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1年の始まりは「金杯」ではない 競馬は買わなきゃ当たらない(1)

2023.01.05

Updated by Toshimasa TANABE on January 5, 2023, 18:03 pm JST

「競馬が人生の比喩なのではない。人生が競馬の比喩なのだ」とは、競馬好きとして知られた詩人、故・寺山修司の言葉です。なぜかという話は、いろいろな観点から説明できるでしょうが、一つの要素として、馬の世代交代が人間のそれよりはるかに速いから、ということがいえるでしょう。

例えば、「ナガシマ」の息子を応援することはできても、さらにその子供や孫の代まで追いかけることは、同じ人間の時間感覚では不可能です。名選手の子供が必ずしも名選手とは限りませんし、子供は多くても数人まででしょう。これに対して、人気の種牡馬であれば年に200頭以上の種付けをしますので、活躍した馬の子供(産駒といいます)は何百頭にもなり、中には活躍する馬も生まれてきます。

馬の1年は、人間でいうと4年くらいに相当するようですし引退するのも早いので、人間の4倍以上の早回しで世代交代が進むことになります。長い間(私は40年以上)、競馬を楽しんでいると、かつて応援して世話になった馬の子孫たちの活躍を見るのが、競馬の大きな楽しみであることは間違いありません。

例えば私の場合、オルフェーヴル産駒は、予想するときにはどうしても実力を過大に評価してしまいがちです。過大評価が当たって馬券(「勝馬投票券」の略称)が的中すれば嬉しいものですし、そうでなくても「次また頑張れ」と素直に思えるのです。競馬の楽しさは、予想や馬券の的中だけではありません。

もちろん、どんなに完璧な予想をしても、馬券を買っていなければ払い戻しは受けられません。馬券の的中だけが競馬の楽しみではないとはいえ、それが競馬の楽しみの大きな要素の一つであることは間違いないことです。そういうわけで、本稿のタイトルは「競馬は買わなきゃ当たらない」としています。そしてこの「買わなきゃ当たらない」は、競馬やギャンブルに限った話ではないとも思うのです。

さて、今年も中央競馬(JRA:日本中央競馬会による公営ギャンブルとしての競馬)は、1月5日(木)に関東(中山競馬場)と関西(今年は中京競馬場)の東西「金杯」デーで始まりました。金杯のほうは、中山金杯の単勝馬券だけかろうじて的中という結果でした。

競馬の1年といえば、年初の金杯から年末のビッグレース「有馬記念」まで、と思いがちですが、それはちょっと違います(開催日程上はそうなっていますが)。競馬の1年は、6月に始まり5月に終わるのです。

これはなぜかというと、その年の3歳世代の最強馬を決める「東京優駿」(日本ダービー)が通常は5月末の日曜に開催され、これを以てその世代の頂点が決まり、翌週からは次の世代のデビュー戦(2歳馬による「新馬戦」)が始まるからなのです。競走馬の年齢は、暦年で数えるので、2歳でデビューした馬は、年が明けると全馬が3歳になります。3歳になってからデビューする馬もいます。

2歳の6月に始まる新馬戦は、馬の仕上がり具合によってデビュー時期が異なり、翌年まで続きます。新馬戦でデビューする同世代のライバルは、毎週、新馬戦が何レースか組まれるので(全部で約300戦)、1レースの出走が15頭平均とすると数千頭になります。

ある新馬戦で勝つのは1頭だけですから(1着同着ということも稀にありますが)、1レースに出走した2着以下の14頭は「未勝利戦」(全部で約1200戦)で勝ち上がることを目指します。つまり、数千頭の全ての馬が、まずは新馬戦、それに負けたら未勝利戦での1着を目指し、新馬戦か未勝利戦を勝った1500頭くらいに絞り込まれるのです。

勝たない限り、上のクラスには行けません。デビューはしたものの1勝もできずに中央競馬からは消えていく馬がたくさん存在します。なお、レース体系上は、未勝利戦は3歳の9月までとなっており、デビューからそこまでに少なくとも1勝することが、一般的には中央競馬の競走馬として走り続けるための最低条件となります。

幸運にも新馬戦で勝った馬は、その世代の「1勝クラス」「2勝クラス」「オープン」というように、同じように勝ち上がって来ただんだん強くなる相手との対戦を経て、賞金を積み重ねて「重賞レース」に出走します。「皐月賞」やダービーといった最も格上のレース(グレード1:G1レース)には、勝ち鞍と賞金でトップクラスの成績の馬だけが出走できます。

勝ち上がって賞金を積み重ねる、などと簡単に表現しますが、どんなレースであれ勝ち切るのは容易な事ではありません。パドック(下見所)で観客に驚いてしまった、隣のゲートの馬と喧嘩になった、放馬などのトラブルでスタート時間が遅れた、など走り出す前にもいろいろな事が起こります。

スタートした後も、タイミングが合わずに出遅れてしまった、躓いて騎手が落馬、切れ込んで来た馬にぶつけられた、前の馬の砂塵をかぶって走る気をなくしてしまった、不幸にも故障発生で競争中止など、さまざまな要因で力を出し切れずに終わることも多いのです。

そんなトラブルが一切ない、理想的で奇跡的な状況で完璧に走って、ようやく勝てるかもしれない(あくまで「かもしれない」)ところに到達するのです。「今日は、勝った馬が強かった」というレース後の関係者のコメントは、当たり前のことを言っているようで、実は完璧に走ったにもかかわらず力及ばなかった無念さをとても的確に表現しています。

芝2400mのダービーは、レースとしては中長距離カテゴリです。他に芝の短距離、ダート(砂)など、異なるカテゴリのレースがあり、それぞれのカテゴリを得意とする馬がそのカテゴリでの世代トップを目指します。ダートの場合、中央競馬(国の監督下)だけではなく地方競馬(都道府県の監督下)もあり、中央と地方の馬が出走する3歳ダート王決定戦(ジャパンダートダービー)もあります。

とはいえ、新馬戦でデビューした同世代の数千頭の馬たちの中のトップクラスの18頭が芝2400mという舞台(クラシックディスタンスと呼ばれます)で走って、その世代の頂点を決めるのがダービーというレースであり、現在の中央競馬のレース体系の頂点に位置するレースでもあるわけです。

年末の有馬記念や春と秋にある「天皇賞」など、異なる世代が混じって走るビッグレースもありますが、1世代だけの頂点を決める生涯一度だけのレースという意味で、ダービーは特別なのです。そして、ダービーの翌週から一つ年下の馬たちが翌年のダービーを目指して戦い始めるのです。

この感覚は、単に競馬ファンとして馬券を買っていただけの頃には、なかなか実感できませんでした。数年前に「一口馬主」になり、馬主のはしくれとして競馬に接するようになったことで、競馬の見方が大きく変わりました。例えば、メインレースやビッグレースだけではなくて、午前中に組まれる未勝利戦に出走する馬たちをじっくり見る、などです。そんなことも含めて、「一口馬主でもある競馬ファン」という視点で、競馬の基礎知識のような話から競馬と人といったことについて、中央競馬の話が中心にはなりますが、少し書いてみたいと思っています。

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田邊 俊雅(たなべ・としまさ)

北海道札幌市出身。システムエンジニア、IT分野の専門雑誌編集、Webメディア編集・運営、読者コミュニティの運営などを経験後、2006年にWebを主な事業ドメインとする「有限会社ハイブリッドメディア・ラボ」を設立。2014年、新規事業として富士山麓で「cafe TRAIL」を開店。2019年の閉店後も、師と仰ぐインド人シェフのアドバイスを受けながら、日本の食材を生かしたインドカレーを研究している。