WirelessWire News The Technology and Ecosystem of the IoT.

by Category

ウイスキー プロフェッショナル イメージ

信頼できる「作り手」の酒を飲め ウイスキーと酒場の寓話(2)

2019.10.15

Updated by Toshimasa TANABE on October 15, 2019, 05:18 am UTC

最近、久しぶりに凄いと思わされたウイスキーがアードベッグの新作「トリー・バン 19年」だ。トリー・バンという名称は、アイラ島のアードベッグ蒸留所近くの「鳴き砂」が由来という。一度は経営的に危機だったアードベッグがグレンモーレンジィの傘下になって20年余り。本格的に蒸留を再開したときに仕込んだモルトをここに来てリリースした「入魂の作」と感じた。

トリー・バン19年

しかもこれが、定番商品として本数は少ないものの継続的に発売されるという。今年のトリー・バン 19年は、2000年に蒸留したモルトだが、来年は2001年のモルト、次は2002年のモルト、といった感じで毎年出てくるようだ。今回の最初のバージョンが、来年以降を判定する「メートル原器」となるだろう。

今回は、日本へは1000本だけ、神奈川県で120本程度ということで、既に入手困難かもしれないが、目の利いたバーなどで写真のボトルを見つけたら、ちょっと無理してでもぜひ1杯飲んで、その味わいを脳裏に焼き付けておくべき酒だろう。

アードベッグには、かつては「30年」など長期熟成のバージョンもあった。確かにまろやかではあるものの、アイラらしさという意味では熟成とともに失われるものがある、ということも感じさせられた。しかし、今回のトリー・バンにはその感じはなく、アイラモルトとして最高レベルのバランスと完成度だと思わされた。

アードベッグは、グレンモーレンジィによって再生されてから、「ベリーヤング」「スティルヤング」「オールモスト・ゼア」などを順に出しつつ、10年かけてスタンダードな「TEN」を完成させ、「ウーガダール」「アリーナムビースト」「ガリレオ」「スーパーノヴァ」「アードボッグ」などの特別バージョンも交えつつ、今回のトリー・バンまで持って来たわけで、蒸溜・製造最高責任者のドクター・ビル・ラムズデンは本当に素晴らしいエンジニア、というか「職人」なのである。

実はこのドクター・ビル・ラムズデン(生物化学分野の博士号を持っているので、愛称ではなく文字通りのドクターである)は、グレンモーレンジィの蒸溜・製造最高責任者でもある。ドクターは、ホワイトオークで寝かせた基本の原酒をさらにシェリー酒などの樽で仕上げの熟成をさせる、という「ウッドフィニッシュ」のパイオニア的な存在だ。今では多くのウイスキーで、仕上げの樽の香りをフィーチャーしたウッドフィニッシュが当たり前になっているが、なかなか「これは」という酒は少ない。

2000年前後だっただろうか、グレンモーレンジィの「マデラウッド」「シェリーウッド」「ポートウッド」の3種のウッドフィニッシュ・バージョンと当時のベーシックグレードだった「クレンモーレンジィ 10年」を比較試飲する機会があり、衝撃を受けたことがある。樽の個性を知り尽し、この樽でこの酒を何年寝かせるとこうなるだろう、という読みが名人芸だと思わされた。

とはいえ、ベースとなる酒の品質が高くないと、いくらウッドフィニッシュで色付けしても誤魔化しが利くものではない。グレンモーレンジィの場合は、ベースとなる酒が高品質なのだ。現在は「グレンモーレンジィ・オリジナル」、かつては10年がそれである。

グレンモーレンジィには「18年」というバージョンもある。これは、安くはないが熟成感とシェリー樽フィニッシュの文句の付けようがない酒である。2年くらい前に、18年を飲んだ直後にベーシックなオリジナルを飲む機会があった。普通に考えたら、先にオリジナルを飲んだ方がどっちも美味しく感じるだろう、ではあるのだが、素晴らしい裏切りを経験させられた。

18年はもちろん美味い。シングルモルト・ウイスキーの中でも最高の部類に入る1本だろう(限定版などは除く)。しかし、18年の後に飲んだ10年熟成のオリジナルは、香りも味わいもグレンモーレンジィであるのはもちろんとして、18年が目指している方向性とは異なる方向性でウイスキーとしての高度な説得力があったのだ。

ウイスキーは長く寝かせれば失うものもあるので、とにかく長期熟成させれば良いという訳でもないのだが、それは18年と30年などでの比較、あるいは強烈な個性を味わうべき酒の話である。暴れたところのないバランスの良さが特徴のグレンモーレンジィ・オリジナルが18年にまったくひけをとらないどころか、18年とは違う方向性の完成度と説得力を持っていることに驚かされたのだ。

などと、メンドクサイことを言ってはいるものの、そのときはキープしていた18年のボトルが空いてしまったので、18年はさすがに懐に厳しいということもあって、オリジナルのボトルを代わりにキープしたのであった。とはいえ、18年の直後にオリジナルを飲む、というのは普段はなかなかしないことなのでとても良い経験だった。

ドクター・ビル・ラムズデンの新作に「グレンモーレンジィ・アルタ」という酒がある。これは、毎年出しているプライベートエディションの2019年版で、麦芽を発酵させるときの酵母を工夫したウイスキーである。ドクターがウッドフィニッシュだけではなく、酵母という新たなテーマに取り組んだ結果の1本だ。グレンモーレンジィでありながら、これまでとは違った酵母によるパンのような香りがする独特の味わいがある。これも説得力のある酒だ。

ドクター・ビル・ラムズデン

ドクターの話は、何度か直接聞いたことがある(写真は2012年に横浜・日吉のバー「画亭瑠屋」で開催された比較試飲セミナーでのドクター)。サイン入りのボトルも何本か手元にある(全て空だが)。そういうプロセスを経ていることもあって、彼の人柄が大好きだしウイスキーの「職人」としての腕を信頼している。他の銘柄では、ドクターのような存在はあまり感じられない。モデルチェンジする度に劣化を感じさせる酒が多い中、ドクターの作る酒はそういうことを感じさせない。高品質を維持しているだけでなく、アルタのような新しい方向性も打ち出してくるし、それに説得力がある。

「信頼できる作り手の酒」という意味で、自宅で飲むシングルモルト・ウイスキーは、アードベッグとグレンモーレンジィがほとんどだ。あとは、前回触れた「ジャックダニエル」。酒は、信頼できる作り手のものを選んで飲みたいものである。これはウイスキーに限ったことではない。

以下、参考リンク。
「トリー・バン 19年」プレスリリース
アードベッグの歴史
グレンモーレンジィ
「アルタ」

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。