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水産業の「新3K」を掲げ、三陸から全国へ。日本の水産業を変えるために奔走するフィッシャーマン・ジャパン長谷川琢也氏の挑戦と葛藤 − 日本を変える 創生する未来「人」その10 

2020.02.28

Updated by 創生する未来 on February 28, 2020, 19:07 pm JST

昨今、日本の“海”が激変している。秋の風物詩であるサンマや、世界最大の漁獲量を誇ったスルメイカの水揚げ量はこの数年で下降の一途をたどり、2019年には過去最低を記録。一方で、熱帯や温帯に生息する魚が北上し、東北地方ではシイラ(ハワイではマヒマヒと呼ばれる)の水揚げ量が増加しているという。獲物が変われば漁法も技術も道具も変わる。日本の漁業は、慢性的な担い手不足という問題に追い討ちをかけるように、地球規模での環境の変化によっても生業の変革を迫られているのだ。

漁業のあり方の“潮目”が変わる、その渦中で、東北の漁師を束ねて結成されたのが今回紹介する一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンだ。漁業(広くは水産業)の新しいあり方や未来像を提示し、東北を拠点に日本の水産業再興に奮闘する団体として大きな注目を集め、事業は軌道に乗った。しかし、結成当初に掲げたビジョンの達成に向けて、今、わずかな焦燥感に駆られているという。どんな壁にぶつかっているのか。フィッシャーマン・ジャパンの発起人であり団体の事務局長を務める長谷川琢也氏に聞いた。

「魚嫌い」「一次産業を知らない」まま地方で漁師と事業を起こした動機

一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン(以下、FJ)は、2014年7月、宮城県石巻市を本部として立ち上げられた。その発起人でFJの事務局長でもあるのが、現在もヤフー株式会社 SR推進統括本部 CSR推進室 東北共創チームに所属する長谷川琢也氏である。

 

FJを一言で表すなら、東北の若手漁師が集ったチーム、と言えようか。しかし、ただ仲間内が集っているのではなく、大きな理想(ビジョン)を掲げ、そこに同意し活動している集団という特徴がある。

ビジョンの例としてまず挙げられるのは、FJの活動理念の中にある漁業というもののイメージの再構築である。具体的には、いわゆる3K(汚い、きつい、危険)のイメージが根強い漁業について、「カッコいい」「稼げる」「革新的」(新3K)なものだと謳っているのだ。

また、FJのメンバーは漁師に限らない。水産業者や、共に漁業を盛り上げていく志を持つデザイナー・IT関係者・流通業者・料理人など、様々なスペックを持った人々が含まれる。FJでは、「水産業界を本気で変えよう」という思いで関わっている人を総称して「フィッシャーマン」と名付けており、そのメンバーを設立した2014年から比較して、10年後の2024年までに1,000人増やすというビジョンを掲げている。そうしたメンバーがそれぞれに力を発揮できる活動を目指し、現在ではいくつものプロジェクトを動かしている。

まずは東北を足がかりに、ゆくゆくは世界まで視野に入れ、未来の水産業のあり方を提案し、次世代も憧れる水産業の姿を創り上げていく。これがFJの基本指針だ。そのために行っているのが、産地や鮮度はもちろん「持続的な漁業」に対する姿勢といった、水産物への付加価値を正しく評価してもらうためのブランディングや販路開拓であったり、日本の漁獲量が減っている背景にある、日本の海を取り巻く環境の変化についての啓蒙であったりする。そして、もちろん「持続的な漁業」の重要性や日本の水産業への危機意識を共有する「フィッシャーマン」を増やすべく呼びかけ、育成する事業もその一つだ。

しかし発起人の長谷川氏は、東京生まれ神奈川(横浜)育ち。関東の大学に進学し、東北とは縁もゆかりもなかった。そもそも「一次産業がなんたるか」も知らなければ、元々「魚嫌い」だったとすら打ち明ける。そんな長谷川氏がなぜ、石巻で漁師と仕事を始めたのか。まずはその来歴からたどりたい。

