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農業体験から就農へ。就労困難な若者一人ひとりに合わせた新たな就農支援が地方農家の課題をも解決する糸口に 泉佐野アグリカレッジ(後編)

2021.03.31

Updated by SAGOJO on March 31, 2021, 13:00 pm JST Sponsored by 株式会社泉州アグリ

 社会的に孤立する若者たちの中には、働きたくても働けない人がいる。さらに、無職期間が長期化すればするほど、追い討ちをかけるように社会復帰は難しくなってしまう。そんな元引きこもりやニートに対し、農業体験を通じた就労支援を行なっているのが「泉佐野アグリカレッジ」だ。

農業体験プログラムの参加者は、泉佐野アグリカレッジのある大阪府泉佐野市で、生産から流通・販売まで農業の基礎をひと通り学ぶ。加えて、青森県弘前市でのりんご生産や石川県加賀市での梨生産など、地方暮らしをしながらの農業体験にも参加できる。「農業」の様々な側面を体験することを通じて、参加者たちは自分らしい働き方・暮らし方を見付けられるのだという。

立ち上げの2015年からこれまでの農業体験参加者数は、延べ1,000人以上。そのうち泉佐野市での体験参加者(654人)の中だけでも、既に85人はそのまま農業や周辺産業に就労したという。全国的に人手不足が叫ばれる農業が、社会復帰への受け確かな受け皿となっているのだ。

とはいえ、素人が専門職である農業にそんなに気軽に就労できるものなのだろうか。泉佐野アグリカレッジは、どのようにして「就労困難な若者」に就農へのレールを敷いているのか。

前編では泉佐野アグリカレッジが実施する地方農家への就労人材派遣制度「アグリヘルパー」を紹介した。今回は後編として、その独自の方法で実施される「農業体験プログラム」から紹介する。

一括りにできない就労困難な若者たち。一人ひとりに最適な仕事探しには「農業」

泉佐野アグリカレッジを構成する三つの団体の一つであるNPO法人おおさか若者就労支援機構では、長年にわたり「さまざまな理由で就労できない若者」の自立支援に取り組んできた。

例えば、合宿型の職業訓練プログラム「おおさか若者自立塾」(2010年から「合宿型若年型自立支援プログラム」)。これはニートや働きたくない(働けない)若者の就業支援を行う厚生労働省の助成事業で、参加者は3カ月から半年ほどの合宿型の集団生活を行いつつ職場体験やワークショップを行うもの。単に仕事を始めるための職業体験ではなく、集団生活を通じた生活訓練も含むプログラムである。

合宿型の就労支援以外にも、「地域若者サポートステーション」など通所型の相談窓口・支援サービスや、個別カウンセリングなど多様な形で支援を行ってきた。

▲泉佐野アグリカレッジのみなさん。前列右が辻野奨悟氏、前列中央が加藤秀樹氏。

加藤秀樹氏はNPOで就労支援を続ける中で、それぞれ抱える事情が異なる若者たちをまとめて「就労困難者」と一括りにはできない現実を実感していた。

「外出が困難な引きこもり、長年働いていないニート、離職・転職を繰り返している人やフリーターなど、それぞれ社会的な立ち位置が違います。また、心と身体が元気な状態か、不安や病気を抱えているか、といった心身の健康度の違いや、働きたいという意欲の違いによっても、求められる支援方法は変わってくるはずです。制度に合わせるのではなく、当事者に合わせた働き方を提案することが必要だと感じました」

そこで、自分のペースで働きながら学べる場所をつくろうとNPO内に農業への就労支援を軸としたアグリ事業部を設置。高齢化により慢性的な人手不足にあえぐ農家と、働きたい若者のマッチングに取り組んだ。そしてこの事業の発展に伴って、泉佐野アグリカレッジを設立するに至った。

もう一つの団体、株式会社泉州アグリの初代社長に就任した辻野奨悟氏は、実は前出のNPOによる若者自立塾の一期生だ。就労支援に取り組んでいた加藤氏は、「悩んでいる若者に共感できる組織でありたい」という想いを抱いていた。そこで、就労支援によって社会復帰した当事者である辻野氏をあえて社長に任命したという。

「通信制高校を卒業後、アルバイト生活をしていたものの長続きはしませんでした。しばらく定職に就いていなかったんです。こんな自分でも農業を仕事にし、ついには社長になれたという事実は、若者たちに勇気を与えられていると思います」と辻野氏。

なぜ「農業」なのか。それは、農業には生産・加工・販売など広い職域があるため、支援が必要な一人ひとりに適した仕事を見付けやすいからだという。加藤氏の考える「制度ではなく当事者に合わせた働き方」を提案しやすいのである。

仮に当事者が農業に向いていなかったとしても、共同企業体として3団体が関わっているため、他職種の紹介もできる。就農という柱を持つことで、就労支援全体としても当事者に合った仕事を紹介できるようになっている。

一つひとつの農作業を課題として細分化。働き手それぞれのペースで学ぶ

泉佐野アグリカレッジが取り組む「農業体験プログラム」とは、どんなものなのか。

そもそも同プログラムに参加するのは、引きこもりやニートが多い。ごく一般的な日常生活を送ることも、他人とペースを合わせることが困難なケースもある。歩くのもままならない人にいきなり「階段を上れ」と命じても、そもそも最初の1段が上れずに困ってしまうのと同様に、まずは就労に向けた準備をすることが必要だ。

そのため同団体では、「十分な体力があるか」「朝きちんと起きられるか」など、心身の健康面や生活習慣から課題を細分化し、できないことを一つずつ克服してから次のステージに進めるようにフォローしている。こうすることで、無理をせずとも自分の歩幅で階段を上っていける。

