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DXの鍵を握る5つのキーワード

2020.07.26

Updated by Ryo Shimizu on July 26, 2020, 10:54 am JST

デジタルトランスフォーメーション、略してDXという言葉がある。
この言葉から感じる違和感はとてつもないものだが、もはやこれが定着してしまったので、気持ち悪いけれども使うしかない厄介な用語だ。

筆者も仕事上の必要に迫られて、DXについて調べたり、有識者にインタビューしたりしたことで、わかってきたことがある。
DXは、多くの企業で誤解されているということだ。

というのも、「DXせよ」という大号令をかけたのは経産省で、その根拠は2025年までにSAPなどの基幹システムの保守期限が切れたり、そもそも古い基幹システムを運用・維持できる人材がいなくなったりするからだ。

そのために「基幹システムを刷新しましょう」という大号令を経産省がかければ、そりゃあITゼネコンの営業担当者たちは大喜びで提案書を書くだろうし、古い基幹システムに普段から不満たらたらの大企業ユーザーのCIOにしても「よくわからないが今のペインがなくなるならば大歓迎」というわけで、みんなでお金を使いましょう、というお祭りムードに突入するわけだ。

ところが、大元のDXレポートという文書を参照すると、一ページ目に「パーベイシブAIやマイクロサービスを活用したオープンイノベーションプラットフォームを整備」と書いてある。

ところがたぶん大半のIT屋さんの営業担当は、「パーベイシブAI」や「マイクロサービス」と書かれていてもピンと来ない。もっと言うと、「ブロックチェーンとARとVRも活用せい」と書いてあるんだけどそこもたぶんわけわかんないから無視しているのだと思われる。

しかし、実際にDXの営業担当の人たちにインタビューしてみると、DXレポートの冒頭にのっけから引用されている、「オープンイノベーションプラットフォーム」について提案している企業はほとんど皆無で、基本的には「従前からあるシステムのモダン環境への載せ換え」を提案するに止まっている。なぜか?DXレポートの製作者の発想に、IT屋さんの営業の発想が追いついていないからだ。

DXレポートによれば、2025年までに頑張ってDXを成し遂げないと、そこから5年間で60兆円くらい損することになる。反対に、DXを成し遂げれば、2030年までに実質GDPを130兆円まで押し上げることができると言う。どういう計算なのかよくわからないが、マイナス60兆円からプラス130兆円になるんだったらやったほうがいい。

ただ、この「やったほうがいいこと」というのは、明らかに古臭いシステムをCOBOLやJavaからPythonやRustで書き直すことではない。

たぶん、このレポートの冒頭で引用されているIDC Japan株式会社の文章を書いた人も、なにかいろいろな前提をすっ飛ばして、「当然この手のことは知ってますよね?」というていで書いているからよくわからなくなってしまうのである。プログラミング教育のよくわからなさの非ではない。

この、「オープンイノベーションプラットフォーム」と「マイクロサービス」と「パーベイシブAI」と「ブロックチェーン」と「AR/VR」というのは、ものすごく密接な関係があるという主張なのだ。ところが実際のDXの現場に話を聞くと、「パーベイシブAIってなんですか?」と聞いてくるコンサルタントが本当にいる。もしも仕事でDX関係に関わっている人が身近にいたら、聞いてみてほしい。この5つのキーワードのうち、何個を正確に説明できるか。ちなみに筆者はAIの専門家を自認しているが、「パーベイシブAI」などという単語は聞いたことがなかった。つまりAI業界の言葉ではもともとなかったのだ。DXの世界では、2017年から使われている言葉であり、「Oracle Open World 2018」でも、「パーベイシブAI」は一つの重要キーワードになっていたようだ。

その意味でDXに関してはかなりのニワカである筆者だが、筆者なりに整理したこの5つの重要キーワードについてまとめてみる。とりあえず優先度が低い言葉からまとめることにする。なぜわざわざ優先度の低い順にするかというと、そのほうが重要キーワードの本質がわかりやすいからだ。

また、優先度が低いからといって「やらなくていい」わけではない。全ての重要キーワードはいずれビジネスの根幹を変えるために踏まえなければならないのだが、最初から優先度の低いキーワードをテーマにしようとすると混乱してうまくいかないので、優先度が高い順にとりかかるべきである、という意味だ。

