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「薬味は何が好き?」と問われたら ウイスキーと酒場の寓話(24)

2020.05.10

Updated by Toshimasa TANABE on May 10, 2020, 17:09 pm JST

薬味というのは難しいものである。育った家庭環境、地域の食文化、これまで食べてきた経験、店の流儀、それらに加えて個人の嗜好がかかわってくる。もちろん、定番というようなものはある。しかし、ちょっと考えてみただけでも、薬味だけではなく調味料も含めて甲乙付け難い悩ましい例はけっこうあるものだ。

・イカの刺身:しょうが醤油、わさび醤油、ポン酢
・ホタルイカ:酢味噌、しょうが醤油、わさび醤油
・刺身こんにゃく:酢味噌、しょうが醤油、わさび醤油
・カツオの刺身:しょうが醤油、にんにく醤油、ポン酢、塩
・アジの刺身:しょうが醤油、わさび醤油
・白身魚の刺身:わさび醤油、ポン酢と紅葉おろし、穂紫蘇
・馬刺し:しょうが醤油、わさび醤油、にんにく醤油
・鰻の蒲焼:山椒、七味(あるいは両方)
・鰻の白焼き:しょうが醤油、わさび醤油
・餃子:からし醤油、酢醤油と辣油
・焼き鳥:塩かタレかにもよるが、塩なら七味かわさびかからし、タレなら七味か山椒
・串カツ:ソース、からし醤油、おろしポン酢
・生ガキ:ポン酢、レモン汁、アイラモルト
・カキフライ:塩、ソース、タルタルソース、レモン汁
・冷たい蕎麦:七味、わさび
・納豆:刻みネギ、からし、醤油、タレ、もみ海苔、砂糖
・味噌ラーメンや豚汁:一味、七味、胡椒、辣油

薬味は、特に主役の食材を生で食べるような場合には、中るのを防ぐという意味もあるが、普通は食材の味わいをより引き出すためのアクセントとして使うものである。マグロの刺身とわさび醤油のように、その高い完成度によって組み合わせた結果自体が「マグロの刺身の味」として認識されているようなものもある。

例えば、イカの刺身を何で食べるかは本当に難しいと思う。イカの種類や食感にもよるし、切り方にもよる。一般には、わさび醤油かしょうが醤油であろうが、北海道の「イカそうめん」などは、ポン酢だったり独特なタレで食べたりもする。あまつさえ、生のウズラの卵を落としたりもする。函館の活イカの刺身などは、歯ごたえがシャキっとしていてトロ味はほとんどなく、イカの味が濃厚というよりは歯ごたえとノド越しが抜群だ。イカがとてもさっぱりしているので、これに限っては辛味大根と醤油が非常によく合う。握り寿司のイカであれば、大葉が巻いてあったり、レモン汁を刷毛でちょっと塗ってから塩を振ったりもする。

ホタルイカについては、ここでは生は想定していない。目玉の食感が悪い、ワタが少し生臭い、寄生虫の心配があるなどの理由から、やはり茹でたものが一番だ。目玉を取ってくちばしと背骨を抜く、という一手間がかかっているのといないのとでは大違いだ。春先のものなので、ウドや菜の花などの旬の素材と合わせて酢味噌で食べるのは良いものだ。しかし、ホタルイカを単独で食べる場合は、もちろん酢味噌も良いのだが、しょうが醤油かわさび醤油かという悩みが発生する。小さくてもイカなので、イカの刺身と同様の悩みである。意外に美味いのが、にんにくとオリーブオイルで洋風にする食べ方である。白ワインなら迷わずこれだ。

刺身こんにゃくは、プレーンなのか青海苔なのか柚子なのかなどでも変わってくるし、それらの三色盛りなどもあるので、これもとても悩ましい。こんにゃくのほのかな味わいが持ち味なので、何で食べるにしてもあまり薬味の味ばかりが前面に出てしまうのは避けたい。青海苔や柚子の香りも楽しみたい。

カツオの刺身ほど多様な薬味で楽しめるものはなかなかないだろう。刺身か周りを炙った叩きかにもよるし、カツオを単独で食べるか、玉ねぎやミョウガなどの野菜類と一緒に食べるかにもよる。カツオは、にんにくに負けないだけの味わいを持った数少ない魚でもある。塩叩きともいうようだが、にんにくスライスと塩だけで食べるのもシンプルで美味い。

白身の魚では、フグについてはポン酢に紅葉おろしだろうが、カワハギやヒラメになると、わさび醤油かポン酢と紅葉おろしで迷うところだ。穂紫蘇もアクセントにあると楽しい。手のひらでちょっと潰すと香りが立つ。カワハギは肝和えも美味いが、一瞬の湯通しの後に潰した肝に若干の白味噌を混ぜ込んで、それで刺身を食べるというのもとても美味い。

蕎麦については、温かい種物は七味だと思うが、冷たい蕎麦は難しい。店の流儀によるところも大きいし、「ざる」にはわさびが付いてくるが「もり」には付いていないので卓上の七味を使う、などということもある。また、一言で七味といっても、山椒の香りが強いものや弱いものなど、七味そのものの味にもかなりの幅がある。

