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細かな地元情報を拾い、アーカイブする。現代のローカルメディアに問う社会関係資本の重要性 ヨコハマ経済新聞編集長・杉浦裕樹氏 − 日本を変える創生する未来「人」その14

2020.07.06

Updated by 創生する未来 on July 6, 2020, 15:32 pm JST

地域に根差したビジネスやカルチャーのニュースをWebで配信している老舗メディア「みんなの経済新聞ネットワーク」(以下、みん経)。読者の方々も地元の名前を冠した「○○経済新聞」というネットニュースを見たことがあるかもしれない。この「みん経」、現在では120以上もの地方局と10以上の海外支局も持つ、一大ネットワークを構成している。

最初のメディアは「シブヤ経済新聞」だったが、これが広がるきっかけとなったのは、横浜で地域プロジェクトを展開していたある地方編集部の存在だった。今回の創生する未来「人」で紹介するのは、みん経で二番目の媒体となる「ヨコハマ経済新聞」の編集長・杉浦裕樹氏。その馴れ初めから今後の展望までを聞いた。

中央集権的でない、緩やかなネットワークで結ばれ「古くて新しいメディア」

みん経は、広告制作会社の花形商品研究所の西 樹氏が、渋谷地域の「いま」の情報を伝えようと2000年にスタートした「シブヤ経済新聞」(以下、シブ経)から始まる。シブ経が登場した当初は、渋谷周辺のローカルな経済や文化の情報発信に特化した単一のメディアで、大手メディアでは取り上げないような小さな街の変化を捉える地元密着型の媒体として注目を集めた。

2000年といえば、まさにITバブルの真っ最中。多数のベンチャーが登場し、「ヒルズ族」といった流行語も生まれた。今では、「小樽経済新聞」や「小田原箱根経済新聞」、「石垣経済新聞」など北海道から沖縄まで日本全国120もの支局を持つみん経も、当時は一つのベンチャー企業に過ぎなかった。みん経が広まったきっかけを作った人物が、今回紹介する杉浦裕樹氏なのだが、その詳細については後述する。

なお、それぞれの「○○経済新聞」は、シブヤ経済新聞と同じスタイルを踏襲しながら自主独立の地方局として運営されている。運営主体はさまざま。NPO法人やITベンチャー、シェアオフィスを持つコミュニティなど、母体となるコア事業を本業に持ち、そのうえで地元メディアとして「○○経済新聞」を運営していることがほとんどだ。地域の魅力を発信して、地域を盛り上げていきたいという自発的な、地元愛をベースとする「ボランタリー」な活動といっても良いだろう。これは一般の商業メディアと比べると、斬新に映るのではないだろうか。

結論を先にいえば、各地のみん経のネットワークは、地域の情報に関心があり、地域を盛り上げていきたいという強い意思と熱量を持つ地元の人々の力で広がっていった。そして、各メディアが中央集権的ではない緩やかなネットワークで結ばれているのが特徴だ。これは20年間にわたって、みん経が存続することができた大きな理由の一つだろう。

▲西氏が編集長を務める「シブヤ経済新聞」のトップ画面。2000年からスタートしたこのメディアが、現在の「みんなの経済新聞ネットワーク」の源流となる本家本元である。このスタイルを他の地方局が踏襲し、現在の全国ネットワークができた。

もう一つ、みん経が面白い点は「古くて新しいメディア」ということだ。Webページをご覧いただければその雰囲気は分かると思う。最近増えている地域発のメディアとは一線を画している。デザインはシンプルでみん経ネットワークで統一的だし、文体もかなり硬派な印象だ。地域系メディアでよく見る「~なので、ぜひ足を運んでみては?」といったオススメ調は見当たらない。

「新聞」と銘打つからには、公平・中立を保ちながら、客観的な視座で地元の出来事を「報道」する。このスタイルは、シブ経が生まれて20年を経た現在も、変わらず踏襲されているものだ。オールドメディアの新聞が持つ良い部分を守り続けてきた「みん経スタイル」ともいうべきものかもしれない。それが一巡して、いま「古くて新しいメディア」という新鮮なイメージを読者に与える。