■AR/VR 優先度★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 AR(拡張現実感)/VR(人工現実感)という言葉を知らないひとはさすがにいないだろう。ただし、これがDXの文脈に出てくると、ほぼ全員が頭にハテナマークが浮かぶ。一体全体、ビジネスのどのレイヤーにARだのVRだのを導入すればいいのかわからないのである。

 通常、ARもVRも、主にエンターテインメントのための技術として理解されているはずだ。ARは、たとえばMicrosoft HoloLensのように、工事現場やクラフトの現場などで活用できそう、というイメージを作ろうと頑張っている。

 ただ、これもどことなく「遠い世界の話」という気がしないだろうか。実際にそうなのだ。ARを活用できる現場はHoloLens2くらいまでいくとかなり「遠い世界の話」に感じてしまう。

 が、実際にはARというジャンルに分類されるが普通の人はARだと意識していないものがある。たとえば「ポケモンGo」だ。

 あれは開発元のナイアンテック社は「ARだ」と主張している。この「AR」がAugmented Reality(拡張現実感)なのかAltenative Reality(代替現実感)なのかは微妙だけれども、現実の場所と地名のデータを使って遊ばせるという意味では、確かに「現実感を拡張」していると言えるのである。

 これが「現実感の拡張」であるとみなすならば、「Uber Eats」はARを用いたDXの例であると言える。
 配車サービスの「Uber」と、宅配サービスの「Uber Eats」はともに現実の場所と人をつなぐオープンプラットフォームである。

 配達員もドライバーも、Uberの社員ではなく、Uberに登録した、いわば自営業者。働きたいタイミングで働きたいだけ働く、というスタイルで、注文する側もそれに納得して配送料を支払っている。これは既存のタクシー業者や宅配業者のビジネスモデルを換骨奪胎したという意味で、まさに「トランスフォーメーション(変態)」と呼ぶにふさわしい変化であると言える。

 ARは少しわかった。ではVRは一体どのようにビジネスを変革するというのか。
 これはさらに難しい。

 実際にVRを使ってビジネスが根本的に変わった例はまだない。航空会社や旅行代理店などがコロナ禍への対応でVR旅行サービスなどを提供し始めているが、それが根本的に旅行体験を代替するものになるイメージがどうしてもつかない。

 しかし、VRが示すビジネス変革の可能性は、人間自身の認識の拡張であると筆者は考える。

 これは筆者が4年前に開発した、人工知能(AI)の認識する「手書き数字(MNIST)の世界」をVR空間上で可視化したものである。

 YouTubeの都合上、そして読者諸氏が使用している機材の都合上、これをVR空間で見ることができないと完全には伝えられないが、AIの頭のなかに実際に(Virtual)入り込むことで、二次元の平面に投射していては永久に見えてこなかった「データの本質」や「AIの本質」のようなものに迫ることができる。

 「百聞は一見に如かず」、のVR版は「百見は一VRに如かず」とでも言おうか。とにかく、データの認識に関して、圧倒的にVR空間のほうがわかりやすいのである。

 また、筆者はオフィスを拡張する際、そのレイアウトを決定するのにVR空間上にオフィスと同じ間取りの空間を作り出し、実際にVR空間内のオフィスを歩き回ることで、スペース効率と心理学的効果を検証したこともある。

 残念ながらコロナで中止となってしまったが、4月1日から開催されるはずだった予定のイベントスペースの実際の大きさを体感するため、「養生テープによるVRブース」も作成してみた。VRとは「実質的な(Virtual)現実感(Reality)」を意味する言葉なので、別にコンピュータを使って作る必要はないのだ。

この養生テープによる六角形が、横に5つ、縦に3つ並ぶのがブースの全体像であり、それぞれの担当部署はひとつの六角形を担当するので同線や陳列プランを考えるのに大いに役立った。残念ながらイベントそのものは流れてしまったが。

 このように、VRの活用余地というのもまだまだあるのだが、ビジネスに応用するというのはまだまだ難しいだろう。したがって、5つの重要キーワードのうち、もっとも優先度が低いのはAR/VRということになる。

