「光と塩」というのは、新約聖書の中の私の一番好きな言葉です。イエスが「自分に従う人は、世の光でもあり、塩でもある」と述べたことに由来します。「光」は、人の目にも鮮やかに輝くし、「塩」は料理に入ってはいても目には見えず、それでも、それがなければ料理にならないばかりか、人間の命にも関わるものです。私にとって音楽は、人生の光でもあり、塩でもあり続けてきました。そんな思いの沸くところを暫く綴ってみることにしましょう。
今所有している楽器は、人様に喧伝できるような代物ではありませんが、一八九六年にイタリアで造られており、<Pietro Messori>という製作者の署名があります。メッソーリは一八七〇年生まれ、一九五二年に亡くなったヴァイオリン職人です。本拠地は、イタリアといっても、かの有名なクレモナではなく、モーデナです。当然ながら、ヴァイオリンを多く造りましたが、ウェブで検索する限り、比較的安値で手に入ります。
チェロは、そう多くはないようですが、私のものは、若書き(というのは変ですが、「若造り」というと別の意味になりますので)の作品で、いわゆるストラド・モデル(ストラディヴァリウスを範とする楽器。チェロにもあるとして)からは外れた、かなり個性の強いものです。造られて百年以上、どういう歴史を辿ったのか判然としませんが、幸いにも表板、裏板とも割れ目もなく、その点では健康な楽器といえます。
ただ、側板の張りがちょっと強いので、設計段階で多少の誤算があったのでは、と思われます。そのため、表裏板両面からともすればはみ出しそうになるのが、難点かもしれません。ある場所では、側板の方が表板よりも外に出るほどで、辛うじて膠で止っている有様です。ニスは、表板ではやや暗い色で、全体には「暗い」のとは少し違う、そう、地味な印象を与える楽器です。逆に裏板は、少し派手気味。こちらは美しい木目が冴えてます。
チェロを弾き始めて六十年、楽器としては三代目ということになります。初代は鈴木の一号、いわゆる「才能教育」を始めた鈴木鎭一氏の父君が創設した会社の作品でした。戦前に造られた手作りの決して悪い楽器ではありませんでした。六十年前のことですから、上二本は生ガットを張っていましたが、十年ほど親しい仲間として付き合い、それなりに応えてもくれました。
二代目は、ぐっと趣向が変わってドイツ製でした。バイエルン・アルプスの山間の町、というより南北ヨーロッパを繋ぐアルプス越えルートの一つ、<Mittenwald>で造られたものでした。ここには、弦楽器造りのマイスターたちが昔から集まっていて、弟子を養成する学校もあります。そこで造られた、しかし無銘の(つまり製作者の名前の入っていない)楽器でした。豊かな音量と、明るく乾いた音、左手にも右手にも、素直に反応してくれる性能の良さが気に入って、二十年ほど弾いていました。
その頃になると、弦はすべてスティールになりましたが、その厳しい張力にもしっかり堪えてくれていました。一度、布製のケースで鉄道の改札口を抜ける際に、うっかりぶつけて、表板にひびを入れてしまいました。今は亡くなってしまいましたが、名人芸を謳われたある個人工房の職人さんに直してもらいました。跡形もなく修復できて、前よりも音質も良くなったとさえ思いました。膠が剥がれると、僅かな長さなら外から、膠を埋め込むのが普通で、経済的にもその方が助かりますが、少しでも問題の残りそうな長さだと、必ず全部板を外して、膠を付け直さなければ気が済まないという、文字通り職人気質の、まことに丁寧な仕事をして下さる方でしたが、残念ながら、鬼籍に入られました。
その楽器に大きな不満があったわけではなかったのですが、今から三十年ほど前、思いがけない事情から、メッソーリ嬢がやってきました。試みに二時間ほど弾かせて貰って、音質の点で、これまでとは全く違うという印象を持ちました。ドイツ製に心を残しながらも、そちらを採ることにしました。