▲一般社団法人フィッシャーマンジャパン事務局長でヤフー株式会社 SR推進統括本部 CSR推進室 東北共創チームに所属する長谷川琢也氏

長谷川氏は大学卒業後、インターネットに可能性を感じてITベンチャー企業にエンジニアとして就職した。その後、2003年に26歳でヤフーに転職。これを機に、インターネットをうまく活用すれば個人の情報発信が可能なこと、そして人と人がつながればモノの売買が個人間でも実現可能になることを知った。

「僕が転職したころのヤフーは、ADSLのモデムを配っているような時代。インターネットを普及させることは、都市と地方をつなぐ“血”を日本の隅々まで巡らせているようだと思い、そこに希望を感じました」

しかし、同社でキャリアを積むうちに、インターネットで本当に地方を元気にできているか、大都市でインターネット・ビジネスのシェアを握っている人だけが元気になっているのではないか、という疑問も抱くようになる。そんな中、FJを立ち上げるきっかけとなったのは、2011年に起こった“3.11”だった。

震災では、SNSのTwitter(ツイッター)を安否確認のツールとして使用したユーザーが多く現れ、電話やFAXなど既存の通信網が麻痺を起こす中、インターネットが不安と混乱を軽減していたようだった。インターネットが世の中に「血」を通わせている、と感じた。

そして、この震災は、長谷川氏にとって「ごく個人的な体験」も思い起こさせた。

「学生時代は日本全国を旅して、地方の姿を知っているつもりだった。でも今は、仕事に追われて現地の本当の声をインプットする機会すらない。実際には地方からは遠く離れた場所にいて、デスクでPCをカチカチしているだけなのに、そこで情報を得るだけで東北の人たちが“動いている”と思ってしまうのはおこがましいと感じた。そんな状況が僕はいやだった」

何か手助けできることはできないか、と長谷川氏は2011年12月、東北の農作物・水産加工品・工芸品などを販売し、現地の現状やストーリーを発信するECサイト「復興デパートメント」(現「エールマーケット」)を手がけた。まずはヤフーというインフラを地方に持ち込むことにしたのだ。自然と地方にも足を運ぶことになる。そしてやはり、そこ(現場)での気づきは大きかった。

「都会では、デスクに座ってPCを開けば、外が昼なのか夜なのか、天気はどうなのかなどを知らなくても仕事ができてしまうけど、地方(の一次産業)は違う。四季があり、今年は雨が多かったから何カ月後に収穫する牡蠣はおいしくならないんじゃないかなどと考えないといけないし、自然環境の変化で通例の漁業解禁日が遅れることもある。自然や風景を見て感じとらないと仕事にならない。デスクでカチカチしていて分かる仕事なんかじゃなかった。でも、自然や地球は本来そういうもの。一次産業とは何かを知らない自分に気づかされました」

専門であるインターネット環境についても思うところがあった。現在ではスマートフォンの普及が進んでいるものの、いまだに地方ではネットを使った情報発信手法を知らない人もいれば、FAXでのやり取りを求める人もいる。震災を契機に、一見、地方でもネットインフラが普及しているかのように感じたが、ネットの「血」が通っておらず、その恩恵を享受できない人たちがまだたくさんいたのだ。

だから、もし、ヨソモノが本気で地方の方々と協働して何らかのアクションを起こそうとするのなら、その土地に根付き、その土地の文化を担っている人たちのことを知らなければいけない。それには、きちんと腰を据えて地域と向き合う「誰か」が必要になる。当たり前のことかもしれないが、長谷川氏もそう感じ、自身がその「誰か」になることを決めた。

若い人たちはビジョンに集う! でも、すぐに立ち上げると持続しない?

