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イギリスの「ビル・ゲイツ」の不可解な死

UK's Bill Gates

2024.08.28

Updated by Mayumi Tanimoto on August 28, 2024, 21:09 pm JST

イギリスのソフトウエア大手のAutonomyの創業者のマイク・リンチさんの超豪華ヨットがシチリア沖で転覆し、リンチさんや娘さん、スタッフ、友人弁護士、モルガン・スタンレーの幹部が死亡と見られていますが、検察は殺人での調査を開始しています。

リンチさんは、ケンブリッジ大学で博士号を取得、大学発ベンチャーとして、Autonomyを創業します。AutonomyはHPに売却したのですが、売却時に会計上の不正があったと訴訟を起こされ長年争っていました。英米を跨ぐ裁判で、アメリカから身柄引き渡し要求があったりと、外交問題にまでなりそうになったのですが、紆余曲折を経て2024年にやっとアメリカで、無罪判決が出たのです。そのお祝いのために、18歳の娘さんや奥様、お友達を連れて、シチリア沖に豪華ヨットで休暇を楽しんでいた最中でした。

裁判を一緒に戦っていた元財務責任者のスティーブン・チャンバーレンさんは、判決直後の今年8月17日にケンブリッジでジョギング中に車に轢かれて死亡。チャンバーレンさんは会計士で穏やかな人柄、地味な人で地元のスポーツチームの支援をしたりと親切な人だったことで知られ、ウルトラマラソンに出るほどのマラソン好きでした。そして8月19日には、リンチさんのヨットがシチリア沖で沈没してしまいます。

リンチさんのキャリアからは、 イギリスのテクノロジーの中心地は ケンブリッジであり、大学 発のベンチャーが重要な役割を果たしていることが分かります。

リンチさんは、ケンブリッジ大学で博士号を 取得している最中にテクノロジー系の会社を起こし、 指紋認証や 顔認証のごく初期の頃の技術を開発し、体系化されてない様々なデータを検索するというAutonomyを創業します。指紋認証の技術を開発していたのは1991年のことですから、大変 早い時期に現在普通に使われている分野を実用化していたわけです。

ケンブリッジは「シリコンフェン」と呼ばれており、欧州におけるシリコンバレーと呼ばれています。スタンフォード大学がイノベーションを牽引するように、ライフサイエンスとテクノロジー分野の中心地で、ケンブリッジ大学が研究開発に携わる人材を排出しています。2023年には、ベンチャーキャピタルが英国のライフサイエンス企業に26億ポンドを投入し、パンデミック前の水準と比較し37%の増加となりました。

ケンブリッジが面白い点は、ここが伝統的なイギリスの大学都市であり、中世の街並みと建物がそのまま残されていて、ケンブリッジ大学自体もアメリカや日本の大学に比べると大変 地味なことです。ロンドンから電車一本で 行くことは可能ですが、 電車はディーゼル車で料金は日本の電車に比べるとかなり高く、駅はこじんまりしていてのんびりしたもので、とても世界最先端の企業があるようなところには見えません。

街は地元住民の反対運動が起きるために建築規制が厳しく、景観もかなり細かく規制されています。イギリスにおいては、町並みが最も保守的な町の一つです。東京のように便利な店がたくさんあるわけでもありません。ファストフードさえも他の町に比べると数が少なめです。

町としての規模は小さく、道行く人もスポーツウェアや農作業着を着ていて、テクノロジーとは無縁な田舎町に見えるところです。大学のキャンパス内には芝生がありますが、そこを 農作業着を着た地元の農家の人が牛を連れて 放牧しているので、牛糞に注意して歩かなければなりません。ところが、ケンブリッジ大学周辺のインダストリー・パークでは、世界の最先端の技術が開発されているのです。

さらに重要な点は、ケンブリッジは安全保障に関わる最先端技術でも、非常に重要な役割を果たしているという点です。例えば、リンチさんが2011年に設立したインボーク・キャピタルは、サイバーセキュリティ企業ダークトレースにも投資していました。この会社もケンブリッジ発のベンチャー企業の一つです。

リンチさんは2018年まで取締役を務めていたセキュリティ業界では有名なこの会社は、AIを駆使して侵入検知などを行う技術で知られています。元MI5や米国国家安全保障局(NSA)などの諜報機関に在籍していた人々を取締役や幹部として迎え、政府とかなり強い つながりがあったということが知られています。政府とはどのような関係にあったかまでは、詳細は 明らかにはされていませんが。

しかし、このようにケンブリッジのような田舎町で、最先端の技術が開発され情報機関が関わるような商品も研究されているというのは、まるで 007の世界のようであるなあと感じるわけです。外から見た感じでは地味で一見何をしているかは分からないのですが、実は大変重要なことが行われているわけです。

これは、ある意味で非常にイギリス的で、イギリス人は自分自身や企業が何をしているかということを一見分かりにくいようにしておくのが好みです。彼らは自身の身分や能力を、簡単に見破られることを嫌います。従って。超高学歴の人や有名研究者は普段から粗末な身なりをし、無職や農夫のフリをしていることもあります。車や装飾品も地味なものを好み、分かりやすい 派手さを嫌います。

自宅も会社も、とにかく 地味にして、何の変哲もなくむしろ見すぼらしく見えることに工夫を凝らしています。質素さを装うことで相手に警戒心を持たせず、目立たないことで攻撃を防ぐという非常に 低コストで賢い 防御方法だというわけです。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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