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「空間」と「地元のコミュニティ」がトガった若者を惹きつける - 鳥取県湯梨浜町松崎

「空間」と「地元のコミュニティ」がトガった若者を惹きつける - 鳥取県湯梨浜町松崎

2017.12.01

Updated by Yu Ohtani on December 1, 2017, 11:41 am JST

※この記事は「小さな組織の未来学」で2016年10月12日に公開されたものを加筆改訂したものです。

なぜ衰退した温泉街に若者が集うのか

鳥取駅から山陰線で小一時間。松崎駅を降りると、「歓迎!東郷温泉」と書かれた看板と年季の入った商店街が現れます。風光明媚な“観光地”ですが、休日にもかかわらず「どこに温泉があるのだろう」と思うくらいに人もまばら。観光客の姿も見かけません。

▼ひと気のない駅前広場
ひと気のない駅前広場

旧東郷町(2004年に湯梨浜町に統合)の温泉街と商店街を含む松崎地区の人口は現在約1200人。松崎は倉吉と鳥取を結ぶ宿場町として中世に形成された集落で、温泉が発掘されてからは鳥取県第二の温泉街として戦前から70年代にかけて大いに栄えました。ピーク時の1970年代には年間35万人以上の宿泊客を集めたといいます。しかし、その後到来したモータリゼーションによって交通の便が良くない松崎は次第に取り残され、温泉業の斜陽化、人口減少と高齢化が進みます。中心市街地の商店街は駅から旧街道沿いに1キロほど続いています。以前は大勢の温泉客で賑わっていたそうですが、今ではシャッターが下りている物件や、空き家になっている物件が目立ちます。

▼空き家の目立つ商店街
空き家の目立つ商店街

そんな松崎ですが、東郷池の湖畔に若者が集うスペースがあります。「汽水空港」と名付けられたその場所は、ガレージを改造した小屋のスペースに所狭しと本が並ぶ古本屋さん。移住者の若者たちや観光客、地域の人々など様々な人が訪れています。他にも東郷池のほとりのカフェ「HAKUSEN」、商店街にあるゲストハウス・シェアハウスの「たみ」など、ここ5年ほどの間に若者が運営するスペースがつぎつぎとオープンしています。この衰退した温泉街に若者がやってくるのはなぜなのでしょうか。松崎へ移住した3人の動機とその暮らしを見ていきましょう。

▼「汽水空港」にあつまる若者たち
「汽水空港」にあつまる若者たち

低家賃とDIYで叶った「本屋で食べていく」という夢 - 書店「汽水空港」モリテツヤさん

「汽水空港」を運営しているのは北九州出身のモリテツヤさん。本屋と農業に興味を持っていたというモリさんは、震災を期に2011年に東京から鳥取に移住してきました。松崎のゲストハウス「たみ」に宿泊したことをきっかけに、そのまま松崎に住み着くことに。

モリさんは、松崎に惹かれた理由を「“シティ”だったから」と語ります。駅があり、商店街があり、宿があり、人が行き来する、小さくも「都市」として整っていることで、本屋を営むのに適していると感じたそうです。また、町から車で少し移動すると途端に田園地帯が広がり、本屋と農業を兼業するという夢が実現できそうだという点にも惹かれました。

▼モリテツヤさん
モリテツヤさん

移住してからはシェアハウス「たみ」に住みながら、自力で建物を直したり小屋を建てる技術を習得するため地元の工務店でバイトをする日々。2013年に商店街のおもちゃ屋さんの裏の敷地を借り、放置されていたガレージを改造して念願の本屋作りを始めます。三年ほど悪戦苦闘を続けながら一人で改修し、ガレージの後ろの空間に住居として自力で小屋までつくりました。

▼住居部分。これも手作り
住居部分。これも手作り

2015年の10月にオープンし、カウンターカルチャー系の本を中心に1500冊の本が並ぶ堂々とした本屋になっています。週末にはライブや展覧会などのイベントが行われていて、わざわざ大阪や東京から訪れる人もいるといい、松崎の新名所となりつつあります。家賃は月5000円で、現在では店の売り上げで生活していけるように。「昔から本が好きで、カウンターカルチャー系の本を読んでいて『消費だけでない生き方』に共感していました。でも東京でそれを実践するのはハードルが高い。その点、家賃が安い地方では拠点を持ってじっくり取り組めるんです」とモリさんは語ります。

▼「汽水空港」でトークイベント中
「汽水空港」でトークイベント中

「人に使われるだけ」のまちおこし事業なら東京で働くのと変わらない - 映像作家 中森圭二郎さん

モリさんの奮闘ぶりをドキュメンタリー映画に収めるべく松崎を訪れ、そのまま移住してしまったのが奈良出身の映像作家、中森圭二郎さんです。大学でカルチュラル・スタディーズと映像制作を学んだ後、東京で貧困問題などを扱うビデオ・ジャーナリストとして活動していました。ホームレス問題などで年上の人たちを取材するなかで、自分と同じ世代の活動や問題意識に興味を抱き、たまたまイベントで知り合ったモリさんが松崎で本屋をやろうとしていることを知って、モリさんを題材に若者の移住についてのドキュメンタリー映画にすることを決めます。

▼中森圭二郎さん
中森圭二郎さん

2013年の夏、松崎でモリさんの奮闘ぶりを追う中で、自身も「ここだったら住んでもやっていけそうだな」と感じたといいます。もともとフリーランスの映像作家として活動していたこともあり、移住へのハードルは低く、映像の仕事を田舎をベースにやってみるのも面白いのではないかと思ったこと、そして松崎の既存コミュニティと若者との関係が心地良さそうだと感じたことが移住への後押しになったそうです。

▼中森さんが制作したモリさんのドキュメンタリー映像「BOOKSTORE -移住編-」
中森さんが制作したモリさんのドキュメンタリー映像「BOOKSTORE -移住編-」

2015年初頭に、この後で紹介する「うかぶLLC」の三宅さんから「仕事と家、両方あるよ!」という連絡が入り、移住を決意。商店街に面した一軒家を購入し、「うかぶLLC」で空き家の利用を推進するプロジェクト「とっとりあそびば不動産」の担当職員として働いていました。2016年からは塾を開設し、近所の子供たちに自宅で勉強を教えています。映像作家としても活動中で、2015年にはアジア各地に出現している、若者たちの新たな価値観を実践するための空間(オルタナティブスペース)を取材した『Constellation』という作品を発表。アジアのスペースで出会った人たちの「自分の町に責任をもってかかわり、外の人を喜んで『もてなす』」という生き方に共感した中森さんは、自分も拠点を持って町に根付きながら、同じような問題意識を持って活動している他都市、他国の人々と繋がっていくというライフスタイルを模索しています。去年結婚し、現在は一児のパパ。ますます松崎での生活が充実したものになっていきそうです。

▼中森さんのご自宅兼塾「松崎ゼミナール」
中森さんのご自宅兼塾「松崎ゼミナール」

一方、松崎地区を含む湯梨浜町は現在、行政が主導して観光キャンペーンや移住促進プログラムを充実させています。こうしたプログラムは、移住する若者にとってはサポートになりうる反面、若者の労働力がトップダウンのまちおこし事業に良いように使われてしまうというリスクもあります。「人に使われてしまうだけでは東京で就職して日々日常を送るのとあまり変わらない」と中森さん。「自分が『これをしたい』というものを持って、それを実践していくことで自分から流れを作っていくほうが良いし、松崎はそれに協力してくれる人が多い町です」と語ります。