長谷川氏は本格的に「復興デパートメント」を立ち上げる際、ひとつの会社の力だけでやるのではなく、いろいろな会社や同じ指向性を持つ人々も巻き込もうと考えた。

「当時、若いクリエイターやエンジニアに『ヤフーです』と声をかけても名刺交換すらしてもらえなかった。でも、『東北でECサイトをやっている』と言ったら『すごい!』とみんなが話を聞きにくる。この体験は強烈で、若い人たちは志、つまりは“ビジョン”に集うことを実感しました」

意欲の高い若者たちは、企業名ではなく「何をやろうとしている人なのか」に目を向けていることに気づいたわけだ。

だが、たった1年の間で3.11という出来事が風化していく現実にも気づき始めた。そして現地に入ることになり別の方向性にも目を向けることになる。

「河北新報さんが復興のために力を貸してくれる会社を探していたところに、お話をいただき石巻河北ビルの1階をヤフーが借りました。それが「復興デパートメント」の拠点となった“ヤフー石巻復興ベース”です。2012年7月のことで、5人で始めました。現地に拠点を持つことができたのだから、まずは東北でしかできないことがやりたかった。もちろん初めからうまくいったわけじゃないけど、東北沿岸部にもともとあった産業に光を当てることこそが真の東北振興になると思い、漁業に注目したんです」

周知の通り、石巻は津波で大きな被害を受けた。震災によって漁協も機能不全に陥った。長谷川氏は現地にベースを持つことで、そこで悶々としていた若い漁師たちにも出会っていった。

▲三陸の海、沖合にて

「今思えば、働き方改革やSDGsの実践の場が、東北にケーススタディとして詰まっていたと感じます。震災後、東北ではいろんな事業が立ち上がったけど、10年近く経ってみて残ったものと衰退したものを比較すると様々なことが見えてきます。消えていった事業は、急ぎすぎたんじゃないか、と。FJは復興後も持続的に運営するために、じっくり2年かけて仲間集めをしました。これは、FJ代表でもあるワカメ漁師の阿部勝太に『すぐ立ち上げると持続しない』とあらかじめ助言されていたことが大きい」

阿部氏は、長谷川氏よりも9歳も年下。そのアドバイスを素直に受け入れられたのは、長谷川氏が地方に住んだ経験がなく、「一次産業を知らない自分」を自覚していたからだと話す。年齢や立場にこだわらず、経験者から出る言葉を優先する。これは、ヨソモノが地方で地方の人たちと協働するには必要な姿勢だろう。

長谷川氏は、阿部氏と共にリサーチから始め、事業の構想を練った。特に宮城県の漁業においての代表選手の選定や、お金を出すことになる民間企業・行政機関の選択には、趣旨をどれだけ深く理解してもらっているかなど、特に吟味を重ねた。

こうして2014年7月、現地の漁協や行政の機能が復活する前に、FJは石巻市で立ち上がった。創立メンバーは、漁師8人、魚屋3人、事務局2人の13人。そこから、確実に同志が増えていく。

なぜ漁師は、順風満帆の船出にブレーキをかけたのか

キックオフに先立ち、活動理念や方向性について当事者である漁師たち自身が会議で掘り下げていった。

「自分たちだけが稼げるのはNG」、「他人の何かを奪わない」、「未来に続く何かができているか」といった各々の思いをぶつけ合う。FJらしさが際立つポイントである「子供に背中を見せられる案件か」という軸でも話し合われた。「選択肢が多い世の中にあっても、その選択の一つに漁業が入ってほしい」という漁師の強い思いがあるからだろう。それに「ただの復興支援団体」にもしたくなかった。理念作りの段階から、当事者(ウチモノ)が積極的に関わって形にしたのがFJなのだ。

「漁師は個人事業主で一匹狼のようなもの。当然、ただ集まっただけでは喧嘩になることもあります。FJには、まずビジョンがあり、そこに賛同して集う人たちを上下関係なく横並びで“フィッシャーマン”と呼びます。FJに似たような集まりは、これまでもありました。ただ、残ってこなかった。FJではビジョンが強烈に共有されているから、喧嘩はしてもいまだに喧嘩別れはしていません」

