
“自分の「標準」を確認するために現代アートに触れよう”(前回記事「自分の「標準」を確認するために現代アートに触れる」)と言われたって、どのように出会えばいいのか、まったく見当もつかない、という人も少なくないかと思います。
今回は、このあたりを丁寧に紐解いていきます。
一番最初にしなくてはならないこと、それは「どこに行くかを決める」です。現代アートを見られる場所は数多ありますが、主に次の三つに大別されます。
一番メジャーな場所は「美術館」です。ただ、美術館は古今東西あらゆるジャンルを手掛けているため、詳しくなければどの美術館を目指してよいかわからないと思います。が、少なくとも美術館の名称に「現代美術」が含まれていたら、必ず現代アートがあります。一つの目安にしてください。
例えば東京エリアだと、東京都現代美術館、森美術館が有名です。青森県だと十和田市現代美術館、石川県だと金沢21世紀美術館、といったように日本国内各所に、現代アートが見られる美術館が存在します。
最近は、特定の地域で数カ月にわたって開催される現代アートのお祭り=芸術祭が増えました。美術館内に限らず、地域のあらゆる場所を巡りながら点在するアート作品を鑑賞するスタイルです。芸術祭ごとに対象地域は異なりますが、基本的に広範囲なので、数日あってもすべての作品を見ることは難しいです。例えば瀬戸内国際芸術祭では、香川県の直島をはじめ、瀬戸内海の島々が会場になっています。
なお、展示される作品は、その芸術祭のために作られた、地域密着のものであることが多いため、作品を通じてその地域への理解を深められる側面があります。新潟県で開催され日本を代表する芸術祭である大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレでは、十日町、川西、中里、松代、松之山、津南といった6エリアそれぞれの、人、歴史、文化風土に関わる作品群が置かれています。観光名所を巡るように楽しめるのが、芸術祭の良いところです。
ちなみに、よく「地域名+トリエンナーレ」「地域名+ビエンナーレ」がイベント名称になっています。「トリエンナーレ」「ビエンナーレ」はイタリア語で、それぞれ「3年に1度」「2年に1度」という意味です。世界的に有名な国際芸術祭として、イタリアで開催されるヴェネチア・ビエンナーレが知られており、これを意識して名付けられていると思われます。
ギャラリーは、一般的に芸術作品を展示し、かつ販売する場所ですが、購入目的でなくとも、展示だけを気軽に見ることができます。美術館よりも展示空間は狭いですが、基本的に無料で、ふらっと立ち寄って楽しめるのが、ギャラリーです。ギャラリーには、コレクター向けにアート販売をする画商が運営するギャラリーもあれば、一般企業が運営するギャラリーもあります。企業ギャラリーだと、東京・銀座にある資生堂ギャラリーが、歴史も古く有名です。
「こんなに選択肢がたくさんあっては、どこに行けばいいかわからない」となった方は、手始めに日本各地の展覧会/アートイベント情報が掲載されているサイト、例えば「Tokyo Art Beat」や「美術手帖」をチェックすることをおすすめします。現代アートに限らず、情報は網羅的ではありますが、全体動向を俯瞰的に把握でき、探しやすいと思います。また、Webサイト以外ならば、NHKで放映されているテレビ番組「日曜美術館」が有用です。こちらでは毎週日曜日、基本的に番組放映時期に開催される展覧会にフォーカスをした内容が流れます。映像で説明されるので、より展覧会/アートイベントについてイメージしやすいです。さらに「日曜美術館」の直後に放映される「日曜美術館 アートシーン」では、15分という短い時間で注目の展覧会情報を複数得られます。
ある程度の目星はついたけれど、最終的に行くべきところを決めかねたときは、一番好みのポスター(ないしアイキャッチ画像)の展覧会/イベントにしましょう。デザインでも、名称でも、場所でも、何でもいいので気になる点が多ければ多いほど良し、です。「好みだ」「気になる」というならば、そこに「共感」があるといえます。未知のものに出会うとき、ある程度「共感」がある方が理解が進みます。あえて、何もピンと来ないけど行ってみる、というのも素晴らしいチャレンジですが、一番最初は手堅く、現在の自分の好みのものから始めてよいでしょう。