■ブロックチェーン 優先度★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 ブロックチェーンについても、「全く聞いたことがない」という人は、さすがにDXの担当者にはいないだろうと思う。「聞いたことはあるがなんのことだからわからない」というのが大多数だと思われる。

 ブロックチェーンとは、一言で言えば分散台帳のことである。しかし分散台帳という説明がそもそもわかりにくいので、もっと簡単に言えば、「データを全員で持つようにすることで信頼性を上げる仕組み」であるということにしよう。

 データという言葉がでてきたのでわかるように、ブロックチェーンは一種のデータベースを管理するための方法論に過ぎない。

 ブロックチェーンの実用例は、いまのところ暗号通貨と資金調達くらいにしか使われておらず、人によっては「新しい投資対象」としか理解していない場合もある。

 ブロックチェーンの本質的に重要なポイントは、「中心がない」ということであり、これは後述する重要キーワード優先度5の、「オープンイノベーションプラットフォーム」を構築する上で重要になる概念である。ただし、今のところブッロクチェーンを使わなくても「オープンイノベーションプラットフォーム」は作れるので、ブロックチェーンの優先度を相対的に下げている。

 もしもブロックチェーンを使った「オープンイノベーションプラットフォーム」が実現するとしたら、それはものすごく強力なDXモデルになる可能性がある。

 ブロックチェーンでもう一つ気に留めておくべきことは、「スマートコントラクト(自動契約)」の仕組みで、これは実質的にはプログラムを分散的に実行できることを意味する。そのためのプログラミング言語も開発されている。

 まずは「オープンイノベーションプラットフォーム」を作るとして、いずれ契約から料金の支払いまで全自動でできるとしたらそれはかなり理想的だ。そのためにブロックチェーンの活用は常に頭の片隅に入れておいて損はない。ただし今のところ、自動契約に関わるコストが高過ぎたりして気軽に使うには現実的ではない部分などが今後どのように解消されるかにかかっている。

■マイクロサービス 優先度★★★⭐︎⭐︎

 マイクロサービスは近年特に注目を集めているソフトウェア技術だ。これは、ソフトウェアを巨大な一つの塊として捉えるのではなく、小さな機能の集合体と見做すことで一つ一つのソフトウェアを小さな自己完結サービス(マイクロサービス)とし、保守性を高める手法である。

 かつて、基幹システムといえば、「巨大なシステム」の代表格だった。有名な例でいえば、35万人月、19年にも及ぶ時間を要したみずほ銀行のシステム統合がある。

 三つの銀行の全く設計思想が異なる巨大なシステムを換骨奪胎して統合するという、まさにDXの魁のようなプロジェクトだったが、これは「下手をするとDXに20年と4000億円かかってしまう」という教訓でもある。

 みずほ銀行のプロジェクトでは年代的にもSOA(サービス志向アーキテクチャ)が用いられた。これは巨大なソフトウェアをモノリシック(一塊)からサービスごとに別のソフトウェアへと分割するという点で、マイクロサービスとよく似ているが、SOAはSOAPやWSDLといった複雑な仕様のメッセージングインターフェースを採用していたのに対し、マイクロサービスはたとえばRESTful API(最近だとGraphQLもある)のようなWeb技術を使った、よりシンプルな切り分けができるものとして理解されている。

 マイクロサービス化のメリットは、システムが部分部分で切り分けられているので更新がしやすいことと、ひとつひとつのシステムが小さいので「見通しがいい」こと。巨大なシステムはどこに矛盾があるのかわからないが、マイクロサービスくらいのサイズであれば矛盾点があればすぐ気づくことができる。

 また、マイクロサービスは保守性が高い。

 たとえば、銀行系のシステムをマイクロサービス化するならば、「残高照会」「通帳閲覧」「振り込み」をそれぞれ別のマイクロサービスとして実装すると、たとえば通帳閲覧にバグがあっても、残高紹介と振り込みは正しく機能するし、その二つの機能を止めずに通帳閲覧だけ修正するといったことができる。

 マイクロサービス化は、やはりあとで説明する「オープンイノベーションプラットフォーム」を構築する上で必須とも言える概念で、マイクロサービス化しないDXは、DXの意味をあまり成さないと考えられる。

