りの場合に限っては、味玉やトマトのような形状の具材も成立する。

まったくの推測であるが、運ばれてきたときに皿も具材も全部良く冷えているので、皿にたれを入れて味玉を乗せ、各種具材も皿にこの形で盛り付けた状態で、両方とも冷蔵庫に入れてあるのではないだろうか。注文が来たら麺を茹でて氷水で冷やして水切りするだけであれば、混雑時の厨房オペレーションとしても合理的だ。具材のバランスも事前に整えてあるので、あっちの客の盛り付けと明らかに違う、蒸し鶏が一切れ足りない、などということもないはずだ。

別盛り

麺の上に具材を乗せてあるか、別盛りか、特徴的な具材は何か、あるいはたれが掛かった状態で出されるか、たれは別になっていて好みで掛けるか、など冷やし中華の流儀もいろいろあるが、人それぞれの好みはあるとして、いずれもラーメンに比べると外す確率はかなり低いというのも、冷やし中華の良いところである。

冷やし中華という名称は、冷やし中華麺の麺が省略されている、中華系の料理全般を冷やすわけではない、中華という言葉に麺の意味を包含させている、などと揚げ足取り的なことを考えていたら、地方によっては「冷やしラーメン」なるものがあると知った。スープも麺も冷たいラーメンである。脂がキツいラーメンは冷やすには向いてないだろうし、スープに工夫があると思われる。麺ではないが「冷や汁」などというものもあるし、盛岡冷麺に似た感じもあるかもしれない。

冷やし中華は、地方によってはマヨネーズが必須であるなど、地方色が出るものでもある。主に札幌方面の話になるが、冷やし中華の派生的なものとしての「冷やしラーメン」あるいは「ラーメンサラダ」なるものがある。冷やしラーメンは、前述の冷たいスープを丼に張ったラーメンではなくて、味噌だれの冷やし中華のローカルな呼称といえるものである。単に冷やし中華をそう呼んでいる場合もある。ラーメンサラダは、パスタサラダのラーメン版というようなものである。レタスやトマトなどの野菜とラーメンが混ざっている。ビールを飲むときには悪くない。いずれも、店で食べると北海道らしさの演出でメロンが1切れ乗っていたりする。

普段の食事については、あまり気を遣っておらず、そのとき食べたいものを食べているだけなのだが、「これが食べたい」というのは体の内なる声でもあって、今必要なのはこれなのだという側面もあるはずだ。冒頭で触れた「鰻が切れる」などが典型だろう。さらに、昨日は肉だったから今日は魚にしよう、あるいはしばらく食べていないものが食べたくなる、などということも、その時の体の内なる声の反映ではなかろうか。

そんな中で、唯一、自らに食事の制約事項として課していることがある。それは「日が暮れたらラーメンは食べない」である。飲んだ後の締めのラーメンは、その罪悪感とも相まって(「後ろめたいくらいでないと楽しくない」というのは茂木健一郎さんの名言だ)美味いものであることは承知しているが、既に封印して20年近く経過した。昼間にラーメンを食べるときでも、さすがに若い頃のようにスープを全部飲んでしまうなどということはなくなった。ラーメンは炭水化物の麺よりも、脂が溶け込んだスープがヘビーなのだ。

冷やし中華は、ヘビーなスープとは無縁だし、たれを飲み干したりもしない。きゅうりなどの野菜も乗っているので、日が暮れてしまったところで構わず食べても良さそうなものではあるが、ラーメン同様に中華麺ということで避けるようにしている。コンビニで売っている「冷やし中華ミニ」が微妙な心の隙を突いてくるのではあるが。

余談だが、以前、カクテルコンペの審査員をさせてもらったことがある。3種類ずつ15回にわたって45種類のカクテルが次々に運ばれてくる。これらをテイスティングしては点数を付けていくのだが、全部飲んでしまっては酔っぱらって味が分からなくなる。ひとくち、ふたくちで瞬時に判断して口を漱ぎ、また次をひとくち、である。このとき、30杯に近づいた頃に急にラーメンが食べたくなってきたのだ。酒を飲むと体がラーメンを欲する、ということが実感されて、これが締めのラーメンが美味い要因の一つだと確信した。しかし、カクテルコンペが終わったときには既に日が暮れていたので、ラーメンは食べずに他の小麦系炭水化物を食べたのだった。

夏至を挟んだ今の時期は、日が長いのであまり困らないが、冬至の前後などの昼飯を食べ損なったりした夕方は、あっという間に日が暮れてしまうし、通し営業の店は意外に少ないものである。日が短い時期は非常に落ち着かないというのが「日が暮れたらラーメンは食べない」の最大の問題である。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。