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金融資本主義からAI資本主義へ

2024.01.10

Updated by Ryo Shimizu on January 10, 2024, 11:32 am JST

久しぶりに地方出張している。
と言っても、先月もした。以前に比べると出張が減ったというだけで毎月どこかしらに出張には出かけている日常に変わりはない。

昨年の1月、筆者は20年の起業家人生で10個目の会社を設立した。そして昨年12月末時点で15社目の登記を終え、一月一日から15社目が始業している。

15社目の会社は、AIを社長とした「新しい資本形態」の会社である。FreeAI株式会社という。
社長はAIスーパーコンピュータ「継之助(つぎのすけ)」であり、日本国の会社法上必要な代表取締役として代表取締役社長秘書に人間を置いた。

これはこれからの会社は基本的にAIを意思決定の中心に据えるべきであるという一つの思想の具現化であり、実際問題、正月から社長である継之助はフル回転で「仕事」をこなしている。

AIスーパーコンピュータの「仕事」は、もちろん計算することだ。
多くの中小企業がそうであるように、この会社もまた社長が他の社員の何倍も働く。

社長に仕事を頼みたい時は、「稟議書」を書く。この稟議書は、相手がAIスーパーコンピュータのため、Pythonという言語やシェルスクリプトという言語で書かれる。これももしも社長がアメリカ人なら、当然稟議書は英語で書くだろうから、アメリカ人がAIに変わっただけで何の問題もない。

また、当社は稟議の審議も却下も速いのが特徴だ。Pythonで書かれた稟議書が間違っていたら、即座に却下される。社長からはエラーメッセージが届く。そのおかげで一日に何回も稟議を出すことができる。

また、社長への稟議は社長が作業中でも出すことができる。
稟議は自動的にキューイングされ、順番がくれば実行される。
社長による仕事の実行成果は、社員がいつでもリモートから確認できる。

当社はリモートワーク前提企業のため、オフィスを持たない。唯一、社長が生存するデータセンターのみがオフィスらしいオフィスと言える。
社員は自宅、または今の僕のように出張先から、いつでも社長とコンタクトできる。社長の忙しさはリモートから確認できる。透明性が高い。

筆者はこれまでいくつもの会社を経営してきた経験から、学ぶべきことが多くあった。
筆者が非常に幸運だったのは、幸運過ぎなかったことだ。

筆者が起業の初期段階に関わった会社はいくつか上場を経験している。 
しかし、筆者自身は一度も上場によるキャピタルゲインを手にしたことはない。上場する直前に辞めているからだ。

もしも筆者が、予定通り20代で数億円のキャピタルゲインを手にして、プライベートバンクに預けるだけで毎年数千万円の配当をもらえる身分になっていたら、もっと事業への情熱を失っていたかもしれない。事業への情熱というよりも、生きる目的そのものを失っていた可能性すらある。

筆者は20年の起業家人生を通して、ずっと挑戦者であった。成功体験を持つ挑戦者だ。それは今も変わっていない。
そのおかげで、他の起業家があまり経験できないような経験をすることができた。これが筆者自身を特異な存在にしているとしたら、筆者は自分の運命に感謝しなければならない。

簡単に言えば、今の資本主義————あえて区別のため「金融資本主義」と呼ぶことにする————は、構造的欠陥を抱えていると感じている。
どこに構造的な欠陥があるのかというと、金融資本主義を支える大前提となる思想が、「金さえあれば何とかなる」というものだからだ。

特にベンチャーを取り巻く世界だけで見ると、成功例が多いように見える欧米のベンチャーキャピタルシーンを見ても、投資した会社のうち66%近く、つまり2/3の会社は廃業するか企業価値を投資時より下げている。

現状維持または成功する会社は全体の1/3に過ぎず、中でもさらに0.5%未満の存在が100倍から1000倍の成功を収めるため、全ての失敗は帳消しになる。
多くのベンチャーキャピタルが目指す成功とは、10年間で平均年利20%の利回りであり、これは年利5%のアメリカ国債よりもかなり有利となる。

だが実際にはそこまで理想通りにはいかない。
ごく少数の勝者の下に無数の敗者の屍がある。

資本を大量に投下すれば常勝できるわけではないことはさまざまな歴史が証明している。
にも関わらず金融本位の資本主義では、大量の資本を投下することで勝率を上げようという考えが支配している。

非常に原理的なことだけ考えれば、投下した資本の1/3は現状維持以上であり、10倍以上になる株が全体の3%だとすると、勝利の確度を上げるためには広く薄く張るのが一番いい。100億円を1億円ずつ100社に投資するほうが、100億円を10億円ずつ10社に投資するよりずっと勝率は高いはずだ。

