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挑戦する「実行力」のある若者を育てる教育とは
『世界に通じる「実行力」の育て方』(小林りん 著)を読んで

2020.07.08

Updated by Hitoshi Arai on July 8, 2020, 14:30 pm JST

ここ数年、各地で真夏の最高気温が40℃を超えたり、豪雨で各地の河川が氾濫し浸水被害が出ることが恒例になってしまった。でもなお、頭ではその可能性は分かっていたとしても、これらの気候変動により我々の日常が大きく変化せざるを得ないほどの「不確実性リスク」を実感していたわけではない。それは、「茹でガエル」理論のような漸次的変化であること、環境被害の程度も場所によって異なるので、東日本大震災のとき同様、ある地域の人々を他の地域の人が助けるという構図が成り立っていたこと、にもよるのではないだろうか。

その構図も新型コロナウイルスで大きく変わってしまった。世界中どこでも誰もが罹患する可能性があり、今のところワクチンや治療薬という解のない新型コロナウイルスという新たな危機に直面し、戦後74年間、幸いにして平和を享受してきた日本人も、さすがに「未来の不確実性」を意識しているのではないだろうか。多くの識者がポストコロナの世界をどう生きるべきかを論じているが、どんな切り口であれ、「不確実性」に正面から向き合えることは基本として求められる資質であるはずだ。

解くのは難しいが必ず答えのある問題に上手く回答できた人に加点する、という教育でこれまで人材を育ててきた日本だが、今、「答えの無い問い」に直面し、誰もが混乱し不安の中にいる。幸いにして、多くの医師・専門家の献身的な努力により6月までの感染被害は一定の規模以下に抑えられたものの、その後は再び漸増するという傾向も見えている。今後、社会がどうなってゆくのか、来年のオリンピックは開催して良いのか、等々、我々は今、誰にも未来が予測できない状況の中にいる。


ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパンの教育

変化が激しく不透明な未来に向けて、自分を信じて一歩を踏み出せる「実行力」のある若い人材を育てる、それが『世界に通じる「実行力」の育て方』の著者である小林りん氏が「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」で目指していることだ。

ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(UWCISAKジャパン)は、投資家の谷家衛氏による教育プログラムの理念に沿った日本で唯一の全寮制国際高校である。ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC)は、1962年に始まった国際的な教育プログラムであり、世界に18校の加盟校がある。ISAKは、まず2014年に開校した「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢」(ISAK)を母体としていることを示している。ISAKは、共通の価値観が多く見られたUWCに参画し、2017年にUWCISAKジャパンとなった。

小林氏は、2007年に谷家氏と出会いその理念に共感し、全寮制の国際高校を日本で立ち上げるプロジェクトのために前職のユニセフを退職した。しかし、その直後にリーマン・ショックが起こり、初期資金としてあてにしていた20億円が消えてしまう。その後、寄付集めに再度奔走し、やっと方針が定まった頃、今度は東日本大震災に見舞われた。2008年から2014年のISAK開校までの小林氏の6年間の奮闘は、まさに中途半端な小説よりも劇的な現実である。そのエッセンスは本書でも語られるが、このプロジェクトの軌跡を追ったドキュメンタリー『茶色のシマウマ、世界を変える』(石川拓治 著)に詳しいので、興味のある方は是非こちらも読んで欲しい。

小林氏の「あきらめない」姿勢と「実行力」で実現したUWCISAKジャパンでは、現在、世界の80カ国以上から留学生を集め、軽井沢の豊かな自然環境のなかで「チェンジメーカー」を育てている。奨学金制度もあるため、先進国からだけではなく、経済的にあまり恵まれない発展途上国からの留学生も多い。様々な国出身の若者たちが全寮制のキャンパスで生活を共にすることで、生徒たちは世界には全く異なる価値観があることを認識するようだ。特に均一性の高い日本社会で育ってきた日本人の生徒にとっては、大きな刺激であるはずだ。

本書、『世界に通じる「実行力」の育て方』では、UWCISAKジャパンで行っている教育を、様々なケーススタディも含めて紹介しており、そこには我々自身が「教育とはどうあるべきなのか」を考えるための多くのヒントが含まれている。


