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ホワイトハウスに無力なテック企業

Tech companies has no power over the White House

2020.07.09

Updated by Mayumi Tanimoto on July 9, 2020, 07:00 am JST

アメリカ政府は、高度技能人材向けのビザであるH-1Bを少なくとも2020年は発行停止することにしましたが、今回私が一番驚いたことは、知力も財力もあるテック系企業のロビーイングがまったく効果がなかったことです。

大分企業は財力もありますし人脈も相当あるはずですから、相当なロビーイングをしていたはずです。メディアを通したキャンペーンも行われていました。ところが、それらが全く効果がなかったのです。

現在のアメリカの活力というのは、テック系の業界から来ていることは明らかなわけですが、全く影響力が及ばなかったというのは驚くべきことではないでしょうか。

特に現在は、コロナの対策で追跡アプリやウイルスの解析、ロジスティックス、オンラインラーニングなど、ITなしでは社会が回らない状況になっています。

アメリカだけではなく他の国でもテック系の人材が不足していますし、仕事が大量にあります。

今こそ人を増やして社会がなんとか回る形にしなければならないというのに、それを阻害するようなことをアメリカ政府がやってしまう。もちろん、トランプ大統領が再選を狙ってのことなわけですが、これを支持するアメリカ国民がかなり多くいるということです。

彼らは、今のアメリカの力の源泉はどこにあるかということを合理的に理解していないどころか、テック業界に対してかなり敵対的な考え方を持っているということです。

そういう人々が決して少数派ではなく、むしろ多数派の方だということがポイントです。つまり、高度な技能を持った外国人がアメリカで起業したり、テック起業家として富を得ることを快く思っていない人がかなりいるということです。

そして、民主主義の仕組みの中ではテック企業は案外無力だということです。これは、非難するべきことではあるのですが、アメリカという国の現実として直視しなければならないことだと思います。

また、この傾向は実はアメリカだけではなく、イギリスや大陸欧州、カナダ、オーストラリアなどでも見られます。これらの国々は、高度技能人材への制限はアメリカほど厳しくはありませんが、一般の人々の感情というのは似たところがあります。

テック業界とそれ以外の世界の賃金や雇用環境というのが、あまりにも違うからです。例えば、私の知人の娘さんはイギリスの国立大学の文学部を首席で卒業しているのですが、卒業後にやっとみつけた仕事が鉄道会社の予約受付のコールセンターのシフト勤務の仕事で、年収は何と220万円です。一流大学を優秀な成績で卒業して年収220万円というのはかなりショッキングですが、地元育ちでイギリス国籍の人でも、スキルがなければこんな仕事しかありません。

これがテック系の学位だった場合、外国人でも初任給は400万円から、場合によっては1500万円くらいです。アメリカはもっと強烈ですから、格差はこれ以上です。

こういう状況は1998年頃から顕著になっていて、私が学生だった頃はちょうどその始まりの頃で、同級生の多くは報酬も雇用環境も恵まれているテック業界に就職していきました。

そして現在は、コロナ騒ぎで高い報酬を得るテック業界の人々は在宅勤務が当たり前で、宅配やネットのサービスを活用してリスクを回避した生活を送れます。郊外や田舎に転居する人も増えています。実際イギリスでは、郊外の大きな住宅への問い合わせが殺到しており、都市中心から引っ越す人が出てきています。これはアメリカも同じです。

しかし、ロジスティックスや小売、医療業界、介護業界、教育、製造業の人々はそうは行きません。賃金が低いにも関わらず、生活があるので仕事に行かねばなりません。

元々格差があったわけですが、コロナでそれが更に拡大しているわけです。命がかかっているので、この格差を目にするストレスはすごいものがあります。

アメリカのビザ制限を支持する人々がかなりいるという背景には、こういった社会の変化があることを理解しておく必要があります。

 

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。