また、薬味を汁に溶いてしまっては香りが立たなくなってしまって台無しだ。一回に手繰る分だけ、そこにわさびを付けたり七味を振ったりして、その部分は汁につけないようにしてすすり込んで、鼻に抜ける薬味の香りと蕎麦の香りを一緒に楽しむのが肝要だ。これは温かい蕎麦でもいえることだ。右手の箸で持ち上げた蕎麦の上に左手で七味を適量振るという、多少お行儀の悪い食べ方になってしまうが。

面白いところでは、生ガキを食べるときにアイラモルトを垂らす、というのがある。アイラの特有のヨード香はピート(泥炭)に含まれる海藻に由来するし、牡蠣の味わいも海藻由来である。さすがに和食の範疇ではないとはいえ、この食べ方を知ったときは嬉しい驚きだった。アイラモルトは知っていても、それを生牡蠣に合わせることには思い至らなかった。

カキフライの場合は、基本はソースだと思うが、塩も捨てがたい。塩の場合は、衣に振ってもパン粉の奥に入り込んでしまって舌が塩気を感じにくくなるので、一口齧ってから断面に塩を少し振ると、中身のカキにほんのり塩味が付く感じが良い。タルタルソースも定番だが、個人的にはタルタルの味が支配的になってしまって、タルタルを食べるためにカキフライを利用する、というような本末転倒感があると思っている。

串カツもなかなか難しい。これがトンカツならばからしとソースだし、たまにおろしポン酢(チェーン店の「かつや」で覚えた)を添える、くらいなのだが、串カツの場合は中にネギが入っているので話が簡単ではないのだ。パン粉の衣ということなので、もちろんソースで良いのではあるが、ネギの存在がからし醤油で食べたくさせるのだ。ネギは玉ネギか長ネギかという論争もあるのだが、だんだん薬味から離れてきたので、これ以上は触れない。

納豆は、家庭の食べ方に左右されるし、地域性もあって面白い。刻みネギ(葱の刻み方も小口切りとみじん切りなど迷うが)とからしに醤油くらいがスタンダードかなとは思うものの、もみ海苔も悪くないし、地域によっては砂糖を使うところもある。子供の頃のことだが、当時は大きかった納豆の豆と同じくらいのサイコロに切ったプロセスチーズが入っていた記憶がある(育ち盛りにダブル・タンパク質だったのだろう)。

先に挙げた例の中でも、激論になりがちなのが鰻の白焼きだ。わさび醤油で食べさせる店が多いが、もうずいぶん前のことであるが誰かのエッセイで「しょうが醤油こそが、白焼きを最も引き立てる」という記述を見て、さっそく試してみたことがある。それ以来、白焼きは可能ならしょうが醤油で食べることにしている。なかなかおろししょうがを出しているところはないので、訊ねてみて出してくれるならありがたく、である。

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しかし、この「しょうが醤油で白焼き」を経験の有無にかかわらず「白焼きにはわさびだ」と頭から否定しにかかる人はかなり多い。もちろん、自分はこれが好きというだけであって、他人に強要するものでもないし、論破するような性質のものでもないのだが、なぜか頑なな人、あるいは「へー、そんな食べ方もあるんだ」という構えになれない人、しょうが醤油をとにかく否定しなければ気が済まないという人はけっこういるものだ。「試してみたけれど、自分はこっちが好きだと思った」なんてことで済む話なのだが。

これは、白焼きに特有のかなり不思議な現象だ。鰻、それも白焼きを食べることは頻繁にあることではないので、それなりの思い入れもあるのかもしれないが、しょうが醤油とわさび醤油を並べて一口だけ試してみて、やはり口に合わないと思ったら残りは全部わさびで食べれば良いだけの話だ。ちなみに「うざく」は、鰻にきゅうりと酢、そこに針しょうがだったりする。鰻としょうがの相性は悪くないはずだ。

故郷の蕎麦(蕎麦の味は確かに濃いが、意外にもっさりしていたりする田舎の蕎麦)以外は認めないなどといって、東京のキレがあって美味いとされている蕎麦屋に連れて行かれても、うどんしか食べないような頑迷な田舎者も世の中には多いものだ。しかし、そういう構えでは、知らないままに失っているもの、みすみす出会いを見逃しているものがとても多いのではなかろうか。その頑迷な構えは「こだわり」などと美化されることもあるが、ものを知らないことを正当化しているだけという側面もあるわけで、これは食に限らず一事が万事なのではないか。

人は、「食べたことがないものは食べない人」と「食べたことがないものを食べてみる人」に分かれる。前者によって人類は生き延びてきた。しかし、後者によって多くの犠牲を伴いながらも、食の幅を広げてきたと思うのだ。

意識的あるいは無意識の固定観念に縛られて試してみる気にすらならなかった食材と料理と薬味の組み合わせにも、実際には先人の知恵が詰まっている。そこに新しい発見がある場合も多いはずだ。試した結果で「自分はこっちが好きだ」というのならまだしも、試すこともなく固定観念で頭から否定するのは、それが好きだといっている人へのリスペクトにも欠けるし、食に対する教養的態度とはいえない。意外に感じるものこそ、経験の欠落を補ってくれることに感謝して試してみたいものだ。これも食に限らずであるが、好みが異なる他人を否定する必要はまったくないし、そもそも失礼なのである。


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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。