移住のきっかけと移住後の受け皿を作る活動 - 「うかぶLLC」三宅航太郎さん

モリさんや中森さんが松崎に移住してくるきっかけを作ったのは、「うかぶLLC」という会社の活動でした。代表の一人、三宅航太郎さんは岡山出身。もともとアーティストとして活動していた三宅さんは「人と人の接点を作ることに興味があった」といい、活動の拠点を探していたときに知人のつてで松崎を訪れます。2012年5月に「合同会社うかぶLLC」を蛇谷りえさんと共に立ち上げ、移住希望者が住むこともできる滞在スペース「たみ」の運営やアートプロジェクトのマネジメント、グラフィックデザインの仕事をしながら、空き家の仲介を行ってきました。

▼三宅航太郎さん
三宅航太郎さん

「物件探しが趣味なんです」という三宅さん。「うかぶLLC」として鳥取県から受託した「とっとりあそびば不動産」を2013年から2015年まで行っており、移住したいという人がいると、その人に合った物件を紹介してきました。松崎だけで15〜20人ほどの移住者の若者が住んでおり、そのネットワークの中心に「うかぶLLC」があるのです。「10年はやろうと覚悟して始めましたが、すでに勝手にやめられないなと感じています」と三宅さん。移住者と地域を繋ぐ、なくてはならない場所になっています。

▼うかぶLLCの本部兼宿泊スペース「たみ」
うかぶLLCの本部兼宿泊スペース「たみ」

「尖った若者」が松崎を移住先に選ぶ理由は「空間」と「地元のコミュニティ」

モリさん、中森さん、三宅さんは、大都市のライフスタイルや消費社会に疑問を持ち、社会問題に関心を持って自ら行動を起こしていく「とんがった若者」という印象を受けます。彼らの新たな活動と繋がりによって、松崎は衰退温泉街とは違った新たな顔を持ち始めています。「なぜ松崎だったのか」と話を聞いていくうちに浮かび上がってくるのは、「空間」と「地元」というキーワードです。

・「都市的」な町に手頃な空間があること
のんびりした地方でありながら都市の空気が流れていること。衰退したとはいえ温泉街ということもあり、駅や商店街といった都市的なストラクチャが残っています。「うかぶLLC」と地域の人々の関係のおかげで、物件を借りる手がかりがあり、商店街に面した一軒家でも比較的安価で借りられ、自分の発想をいろいろと試すことができます。

・地元のマダム・コミュニティ
三宅さんは、「地元のマダムたちがいたからこそ、僕らのような新参者が入り込むことができた」と強調します。移住者と地元住民の間に立ち、若い人が家や店舗を探している時には物件探しにも協力し、開業の時にはいろいろと商売や地元のしきたりのアドバイスもしてくれます。この地元のコミュニティの存在なしには、移住者がのびのびと実践することは不可能でした。

「空間」と「コミュニティ」、この2つの鍵を握るのが、商店街の女性グループ、その名も「鬼嫁」たち。次回は「鬼嫁」たちのノウハウに迫ります。

[2017年近況]
うかぶLLCは2016年1月にY(ワイ)Pub&Hostelを鳥取市中心部に新たに開業し、地元と旅人の憩いの場を作っています。汽水空港は2016年10月21日に起きた鳥取県中部地震のため、2017年11月現在改装工事中です。

【参考URL】
汽水空港
松崎ゼミナール
「BOOKSTORE -移住編-」
うかぶLLC

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大谷 悠(おおたに・ゆう)

NPOライプツィヒ「日本の家」共同代表。ドイツ・ライプツィヒ在住。東京大学新領域創成科学研究科博士課程所属。1984年生まれ。2010年千葉大学工学研究科建築・都市科学専攻修士課程修了。同年渡独。IBA Lausitzにてラオジッツ炭鉱地帯の地域再生に関わる。2011年ライプツィヒの空き家にて仲間とともに「日本の家」を立ち上げる。ポスト成長の時代に人々が都市で楽しく豊かに暮らす方法を、ドイツと日本で研究・実践している。