キックオフの発表にはひと工夫を加えた。FJ創立の記者発表を地元・宮城ではなく、あえて記者が集まりやすい東京で行ったのだ。また、登壇する漁師たちがそれぞれの漁法で獲った海産物をランチに提供することにしたところ、結果、130人もの記者が押し寄せることになった。さらに、その場に企業(一般人)も交ぜた。すると、記者による公平さを重んじる記事に加えて、主観的な一般人のウェブ投稿も拡散することになった。願ってもない好スタートを切れたのだ。

「発表会を行ったことで取引も発生し、2014年は本当に忙しくなった。でも、所属する漁師はプロ。普段の仕事もあるし、いきなり回らない部分も出てきた。プロジェクトとして始めて急に事業規模が大きくなるチャンスを得たら、調子に乗っちゃってもおかしくなかった。サービスを回すために人を増やしてしまうとか。でも、漁師たちは逆にストップをかけてくれたんです。しかも、僕がファシリテーションをしていなかった会議で」

例えば、ある漁師からは「数カ月やってみて残ったものはなんだ?」と問いかけられたという。さらに彼は、「お祭りでホタテを食べてもらって数万売り上げる“1回限りのおいしい”で終わりにするのではなく、東北で、俺たちが、どんな仕事をしているかを知ってもらうためにFJを起したんじゃなかったか」とも指摘したのだ。

▲FJが運営する、漁師直営の居酒屋「魚谷屋」(東京都中野区)で供される三陸の海の幸。「元々は魚嫌い」とは思えないほど、一つ一つの魚や海藻の旬、そこに込められた漁師のこだわりについて長谷川氏は熱く語る。

つまり、瞬間的になんとなくちやほやされるのではなく、東北の海産物をおいしく食べ続けたい、食べ続けてほしいという気持ちに持続性が保たれることを漁師たちは何より強く望んでいたのだ。

ウチモノ・ヨソモノを巻き込み、多様なスペックを持つ「フィッシャーマン」を増やす

繰り返しになるが、FJにおける「フィッシャーマン」は、漁師だけを指す言葉ではなく、ビジョンに共感した多種多様な職業のプロを含む。そのメンバーで現在、複数のプロジェクトを同時進行している。

例えば、建築家がFJに参加した事例がある。「学生や若者が漁師を目指すために地域外から来てくれて、どう暮らすか」というコンセプト作りから始め、漁師に向けたシェアハウスの建設が実現した。

では、長谷川氏は「フィッシャーマン」をどのように増やしていこうと考えているのか? プロジェクトを簡潔に紹介しよう。

「TRITON PROJECT」

TRITON PROJECT」は、漁業だけではなく、その地域の水産業の担い手となるような人を集め、育てるためのプロジェクト。各浜で漁師専用のシェアハウスが利用できるなど、漁業に関心のある人の受け入れ先にもなる。2015年7月にスタートしたこのプロジェクトを通じて、多様な「フィッシャーマン」のうち、石巻エリアで新規に就業した漁師だけでも40名程度にのぼる(2020年2月現在)。

▲「TRITON PROJECT」のHP

「ギョソモン!」

ギョソモン!」とは、地域や漁業に関わりたい都会のプロフェッショナルを、はやりの「副業」「兼業」で巻き込むためのプロジェクト。漁業らしさや地域らしさを表すため、また副業不可の会社員でも参加できるようにと、報酬は「魚払い」される。特定非営利活動法人エティックと連携し、2019年7月にスタートしたプロジェクトだ。

▲「ギョソモン!」のHP。報酬は、なんと「魚」で支払われる

また、地域の短期的・季節的な人手不足で困っている事業者と、地域外の若者をマッチングするウェブ上のプラットフォーム「おてつたび」とも、2020年2月から実験的にコラボレーションしている。

