October 19, 2026
WirelessWire & Schrodinger's編集部 WirelessWire & Schrodinger's編集部
量子コンピューターの実用化が進んだとき、どの方式をどう使えばいいのか。その使い道を考え始めるのでは遅い。KDDI総合研究所 量子基盤室室長の斉藤和広氏は、GPUからさまざまな方式の量子コンピューターまで、ハードウエアの違いを意識せず利用できるAI・量子共通基盤の研究を進める。一方、量子基盤室 コアリサーチャーの古澤瞬氏は、機械学習と量子アニーリングを組み合わせ、刻々と変化する通信環境を先回りして最適化する技術を研究中だ。材料開発などの通信以外のユースケースも射程に入っている。量子コンピューターそのものを作るのではなく、量子を「使える」環境と「使い道」をつくる、ということだ。2人の研究から、KDDIが描く次世代の通信×計算基盤と、企業や研究機関との連携による量子時代への備えが見えてくる。
斉藤:KDDI総合研究所の量子基盤室で室長を務めています。KDDIでは、次世代インフラに量子技術を適用する全体像を検討していますが、その中で研究開発を担うのが量子基盤室です。
私自身は元々、量子コンピューターは専門ではありませんでした。情報工学でコンピューターシステムの研究をして、KDDI入社後は本社でシステム開発に携わり、その後はビッグデータのシステムなどの研究をしてきました。アプリケーション開発に携わり、理論の勉強のために米国留学も経験しました。帰国後、ビッグデータの視点からAI基盤を考えるようになり、そこでハードウエアとしての量子コンピューターの利用は必須、と考えるようになりました。そこから猛烈に量子の勉強を加速させました。基本的には「AIのための量子コンピューター」というスタンスです。

勉強を進めていくと、量子コンピューターが実際に使えるようになってきていることを実感しました。古典コンピューターも性能向上を続けているのは確かですが、単体の計算能力は頭打ちになりつつあるので、数多くのマシンに並列処理を実行させるというように、数の力に頼っているのが現状です。結果的に、消費電力や設置場所の問題が解決されていないのに、AIによる計算需要の急増で大変な状況が訪れています。そうした課題を解決する1つの手法が量子技術を使ったコンピューターです。ある種の計算に対しては、既存の古典コンピューターより格段に高い性能が得られると期待されるため、計算機のパラダイムシフトが起ころうとしています。そのような状況を背景に、2023年に、量子コンピューティングプロジェクトを開始しました。
なぜKDDIが量子コンピューターの研究をしているのでしょう。KDDIは通信事業者として通信基盤を提供してきました。加えてGPUなどを用いた計算基盤も事業として提供しています。すなわち「通信×計算」です。そこで、次世代のインフラが量子を使ったものへと進化していくことを想定し、通信基盤と計算基盤の双方に量子をどのように活用できるか、という研究を始めたわけです。量子コンピューティングからスタートして、2026年4月には量子通信グループも発足し、名実ともに双方のインフラづくりの研究を推進しています。

斉藤:ただし、量子コンピューターそのものを研究しているわけではありません。量子をどう使うかを考え、そのためのプラットフォームの研究をしています。量子コンピューターは研究が盛んで、さまざまな実装方式がその性能の高さを競い合っています。KDDI総合研究所としては、どの方式が勝ったとしてもアプリケーションを変えずに使える環境を作りたいのです。どれかの方式を担ぐのではなく、どの方式でも同じように使える環境を作るわけです。ユーザーが量子コンピューターを使うときに、方式にかかわらず同じように開発できるようにするためのミドルウエアの開発、と考えていただけるとわかりやすいかもしれません。
現在の量子コンピューティングは、使いたいと思ったユーザーが、アプリケーションも作らないといけません。まだ利用者と開発者がイコールなのです。量子コンピューターにはいろいろな方式がありますし、古典コンピューターのGPUもあります。使い方も、実装できるソフトウエアも異なります。「どうやって使えばいいの?どれを使えばいいの?」という疑問が生じます。
KDDI総合研究所では、これらの課題を解決するプラットフォームを開発しているのです。具体的にはNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発事業で、古典コンピューターと量子コンピューターを共通して使えるようにする「AI・量子共通基盤」の開発に取り組んでいます。GPUに加えて、超電導、中性原子、光などの各種量子コンピューターも含めた多様なハードウエアに対して、アプリケーションを変えることなく使える仕組みを作りたいという考えです。計算資源を自動的に割り当てる仕組みや、安定稼働のための運用システムを作ることも対象になります。