 簡単に言えば、マイクロサービス化で期待される事柄の中には、「自社のシステムを外に開放する」ことも含まれている。単にシステムの保守性が高くなるだけではなく、見込み顧客への自動見積もりや自動発注、自動請求など、マイクロサービス化を適切に行なって、企業の新しい営業窓口としてAPI(アプリケーションプログラムインターフェース)を用意することで営業活動までをも効率化しようというのがマイクロサービス化の真の効能である。
 実はその意味でいま最も実践されているのが銀行で、たとえばマネーフォワードやマネーツリー、PayPayなどのアプリから銀行のシステムは簡単に連携できて、すぐに口座残高を確認したり、PayPayにチャージしたりできる。

 一般に「マイクロサービス」とはサービスの規模が小さいものを指すが、クラウドを使う場合は、自動的にスケールするサーバーレスを意味する場合もある。

 自社の営業窓口に万が一注文が殺到するとしたら、APIはできるだけ止まらない方がいいに決まっていて、そのために適宜必要な時にスケール(自動的に大規模化)できるサーバーレスによるマイクロサービスは重要な選択肢になりうる。

 また、クラウドプラットフォームが用意するサーバーレスの仕組みを使うことで、そもそも運営保守費用を劇的に減らすことができる点にも注目したい。

 卑近な例を出せば、たとえば筆者の経営する会社のWebサイトは、それまで月額10万円程度の保守費用をサーバー会社とWeb制作会社に支払っていた。というのも、それ以下の値段では誰も保守なんかしてくれなかったからなのだが、「これをなんとか安くしたい」とサーバーレス化したところ、月額300円にまで費用が圧縮された。会社のWebなんて用事がある人しか見ないし、そもそも一般の人があまり用事のある会社でもないので、これで浮いた分のお金を別のことに回すことができるようになった。

 これは極端な例だが、サーバーレスは基本的に「必要なときに、必要なだけ起動する」ものなので、うまく使えば劇的な経費削減策にもなり得るのである。 

 仮にテレビかなんかで会社がとりあげられて、一時的にアクセスが増大しても、サーバーレス化していれば自動的にスケールアップされるので問題はない(その分あとで料金を請求されるが)。

 かつてのWebサービスは、「いつかくるかもしれない大勢のお客さんのために大きめの投資をして余裕のあるサーバーを用意する」ものだったが、サーバーレスの時代にはそういう心配はお客さんが大勢きてから考えれば良くなった。これだけでも初期投資が数億円単位で変わってくるはずである。

■パーベイシブAI 優先度★★★★★

 ようやくパーベイシブAIまで来た。筆者がAIの専門家であることを差し引いても、重要度はオープンイノベーションプラットフォームと同じく5であると考える。

 なぜか?まずパーベイシブという言葉から説明しなければならない。「パーベイシブ(pervasive)」とは、オックスフォード英英辞典によれば「existing in all parts of a place or thing; spreading gradually to affect all parts of a place or thing(場所または物のすべての部分に存在する; 場所や物のすべての部分に影響を与えるために徐々に普及するもの)」であり、一般的には「普及型AI」と訳される。

 「普及型AI」と言われても、AIのどの機能が「普及型」に相当するのか、その説明は「パーベイシブAI」という単語を使う人々はあまり詳しくしていない。

 我々、AIを本職にしている人間にしても「普及型AI」が具体的にどの技術を指しているのか正直ピンと来ない。

 デロイト社が今月14日に発表したレポートを読むと、「パーベイシブAI」を構成する技術について特に詳しい説明はない。我々からすると、世の中が「普及型AI」に期待する部分は、画像認識なのか自然言語解析なのか強化学習なのかという技術面でばかり興味がいってしまうが、このレポートでは(おそらく他の人々の一般的な"普及型AI"の認識も)、技術というよりも利用面に注意が向けられているようだ。

Our survey’s AI adopters show confidence in their approach to AI and how they can benefit—through technology implementation, financial investment, competitive advantage, and expected transformative impact.

They believe, as in years past, that AI is key to market leadership—today and in the future. Ninety percent of our Seasoned adopters believe that AI is “very” or “critically” important to their business today (compared with 73 percent of all survey respondents). All adopters are embracing key AI technologies such as machine learning, deep learning, computer vision, and natural language processing at a high rate, with nearly universal adoption of these technologies expected in the next year (see sidebar, “The AI technology portfolio”).