メッソーリ嬢は、とチェロを女性扱いしました。言語上の「性」は、その語の本質と必ずしも同調はしないことになっていますが、イタリア語、フランス語、スペイン語などラテン語系の言語では男性名詞、ドイツ語では中性名詞、ロシア語は女性名詞と、チェロという単語の性はまちまちです。しかし、形状からいっても、女性扱いが不自然ではないようにも思われますが、彼女は、奔馬とはいわないまでも、かなり自己主張が強く、当初は、愛用してきた現代フレンチ・ボーの典型の一つシャルル・バザンの穏やかな弓では、御し切れない思いを味わされました。しかし、今になってみると、深情けに陥った恋人のような間柄にあります。
先だって、彼女はちょっと重い障害を患いました。本体にネックが埋め込まれている個所の膠が、酷暑と高湿度のために、また常時かかる強い張力のために、弱くなっていたのでしょう、ごそっと剥がれたのです。ただ、最終的に剥がれ落ちる前に、ハイポジションが高くなって弾けなくなったので、異変に気付きました。取りあえず、弦を完全に緩めた上で修理に駆け込むことができたので、致命的な事故になることは免れましたが、一カ月ほど入院、加療が必要になりました。今面倒を見て下さっている楽器屋さんは、以前の方よりは若手ですが、有難いことに、良心的な扱いをして下さることにかけては、全く遜色がありません。
その入院の期間中、楽器屋さんが貸して下さったのは、ほとんど新品のドイツ製銘入りの立派な楽器でした。酷暑の最中、貸して戴いた高価な楽器に、もしものことがあってはいけないと、楽器のある部屋も、普段夜間は消してしまう冷房装置をつけっぱなしにして、温度と湿度を保ちました。それはともかく、まるでチェロという楽器に初めて触るような気分で、まあ譬えてみれば新婚気分でしょうか、もっとも「浮き浮きした」というのとも違う、恐る恐るというのに近い気分で、とにかく一カ月を過ごしました。結局は、浮気はできないと、つくづく思わされました。
そうはいっても、今でもメッソーリ嬢は、なかなか思い通りになってはくれません。二時間くらい、ご機嫌を取り結びながら付き合ってもらっていると、しぶしぶ、といった感じで、少しずつ本来の音(と私が勝手に思っている音)を出し始めてくれます。特に、一つひとつの弦の特性は、A線(第一弦)の明るく輝かしい音質、D線(第二弦)の温和で柔らかな音、G線(第三弦)には後で書くように一般的な問題がありますが、特有の渋さを含む音質、そしてC線(第四弦)の実り豊かな強さ、を感じさせます。どれもチェロという楽器に求める大切な「質」だと思いますが、それらが自ずから備わっているように思います。ちょっと贔屓目が過ぎるかしら。
もっともC線は、いまだにときどきご機嫌が悪くなると、弓を跳ね返して、素直に音を出してあげないわよ、というような反応を見せることがあります。こういうときは、抗わず、そっとなだめるように弾いているうちに、少しずつご機嫌を直してくれるのを待つより仕方がありません。無論、もっと優れた楽器は世界に山ほどありますが、自分の技量も考え併せて、私には彼女で十分だと思っています。
ところで、ヴァイオリン属の楽器を手にした人なら誰でも知っていることの一つに、狼音があります。英語の「ウルフ」あるいはドイツ語の「ヴォルフ」と呼ぶのが習わしのようです。その楽器の胴体の共振周波数と同じ周波数の音を弾いたときに発生する、音楽としては面白くない音です(もっとも、この音をわざわざ素材にした曲を書いた作曲家もいますが)。狼は不本意かもしれませんが、その不快な音を狼(の吠え声でしょうか)と名付けたようです。聴いて面白くないだけでなく、弾いていても、抑えた指に伝わる感触が好ましいいものではありません。
チェロの場合は第三弦、つまりG線上の<F>の辺りで発生するのが普通です。G線上の<F>ですから、弦の半分よりも少し低い辺りの音、つまりそれ自身の音の七度ほど上の音です。当然、一つ上の弦(五度上のD線)上でも、同じ<F>がありますが、そこでもかすかに異様な音になります。これは、楽器の構造そのものに原因があるのですから、クレモナのどんな名器でも、免れるのが難しい問題になります。
