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不確実さこそ、人の世の塩である

2022.11.25

Updated by WirelessWire News編集部 on November 25, 2022, 07:21 am JST

※本稿は、モダンタイムズに掲載されたコラムの抜粋です。科学哲学者の村上陽一郎氏が、人類の進歩が招いた新たな衰退の可能性や、一直線上にはなかった進歩について紹介しています。

人を殺す技術の発展は「進歩」と言えるのか

人が進歩を続けているのかという問いに対しては、異なる角度から見てみると別の答えが現れる。

市民社会になってから社会全体が進歩という概念・共通価値を共有するようになったが、新たな問題も浮上した。目下の問題の一つが、人が長生きをするようになったことだ。医療と栄養とインフラとの相乗効果で日本人の平均寿命は伸びた。人生五〇年などという時代に比べれば、人生一〇〇年時代は誠に結構な時代なのかもしれないが、例えば七〇歳で定年を迎えるとすると、一〇〇歳までのあと三〇年を何をして暮せばいいのか。ベッドの上で人工栄養や中心静脈栄養を摂取したり、胃ろうから栄養を流し込まれたりして何年も生きることもある。昔ならがんになれば、五年の生存がせいぜいでごく稀にしか治らなかった。医療界はそれが進歩だと言い続けてきたが、本当にそれが人間の幸福なのか、望みなのかというと、今は必ずしもそうではないという人が特に先進国において増えてきている。

「では、死なせてあげましょう」という団体もあちこちにでてきた。それが法律的に罪にならない国がたくさんできてきているのだ。以前、NHKスペシャルで小島ミナさんという日本人女性が安楽死のためにスイスまで行き、姉妹に着取られて自ら命を絶ったケースが紹介されていた。これは宮下洋一さんというルポライターによって『安楽死を遂げた日本人』という本の中でも紹介されている。日本ではまだ安楽死ができないために、小島さんは相当のお金を使って飛行機でスイスへ飛んだ。飛行機で行けるぐらいの体力と生活力がまだあったわけだ。けれどはるか先になったときに起こってくる全く他人に頼りきりになる生活を想像すると「とても自分は生きていることに耐えられない」と考え、自ら死ぬことを選択された。

私は日本でもどこかでそのようなシステムに対して、何らかの緩和措置を取らなければならなくなる日が恐らくは来るだろうと考えている。しかしそのときにも、人はそれも進歩だと言ってしまえるのだろうか。

戦争の技術にしても進歩したと言うことは充分できるだろう。核兵器ができたのも進歩、ドローンでテロリストの首領だけを殺せるようになったことも進歩だ。そんなことを昔は絶対にできなかったわけだから。テロリズムを抑制しようという立場からすれば、他の人を巻き添えにしないで殺すことができれば、その方がいいという考え方は当然あるだろう。しかし顔も見ないで人を殺すことが、人類の進歩なのか。我々はそれを進歩と言えるのか。

だから進歩という概念をどのような価値の軸から考えるか、その前提を考えなくては進歩を語ることは難しい。

ポストモダンの中で生まれた「ニューエイジサイエンス」の試み

さらにいえば、人類が皆同じ進歩の道を辿っているとも限らない。

六〇年代の終わりから七〇年代初めにかけてのポストモダンにおいては、「ニューエイジサイエンス」と呼ばれるものが興った。日本では「ニューサイエンス」と紹介されることが多かったが、時代に負けて今ではもう科学の世界ではまともに扱われなくなっている。

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