すでにAIをビジネスに導入している企業の担当者(AI adopterとされている)は、「今日のビジネスにとってAIは非常に重要(回答者の73%)」と捉えているようだ。採用しているんだから当たり前だろうと思うが、逆にAIを採用していても「非常に重要」と考えてない人が27%もいる方が驚きである。

ここでようやく技術的な用語が出てきて、「機械学習、深層学習、コンピュータビジョン、自然言語処理」の全てが普及型AIに期待されている事柄のようである。

The majority of adopters believe that AI will substantially transform both their own organization and industry within the next three years (figure 2). It also appears that the window may be closing on early-mover advantage. In the survey’s last edition, 57 percent said that AI would transform their organization in the next three years, and 38 percent said their industry would transform in the same time frame.3 This 19-point gap suggests that adopters saw a small window of competitive advantage. In our latest survey, that window has closed further: The numbers grew to 75 percent expecting organizational transformation within three years (up 18 points) and 61 percent anticipating industry transformation in the same time frame (up 23 points), with the gap between industry and organizational transformation shrinking to 14 points.

※太字筆者

 また、AI導入企業の大多数は、AIが今後3年以内に自社と業界の両方を大幅に変革すると信じているようだ。
 さらにこのレポートでは、こう結論づけている。

Pursue creative approaches

Improving efficiency and automation is a laudable goal, but businesses will likely soon need to go beyond and use AI technologies to differentiate themselves. Take inspiration from inventive use cases to develop solutions that are both useful and novel.

Push boundaries. Expand your view of what may be possible to accomplish with AI technologies. Try to pursue a more diverse portfolio of projects that could potentially enhance multiple business functions across the enterprise.

Create the new. Look to develop new AI-powered products and services that take advantage of the technologies’ ability to learn and solve problems that humans can’t.

Expand the circle. Move AI beyond the IT department by involving more of the business in AI efforts. Look for new vendors, partnerships, data sources, tools, and techniques to advance your efforts.

 つまり、AIを使って効率化・自動化するのは当然として、さらにそれを超えた新しい領域のビジネスの創造までをもAIに期待しているということ。AIからインスピレーションを得て、さらに新しいビジネスを開拓し、企業活動のあらゆる領域にAIの活用の幅を広げていくべきという提言だ。

 このデロイトの結論は、奇しくも筆者が日頃から主張しているAIのビジネス論と符合している。

 このレポートではAIに関係する技術全般を対象としているが、要素技術だけでできることというのはたかが知れている。DXを真剣に考えるならば、AIをどのようにビジネス領域に適用できるかをこそ真剣に考えなければならない。

 筆者が思うに、経営とは直感によってなされるもので、この「直感」はビジネスのあらゆるレイヤーを支配している。

 たとえば、「この商品を買っても良い」と考えるのはロジックだろうか。値段が安いから買うのか、他で売ってないから高くても買うのか、他にもっと安いものはあるけれども敢えて高いものを買うのか。いろいろな判断基準があるはずだが、人は必ずしも経済的に最も合理的(論理的)な方法を選ばない。これは不完全競争と呼ばれ、商品差別化や非価格競争へと発展する。
 
 そもそも人間は、たとえばスーパーでバナナ一本買うのでさえ、合理的な判断ができるとは言い難い。もっと安いバナナがあるかも知れない、もっと質の高いバナナがあるかもしれない。しかしそんなバナナを探す労力や、遠いスーパーまででかけていく労力を思うと、高いのか安いのかわからないけれども、今いるスーパーで目の前にあるバナナを買ってしまうのである。

 頭のどこかで「探す労力よりは安いはずだ」と考えているものの、実際に試算する人はかなり稀だろう。すなわち、購買行動というのは基本的に直感で決められているのである。

 筆者はバナナを滅多に買わないが、一本500円のバナナがあったら「それはかなり高級品だな」と感じる。50円のバナナがあったら、バナナの相場は知らないが、「とても安い」と感じる。これが誰もが買い物をするときに抱いている「価格感」という直感だ。