私のメッソーリ嬢は、どうやら<F>と<Fis>(F#)の近辺にそれがあります。例えば、シューベルトの『アヴェ・マリア』をG-Dur(ト長調)で弾こうとします。最初の一コーラスを低音で、第二コーラスをオクターヴ上で弾き分けるのが通例です。とすれば、最初はG線だけを使ってみたくなります。ところが、G-Durですから、Fisが頻発します。実はこの曲では、F(#の付かないF)も時に現れます。メッソーリ嬢の困難はここに極まる感じです。無論このFisやFは、上の弦(D線)でも弾けます。しかし、音楽的には、それではとてもつまらなくなるのです。
この困難を処理する手立ては、昔からいろいろと考えられてきました。最も手っ取り早い(しかし姑息な)のは、チェロの場合、楽器を両脚と腹部でしっかり抑え込んで、共振させないという方法です。多少は効果があります。でもねえ、折角楽器全体で振動してくれようとしているのを、こちらの都合だけで「止める」というのは、どうでしょうか。
緒留め(テール・ピース)の位置を変えて、共振音をやり過ごす、という方法も使われました。FとFisの間、あるいはFisとGの間などに、狼音をずらすことができるのです。しかし、鍵盤楽器ならいざ知らず、連続的に音を造れる弦楽器で、FやFisやGを固定した周波数の音と考えることは、ほとんど自殺行為のようでもあります。調性によって、あるいはその音が置かれた位置によって、楽譜上は同じFでもFisでもGでも、少し高めにとったり低めにとったりするのが妥当だとすれば、この方法も理想的とは言えません。
今は、「ウルフ・キラー」や「ウルフ・エリミネーター」と呼ばれる小さな補助具を、第三弦の緒留めと駒の間のしかるべき場所に装着して、切り抜ける方法が推奨されています。一応の効果は期待できます。ただ、副作用がないわけでもない、ともいわれています。
信じて戴けるかどうか判りませんが、面白いのは、物理的にいえば楽器自体の共振振動数は一定のはずで、だとすれば調弦さえしっかりしていれば、ウルフ音はいつも同じところで、同じように発生するはずですが、楽器のご機嫌によって、発生する場所も、発生の仕方も、微妙にではありますが、明らかに違うのです。
こうしてみると、機械的に造られたピアノのような楽器と違って、弦楽器は、まことに微妙な生き物のように思われます。実際、ほとんどすべてが「木製」ですから、ある意味では、弦楽器は生きています。弦楽器の木部も、永年乾燥させたうえで使うことは、ピアノの木部の「木」と同じですが、ピアノ(特に現代の)は鋼鉄を豊富に使っていて、「木」が思うままに振る舞うことはできないようになっているのに比べて、弦楽器は、温度、湿度、弦の張力などに敏感に反応して、常時動いていると申せましょう。文字通り「生きて」いるのです。と書きましたが、ピアノの調律をする方に伺いますと、ピアノであっても、温度と湿度によって共鳴板の撓みが微妙に動くので、決して安定した鉄製の機械というわけではないのだそうです。
最近では、オーケストラなどでも、Aの標準音をかつての四四〇サイクル(ヘルツ)から四四二に上げる習慣が広がっています。僅かでも高目に標準をとると、全体に音が輝かしくなり、華やかな印象になることから、歌の人々にはあまり歓迎されないはずですが、一般の弦の演奏家や指揮者には好まれるようです。ヴァイオリンもヴィオラもチェロも(コントラバスだけは違いますが)、Aを基準にして、五度ずつで四本の弦を調弦します。ヴァイオリンの場合は、A線の上に五度高いE線を置き、下にはD線、G線の四本、ヴィオラとチェロは、すでに述べたように、第一弦をA線にして、下へD線、G線、C線となります。
