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ウイスキー バーテンダー ステア イメージ

水割りを侮ってはいけない ウイスキーと酒場の寓話(15)

2020.01.09

Updated by Toshimasa TANABE on January 9, 2020, 20:34 pm JST

店にもよるだろうが、最近は「水割り」というと焼酎の水割りを指すことが多いらしい。しかし、ここは断固、ウイスキーの水割りということで話を進めたい。

水割りは、ウイスキーの飲み方としては最も親しまれているものだろう。実際、水割りはなかなか巧みな飲み物だ。酒の強さを飲み手の嗜好やシチュエーションに合わせて調節できるというのが、一番の良さだろう。例えば、立食パーティーの時などは薄めの水割りが適当な感じだし、状況や体調、酔っ払い加減に合わせての調整も利く。もっとも、既に訳が分からないほど酔っていると、どうしようもないということはいえる。

完全に個人的な嗜好だが、インドカレーに最も良く合う飲み物は、ブレンデッドスコッチの薄めの水割りだと思っている。

水割りは、単にウイスキーを水で薄めたものに氷が入っているだけ、と思われがちであるが、美味い水割りを作るのは結構難しいし、水割りの作り方にはバーテンダーのこだわりが表れていたりするので、これまた侮れないのである。腕の良いバーテンダーが作る水割りは、明らかに美味い。

ちょっと考えてみただけでも、水割りのポイントはいろいろある。

■ウイスキーと水の分量
・ウイスキー1に対して水1-2.5(ま、お好みではあれど)
・ウイスキーはシングルかダブルか

■氷を入れるタイミング
・最初からグラスに氷を入れる
・グラスでウイスキーと水を合わせてから氷を入れる

■ステアする(かきまぜる)回数
・氷の上からウイスキーを注ぎ、まずウイスキーだけでかきまぜる
・水とウイスキーを合わせてから良くかきまぜる
・かきまぜない

と、まあこんな調子である。さらに、ウイスキーの銘柄、温度などを加味すると、無限の水割りができることになる。

例えば、サントリーとニッカでも、Webサイトで推奨している水割りの作り方はかなり違う。サントリーは、グラスに氷を入れ、ウイスキーを注いだら良くかきまぜ、融けて減った分の氷を足して、そこに水を注いで、さらにかきまぜる、というスタイルである。ニッカは、先にウイスキーと水を合わせ、そこに氷を入れてかきまぜる、というスタイルである。

ウイスキーの銘柄という意味では、水割りに適したものとそうでないものがあるだろう。ある程度薄めても、その酒の個性が残っている酒が好ましい。単に薄くなってしまって、何の水割りだか分からなくなる、というものはいま一つである。そういう酒は、ストレートで飲んでも大したものではないので、飲む必要はない、ともいえる。もちろん、好みではあるのだが、シングルモルトウイスキーはストレートで個性を楽しみたい。「『安酒』ならではの楽しみがある」の回で紹介したブレンデッドスコッチのベースグレードなどは外れがない。

そういうわけで、私は女性が席に付いて水割りを作ってくれるような店には行かないのだが、それは、自分で作った水割りの方が絶対に美味い、ということも理由の一つなのである(そういう店には、酒を飲みに行く訳ではないという側面もあるだろう)。酒の濃さやステアのほんのちょっとした違いで、水割りは別物になる。私の好みを知っている腕の良いバーテンダーが作る水割りを頂点として、自分で作る水割り、他人が作る水割りという序列となる。

いろいろなやり方がある水割りだが、共通するのは、美味い水割りは水とウイスキーが良くまざり合っている、ということではないだろうか。そしてこれは、ウイスキーに限らない話でもある。例えば、焼酎を「燗」で飲むのに、前日から鉄瓶で水と合わせておく「前割り」、お湯で割るときに先にお湯を入れて後から焼酎を注ぐと温度差でよくまざるなど、酒飲みの先人たちが水と酒を均一に馴染ませることに気を配ってきたのがよくわかる。

ところがウイスキーには、「ウイスキーフロート」という、これとは全く逆の変わった飲み方がある。水の上にバースプーンを使って静かにウイスキーを垂らしていくと、水とアルコールの比重の違いからウイスキーが水の上に浮いたままの状態になる。上から、ストレートのウイスキー、だんだん薄くなる水割り、水、という状態の変化を楽しめる、というものだ。もちろん飲む時も静かに飲まないと、まざってしまう。

私が最近よくやっているのは、冷蔵庫で冷やしたグラスにウイスキーを注ぎ、適量の水またはソーダ水を加えて、ステアもせずにそのまま飲む、である。ソーダはステアすると炭酸が多少抜けるという理由もある。氷を常時用意しておくのが面倒くさいのでそうしているが、氷が邪魔にならないし、氷が融けて薄まらないので悪くない。もちろん、温くならないうちに飲み切るのである。かなりの方便、とは思っている。

世の中、便利なもので(「便利なものにロクなものはない」のではあれど、それはまた別の話)、ウイスキーの水割りというものが製品化されている。ニッカやサントリーは、はじめから水割りにした缶やボトルを販売している。「ブラックニッカ クリア&ウォーター」「スーパーニッカ&ウォーター」「サントリ-スペシヤルリザ-ブ&ウォ-タ-」「サントリー特撰白角水割」などである。冷えたのをそのまま飲んでも良いし、氷を入れたグラスに注いでも良い。前割りなので水とウイスキーが良く馴染んでいる。

テレビドラマ「孤独のグルメ」にも登場した川崎市にある某大衆酒場では、ウイスキーの水割りとオーダーすると、ブラックニッカ クリア&ウォーターとグラスに氷を入れて出してくれる。これは、かなり巧みである。300mlのボトルでアルコール度数は10%なので、3本飲むとアルコール摂取量が90ml相当となり、フルボトルのウイスキーを約3分の1ほど飲んだことになって丁度良い。

焼き鳥チェーンの「やきとり大吉」には、「山崎蒸溜所 仕込水 割り」という前割りのボトルがある。山崎蒸溜所の原酒と仕込み用の水を使用した水割りらしく、大吉グループでしか飲めないという。どういう経路で入手するのかは不明だが、ネットではプレミア価格のようだ。確かに、焼き鳥を食べるときの酒として、悪くないものである。

水割りは、自宅でも手軽に楽しめるものではあるが、実はけっこう奥が深いのである。間違っても「水割りでいい」などと言ってはいけないのだ。自らの手を動かして、自分に最も合った水割りを見つけ出しておきたい。それが、バーで飲む時のベンチマークにもなるし、腕のいいバーテンダーが作る水割りの美味さを実感できる素地にもなるはずだ。

最後に、水割りの便利な使い方を一つだけ。それは、ダメな店に当たってしまったときの対処方法である。例えば、美味いカクテルを出してくれる店は本当に少ないものだが、店に入ってしまって「あ”っ! ここはダメかも」と思ったら、ジョニーウォーカー・ブラック(ジョニ黒)の水割り1杯で、サクッと場所を変えるのだ。もっともらしい店構えのバーであれば、ベースグレードの酒はなくてもジョニ黒がないことはまずないし、ジョニ黒は水割りにして外れないウイスキーの筆頭でもある。濃いめが好きならば、ダブルではなく「水、少な目で」とオーダーすると良いだろう。


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出版社
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著者名
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新書
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価格
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ISBN
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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。