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イギリスの労使関係とITの生産性の話

UK's labour relations and IT productivity

2022.06.24

Updated by Mayumi Tanimoto on June 24, 2022, 15:46 pm JST

イギリスは今週、大規模な鉄道ストライキで、動いている電車は20%程度なので出勤を諦める人だらけです。鉄道だけではなく、国立病院の看護師や公立学校の教員もストをやるという話が出ており、今年の夏もいろいろ大変になりそうです。

イギリスでは、こういう日本の昭和40年代に盛んだったようなストライキが未だによくあって、 公共交通機関やサービスセクターだけではなく、なんとIT業界でもこういったストをやることがあります。イギリスは昔から労使対立がすごいので、待遇が悪い職場だと出勤しない、わざと間違える、手を抜く、教えない、報告しない、休みまくるなどが当たり前です。

これはIT業界でも同じで、現場の人間を怒らせると仕事が本当に止まります。管理職やプロジェクトマネージャが無能だと、強面のベテランや血気盛んな若い人が面と向かって文句を言ってくるので、管理側には相当な能力が必要です。

管理職は、ご機嫌を取りながら利益率も維持しなくてはならないので、その厳しさは日本の職場の比ではありません。

そんなに労働者が経営者に対して反抗意識が強いのであれば、さぞや生産性が低いのではないかという印象をお持ちの方がいるかもしれませんが、ITに関してはイギリスは実は、アメリカに次いで世界2位の投資先であり、ヨーロッパで最もIT投資が盛んな国であり、ユニコーンの数もヨーロッパ随一になっています。

そして、イギリスに投資している国というのは、実はアメリカです。 大企業だけではなくベンチャーキャピタルやエンジェルによる投資も実に盛んです。

利益を生み出すことができるので投資されるわけで、日本のIT業界が海外からほぼスルーされているのとは大違いですね。

イギリスのIT業界にこのような活気がある理由は、先程述べたような緊張感溢れる労使関係があるからではないかと考えています。

手を動かす人々や構想を練る人々は、経営側に対して常に一言あります。満足する待遇でなければストライキや交渉で反抗し、経営の方向性が間違っているのではないかと思うと堂々と文句を言うことも珍しくありません。

気に入らなければ、彼らは別の職場にどんどんと移動していきます。その一方で、雇った人間が仕事に不適格だと思えば、 経営側はどんどん解雇します。

ただし業界は狭いですから、理不尽な理由でクビにしたりすれば業界に噂が広まり、経営側の立場が悪くなりますから、 そんなにめちゃくちゃなことはできません。さらに、人が移動するので待遇が悪い会社の噂が一気に広まり、そういった会社には人が来なくなります。

待遇は業界標準に保っておかなければなりませんし、報酬に関しても全く同じです。このような緊張感に溢れた労使関係があるので、経営側も働く方も常に結果を出していかなければなりません。

安定性がないからこそ、次々に新しいサービスを作り出したり、新しいビジネスを考え出します。年齢や肩書だけでは生き延びて行けませんから、働く方も特技を向上させていかなければなりません。

ただイギリスの場合は、アメリカほど労使関係がドライというわけではなく、ある程度は安定性を保ちつつ、三方良しを重視、全てが弱肉強食というわけでもありません。この適度な緊張感と微妙なバランスがIT業界の活性化につながっているのではないかと思う次第です。

日本のIT業界の最大の問題は、このような緊張感のある労使関係がなく、働く側のバーゲニングパワーがあまりにも弱いので、賃金が低すぎる上に、待遇が悪すぎるので、働く側が生産性を高めようという動機が高まらないことです。その一方で、経営側がパフォーマンスを評価されることもありません。結果、各企業のみならず業界全体に活気がないわけです。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。