杉浦氏はみん経の特徴を次のように語る。

「みん経は『街の記録係』という役割も担っています。大手新聞社のニュースサイトでは、過去の古いローカル記事を検索しても出てこないことが多いのです。たとえ検索できても、有料課金モデルになっており、タダでずっと閲覧することは難しい。しかし、みん経は過去記事をすべて無料で閲覧できます。いつ、どこで、どんな店が出店し、どんなイベントが催されたか。そういった地域の情報を時系列で調べられる街の出来事のアーカイブになっているのです」

街の変遷や歴史がアーカイブされることで、いつでも記録として引き出せるデータベースとなった。そのため、地域住民にも有用なツールとして活用されている。それぞれの「○○経済新聞」は、「地域の歴史を記述し、保存する」役割を担うものとして、ローカルな場に根付いてきたのだ。

脳神経科学から演劇、そしてコミュニティデザインへ。ユニークな経歴が地域活動につながる

さて、全国各地に緩やかなネットワークを持つメディアとして広まっていった「みん経」だが、一つのローカルメディアが全国に広まる発端を作ったのが杉浦裕樹氏である。同氏の経歴は、最初から「地域」仕事や「編集業」にあるわけではなく、実にユニークだ。

▲「ヨコハマ経済新聞」(ハマ経)編集長、杉浦裕樹氏。NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ、シェアオフィス「さくらWORKS<関内>」、市民包摂型ものづくり工房「FabLab Kannai」、地域型クラウドファンディング「LOCAL GOOD YOKOHAMA」など、数多くの地域コミュニティの仕掛人である。

もともと杉浦氏は、学生時代に学習院大学理学部化学科で脳神経科学を勉強していた理系人間だった。その一方で、音楽や演劇、舞踏などのパフォーミングアーツにも興味を持ち、舞台監督として活躍していた時期もあったという。一見すると、脳神経科学と舞台は関係がないように思えるが、情報コミュニケーションという観点から見ると関係が深いという。

「例えば、舞台のパフォーマンスにハマって感情が高揚したり、一体感を得られることは、物質的に見れば脳内神経物質の伝達というプロセスから説明できるのです。しかし、私は意識変容のメカニズムを探求していくことよりも、実際にそうした現場をリアルに作ることに面白さを感じていたのではないかと思います」と自身の歩みを振り返る。

舞台というものは、多くの人々の力が集結することで思いも寄らないマジックが起きる総合芸術である。実は、この舞台監督の経験が、その後に進めてきた「地域と関わる仕事」にも大いに役立っているという。

「舞台監督の仕事は、ステージに上がる役者さんから、舞台の演出家、音響さん、照明さん、美術さんから会場警備や楽屋担当などの裏方まで、あらゆる人々の才能を最大限に引き出す環境づくりが大切なのです。ですから、こういったアプローチは、地方創生の仕事で地元の資源や人々の力をお借りし、それらを上手く配分する手段にも通じています」

個人的なつながりがきっかけでのれん分け? 全国展開の端緒になった「ハマ経」

では、杉浦氏がハマ経を立ち上げたときには、どのような経緯があったのだろうか。

シブ経が発足した当時、杉浦氏も渋谷在住だった。「シブヤ・ビットバレー」の仕事に関わったり、「神宮前.ORG」というシェアスペースとWebによる情報発信を連動したプロジェクトや、カフェで素敵な良いコトを発信する「BeGood Cafe」の現場づくりなどに取り組むようになっていた。そのころIT関連の仕事も始めていた杉浦氏だったが、たまたまシブ経を見て強い興味を抱いたという。

「当時、あんなローカルメディアはほとんどなかった。自分もちょうどその頃、渋谷の街のさまざまなコミュニティの情報化の進展度調査やITベンチャーの支援などに関わり、地域のコミュニティに関心を持っていました。2003年には、横浜でまちづくりのNPO法人を設立しまして、横浜の街をR&D(研究開発)したいと考えていました。そのため地域情報を常にキャッチして、地元とのつながりを作れるようなメディアを持ちたかったのです。そこで西さんに相談し、同じような体裁でやらせて欲しいとお願いし、いわば『のれん分け』のような形でヨコハマ経済新聞を始めました」。

▲ヨコハマ経済新聞(ハマ経)のトップ画面。大手メディアからこぼれ落ちる地元情報を拾い上げて発信。1万1000本以上の記事がアップされ、その集積は「街の記録係」として、街の変遷や歴史を知る有用なツールになった。