ただ、たまに、チェロの場合、最低弦をCではなくB(H♭、日本語では<変ロ>になります)に調弦することを、作曲家が求めることがあります。典型的な例としては、シューマンのピアノ四重奏曲の第三楽章、とても魅力的な旋律がチェロとヴィオラに与えられている名曲ですが、シューマンは最後の六小節ほどを下のCよりも全音低いBで弾くよう求めています。しばらく休符があって、チェロがお休みをしている間に、調弦の変更をしなければなりません。これは一種の軽業のようなもので、練習ならともかく、本番のステージで、他の奏者が弾いているときに、この調弦の変更をするのは、結構度胸と技巧の双方が必要になります。曲の最初から、第四弦にCより半音低いH調弦を要求している曲に、ショパンの前奏曲をチェロに編曲したピースがあります。
面白いことに、我がメッソーリ嬢は、先にC線に固有の問題を抱えていると書きましたが、この第四弦のB調弦やH調弦には極めて良い反応を示してくれて、これこそ我が本音とでもいわんばかりに、見事な音を出してくれるのです。つまり、Aを高めにとるという最近の習慣に従うと、当然Cも高めになりますから、余計に音を出し渋ることになりますが、そうしたとき、B調弦やH調弦にしてやると、俄然、嬉々として「いいね」といってくれるのです。バロック時代に造られた楽器ならいざ知らず、十九世紀も終わりの制作になる楽器なのに、バロック時代の調弦(当時は、Aは四四〇よりも遥かに低かった)が身についている、とでもいわんばかりなのは確かに奇妙です。
最近の国際市場での弦楽器は、ひどく高値になっています。ストラッドの真物などは、オークションでは最初から(円にして)億を超える値付けがされるようです。また弓も、原材料のペルナムブコ(ブラジル産の特殊な木材)が払底しているため、健康な弓の中には、数百万円という値がつくことも珍しくありません。楽器本体の方は、時代が経っても、むしろ付加価値が大きくなることが多いのですが、弓は使っている間に指が(実は爪も)当たる場所は、少しずつですが摩耗しますし、全体も疲労してくる傾向を免れません。弓本体は原則として消耗品と考えなければならないわけです。因みに弓の毛は完全な消耗品で、かなりな頻度で張り替えるのが普通です。
日本音楽財団などは、ストラッドだけでも(ヴィオラ、チェロも含めて)十本以上を蔵していて、若手の優れた演奏家に時間を決めて貸し出しています。最近では、中京地区のカレーのチェーン店のオーナーが、やはり優れた楽器を幾つか持ち、同じように貸出をしているのが有名になりました。
一つの楽器に出会ったとき、最初からその楽器が持っている特質を充分に発揮できるとは限りません。特に、コレクターが死蔵していた楽器が何かの都合で世に出て、実際に演奏家の手にかかるような場合、楽器が十分に本領を発揮して音楽を奏で始めるには、相当の時間が必要なのです。楽器自体の美しさ(推測できる機能も含めた)はありますから、一目惚れはというのはあり得ます。しかし「一耳惚れ」はまた別の話になるのでは、と思っています。
いずれにしても、ストラディヴァリウスやグァルネリといった古今の名器になると、製造されてから、どのような人々の手に渡り、どのような演奏経歴を経て、今あるのか、という物語が、一つひとつの楽器に付されています。それらを見ていると、人と楽器の出会いは、人と人とのそれに似て、運命的なものが付きまとうようにも思えます。特に、ある演奏家が所有するに到る場面では、篤志家の好意が働くことも多く、また、それが手放される場面での悲劇性も含めて、つくづく「人間的な」と思わされるのです。
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登録はこちら上智大学理工学部、東京大学教養学部、同学先端科学技術研究センター、国際基督教大学(ICU)、東京理科大学、ウィーン工科大学などを経て、東洋英和女学院大学学長で現役を退く。東大、ICU名誉教授。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家として活動を続ける。