なお、もし1人のアーティストにフォーカスした個展と、複数のアーティストが参加するグループ展のどちらかで迷うことがあるならば、後者をお勧めします。後者の方が、たくさんのアーティストの多様な考えに触れられる機会が多いためです。
イベントの後半は人が溢れがちというのは、アート界隈でも同様です。そのため、展覧会/アートイベントの最終週はなるべく避けた方が、ゆっくりと落ち着いて鑑賞時間を過ごせます。また、コロナ禍以降、美術館ではチケットの日時指定予約購入が浸透しています。美術館に行く際には、事前にチケットを購入することをお勧めします。
気にする人は気になるドレスコード。ですが、本当に自由な服装でかまいません。「美術館はシックな場所なので落ち着いた服装で…」というような、暗黙的なドレスコードなんてありません。私なんかは、オフィスで浮きそうな派手な色の服を着て行くのが好きです。
とはいえ、この方が便利、という点がいくつかあります。まず、動きやすくすることです。特に靴は歩きやすく脱いだり履いたりが簡便なものがいいです。鑑賞では思ったより広いエリアを歩き回るので、履きなれた靴が一番です。さらに、現代アートは体験するタイプの作品がときたまあります。そうなると、立ったり座ったり靴を脱いだり寝転がったり、さまざまな体勢をとることもしばしば。それを考慮した服装を選ぶとよいでしょう。
次に、体温調整をしやすくすることです。屋内施設では、作品保護の観点から空調がしっかり効いており、特に夏場は寒いことさえあります。一方、屋外にも展示作品がある場合もあり、どんな気温でも対応可能な構えが必要です。
最後に荷物は最小限にすることです。鑑賞の邪魔になることはもちろん、不意に作品を傷つける危険性があるからです。鑑賞時、前方ばかりに気を取られ、後方不注意になりやすいのです。そのため、リュックなどは前で抱えて持つことを推奨されがちです。やむをえず大荷物で現地に赴かなければならないとしても、美術館でしたら大抵入り口付近にコインロッカーが設置されていますし、頼めば受付で大型荷物を預かってくれることもあります。身軽になってから会場に入りましょう。
いざ鑑賞という際に最低限必要な心得は、作品の解釈に対し、言語的に明確な正解を求めない姿勢です。現代アート作品には、現時点に存在するボキャブラリーでは説明しえなかったり、多義性を持ったりするため、一問一答クイズ的な解説が難しいことがあります。まず、そういった姿勢を以って、作品と対峙しましょう。そして、何か心が動いたら(それはポジティブな感動でも、ネガティブな嫌悪でもどちらでも)「なぜ私はそう思ったか」を問い詰めていきます。そうすれば自分の「標準」が多角的に見えてくるでしょう。とはいえ、まったくピンとこない、ということもあります。そのときは、作品に対して次のアプローチを取ってみましょう。
①観察しながら5W1Hで作品を分解してみる
②作品を抽象的に解釈し、自分の経験や知識と繋げてみる
③誰かと対話して感想を言い合う
④リラックスする(参考「作品の解釈に明確な正解は存在しない研究開発のネタをアート/デザインの現場から探る」)
いろいろ試みたけれど、何も理解できないとしたら、悲観せず「そんなこともある」と切り替えます。わからなかったからといって、自分が悪いことも作品が悪いこともありません。いつかわかるときが来るかもしれないし、一生わからないかもしれない。自分が行った展覧会/イベントの中で、一つだけでも何か心に響くものに出会えたならラッキーという、気楽な気持ちでいましょう。
情報技術開発株式会社 経営企画部・マネージャー
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒、早稲田大学大学院経営管理研究科(Waseda Business School)にてMBA取得。技術調査部門や新規事業チーム、マーケティング・プロモーション企画職などを経て、現職。2024年4月より「シュレディンガーの水曜日」編集長を兼務。