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人はコミュニケーションをずらしていく。翻訳とは曲芸のような行為である

2023.01.20

Updated by WirelessWire News編集部 on January 20, 2023, 07:09 am JST

翻訳とは、状況に関係づけ、自分ごとにして呼び出し表出させること

書いた文章は、残っている。たとえ絶版になろうと、WEBサイトや書き込みを消そうとも、どこかには残滓があるもので、ある時思いがけないところで指摘されたり引用されたりして、忘れていた自分の方にもさざ波が立つことがある。昨今、古い記録が掘り起こされ、SNSなどで改めて人々の目に触れ物議を醸すことになるのも、そもそもそれが世界に残っているからである。

記憶も、それによく似ていると思う。些細なきっかけで昔のことを思い出し、こんなことをまだ覚えているのか、と自分で感心することがあるが、普段それらは記憶の奥深く眠っている(脳科学やライフサイエンス的な議論はさておき)、そして、眠ったまま二度と思い出さない、今の自分と関係づけられない記憶が、一体どれだけあるのだろう。

さらに、面白いことに記憶は別のものとすり替わったり勝手に育ったりもするので、何かを言ったのが田中さんだったか長谷川さんだったか、本当にそんな言葉遣いをしたのだったか、など、せっかく思い出してもディテールは微妙だったりする。

知識というものが、これまでに知ったこと、出会ったこと、考えたことを自分なりに整理してストレージしたものだとしたら、40年も50年も生きれば、その嵩は膨大だろう。複数の言語を扱う人であれば、それらをいろいろな言語で言い換えて表現することもできるので、記憶のヴァーチャルセットを複数持っているようにも見える。そうしたセットの中から、必要に応じて取り出して使ったり、またしまったりする運用能力を、私たちはいつどのように身に着けたのだろう。

知識、記憶、情報などなど、どう呼ぶべきかは場合によるだろう。が、何であれ人が茫漠と持っている大量のコンテンツから、そのどれかをその時々の状況に関係づけ、自分ごとにして呼び出し表出させること、それは「翻訳:トランスレーション」という行為だと思う。

誰もが知っている、いわゆる「翻訳」とは違うと思われるかもしれない。が、小説の翻訳もニュース記事の翻訳も最先端の科学論文の翻訳もコミックの翻訳も、どれを訳そうか選択し、誰をターゲットにどの言語に訳して発信すると意味がありそうか(読んでもらえそうか、売れそうか、今で言うならバズりそうか)検討し、媒体や言葉遣いを選んで表現し直す手続きが、翻訳である。誰か特定の受け手にとって何らかの意味を創出する「自分ごと」にしてあげる作業に他ならない。

※本稿は、モダンタイムズに掲載された記事の抜粋です(この記事の全文を読む)。
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