このような支援を通じて一般的な日常生活を送れるようになったとしても、もちろん、農業初心者がはじめから全ての仕事をこなすことはできない。最近まで引きこもりやニートだったのなら、なおさら不安は多いだろう。そこで泉佐野アグリカレッジでは、生活習慣を身に付けるときと同じ様に、農業の仕事も細分化し、プログラム参加者が何からクリアしていけば良いかをリスト化して学ばせるようにしている。

▲「生産」段階の作業リスト。水やりも「ジョウロを使う」「ポンプを使う」など作業を細分化して段階を追ってこなせるようにしている

「生産」の段階を例に挙げると、大きく分けて「管理」「畑づくり」「定植」「収穫」の作業がある。さらに「管理」のなかでも「草引き」や「水やり」など、より細かく作業は分けられる。参加者は、草を手で引けたら次は鎌を使う、といったように一つずつできることを増やし、自信を付けながら仕事を覚えていく。

もし、畑で作物を生産すること自体が不向きだと感じたら、加工や流通、販売など別の職域に移って働くこともできる。こうした仕事先は、泉佐野アグリカレッジ内にもある。例えば、同団体では農業の6次産業化も推進しており、事務所に加工場や出荷場も併設している。産直コーナーや催事販売での接客業もある。

▲泉州アグリが生産・販売している「泉州野菜 ねね屋のゆずダイコン」

こうして参加者は、農業に関わるさまざまな職域を経験しながら、自分に合った職を探すことができる。それぞれの得意分野を組み合わせて「就農者」を育てていくことができるなら、人手不足の農業界に対しても、小さくとも大きな貢献ができるはずだ。

農家と働き手、双方のリスクと手間を軽減する

初めて農業に携わる若者が多いのと同時に、農家側も人を雇うのが初めてだというケースは多い。間に立つ泉佐野アグリカレッジは、両者のクッション的な役割も果たしている。

地方へ赴く場合には、受け入れ先農家を1軒に絞らずに近隣の2〜3軒にも頼んで仕事を確保する。こうすることで、仕事環境が合わなかったり人間関係が上手くいかなかった場合の、働き手側・受け入れ側双方のリスクを減らすことができる。

また、農家側が仕事の指導に慣れていないケースもある。作業の説明が上手くいかずに、働く側も一つひとつの仕事について「なんのためにこの作業をするのか」と理由を噛み砕けずにいるうちに現場が回らなくなってしまう。

例えば、青森県のりんご農園では、わざわざ冬に雪が積もってから枝拾いをするそうだ。なぜ雪解けを待たず、寒い中で枝を拾うのか。理由もわからないまま作業を続けることになると、働く側も自分の作業に納得できない。

これには、一年を通じた農作業をする上で、確かな理由があるのだ。春に新芽を吹かせるためには、冬のうちに剪定しておかなければならない。積雪後であれば、脚立を使わなくても高いところの枝を切ることができる。切った枝をそのままにしておくと、病害虫の温床になったり、他の枝を切る作業の邪魔にもなる。雪の中、腰を曲げて切った枝を拾い続けるのは忍耐力が必要だが、冬の間にしておかなければならない必須の「農作業」なのだ。

だが、これは農家側にとっては「当たり前」のこと。「さあ、今日は剪定するから切った枝を拾ってくれ」という以上の説明は、いちいちしていられないということもあるだろう。

そこで間に入るのが泉佐野アグリカレッジだ。オリジナルの冊子を作り、現場で必要な一つひとつの作業の意図を説明している。「指示」ではなく「意図」が伝わることで働き手のモチベーション・アップにつながり、農家側の説明負担も軽減できるわけだ。

また、働き手側にとって心労となる場合があるのが、初対面の農家と一対一で仕事をすることだ。慣れている人なら問題ないが、一人で責任を負うことに心的負担を覚えたり、ミスをした時に精神的なダメージを負ってしまう人もいる。そこで、そうした働き手については「ユニット制度」を取り入れている。

3人前後のメンバーでユニットを組んで一緒に働くことで、仲間の存在が励みになり仕事を続けることができるという。就労支援を必要としている若者たちは、「仕事」だけではなく「居場所」が欲しいと感じていることも多い。自分が役に立って必要とされ、認めてくれる仲間がいる。そんな居場所づくりは、心の支えになることだろう。

なお、ユニットはメンバーのバランスを意識した編成にしているそうだ。必ず1人はリーダー格のメンバーを組み込み、残りのメンバーも経験値をA・B・Cとランク分けして、経験値の偏りがないように振り分ける。仕事に慣れていないメンバーがいても、他のベテランメンバーがフォローできるようにしている。作業の効率アップにもつながるという。

もちろんこのユニット制度は、受け入れ農家側にとっても安心材料だろう。せっかくの働き手が精神的にダウンしてしまってはどうしようもない。地方農家の担い手不足の窮状は改めて述べる必要もないだろうが、猫の手も借りたいほどの人材不足であったとしても、コミュニケーションが上手くできないような働き手ばかりが来てしまっては、こなせる仕事もこなせなくなってしまう。ユニット制度は、農家と若き働き手を橋渡しするための理に適った方法なのだ。

大阪府を拠点に、都市と地方、人と農の架け橋になっている泉佐野アグリカレッジ。今後、新たに首都圏にも拠点を設け、地元支援機関と連携して「東京アグリカレッジ」を設立する予定だという。

新しい働き方、自由な働き方が求められる時代。意外にも「農のある暮らし」は選択肢も幅広く、多くの可能性を秘めている。ニーズと歯車が噛み合えば、「農業」が地方への若者の流入を後押しし、結果として地方の活性化にまで光が届くかもしれない。泉佐野アグリカレッジの今後の取り組みに期待したい。

(取材・文:齊藤美幸 編集:杉田研人 企画・制作:SAGOJO)

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