実はミドルウエアを作るという発想は、通信の世界ではごく普通の考え方だろうとも思うのです。通信はアナログ回線のダイヤルアップ接続から、ISDN、ADSL、光と物理層は進化してきましたが、一貫してアプリケーションは変わらずに済んでいます。その理由は、中間層のTCP/IPなどの通信基盤モデルが充実していたからです。アプリケーションはTCP/IPとやり取りすれば、物理層を気にすることなく通信できます。一方で計算機にはそうした仕組みがありませんでした。これまではCPUとGPUぐらいでしたから個々に対応すれば済みましたが、量子コンピューターも含めて計算機が進化するとアプリケーションを1つ1つ作るのはあまり現実的とは思えません。計算基盤という中間層を作ることで、こうした状況を打開したいのです。これは通信会社ならではの発想かもしれません。
古澤:私は同じ量子基盤室の量子コンピューティンググループで、量子コンピューターを無線通信に適用する研究をしています。学生時代は機械学習の理論や応用の研究をしていました。修士課程で、KDDI総合研究所と共同研究をしていた経緯から、ここで研究したいなと思って2023年に就職しました。最初はKDDIの品質管理部でモバイル端末の通信品質分析に携わりました。2024年からは研究所で、量子の研究に取り組んでいます。

1つのテーマは無線通信の組み合わせ問題です。もう1つ、化学材料の研究にも量子コンピューティングを活用しようと考えています。
KDDIの提供する無線通信では、5Gから今後の6Gに向かい、さまざまな通信サービスを同時にサポートする必要が高まります。スマートフォンで4K動画を見る、ドローンとやり取りする、IoTデバイスと通信するといったユースケースごとに、それぞれ要求されるサービス品質は異なります。一方で、ネットワークリソースには限りがあり、通信環境は動的に変化しますから、サービス品質と環境変化に対してリソースを最適化する必要があります。最適化のユースケースの1つとして、仮想化基地局の配置最適化があります。多くの組み合わせがあり、動的な組み合わせ最適化問題を解く必要があるのです。
仮想化基地局の組み合わせ最適化問題を解くための1つのアイデアが、機械学習と量子アニーリングを組み合わせる「FMQA(Factorization Machine with Quantum Annealing)」という手法です。

通信環境に何らかの設定を入力すると通信品質が出力として得られます。この関係はブラックボックスなのですが、入力と出力の関係を少ないパラメーターで近似する際に機械学習モデルFactorization Machine(FM)を使います。このFMの最適化に、多数の組み合わせから最適な解を探索する「量子アニーリング」を使います。FMで近似した関数の最小値を量子アニーリングで探索することで、ブラックボックスの最適な設定を探します。これにより静的環境ならば、評価、学習、探索を繰り返すことで最適解に近づけることができました。

しかし、FMQAは近似する関数が時間的に変わらないことが前提の手法です。現実の要求は、時間的に変化する環境における最適化なので、FMQAの拡張が必要になり、今、環境の動的変化にも使えるFMQAを提案中です。これは、FMパラメーターを時系列データとして蓄積し、1つ未来のFMパラメーターを予測します。この「未来のパラメーター」を使って将来的な設定を先回りして算出するのです。得られた解と評価値でFMを再学習し、時刻を進めながら解の候補を出す部分に量子アニーリングを使います。この手法によりFMQAを動的な環境でも利用できるようになり、最新の成果を2026年9月に国際会議にて発表しました。

現在はまだシミュレーションベースですが、将来的には商用環境に適用できるようにすることが目標です。通信品質の改善や消費電力削減、運用コスト低減などにつながる成果が得られるはず、と期待しています。動的な組み合わせ最適化問題は、基地局の配置以外にも数多く存在しますから、適用先がどんどん広がるポテンシャルも秘めているはずです。さらに、先に斉藤さんが説明した「AI・量子共通基盤で提供するアプリケーション」の一つになると考えています。