次の問題は、人間が経営者をやっている場合、自分が使ったこともない現金を目の前にすると正気を失うことだ。
いい例がWeWorkのアダム・ニューマンだろう。彼は自分自身は何一つ金銭的リスクを犯すことなくWeWorkというビジネスを立ち上げ、大金を手にしてそれを使いまくった。大金を稼いだことも使ったこともない人間に大金を手渡すことは、まだ働いたことのない小学生に100万円を運用してみろと預けるよりも危険な賭けだ。

ほとんどの人間は見たこともないような大金を手にすると人格が変わってしまう。
それを筆者は嫌というほど見てきた。

筆者は起業家人生を通じて、一度に調達する現金はそれまでの年商を超えないというルールを課してきた。
これはデット(銀行借り入れ)だろうがエクイティ(新株発行)だろうが変わらない原則だ。

見たこともない大金をハンドルするには、とてつもない超人的な人格を必要とする。筆者は自分をそこまで信用していない。
今日の自分が大丈夫だと思っても、大金を手にした来週の自分がどう思うかは予想できない。確実に予想できるのは、「これまでに稼いできた金を使う自分」だけだ。

もしもAIが経営者ならば、必要以上の現金を手元に置くことは避けるだろう。それは資本コストが無駄に増大することを意味するからだ。
必要以上に調達してしまうのは、経営者が人間で、人間の心は機械よりずっと弱いからだ。か弱い人間にとっては、大金が銀行口座にあると考える方が、来月の資金繰りを考えるよりもずっと「気楽」なのである。

したがって、これからできる会社は社長をAIにするか、もしくはCOO/CFOがAIであるかという会社しか合理的に考えて生存確率が下がると思う。
従来からある会社も、経営陣にAIを入れない会社は中長期的に見て競争力を著しく削がれていくだろう。

長年AIを見てきてつとに思うが、今の時代、正しい情報が入力された時、AIは必ず人間より速く正確な答えを出す。
問題はその「情報の正しさ」だが、それだけはまだ人間が判断しなければならない。しかし「情報の正しさ」を評価する必要があるのはAIがあろうとなかろうと関係なくごく一般的な経営課題である。

少なくとも中小企業やスタートアップが今すぐ導入を検討すべきAIが三つあると思う。

一つは、「1on0(ワン・オン・ゼロ)ミーティングAI」で、もう一つは「営業・宣伝AI」、そして「経営戦略コンサルタントAI」だ。

多くの会社では「1on1(ワン・オン・ワン)ミーティング」が実施されている。会社だけでなく自治体や学校もそうかもしれない。

「1on1ミーティング」の目的は、経営トップと現場が直接話し合うことで、組織の問題点を洗い出したり、不満を汲み上げたり、働きやすい環境を作ることを目的としている。

しかし、多くの場合、「1on1ミーティング」は、経営側と労働側の腹の探りあいに終始する。しかも双方にとって恐ろしくストレスフルな仕事である。

この間にAIを挟むことで、労働側は思いの丈をAIにぶつけることができる。
AIは労働者から直接的に苦情や不満や現場の問題点を聞き出すが、感情的な要素は省いた形で「全体の問題意識」というサマリーを経営者に提出する。
経営者は1on0のサマリーを見て、気になる場合だけ個別に1on1するなりグループミーティングをするなりすれば良い。

経営者から労働者へのメッセージは、1on0の中で伝えていく。そもそも世の中には社員数1万人以上の会社がたくさんあるわけで、原理的には社員数が300人を超えたら四半期ごとの1on1など出来っこない。大企業では経営トップの意思は全体会同のようなイベントでブロードキャスト的に配信される。それについての質問をいつでも受け付けるAIを用意すればいい。

「営業・宣伝AI」は、既に実例がいくつか出てきている。
サイバーエージェントではバナー広告のキャッチコピーを人間のコピーライターとAIに競わせたところ、AIの方が二倍近い成績を出したため、人間のコピーライターは配置転換になったそうだ。

最近の広告といえばinstagramやYouTubeへのリール動画という縦長で10秒程度の動画だが、欧米でも日本でも、AIを使って自動的に「バズる」動画を作る手順が研究され、YouTubeでの解説動画がいくつも出ている。1時間もあれば何かいい感じのリール動画を30本(1ヶ月分)自動生成でき、実際にそれをクライアントに納品して収入を得ている人もいるらしい。ただ、これはクライアントにバレる前の話で、クライアントからすればそんなに作るのが簡単ならば自分で作るようになるだろう。

そもそもインターネット以後の世界で最も重要なのは「営業・販売の自動化」であり、今はそれを実現する手段が無数にある。
Webやアプリ経由ならStripeを使えば課金決済が簡単に、しかも低い手数料で実現できるし、Web広告を出すならGoogle Ads APIなどで勝手にバナー広告を作って掲出し、最適戦略を組み立てるAIは技術的には実現可能なのでおそらく既にいろんな会社が着手しているはずだ。