 営業活動においても、必ずしも安ければいいというものではない。どけだけ安いバナナを見つけても、安すぎると「このバナナ、食べて大丈夫かな」と不安になる。つまり価格というのは、顧客から見て適正な安さであると同時に適正な高さである必要がある。この「価格感」は直感によってしか決まらない。

 営業の現場では、お客さんの財布の中身を常に営業マンは頭に描いている。独身でマンションを買いに来る40代の公務員なら、予算はいくらくらいか、場所はどのへんか、その中で利益を最大化できて顧客が納得する物件はどれか、といったことを瞬時に考える。それを実際にエクセルで計算する人は稀で、たいていの人はその場で直感的に考えて提案する。

 人材採用も社内の組織改編も理屈はあれど究極的には直感で判断される。「あの人とこの人をぶつけたら面白そうだ」「この案件は、彼ならうまくやってくれそうだ」こういう会話を耳にしたことはあるだろうし、実際に数字だけで採否の判断がされるようなことはまずない。

 かように、ビジネスのあらゆるレイヤーは直感的に判断されるケースが多い。逆に言えば、直感力さえ確かならば、人間よりも機械のほうがずっと有利だ。

 筆者は常々、「AIとは機械化された直感力である」と主張している。

 筆者がこれを言い始めた当初は批判も少なくなかったが、もはや囲碁という究極の直感力ゲームでAIが圧勝する時代に、直感力が機械化されたことを否定しても始まらないだろう。現在のAIは確かに直感力を獲得したとしか言いようのない成果を上げているし、今後も上げていきそうなのだ。ポーカーも麻雀もAIに勝てない時代がすぐにやってくる。

 筆者はそのくらい、AIを信じているとも言えるし、知性に絶望しているとも言える。我々人類がこれまで数千年もの間、散々あれこれと理屈をこねて、知性についてなにかもっともらしいことを言っていたのは、全ては直感力という圧倒的な力の前にひれ伏すしかないのだ。せめて言葉にして議論することが、直感力を高めることにも役立っていると思いたいが、もしもそうなのであれば、なぜものも言わぬ機械に囲碁で人類が敗北するのだろうか。AlphaGoのプログラムは、全て印刷しても筆者のオフィスのホワイトボード一枚に収まってしまう。それくらいシンプルなプログラムが人類のどの棋士よりも強くなってしまうのは、圧倒的な場数を経験したからである。機械化された直感力は、環境さえ整えれば学習するのは容易い。

 そして経営の本質が直感であり、ビジネスのあらゆるレイヤーに直感の力が無視できない大きさで働いているのならば、人間の直感に頼るよりはAIの直感に頼る方が勝率はかなり高くなると考えられる。

 DXがなされるときに最も重要なパートの一つが「機械化された直感力」すなわちAIであることは言うまでもない。ビジネスの根幹にAIを導入しないのであれば、たとえDXに成功したとしても競争では負けるのである。

 AIを使う組織と、AIを使わない組織が正面から対決したら、単にAIを使う組織が勝つ。それは鉄砲の時代に剣だけで斬り結ぼうとするのと同じだ。こうした目的に使われるAIを筆者は「戦略級AI」と呼んでいる。

 戦略級AIの根幹にあるのは、「機械化された直感力」の根本にある深層強化学習で、これはビジネスの各プロセスを適切に「数理モデル化」した上でシミュレーションにかける必要がある。

 面白いのは、「数理モデル化」するのに、数理的には解かないことだ。つまりこれは「統計モデル」を作ることとイコールではない。情報処理学会には「数理モデル化と問題解決研究会」という分科会があるが、ここで主に議論されているのは「コンピュータゲーム」の話である。なぜならば「コンピュータゲーム」というものは、現実のシチュエーションを「数理モデル化」したものだからだ。もともと「数理モデル化」の研究自体が、軍隊における図上演習(シミュレーションゲームの原型)にあったことからも明らかである。

 AlphaGo開発の陣頭指揮をとったデミス・ハサビスが元ゲームクリエイターであるのと深層強化学習は無関係ではない。

 人事、営業、広報、宣伝、企画などは全部、または部分的に数理モデル化が可能だ。簡単に言えば、ゲーム化可能なテーマは全てある程度は数理モデル化できることになる。もしもこのようにして作られた戦略級AIが誤った判断を下すとすれば、それは数理モデル化が間違っていたということだ。

