DNAと微生物が里山の新たな価値を創出する - 金沢工業大学(KIT)に完成した「里山バイオラボ」が描く地域創生の未来
2019.12.22
Updated by SAGOJO on December 22, 2019, 19:15 pm JST Sponsored by 金沢工業大学
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2019年8月1日、金沢工業大学に「里山バイオラボ」と呼ばれる研究施設が開設された。遺伝子解析や微生物分析を行う施設だという。しかも、これらの研究を<地域創生>へ繋げるというから驚きだ。いったいどんな研究施設なのか。同ラボの代表・相良純一准教授に話を聞いた。
「里山バイオラボ」とは何を目的として設立されたのか。相良氏は端的にこう話す。
「里山でバイオ実験を生かした教育をできないか、遺伝子解析や微生物研究をすることを地方創生に繋げられないか、と考えたのが発端です。自然が豊かな場所には生き物もたくさんいるし、それを生かした伝統や文化があります。それらの微生物レベルや遺伝子レベルでの研究はこれまでも研究者たちが行ってきましたが、地元の小・中学生が調べることができたら面白いんじゃないか、そういう場を作ることができれば人を集めることもできるのではないか、との発想からラボを設立しました」
“小・中学生がバイオ実験をする”とは突飛な話に聞こえるかもしれない。実際に、つい最近まではあり得ないことだった。だが、海外ベンチャー企業により安価で扱いやすい実験機器が開発されたことで、これが可能になった。
「3Dプリンタやアルドゥイーノ(安価で簡便なデジタル制御装置)などが普及し、自分でパーツを組み立てて実験器具を作れる時代になりました。バイオ系の機器を作るベンチャーも増えて、かつて100万〜200万円した機器が、この数年の間に10万〜20万円で手に入るようになったのです。しかも扱いやすい。専門家が付いてさえいれば子供でも実験できます」
こうした安価なキットで行う実験を、「キッチンバイオ」や「DIYバイオ」とも呼ぶ。バイオ実験が個人レベルでもできるようになったことを表す言葉だ。しかし、このことで教育の現場では格差をもたらしつつあるという。
「これまで価格が障壁になって小中高のレベルでは手が出なかった実験機器も、一部私立学校では買えるようなりました。すでに遺伝子系の実験を教え始めているところもあります。実験機器の低価格化はいいことですが、まだまだ価格的な問題や教育者側の知識の問題があり公立学校でできるレベルになく、教育格差が生じているのが現状です。遺伝子実験などをやってみたい地方の学校や公立学校の生徒さんも、里山バイオラボに来てもらえればお金をかけずに実験を行える。そうした施設として利用してもらいたい、という思いもあります」
まとめると、里山バイオラボとは、子供たちや地元の人たちも参加できる遺伝子や微生物の研究施設、ということなのだ。
では、ここでの研究がどのように教育や地域創生に繋がっていくのか、どんなビジョンを描いているのか、掘り下げていこう。
DNA解析を行う実験機器が、「Bento Lab(ベントラボ)」だ。
試料物質からDNAを抽出する「遠心分離機」と、抽出した遺伝子をコピーする「PCR装置」、DNAを視覚化する「ゲルユニット」の3つの機能が一体となった装置で、販売価格は約20万円。すでに、入手に1年半以上の待ちが必要な人気キットである。
「金沢工業大学はベントラボを5台所有しています。おそらく、現状、国内で一番持っていると思う。しかも、これまでの実験機器とは異なり、発ガン性物質を使用しません。DNAも変形させない、サイバーグリーンという青色LEDでDNA発光させます。生物実験などは何でもできるオールインワンの優れものです」
ベントラボを使えば、血液型遺伝子分類のしくみや、アスリート遺伝子(耐久力)を持っているかを調べたり、舌(味蕾)が苦味を感じるか、キノコが有毒か無毒かを調べたりもできる。まさに、何でも実験できるということだが、里山ベントラボでは当面、里山で採取できる植物など用いて子供たちに遺伝子解析などの実験を行わせるという。
そして、この遺伝子解析実験を子供たちが行うこと自体が大切なのだと相良氏は語る。