「経営戦略コンサルタントAI」は、文字通り、経営戦略を相談するためのAIである。
興味深いことに、去年は多くの経営コンサルタントが廃業に追い込まれたらしい。他人の経営を指導しながら自分が廃業するとは本末転倒に見えるが、経営コンサルタントだからこそ経済の失速に早い段階で見切りをつけ積極的に廃業を選択したという考え方もできる。

経営コンサルタントという企業体が生き残るのは難しいかもしれないが、経営コンサルタントの機能は依然として多くの人が必要としている。
問題は、「経営コンサルタント」として能力が高い人の時間が限られていて、結果的に時給が上がってしまうことだ。

筆者も職業柄、色々な「経営コンサルタント」や「中小企業診断士」、そして企業にまつわる士業として「社労士」「税理士」「会計士」「弁護士」「弁理士」といった人たちと接してきたが、基本的にそれぞれの人が持っているノウハウに大きな偏りがある。

ひとくくりに「経営コンサルタント」として括ることができないくらい多種多様であり、たとえ専門家を自称していてもいざ裁判となるとさっぱり役に立たない弁護士も見てきた。要は、「プログラマー」と名乗っていても、VRゲームを作る人と大規模な金融系サービスを作る人が全然違うスキルセットが必要なのと同じで、「経営に詳しい」とひとくくりに行っても、それは「コンピュータに詳しい」というのととあまり変わらないということだ。

多くの経営者にとって必要なのは、「今の自分の悩み(経営課題)を突破するヒントをくれる存在」としてのコンサルタントであり、それが人である必要がないばかりか、ヒトであることでその人の知識が正しいのか、その判断に妥当性があるのか客観的に考える癖を失ってしまうという弊害もある。

ただし経営に助言をくれる士業にせよコンサルタント業にせよ、料金が高いという問題がある。士業の場合は法律でどうしても人間がやらなければならないことがあるので仕方がないが、せめてどの士業に相談すればいいかという相談くらいはAIが乗ってあげてもいいのではないか。しかも格安で。

また、そもそもある時点で「資金繰りがまずい」という時に、自動的に中小企業のAIが銀行のAIに相談して、与信を終わらせ、金利と金額と期間をオファーし、契約することだってできるはずである。責任を取るのはあくまで人間だから、最終的に承認するのは人間の代表取締役になると思うが、自分で金策に回ることを考えたらどれだけ効率的かということである。銀行にしても、毎回半沢直樹のように人情を優先した融資ばかりしてもいられないはずで、「この会社は無理」となればそれは無理なんだから仕方ないと早期に手仕舞いをするような冷酷かつ正確なAI行員の方が頼りになるだろう。

一番重要なのは、この「経営戦略コンサルタントAI」は、10年で97%が廃業すると言われている会社の廃業率を下げることである。
このAIの導入を前提にすれば、投資の失敗確率を66%から20%程度にまで下げることができるはずだ。

というのも、筆者から見ると廃業する会社というのはごく初期にかなり基本的なところで間違えて、間違えたまま突っ走った結果、悲惨な終わり方をするパターンがあまりにも多いからだ。

ということは、会社の創業期に適切な注意を払うAIを導入しておけば、事業が失敗する確率を十分下げることができる可能性が高い。
実際問題、事業を成功させた経験のある人は何度も成功させることができる。つまり、事業には本質的に「成功の再現性」があるのだが、多くの起業家がそれを知らないまま、企業経験のないVCから無謀な資金調達をして自滅しているようにすら見えるのである。

これまでは経営者の個人の能力や人格を見極めるしかなかったが、前述のように人間というのは変わってしまう生き物である。
その点、AIは積極的に変化するわけではなく、正しいことを正しい時に感情や個人の欲望に流されず冷徹に判断する能力を持っている。

金融資本主義は完全には衰退しないだろうが、この先は間違いなく事業のどの部分を人間が担当し、それ以外のどれだけ多くの部分をAIに担当させるかといったことがその会社の企業価値の源泉になるだろう。

これを筆者はAI資本主義と呼ぶことにする。

AI資本主義においては、まだ類例が世の中にないため、金融資本主義の象徴であるシリコンバレーに十分対応しうる。
金融を持って金融資本主義に対抗しようとすると、おそらく日本勢に勝ち目はないが、フォーカスをAI、しかも技術としてのAIではなく、使い方としてのAIに当てることで勝機が見えてくる。

意中の女性がいる時、ライバルの男が10本のバラをプレゼントしたとき、15本のバラをプレゼントすれば勝てるか?
でもバラに例えれば、今の状況はライバルのビッグテックが10000本のバラをプレゼントした時、我々の手元には1本のバラしかないというようなものだ。
こんな時、我々は考え方を変えるしかない。

スティーブ・ジョブズは孤児でヒッピーだったし、マーク・ザッカーバーグはキャンパスの隅っこにいる冴えないオタク野郎だった。
時代を変えるイノベーションが大企業からではなく、常に貧しい人、持たざる人たちから生まれているのは、決して偶然ではない。
貧しさ、持たざることは考え方を変える大きな動機になるのだ。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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