 したがって、戦略級AIにおいては、AIのプログラムそのものではなく、ビジネスプロセスの数理モデル化そのものが重要になる。ポストDX時代のAI開発においては、AIそのものというよりも、AIを教育するための学習環境としての数理モデルの精度をどこまで高めることができるかに人間の全想像力を投入しなければならなくなるだろう。最終的にはそれは人間の精神活動の全てを数理モデル化することに繋がり、それは結局、全脳アーキテクチャが目指すような、人間そのものの数理モデル化と統合される可能性すらある。

 最初から全てのプロセスをAIに置き換えるのではなく、始めは「参考意見」程度に取り入れればいい。それを繰り返していくうちに精度が上がっていくはずである。重要なのはビジネスプロセスの中心にAIを入れ込むことだ。

 AIを中心に捉えたDXをする企業と、しない企業では、前者が勝つことはもはや疑いようももない。

■オープンイノベーションプラットフォーム 優先度★★★★★

 そうして、これからの企業のあるべき姿が「オープンイノベーションプラットフォーム」としての企業体である。

 中世までの組織のリーダーは、命を賭ける人のことだった。ノブレス・オブリージュを果たすため、貴族は戦争となれば私財を叩いて傭兵を雇い、自ら甲冑に身を包んで戦地に赴いた。

 近代の組織のリーダーは主に金銭的なリスクをとる人のことだった。私財をはたいて会社を作り、人を雇い、組織を成長させていった。この時代の組織とは大多数が私企業であり、組織を守ることとは、会社の財産と社員を守ることと直結していた。

 現代の組織のリーダーは、金銭的なリスクをとる人ではなくなった。多くの創業経営者が私財ではなくエクイティによって、つまり現在の財産ではなく将来の財産を担保に資金を調達し、自分の思い描いた成長曲線を堅持することに全力を傾ける。会社と個人は切り離され、会社は人々の思いを乗せて走る器になった。

 現代の企業において、多くのプレイヤーはサラリーマンか、一族経営ではない経営者であり、誰であろうと相応しい人物が組織の舵取りをするべき、という考え方が浸透してきた。

 ゼロ年代最大のカリスマ経営者だったスティーブ・ジョブズの死とティム・クックへの交代劇、ビル・ゲイツからサティラ・ナデラへの交代劇を見ても、それがよく象徴されている。

 会社が「価値観の器」であるならば、近代の組織のように利益を独占したり、競争相手にに意地悪をしたりする必要がなくなる。事実、ここ数年のマイクロソフトとアップルは対立構造を感じさせない。ほんの少し前まで訴訟合戦をしていたモトローラとアップル、グーグルもそうだ。そういう、企業間の利益の独占をめぐるいざこざめいたものは消費者から嫌われるリスクと隣り合わせで、消費者からそっぽを向かれたら生きていけない、という点で現在の企業はかなり民主的な組織になってきている。

 そうした世界観から考えると、DXの中でも最も優先度の高いキーワードである「オープンイノベーションプラットフォーム」の姿が自ずと見えてくる。

 あらゆる経済活動の基本は「商品を売り、相手を幸せにして、そのおこぼれで自分も幸せになる」ことであると考えられる。つまり「お客様が儲かって、初めて自分たちが儲かる」というビジネスモデルだ。これ以外にビジネスの正解はない。

 これを基準に考えると、そもそも究極のビジネスとは、「ライバルさえも儲けさせて、そのおこぼれで自分も儲かる」ことではないだろうか。ということは、この世界観では誰かの妨害をする必要はなくなる。つまり「誰でも儲けてください。そのおこぼれで私も儲けます」ということができれば、しかもそれができるだけ自動的にできるとすれば、企業と企業のネットワークから成る社会全体が共存共栄できる理想境になっていくのではないだろうか。

 DXが目指す究極の社会の姿はこれである。

 これを実現するための仕組みが「オープンイノベーションプラットフォーム」だ。つまり、「開かれた創発のためのプラットフォーム」である。

 この開かれた環境をマイクロサービス化されたAPIがつないでいく。
 それぞれの企業はマイクロサービスを提供し、それが価値につながっていく。マイクロサービスが他のマイクロサービスと有機的に結合し、また、有機的な結合の最適解をAIが自動的に発見する。