「すでにゲノム編集の技術は行き着くところまできました。昨年、中国ではゲノム編集で赤ちゃんの遺伝子をデザインする事件がありましたし、自分で筋肉増強遺伝子を作って自分に注射する動画もインターネット上には流れています。技術的には、ほぼ100%のゲノム編集ができる時代に突入しています。ゲノム編集は、これまでは技術者倫理の問題として考えられてきたことですが、これからの時代は誰もが知っておかなくてはならない知識。小学生のうちからある程度教育して、遺伝子組み替えにどんな意味があるのか、原理をきちんと知り、リテラシーを学ぶ必要があると思う。里山バイオラボが遺伝子の価値や意味の正しい知識を楽しく学ぶ場になれたらいいですね」
次世代の教育にDNAの知識は欠かせない。誰もが楽しく遺伝子を学べるベースキャンプとしての役割を、里山バイオラボが担おうというわけだ。
遺伝子解析ともう一つ、里山バイオラボで研究対象をしているのが「微生物」だ。特に近年の微生物研究で注目されているのが「微生物叢」研究の分野だという。微生物叢とは、端的には「ある場所に存在する微生物全体」を意味する。
「微生物の個々の働きを見る研究は、これまでものすごく進んできました。しかし、一定のスペースにいる微生物全体が一緒になってどんな働きをしているか、という研究は難しかった。近年、ようやく微生物を集団として見て定量調査することができるようになりました。例えば味噌作りの現場では、主発酵を担う麹菌や酵母以外にも、ものすごい種類の蔵付きの常在菌がいることが分かってきています。何十種類もの常在菌がどんな割合で存在してどんな働きをし、どんな味を作っているのかという研究も、この数年の発酵研究の分野でようやくできるようになりました」
この視点から里山バイオラボでは、里山の微生物叢を解析していくという。
「微生物叢を里山から町に向かって解析していくことで、空気や水に新たな価値を見いだせるのではないか、と考えています。空気や水に含まれる微生物の割合を調査すれば、里山の空気や水が美味しい理由を突き止めることができるかもしれない。里山の空気や水に含まれる微生物が身体に良い影響を与える、というデータが出るかもしれません。もし、これが分かれば『里山に住む理由』を掘り起こすことになりますし、短期間でも人が移住してくれるかもしれない。地域創生にも繋がるかもしれないと期待しています」
これらの調査も地域住民や地元学生と協働していく予定だという。
「サンプル採取の課外授業でもいいですし、一緒に分析をしてもいい。白山出身の子供たちが微生物の名前をたくさん知っているとか、DNAに詳しいとか。そうなったら面白いですよね。マクロな視点からではなく、遺伝子や微生物レベルのミクロな視点から里山の良さや問題点への気づきを与えられたらと思います。子供たちを集めて一緒に遺伝子分析をして、『森のDNA図鑑』(山口情報芸術センター)の白山版を一緒に作るのもいい」
微生物やDNAという目に見えない小さな小さな世界から、地域創生の糸口を手繰り寄せる。里山バイオラボは、このようにおそらくこれまで誰も考えつかなかった方法で日本の里山に価値をつける研究施設となることを目指しているという。
前述した微生物叢の研究がうまく進めば、他の地域へも横展開が可能になるだろう。
「一つのスキームができると他の場所でも研究できます。それぞれの里山の違いも見いだせるかもしれません。個々人の身体の微生物の割合や分布はそれぞれ違っていますから、その人に合った里山が見つかるかもしれません。自分の身体に合う空気や水がある場所が見つかったら面白いですよね」
DNAや微生物に注目した里山環境のデータベース化が進んでいけば、「一人ひとりの身体に合った住み良い場所」まで見つけられる可能性もあるという。研究施設としての大きなビジョンはここにある。
「微生物のデータは、遺伝子に次ぐビックデータになると思う。微生物解析、遺伝子解析をまずは白山麓というフィールドで展開していきたい」と相良氏は力を込めて語る。
まだまだ微生物実験や遺伝子実験は一部の人にしか共有されていない。これから研究施設として軌道にのる過程では、また別のアイデアも生まれることだろう。
多くの期待を抱えて立ち上げられた「里山バイオラボ」。最もミクロな視点から地域の未来を照らす研究所となれるか。今後の展開に注視したい。
(取材・執筆 杉田 研人 写真 スガタカシ 企画・制作 SAGOJO)
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