ヨソモノに参加してもらうためには、「いかに地元サイドが自分たちのこととして活動をしているか」だと話す長谷川氏は、漁協職員や行政職員、地元漁師を巻き込んでひとつのチームをつくりながら担い手育成事業を進めることを心がけているという。

FJのビジネスとしては、2016年10月にFJの「フィッシャーマン・ジャパン マーケティング」を分社化。また、FJの事例をもとにして地域の特性に応じた横展開も行っている。北海道の利尻島では、FJと同じく漁師たちのチームである「NORTH FLAGGERS」の立ち上げに協力した。また、職人技「船上放血神経締め」を用いた福岡県北九州市藍島のブランド魚「藍の鰆」のプロデュースも手がけている。

3.11で立ち上がった長谷川氏の物語は、石巻市との連携事業からはじまり、関わる人々が増え続け、いまなお広がり続けている。

▲長谷川氏もカッコイイとうなる、「藍の鰆」のHP

まずは「伝える」こと。漁業&水産業の課題解決を目指す海のメディア「Gyoppy!」

これらいくつかのプロジェクトと並んで特徴的なのが、ヤフー社員である長谷川氏がプロデューサーとして関わる、漁業や水産業にかかる課題解決を目的としたwebメディア「Gyoppy!(ギョッピー!)」だ。2018年10月に立ち上げられた。

▲「Gyoppy!」のHP。ネーミングの由来は、海と魚からハッピーをつくること。おじさんのイメージが強い漁業のなかで、消費者や若者に寄り添うようポップであることが意識された

ヤフーとしての社会貢献の形の一つに「伝える」ことがある。課題に立ち向かう人たちを後押しし、世の中にアクションする人を増やすしたい、との思いで始めたという。

「東京に流れる時間は早いので、FJで目立ってもすぐに“漁師ってなんだっけ”となってしまう。メディア運営は伝えるこが得意なヤフーらしい取り組みだし、漁協職員とのコミュニケーションも図れる。“海のメディア”を持つことは、自分の武器にもなった。これまでの自分の縁やストーリーが繋がったと感じています」

日本は小さな島国だが、領海及び排他的経済水域の保有面積は世界第6位、体積では第4位を誇る海洋国家。それにもかかわらず、「海の問題」について関心の低い人も多い。

「Gyoppy!」には、「カップラーメンくらいしか作れない大学生が初めて魚を捌いてみた」というライトな記事もあれば、「SDGsにつながる青のり養殖。キレイな海とともに身の丈で暮らす」のような海辺の暮らしに参考になる個人史なども掲載されている。「『自分も他者も儲けて、海も守る』売れないローカル珍魚を売って漁業もする魚屋」など変わった魚屋の特集、「『海が好きなだけでもいい』水産業の未来に触れられる学び場、水産大学校とは?」という大学の特集などもある。漁業や水産業に関わる課題や問題提起だけでなく、分かりやすくキャッチ―な記事も掲載されている。また、こうしたオリジナル記事だけでなく、「海」に関連する様々な外部記事にもアクセスできる。

各記事の最後には「さっそくアクションしよう」の文字。SNSなどで記事をシェアして、さらなる発信をすることを読者に促しているのだ。課題を解決するには、何よりまず関心を持つ人を一人でも多くすることだ。それがどれだけできるかが、そのメディアの実力だろう。「Gyoppy!」は、漁業や水産業にかかる課題を広く共有し解決の糸口を探る、総合的な「海のメディア」を目指している。

スピードを上げて、全国に事業を横展開させたい。でもできない。調整役不足からくる葛藤と焦り

FJは、困っている漁村や漁師、消費者へ届くメディアを持ち、そのノウハウを三陸以外に横展開する実績も作った。立ち上げからこれまでに、かなりのスピード感でプロジェクトが立ち上がり、実行されているように思えるが、長谷川氏はそれでも物足りなさを感じている。それが、地域活性化を各地で横展開する際に必須となる調整役の不足だ。