 たとえばこんな未来像を考えてみよう。(※すべて筆者の妄想であり登場する地名・企業名・店舗名・人物名などは架空のものです)

 ある日の朝、午前五時。
 銚子港では、季節外れの秋刀魚が大漁に入った。漁師の林さんは困り顔

「こんなに獲れても売れねえな」

 通常のルートではとても売り捌けない。
 しかし、銚子港の漁業組合はDX化されていたので、大量の秋刀魚が水揚げされたことをAPIで通知する。
 それを察知したクックパッドのAIが、秋刀魚を使った夏料理についてクラウドソーシングでレシピを銚子港付近で募集。協力者には秋刀魚を無償で手配。

 同時にクックパッドのAIは銚子港から6時間以内でいけるスーパーマーケットにレシピ販売を打診。

 そのとき、気候不順でたまたま不作に悩んでいた新潟県中越地方。
 兼業農家の山田さんは、不作のぶん稼がないとと、今日も地元のスーパー原信で働いていた。しかし不作なのでそもそもスーパーに陳列する食材が少ない。

 陳列する材料が少ないことを察知した原信のAIは、さまざまな提案の中から、自社の商圏の消費者の直近の天候と消費傾向から青魚が最適解と判断。アジのセールは先週やったため、変わった商品として秋刀魚を推してきたクックパッドからの打診を承認し、レシピの購入と銚子港からの秋刀魚の大量購入を決定。通常のルートでは間に合わないので、Uber Track(架空のアプリ)で銚子港付近にいたフリーのトラック運転手、橋本さんがミッションを受領。

 「おい兄ちゃん、この秋刀魚、全部積んでくんな」

 橋本さん、4トントラックに秋刀魚をありったけ積んで、ついでに新潟へいくルートの途中にある道の駅で売れそうな品物も買い上げて隙間にねじ込む。4時間ほどで到着。

 クックパッドに秋刀魚を使ったレシピが多数投稿され、つくレポの中から評判のいいものをピックアップして原信のAIに送信。原信のAIは受け取ったレシピを店頭のデジタルサイネージに表示。クックパッドは原信からレシピ提案手数料を徴収し、銚子港漁業組合からは秋刀魚販売のアフィリエイト料もブロックチェーンによる自動契約によって徴収。

 それでも秋刀魚は余っているので銚子港のAIはやよい軒のAIに秋刀魚を使った焼き魚料理を打診。ガストのAIは受領し、自動的にドライバーが手配されガストの各セントラルキッチンに秋刀魚が送付される。

 スーパー原信で働く山田さんだったが、その日はたまたまシフトがなかったので近くのガスト長岡宮内店で人手不足というのをUber Work(架空のアプリ)で知り、その日だけ働くことに。

 トラックの帰り道、小腹の減った橋本さんはガスト長岡宮内店に立ち寄る。

 「サンマ定食ひとつ!」

 こうして、漁師の林さんもトラック運転手の橋本さんも、兼業農家の山田さんもクックパッドもみんな儲けてみんな幸せ。橋本さんは新鮮な秋刀魚が食べられてさらに幸せ。しかもこれ、AIが勝手に営業活動しているだけで、人間は肉体労働しかしていない。どこに何をどのくらい運んだらいいのか、ということはAIが考えてAI同士で決めて勝手に運ばれる。

 あらゆるビジネスが有機的に結合するとき、その中心にいるのは間違いなく戦略的な判断を瞬時に下せるAIであるべきで、人間が間にはいってグズグズしていたら秋刀魚は腐ってしまう。


 

 こういうことが起きるかもしれないDX経済圏にどうやって入っていくか、どのようなマイクロサービスを提供できるか、するべきか、という議論に入っていかなくなてはならなくて、特にアフターコロナの時代を意識すればするほど、実はこうした自動取引や自動契約の重要性はどんどん増してくるはずである。

 読者諸氏も自分の業界でDXが進んだら何が起きるか、想像してみたら楽しいのでは。
 

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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