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正しくあれない自分に耐え、不恰好に生きるということ

2022.12.23

Updated by WirelessWire News編集部 on December 23, 2022, 07:17 am JST

迫りくる戦争の気配

新しい戦争が始まってしまった。

私は、いま、ベルギーのルーヴェンという小さな街に住んでいる。ベルギーの首都ブリュッセルから、ウクライナのキーウ(キーエフ)まで、飛行機で約3時間だ。近隣の国とまでは言えないが、日本と比べればずいぶんと近い。

2022年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まった。原発が攻撃されたというニュースを聞いたときには飛び起きた。ベルギーでは2018年から住民に対して、原発事故後に使用するための安定ヨウ素剤の無料配布をしている。それを聞いた私は、すぐに近所の薬局に行き、住民カードを提示して、タブレットをもらった。幸い、いまのところ、大きな原発事故は起きていない。それでも、戦争が迫ってくるという気配は感じた。

日本のSNSを覗いてみると真偽のわからない情報が大量に飛び交っている。そのとき、一枚の写真を見た。ウクライナの人々がシェルター代わりの地下鉄の駅に避難しているなか、パンを焼いている職人が写っていた。日常の写真であればなんの変哲もない、パン屋さんの写真。私はそれを見て動揺した。

ウクライナは緊急事態だ。自分の職場を放棄して逃げても、誰も責めることはできないだろう。同時に、どんな状況であっても人間は腹が減る。生きるためにはパンが必要だ。だから、パン屋はパンを焼く。それだけの話だった。

私はこの数カ月、宮崎駿のマンガ版『風の谷のナウシカ』についての研究を続けている。新しい環境倫理のあり方を模索するためだ。

「グリーン犯罪学」という分野がある。環境問題では、人間だけではなく動植物や海や川なども被害に遭う。たとえば、公害であれば、汚染された海や川が毒されてしまい、そこに住む魚や貝たちが死んでいく。グリーン犯罪学者は、これらの人間以外の環境問題の被害者を射程に入れて、環境政策や司法制度、倫理などについて議論する。私は数年前からグリーン犯罪学の分野で研究を進めており、今回は漫画作品が環境倫理の議論の素材になる可能性を提起する予定だった。

研究のために目の前に積まれた7冊のマンガ。『風の谷のナウシカ』は大好きな作品だが、ウクライナの戦争が起きているなかで、なにごともなくそれを読むのは難しい。この作品は、小国が大国に翻弄され、人々が戦争に巻き込まれていく様子を描いている。意図しなくても、現実とマンガの戦争のイメージはオーバーラップしていく。そして、「こんな状況でマンガなど読んでいる場合だろうか」という疑問が湧いてくる。ロシアを批判するデモ行進や難民支援についての情報も入ってくる。

私はなにをやっているんだろうか。

大学の研究室の机の上に積まれたマンガと資料を眺めた。いくら見ていても、論文の締め切りも伸びないし、現実は変わらない。

宮崎駿の「救えなかった」というトラウマ

実は、宮崎駿もまた、現実で起きる戦争を見つめながら、マンガ版『風の谷のナウシカ』を描いた。この作品は1982年から1994年に連載されており、社会主義体制の崩壊後の激しい社会変動のなかで製作された。宮崎は1960年代初頭に学生運動に参加し、1963年に東映動画に入社して以降、労働組合の活動に熱中した(大泉実成『宮崎駿の原点 母と子の物語』、潮出版社、2002年)。

彼はマルクス主義者を自認していたが、マンガの連載中にそれを捨てて転向した(宮崎駿『出発点』徳間書店、1996年)。本人の言によれば、ソ連の崩壊では信念は揺らがなかった。圧政に抗して立ち上がるというのは、想定の範囲内の出来事だったからだ。ところが、1991年から始まるユーゴスラビア紛争で打ちのめされる。19世紀に吹き荒れた民族主義に戻って、再び戦争が始まったように見えた(宮崎駿『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』文春ジブリ文庫、2013年)。宮崎は、現実で起きる戦争に心かき乱されながら、マンガを描き続けた。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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