ここで「調整役」とは、課題を持つ現場の人々と外界をつなぐ役割を担う人のこと。

「地方創生に取り組む時に大切なのが、地域の課題解決のために現地に飛び込む“人”であることはわかっていますが、志をしっかり共有しないと再現性がなくなるという弱点があります。再現性がないということは、持続性もない。魂のある人をつなぐための方程式がまだ見つかっていません。行政マンや漁協の職員がその調整役を担ってくれたら、と想像することもあります」

地方の行政職員や漁協職員なら、現地漁師たちの事情や人間関係などの理解が深い。信頼関係も築きやすい。それを外部の人間(ヨソモノ)が担うのは、現地に特有の事情を理解するだけでも圧倒的に時間がかかってしまい、その分、プロジェクトの進行を遅らせてしまう。

もっと効率的に横展開してスピードを上げなければ、地域も、日本の水産業も、再生するのを待つ間にダメになってしまう。とはいえ、行政の協力を取り付け、さらに調整役まで求めるのは簡単なことではない。そこに葛藤がある。急ぎすぎてはいけない、でもスピード感は保ちたい。その狭間で、長谷川氏は焦り感じてしまうという。もしかしたらこれは、ヨソモノが地方創生に関わる際に誰もが感じることなのかもしれない。

そんな中、吉報もあった。某市の行政担当者が「行政がこれまで通り、何のためになるのか分からないハコモノを作ったら、建設費用に加えて、建物の維持や光熱費、管理のための人件費も莫大にかかる。それに比べたら、地域で活躍する人に光を当てたり、人を育てる事業は安いものだ。長谷川くんは地域の未来につながるプロジェクトをやろうとしている。市はお金を出すべきだ」と市に対して働きかけてくれたことがあったという。

「すごく感動しました。もともとFJを始めた時から、事業として自立し、持続できることが重要という考えがあったこともあって、行政からの業務委託としてプロジェクトを受けることに対しては否定的だったところがあるのですが、地域には、社会的に必要でも、どうしても事業としてペイしづらい領域の仕事はあります。こうした部分への投資という意味で、自分たちを信じてくれる人がいるなら応えたい、と行政に対する目線が変わりました。そういう出会いが増えるといい」

行政側にこうした理解ある調整役を担える可能性のある人たちが増えれば、FJはビジョン達成に向けて、より加速していくだろう。

最後に、今後、FJをどうしていきたいのかを聞くと、「20代で新しいことをやっている、やろうとしている人たちに早く(FJを)手渡さないと、地域も、日本の水産業も、再生する前にダメになってしまうのではないかという焦りもあります」と言う。FJが掲げた「『フィッシャーマン』を1,000人増やす」というビジョンにおいて、自ら定めた期限は2024年。残り4年だ。FJの立ち上げ当初はみなで「やれる!」と強く思った。しかし、プロジェクトの規模が大きくなるにつれ、そのプロジェクトごとの調整に時間を取られることも実感した。規模が大きくなれば、わずかな人数でできることばかりではなくなる。若い担い手に参画してもらわなければ、そもそも「持続的」にはならない。

▲「漁業就業者数の推移」(農林水産省「漁業就業動向調査」)

▲「新規漁業就業者数の推移」(農林水産省「漁業就業動向調査」)

2003年に23万人以上いた漁業就業者は、2017年には15万人に減った。新規就業者は毎年2000人程度はいるものの、出生率の低下で、今後の人材供給に限りがあることはわかりきっている。彼らが働く場に、さらに魅力的なものにしなければ、就業者の増加は見込めない。FJの発起人として、長谷川氏はこれからも水産業の未来のために奔走を続ける。

若き漁師たちと力を合わせて水産業を盛り上げるだけでなく、副業でも異業種でもそれに関われる形を提示し、地方から世界を見据えて水産業の発展に取り組み続ける長谷川琢也氏を、創生する未来「人」認定第10号とする。

(インタビュー:スガタカシ 執筆:石橋加奈子 編集:杉田研人 監修:伊嶋謙二 企画・制作:SAGOJO)

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