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焼き鳥屋さんのDX

2022.04.20

Updated by Ryo Shimizu on April 20, 2022, 09:49 am JST

いつも通っている焼き鳥屋さんの、70歳を超えた大将が、焼きたてのねぎまを持ってきてこう聞いてきた。

「なあ、DXってなんなんだ?俺っちにもわかるように教えてくれよ」

焼き鳥屋さんでDXって何だ?って聞かれるようになる時代が来た。
それくらい、テレビやあちこちでDXと言う言葉が氾濫しているのだろう。

しかしこの大将にわかるようにDXを説明すると言うのはなかなか難しい。
ある日、大将が足をやったとかで入院したと言うので急いでお見舞いに行ったことがある。

「いよう!」

と声がして振り向くと、大将は早速元気にリハビリをしていた。
そのまま病室に案内され、

「うちの息子がパソコン持ってきてくれてよ。でも使い方がわかんねえんだ。あんた、得意だろ。これでネットとかできんだろ?」

と大将が取り出したのが折り畳み式のDVDプレイヤーだった。
仕方ないので車に積んであったDVDソフトをいくつか大将に貸すことにした。暇つぶしにはなるだろう。

この大将にDXをどう説明するか、と言うのはなかなかの難問だ。
ただ、世間の流れから考えれば、DXと焼き鳥屋さんは決して無関係ではいられないはずだ。

ところがこのお店をDXすると言うのはなかなか難しい。

このお店は焼き鳥屋。東京の下町にはよくある、いわゆる大衆居酒屋である。
大衆居酒屋なので焼き鳥の単価は安い。そして焼き鳥は基本的にコースになっていて注文を増すことができない。
そのためアルコールで利鞘を稼ぐモデルになっている。

とはいえ、アルコールも500円台とそれほど単価が高くない。
このお店は、大衆居酒屋と言うフォーマットに誇りを持っており、価格をあげないことも含めて一つの体験として設計している。

そのためこういうお店は現金しか使えない。
アルコールの減価率も他の店に比べるとかなり高い。

たとえばレモンサワーは他店の三倍くらいのアルコールが入っている。

だからクレジットカードに対応しようとすると手数料がどうしても障害になる。PayPayようなものも手数料がかかるからこのお店の設計を崩してしまう。

基本的に予約はできず、繁盛してる頃は12時から16時の開店まで行列ができる。
この店をDXして利益率なり集客なりを上げると言うのは、どんなやり手コンサルでも根を上げるのではないだろうか。

大衆居酒屋というフォーマットの中で、最大限の効率を発揮するように最適化を繰り返してきた焼き鳥屋さんは、DXみたいなものを軽々に導入するわけにはいかない。

これはしかし、焼き鳥屋さんに限った話ではないのではないだろうか。

今、DXせよと言われている企業は、どこも大規模なERPが導入されているような大企業で、ITシステムのサポート期限が切れるため、ついでに会社の事業構造をデジタル中心のものに変革(トランスフォーム)する、というのが大前提だ。

ところが、大企業は大企業で、既存の事業環境に対して最適化されている。
大企業がDXに投資できるのは、最低でも「ITシステムのサポート期限切れに対する対策」というやむを得ない事情があるからで、積極的にデジタル中心主義に変革したいわけではない。

反対に、デジタル中心に変革しやすいのは新規参入で、たとえばよくDXの成功例として例に出るUberやUber Eatsは、新興企業だから配車や宅配といった既存の事業構造に影響を受けず、成功を収めることができたけれども、既存の企業、たとえばタクシー会社や宅急便が正面から対決するのは難しい。

日本の場合、運転免許制度の問題で配車サービスのUberはうまく入ってこれなかったが、Uber Eatsはすんなり入ってこれた。
Uber Eatsは、出前機能を持たないお店と出前したい人のマッチングと言う新しい発想から宅配代行サービスとして飲食店を裏側からDXすることに成功した。

焼き鳥屋さんを無理矢理DXしようとすれば、Uber Eatsに対応させましょうとかと言うことになるのだと思うが、そもそも人気店なのでほとんどの食材が売り切れてしまう家族経営の焼き鳥屋さんがUber Eatsなんかに対応しようものなら混乱すること必至になる。

焼き鳥は繊細な料理で、いいものであればあるほど、焼き台前のカウンターとテーブルで明らかに味が変わってしまう。
逆に言うと、こう言う体験価値を提供するお店が、何らかのDX的な新興企業によって存在を脅かされることは少ないように思う。

悪戯に規模の大を追わず、食の感動を届けることを信条とする焼き鳥屋さんにとっては、DXはかなり慎重に相手をしなければならない難敵だろう。

もしかするとただの客である僕が知らない事情があるかもしれないが、少なくとも表面的にはこのお店にとってDXが脅威化する兆候は見えず、何とも表現のしようがないなと思った。

しかし大将がワクワクしながら答えを待っているので苦し紛れに答えることにした。

「そうですね。スマホのアプリとかね、ああ言うのと連動して仕事のやり方を根本から変えていくのがDXですよ」

「おー、スマホのアプリね。なあんだ。そう言ってくれりゃいいのに。なんでDXなんてわけわからねえ言葉を使うんだ」

「まあそうですね。ただ、何でもかんでもDXすりゃいいと言うものでもないので」

「だよなあ。俺っちもなんかできないかな。DXというかスマホでよー」

「まあせいぜい、お店の宣伝をYouTubeに流すくらいでいいんじゃないですかねえ」

「あーユーチューブか。そういや昔、外人さんが来てよー、あんたにも相談したじゃないか。あんたが出ろって言ったから出てみたんだよ。普段は取材とか受けないけど、外人さんだからよー。クロアチアの人だったかな」

そういえばそんな話もあった。

と言うか一時期からこの店はやたら外国人の客が目立つようになっていた。
噂によると、恵比寿のウェスティンホテルでコンシェルジュに聞くとここを勧められるらしい。
それで恵比寿からタクシーで5000円くらいかけてここまで来るのである。

店の紹介されたYouTubeを探してみると、百万再生をゆうに超えている。
このお店にとっては、海外のYouTuberの取材を受け、それまで獲得できなかった顧客を呼び込む効果が生まれている。

実際に海外のYouTubeでバズっていて、集客に成功している。
これは今できる施策としては最良のものではないか。

つまりこのお店のDXはとっくに完了していたのだ。
すごいのは、海外のYouTuberはちゃんと店のマナーを事細かに説明していることだ。これによって、海外から来る客のマナーも良い。都心から程よく離れていることも一種のフィルタリング効果になっている。

あと、実は若大将は常連客のLINEを把握していて、店の予約や営業状況を随時連絡してくる。これも立派なDXだ。

つまりDXと言うのは、ドラスティックにやる必要はなく、今できること、便利だと思うところから浸透していく可能性がある。
もちろんタクシーに対するUberのようなドラスティックなDXもあるが、これは新興企業の方が得意で、すでに現在の事業環境に最適化されている大企業は社内連絡をメールをやめてSlackにするくらいのDXから始めてもいいのではないか。

DXというとやたらお金がかかりそうというイメージがあるのだが、SlackとLINEなら今すぐ無料で始められる。
SlackやLINEを業務フローにとりあえず組み込んでみて考える、と言うのが規模にもよるがDXの本質に迫るためには一見遠回りで実は近道なのかもしれない。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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