斉藤:KDDI総合研究所の量子の研究は、基礎研究やプラットフォームの構築だけでなく、アプリケーションを作りビジネスにしていくことも目標にしています。最適化問題では、通信やエネルギーの領域で量子コンピューティングの効果が期待できますし、さらにビジネスとして考えると材料や交通、物流などにも広がるでしょう。
新規事業として注目しているのは、化学材料を量子で解析する分野です。短期的には素材開発に活用できますし、中長期的には創薬分野でも量子コンピューターの効果が大きく出ると考えています。化学計算は、量子コンピューター利用の市場規模が大きく期待できるのです。
古澤:通信最適化と並行して、化学計算への量子の適用の研究も進めています。この研究では、量子コンピューターの産業応用を進めるスタートアップのQunaSys(キュナシス)と手を組み、化学の課題を持っている企業を探して「一緒に課題解決をしませんか」とPoCの実施を進めています。現実問題として、まだ量子コンピューターは小さな規模でしか実現していませんが、今後の技術進展を見据えて今のうちからユースケース探索を進めておく考えです。電子の状態が複雑な化学物質など、量子コンピューターでないと計算が難しい物質をターゲットに材料開発をしている企業と、コラボレーションできたらいいなと思っています。
斉藤:例えば、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア生成では触媒が使われますが、その反応過程には古典コンピューターでは解析が難しい部分があるんですね。量子コンピューターで解析し、より効率の良いアンモニア生成につなげられれば、産業的にも大きなインパクトがあります。われわれの量子計算の技術で実現できたらいいなと思っています。
一方で、KDDI総合研究所は量子コンピューターを作っていませんし、知見も含めて単独では実現できません。企業や大学、研究組織と連携していく必要があります。QunaSysや、量子技術を活用した数理最適化ソフトウエアを開発するJIJなどともプラットフォーム構築を密に進めています。産総研(国立研究開発法人 産業技術総合研究所)が整備する量子・古典融合計算基盤「ABCI-Q」なども活用します。やりたいことはたくさんありますが、リソースは無限ではないので、さまざまな共同研究や連携の幅を広げて、将来の量子活用時代に備えていきたいと思います。ぜひお気軽にお問い合わせください。

量子コンピューターに興味を持った人の必読書
「量子コンピューティング 基本アルゴリズムから量子機械学習」(嶋田義皓著、情報処理学会出版委員会監修、オーム社)を、量子コンピューターの技術に取り組みたい人の1冊目としてお勧めします。私も最初はこの本で勉強しました。量子領域では、物理学的な教科書かビジネス書がほとんどで、情報処理学会が監修しているこの本のような価値中立的な本は少なかったのです。初心者向けでありながら、アルゴリズムの中身や量子コンピューターの仕組みまで、挿絵なども交えてわかりやすく説明しています。数式ばかりの教科書ではありませんから、置いてきぼりにならずに勉強できる良書だと思います。
それと、量子コンピューターの具体的な方式についてはこちらのKDDI Tech noteでも簡単に解説していますので、ご参考までに。

量子計算のプログラミングを実践するための入門に
量子コンピューティングを勉強するときに、どうやってプログラミングできるかをイメージできる本として「Quantum Native Dojo! 実装しながら学ぶ量子情報科学と量子コンピュータ」(中川裕也、曾師彦編著、講談社)を紹介します。もともとはWebサイトで公開されていたのですが、2026年3月に内容を追加して書籍として出版されました。この本のコードをパソコンでプログラミングするだけで、量子計算が体験できます。さらに、理論的な解説に加え、最新の研究トピックや量子誤り訂正符号などの発展的な内容も掲載されているので、量子に興味がある人なら楽しめる本です。
今回ご紹介した技術の活用、およびKDDI総合研究所との共同研究にご興味のある方は下記からお気軽にお問い合わせください。
https://www.kddi-research.jp/inquiry.html