杉浦氏は、地域を元気にしていきたいと「NPO法人横浜コミュニティデザイン・ラボ」を2003年に立ち上げた。ITの仕事をしながらも、地域コミュニティ活動にも興味があった。こういった経緯で、シブ経に続くみん経の第2号が誕生するに至った。

もちろん、その後の全てのみん経のモデルとなるシブ経をつくった西氏の功績は大きいが、ハマ経は120以上ものローカルメディア・ネットワークの端緒になったのだから、杉浦氏ののれん分けの依頼こそが大きな一歩だったともいえる。

ヨコハマ経済新聞の創刊は2004年。杉浦氏は、「人が幸せになれるようなストリート発のハッピーニュースを扱うこと、ちょっと経済の目線を持って、さまざまな地域の出来事にスポットを当てることを意識して記事をつくってきました」と話す。「超ローカル情報」と「地元愛」。これこそ、みん経の精神だ。

目に見える経済的な利益ではなく、ソーシャルキャピタルの構築が持続性のポイント!

「ハマ経は、大手メディアからはこぼれ落ちてしまう地元情報も拾い上げています。大企業ならば、自社の広報がプレスリリースを出したり、記者発表会を開いてメディアを呼んだりできますが、小さな店舗などはそういうことはできません。常にアンテナを張って、街の変化をキャッチアップしています。でも、彼らと一度つながりができれば、また情報が集まってくるという関係ができて、相乗効果も得られます」

杉浦氏は、前出のNPO法人横浜コミュニティ・デザインラボの事業として、ハマ経が編集部を置くシェアオフィス「さくらWORKS<関内>」や、市民包摂型ものづくり工房「FabLab Kannai」、空き店舗を活用した路面のコミュニティカフェ「泰生ポーチフロント」などの運営も行っている。実は、こういった地域を元気にするコミュニティ活動からも、さらに多くの情報が集まってくる。

▲ハマ経の編集部がある「さくらWORKS<関内>」。まち・社会づくり・コミュニティ・デザインのエンジンになるメンバーが集結し、より良い変化を生み出すためのシェアオフィスだ。

ハマ経では、この16年間で1万1000本ものニュースを発信してきた。ローカルのメディアとコミュニティを両輪で回していくといったスキームは近年は珍しいものではないが、同氏はいわばその先駆者として、いち早く手掛けてきたのだ。

最後に「ハマ経のようなローカルメディアが、人口の少ない地域でも持続的に自走していけるのか?」という素朴な疑問を杉浦氏に投げかけてみた。もし成立するのであれば、過疎地域のような場所でも、ハマ経のようなスキ―ムを適用できる可能性があるからだ。

「やはり、どういったネタを選んでいくのか、その局の編集者のセンスも関係するでしょう。さらにソーシャルキャピタル(社会関係資本)をどうやって作っていくか、という点によると思います。例えば、秋田や弘前などのような人口が少ない地域でも、大都市・横浜の記事より多くのアクセスを集めることがよくあります。場合によっては、小さい街だからこそ、市民の媒体へのエンゲージメントが強くなり、多くの『いいね』がもらえるという理屈も成り立ちます」

これまで多くの地方で、「○○経済新聞」が派生してきた。これは広告などで得られる収入だけでなく、地域における目に見えないキャピタルゲイン、すなわち「地域での信頼」というソーシャルキャピタルを各局が少しずつ積み上げてきたからに他ならないだろう。

今回の新型コロナ禍は、我々に「新たな価値観」の気付きを与えてくれた。実際に自粛生活によって自身のライフスタイルを見直すことになり、集合的な地域社会を意識する契機にもなった。来たるアフターコロナの世界では、よりローカルなコミュニティの結び付きが強くなり、層、地域の関係性やソーシャルキャピタルが重要になっていくかもしれない。

「継続は力なり」とは使い古された言葉ではあるが、まさにみん経はそれを地で行く「古くて新しいメディア」として、いま地方創生で活躍する若者たちにも多くの示唆と影響を与えうる存在だ。この、ローカルメディアの発展の端緒となったヨコハマ経済新聞の杉浦裕樹氏を、創生する未来「人」認定14号とする。

(取材・文:井上猛雄  編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO  画像提供:横浜コミュニティデザイン・ラボ  監修:伊嶋謙二)

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