多国籍=多様性ではない

この本を読みながら付箋をつけた箇所はいくつもあるが、最も印象に残ったメッセージの一つがこの「多国籍=多様性ではない」である。前述の通り、UWCISAKには世界80カ国以上の国から生徒が集まってくる。そこで生まれる多様性こそが、小林氏の目指す教育を可能にする基盤と考えていた。そして、それが日本の教育に最も欠落しているものである、と私は思い込んでいた。

しかし、小林氏は明確にそれは違うのだと断言する。富める人とそうではない人、宗教観、歴史観の違い、異なる価値観など、多様性とは単に多くの国の出身者が集まることではなく、それぞれの「個性」の違いなのである。このような多様性があるからこそ、自分とは異なる見方があることに気付き、その気付きを通して自分自身の良さにも気付くことができる、と小林氏は指摘している。

予め用意されたプログラムを受け身でこなす教育では「気付き」は生まれにくい。生徒自身が主体的に学ぼうとすれば、仮に日本人だけのクラスの中でも価値観の違いや個性の違いに気付くはずである。教師の役割は様々な気付きを生徒が得るための「ガイド」であり、「ファシリテーター」なのである。


自分の中に向き合う

もう一つ本書から学んだのは、「リーディングセルフ」の重要性である。自分は何者であるかを問い、自分がやりたいことは何なのか、を探求する(自分に向き合う)ことがリーディングセルフであり、UWCISAKジャパンではそのために様々なエクササイズが用意されているという。

自分が何をやりたいのかを明確に意識することができれば、例えば、その後に大学で何を学ぶかという進路も明確になる。何を学びたいという明確な意識がないままとりあえず合格した大学に進学し、さらに4年間モラトリアムの時間を過ごす、という多くの日本の大学生とは、全く異なる人生を送ることができるだろう。何より、「こんなことをやりたい」という漠然とした思いが、具体的な行動に落ちてくるのである。

小林氏はそれを「自分だけの北極星を見つけよう」という言葉で表している。北極星とは自分に向き合い、突き詰めた先にある自分自身の人生である。厳しい受験競争に勝ち抜き、一流大学、一流企業へと進んだとしても、その後20年、30年とその一流企業が一流のまま有り続けることは難しい世の中になってきた。これからの時代は、「自分で自分の人生を選択することができる力」こそが強みとなるはずである。UWCISAKジャパンではそういう人材を育てている。


フォトジェニックなことではないことの重要性

筆者も、長年イスラエルとビジネスをする中で、イスラエル独自のエリート教育、人々の常識にとらわれない考え方(think out of the box)を知り、最近その意義を紹介する本「世界のエリートはなぜイスラエルに注目するのか」を上梓した。資本主義の国では、活発な経済は国や社会の活力を生むエネルギーである。イスラエルでは、次々に生まれるイノベーションを源泉としてそのエネルギーが生み出される。突き詰めるとそこには、彼らの教育が大きく影響していることが分かってきた。

イスラエルの紹介では、その多くでイノベーションを生む「エコシステム」が語られ、スタートアップを支える政府の施策や軍の役割、投資家や大学の支援が語られる。これらは全て目に見える「フォトジェニック」なもので、真似しようと思えば少なくとも形を真似することはできる。しかし、そのシステムの中で活躍できるのは、out of the boxな考え方ができる人材であり、それは地道な教育で育まれるものなのである。

小林氏の指摘する「実行力」も生徒各自が「内向きの問い」を突き詰めてゆくことから生まれるのであり、国が決めたプログラムをこなせばできるというようなものではない。まさにフォトジェニックではないが、一人ひとりが地道に努力する中から育ってくる力だろう。

UWCISAKジャパンのような意欲的な活動を社会が支えることで、次世代を支える実行力のある若者が生まれ、彼らが停滞する日本を再び活力ある国に、世界に貢献できる国にしてくれることを切に願う。

■参考書籍

世界に通じる「実行力」の育てかた はじめの一歩を踏み出そう』小林りん 著 日本経済新聞出版

茶色のシマウマ、世界を変える―――日本初の全寮制インターナショナル高校ISAKをつくった 小林りんの物語』石川拓治 著 ダイヤモンド社

世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか』新井均 著 東洋経済新報社

 

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu