original image: Chan2545 / stock.adobe.com
original image: Chan2545 / stock.adobe.com
旧聞に属しますが、少し前にBlueskyを眺めていて、マイク・マズニックが「ガチギレしてごめん。我慢ならなかった」とTechdirtの記事を告知する投稿をみて、相変わらず意気盛んだなと微笑ましく思った話から今回は始めたいと思います。
マズニックがガチギレしたのは、「バーチャルリアリティーの父」ジャロン・ラニアーと政治学者でミドルベリー大学教授のアリソン・スタンガーがWIREDに寄稿した「すべてを救えるインターネット・ハック」という記事で、これは前回の文章でも触れた、ユーザー生成コンテンツに対するプラットフォーム企業の免責条項を定めたとも言われる通信品位法230条の撤廃、つまりは「インターネットを生み出した26ワード」の削除を訴えるものです。
思えば10年以上前、ワタシがこちらでの連載初回に取り上げたのが、そのジャロン・ラニアーの当時の新刊でした。当時既にソーシャルメディアのプラットフォーム企業に対する痛烈な批判で知られていた彼は、その後『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』なる本を書くまでにその姿勢を硬化させています。
ラニアーとスタンガーの主張は、インターネットの規模がネットにおける言論を「武器化」したことなど、検討に値する論点を含むと個人的には思いますが、マズニックはその通信品位法230条廃止論を事実誤認だと真っ向から反論しています。彼の議論は、電子フロンティア財団やPublic Knowledgeの230条擁護論と重なりますが、それよりもラニアーらの文章をふんだんに引用しながら、それに逐一辛辣なツッコミを加えていく、最近あまり見なくなった、いにしえのブログ文体のほうが印象的だったりします。
思うに、マズニックがラニアーらの文章にガチギレしたのは、Techdirtにおいて一貫してデジタルフリーダムの重要性を論じてきた彼にとって、「230条の撤廃こそが(表現の自由や報道の自由を保障する)合衆国憲法修正第1条の力を解き放ち、人間の自由な言論を促進する」という結論が許せなかったのではないかとワタシは見ています。
日本でマズニック並びにTechdirtに関してもっとも有名なのは、インターネット上で情報を秘匿しようとすると、むしろその情報が拡散されて裏目に出てしまう現象を指す「ストライサンド効果」の名付け親としてかもしれませんが、思えばマズニックは、驚くほど一貫した人です。彼がTechdirtを立ち上げたのは1998年ですが、現在まで四半世紀以上にわたりインターネットにおける著作権、知的財産、情報公開、プライバシーなどの問題を論じる老舗ブログを守ってきました。昨年この連載でも取り上げたグリン・ムーディもその寄稿者の一人ですが、今もマズニック自身が多くの記事を書いています。
TechdirtはSlashdotタイプのグループブログですが、Slashdot Japanの後継サイトであるスラドの終了が告知された2024年においては、もはや絶滅危惧種の感があり、それもマズニックの一徹さを際立たせています。昨年、その彼をNew York Timesが取材した記事「インターネットのベテランが教えるテクノロジーを恐れない生き方」でも、「見たところ、マズニック氏に足らなかったのはブログのデザイン変更に割く時間だったようだ。テキストの壁、ハイパーリンクたっぷりなデザインは、Techdirt立ち上げ以来あまり変わっていない」と書かれていて苦笑したものです。文体もサイトデザインも揺るぎがないわけです。
New York Timesの記事には、「1998年にTechdirtを立ち上げたマイク・マズニックは、議員、企業のCEO、活動家など影響力のある読者に向けて執筆している。どういうわけか、彼はテクノロジーについて未だ楽観主義者である」というマズニックのキャラクターをつかんだリード文がついていますが、彼はその長いキャリアと技術史への深い造詣により、シリコンバレーにおける神託のような存在になっていると記事中で評されています。
その彼は、たとえ痛みを伴うものであっても変化を受け入れるべきで、思慮に欠ける法的保護は意図せぬ結果を招くので注意すべきと説きます。この記事では、当時ストライキ問題に揺れていたハリウッドの監督、俳優、脚本家たちに、AIの脅威とそれに対する戦い方を指南しながらも、AIの活用も勧めています。新しいものは、あなたが思うほど怖くはない、が現実的楽観主義者である彼のメッセージです。
この記事には、彼がテック系のオンライン記事を書き始めた2000年代初頭、オンラインファイル共有が流行し、CDの売り上げが急落していた頃、彼が音楽業界にインターネットを受け入れて、より多くのファンとつながる機会を提供するよう勧めたことが触れられています。
この問題については前々回の文章でも触れていますが、現実はマズニックが期待したようには音楽のデジタル化は進みませんでした。
そのようにマズニックが信じる未来が現実にならないことも往々にしてありますし、情報の自由な流れを重視して、Techdirtにペイウォールを設けないという方針のため、彼はTechdirtにより十分な報酬を得たことは一度もないと認めています。彼はTechdirtだけでなく、政策アナリストやリサーチフェロ―やゲームデザイナーを兼務する、この記事では「知的ギグワーク」と評される働き方で生計を立てていますが、お金に執着しない独立系テックブロガーの立場を堅持する彼のイメージが、その信用に貢献しているところはあるでしょう。
実際、Techdirtに掲載した記事のため訴訟沙汰になり、マズニックが訴訟費用に困ってTechdirt閉鎖の危機に追い込まれた際は、その読者は寄付に応じましたし、電子フロンティア財団がマズニックにパイオニア賞を与えるなど、支援の手が彼に差し伸べられました。
この記事で特に面白かったのは、マズニックとMetaのマーク・ザッカーバーグとの交友です。
2021年の2月、マズニックのFacebookメッセンジャーに受信トレイに、マーク・ザッカーバーグから「お会いしたことはないと思いますし、あなたは我々が間違いを犯していると批判的ですが、あなたの文章はいつも洞察に富んでいて、筋が通っていると思います」というメッセージが届きます。
もっともマズニックはザッカーバーグのFacebookフレンドではなかったので、それに対する返信メッセージは拒否されてしまうのですが(笑)、後に二人は電話で話をする機会を得ます。
ザッカーバーグはFacebookが何を間違えているのかを尋ね、人々のインターネット体験を過度にコントロールするテック企業を嫌悪するマズニックは、Facebookの非中央集権化を検討するようザッカーバーグに提案しました。
ザッカーバーグもこの答えは予想していたでしょう。そもそも、なぜ彼はマズニックにアプローチしたのでしょうか。それは、マズニックが2019年に著した論文「プラットフォームでなくプロトコルを:言論の自由に対する技術的なアプローチ」の存在が大きいはずです。2019年末には当時TwitterのCEOだったジャック・ドーシーがこの論文に言及した上で、Twitterを分散型SNSにするプロジェクトに着手します。そして2021年はじめに、後にBlueskyのCEOとなるジェイ・グレイバーの手によるエコシステムレビューが公開され、ドーシーの取り組みの本気度を見て取ったザッカーバーグは、その思想的なバックボーンとなった論文の著者であるマズニックに声をかけたのだと推測します。
この当時、コリイ・ドクトロウも電子フロンティア財団のブログで、ドーシーがマズニックの論文を引き合いにしていることに興奮し、それがTwitterに限らないSNSのスイッチングコストの問題を解決する助けとなることに期待する文章を書いていますが、この頃、多くの目利きの目に彼の論文が留まっていたのでしょう。
マズニックの論文を読み通す時間がない方は、GIGAZINEの「言論の自由を取り巻く問題を解決する「プロトコルに基づいた仕組み」とは?」をお読みいただくと良いですが、この論文はプラットフォームとプロトコルの進化を中心にインターネットの歴史を辿りながら、大手プラットフォームが直面するプライバシー、データの扱い、コンテンツモデレーションといった問題の難しさを指摘した上で、プロトコルベースのアプローチを提案し、それが新たなビジネスモデルや競争、ユーザーエクスペリエンスの改善につながるなどイノベーションを促進することを(フィルターバブルの問題悪化の可能性など、そのアプローチの欠点や課題もちゃんと言及しながら)説くものです。
この論文の結論部分を訳しておきます。
ネットワークコンピューティングはその半世紀におよぶ歴史において、クライアントサイドとサーバーサイドの間で振り子のように揺れてきた。メインフレームとダム端末に始まり、強力なデスクトップコンピューター、そしてウェブアプリケーションやクラウドへと移行してきた。おそらく我々は、似たような振り子をこの分野で見ることになろう。プロトコルが支配する世界から、中央集権的なプラットフォームがすべてを支配する世界へ移行したが、プロトコルが再び優位に立つ世界に戻れば、オンラインにおける言論の自由とイノベーションが多大な恩恵をもたらすだろう。
こうした動きは、志を同じくする人たちが世界中でいろんな話題でつながり、誰もが不正利用や偽情報に汚染されることなく多様なテーマで有益な情報を見付けられる場所を作るという、ウェブの初期の約束に我々を立ち返らせる可能性を秘めている。同時に、インターネットで競争とイノベーションを促進しながら、エンドユーザーが自身のデータをコントロールできるようになり、巨大企業がどのユーザについてもデータを持ちすぎるのを防ぐことにもつながる。
プラットフォームでなくプロトコルに移行するのが、21世紀における言論の自由のアプローチになる。悪意を持つ者に乗っ取られる可能性のある個々のプラットフォーム内の「アイデア市場」に依存するのでなく、悪意ある者の発言能力を完全に断ち切ることなく、その影響を最小限に抑えるより良いサービスを提供する競争が起こる理想的な市場にプロトコルが導くだろう。
それは根本的な変更を意味するが、真剣に検討されるべきものだ。
今マズニックの結論部分を読み直すと、ティム・バーナーズ=リーが先ごろ公開した「ウェブの35歳の誕生日を祝う:オープンレター」を先取りしているように感じます。
マズニックはザッカーバーグと一時間以上電話で話しましたが、ザッカーバーグがどこまで本気で自分の話を聞いているか確信が持てなかったそうです。しかし、その後本当にThreadsのフェディバース対応が告知され、今年に入って機能の提供が始まりました。
さて、Blueskyに関するトピックでは、先日Bluesky Meetup in Tokyo Vol.2が開催されたので、ワタシもオンラインで聴講させてもらいました。Blueskyチームメンバーの発言で、composable(組み立て可能な)やstackable(積み重ね可能な)といった単語が強調されてた印象があり、そのあたりも「プラットフォームでなくプロトコルを」というマズニックの論文へのつながりを感じました。
#BskyMeetup Jay氏、さっきBluesky/ATPは「初期のインターネット」のようなもので、かつては技術者しか情報発信できなかったが、WordPressのようなものが出てきて簡単になっていた、というような話をしていたけど、SkyFeedなんかはまさにカスタムフィードにおけるWordPressだよな。プロトコルを最初に固めて、UIがあとからついてくるモデルがうまく動いている。
— 小野マトペ (@matope.bsky.social) Apr 13, 2024 at 16:36
少し前にBlueskyのCEOであるジェイ・グレーバーが、Vergeのニレイ・パテル編集長のDecoderポッドキャストに登場していますので、最後にこれを取り上げたいと思います。
このインタビュー記事についても、その冒頭部分を中心にGIGAZINEが「SNS「Bluesky」のジェイ・グレイバーCEOが「Twitterから独立した理由」「BlueskyとAT Protocolの関係」などを語る」で記事にしていますが、ニレイ・パテルが「プロトコル」について触れるのは中盤以降になります。
グレイバーの発言を見ると、プロトコルベースで考えることがユーザーに選択肢を与え、オープンソース化がその担保となるのが分かります。
しかし、もし私たちが間違ったとしても、アプリ全体の目的はオープンソースなので、人々はそれをフォークして、何かを整理したり、追加したり、違う方向に持っていったりできます。そうすれば、アプリが肥大化したり、うまく機能しなくなったりしたときに、別のやり方やより良いやり方を思いついた人がアプリをフォークして、「問題ない、自分たちできれいにしよう。これからはこうしよう」と言えます。
ですから、そのエコシステムの中で優れたリーダーシップを発揮できるよう、私たちは多くの設計を試みています。中央集権は、誰かが計画を持っていて、行き先が分かっていて、目指す場所が正しくて、利用者がそれに従いたくなる場合にはメリットがあります。しかし、そのリーダーシップが失敗したり、物事を誤ったりした場合は、他の選択肢があれば、人々は意思表示をしてより良い選択肢に移れるわけです。
この記事タイトルにもあるように「フェデレーションこそがソーシャルメディアの未来」とグレイバーは考えており、そのためにBlueskyはATプロトコルを開発しているわけですが、ATプロトコルのメンテナンスを譲渡すべく、既にいくつかの標準化団体と話を始めているそうです。
ATプロトコルについては、どうしてもActivityPubという競合プロトコルとの関係が気になります。MastodonはActivityPub上で動作し、Threadsも対応したのはActivityPubです。グレイバーによると、2019年にBlueskyを始めた時点でActivityPubは存在していたので当然検討したが、目指すcomposability(構成可能性)から違うものを作る必要があると判断したし、カスタムフィードなどの機能は、ActivityPubのサーバー中心の構成では不可能と考えているようです(他にもグローバルフィード、アカウントのポータビリティ、UXを理由に挙げています)。
ユーザー数が1億人を抱えるThreadsがActivityPubを利用することが競争上の脅威になるかを聞かれ、マイク・マズニックの論文にいち早くジャック・ドーシーが耳を傾けたのに対し、それから遅れてMetaが対応したことをグレイバーはチクリと触れた後、オープンなプロトコルに向かう方が健全な方向だと考えること、Blueskyは最初からオープン性とcomposabilityを組み込んでおり、オープンソースであることも保証していることに自負を見せながら、Threadsはそうではないし、もしMetaが完全にプロトコルに準拠するとしても、ユーザーにはまだリスクがあると指摘します。
フェデレーションこそがソーシャルメディアの未来として、その基盤となるプロトコルは何が覇権を握るかは未知数です。それでも、マイク・マズニックという、ワタシが何度か使用する表現を当てはめれば「ネット原住民」というべきベテランが、Twitter(Bluesky)とMeta(Threads)という両プラットフォーム企業に指針を与えたことは特筆すべき話です。今から25年前にインスタントメッセージシステムを統合するオープンソースプラットフォームを目指した(そのためのプロトコルXMPPは現在まで生き残っている)ジェレミー・ミラーが、今、Blueskyで理事を務めているという話と合わせ、その世代の叡智が現在に受け継がれていることに、マズニックやミラーと同世代のワタシまで勝手に胸を熱くしました。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。