1984年にアップルがMacintosh(Mac)を発売した当時、MS-DOSで動作するPC(DOSマシン)は、パソコン市場で支配的な立ち場を確立しつつあった。1981年に売り出されたIBM PCは瞬く間に他社から「クローンマシン」が登場し、その4年後、いわゆるPC(DOSマシン)の販売台数はすでに年間200万台に達していた。それに対し、Macの初年度販売台数は37万2000台に過ぎなかった。
[Macの出荷台数を1とした時のPCの出荷台数の"倍率"]
つまり1984年当時、PCはMacの約6倍も販売されていた。そしてMacにとっては、この年が最高の時であったことが後になって明らかになった。その後DOSマシンとMacの販売台数の差は開くいっぽうとなった。
1995年にWindows 95が登場すると、使いやすさというMacのアドバンテージはほとんどが失われた。PCのマーケットが本格的に拡大しはじめ、売上台数の比率は2004年に56対1にまで拡大。この年の販売台数はPCが1億8250万台、それに対しMacは325万台だった。
1990年代後半にはすでに、パソコンのプラットフォーム戦争で、Windows陣営が勝利を収めたことは明らかだった。その頃、Windowsには競合相手がどうやっても乗り越えられないと思われるようなアドバンテージがあった。
ただしここでは次のことを指摘しておくべきだろう。このプラットフォーム同士の比率、つまりPCとMacとの出荷台数の開きといったものを、単なる数学の練習と片付けてしまうわけにはいかない、ということである。この違いはレバレッジ(leverage:影響力)の違いを示すもの。そして、支配力を持つ側の優位性はエコシステムという形で現れる。いわゆるロックイン(lock-in:市場やユーザーなどの囲い込み)をつくり出し、マーケティング面での新たな経済を生み出すのがこのエコシステムである。いったんエコシステムができあがれば、それ自体が全体を存続させていく力が働き始め、また独占状態(monopoly)に向かう傾向もある。つまり、強い者がさらに強くなる、ということだ。
ここで、2004年の状況をみてみる。この年にひとつの転換点があった。
PCの出荷台数は2004年以降もずっと増加をつづけていくが、そのペースは前よりもゆっくりとしたものだった。同時にMacの増加ペースがPCのそれを上回り始めた。そうしてまた、この転換点と重なるタイミングでモバイルコンピューティングの流れが台頭してくる。MacBookは簡単に差別化できる「より優れた」ノートパソコンとなった。MacBookは別に処理能力で(PCに)勝っているわけでもなく、ストレージ容量が多いわけでもなかった。PCの売り込みに使われていたいろいろな基準、つまりハードウェアのスペック勝負で勝てるという製品ではなかった。単に、統合された製品(integrated product)としてPCを上回っていた、それだけのことだった。
こうした統合性の高さから生まれるアドバンテージにより、MacはすこしずつPCが持っていたアドバンテージを切り崩し始める。そうして、一時は50対1以上--Mac側からみるとPCは50倍--にもなっていたPCとMacの出荷台数の比率が、現在では20対1(同20倍)を切るレベルまで下がってきている。こんなことは、Window 95発売後には一度もなかった。まるでWindowsの持っていたアドバンテージをMacがひっくり返したかのようだ。これはMacにとっては驚くべき立て直しだった。しかし、この話にはさらに続きがある。
アップルが販売するすべての端末、つまりMacだけでなくiPadやiPhoneも合わせてみてみると、Windowsとアップル製端末の出荷台数の比率はいまや2対1をきる水準まできていることがわかる。上記のグラフからは、いわゆる「ポストPC」時代の端末の登場で、PCが元々持っていた影響力が急激に切り崩されていることがわかる。PCはいまや単にアドバンテージをひっくり返されただけでなく、iPhoneやiPadの普及でかつてのアドバンテージをすっかり打ち消されてしまったといってもいい。
少し先のことを考えると、この1〜2年のうちにWindows PCとiOS端末+Macとは出荷台数でほぼ互角になると想定できる。インストール台数の多さではその後もしばらくはWindowsの優勢が続くだろう。ただしその優位性が失われるのも時間の問題である。
いまの流れを変えられないかぎり、マイクロソフトには悲惨な結果が待っている。Windows関連で作り上げたプラットフォームのアドバンテージが失われてしまえば、競合からの攻撃に直接さらされることになるだろう。そんな心配をしなくてはならない境遇に置かれたことは、マイクロソフトにはこれまで一度もなかった。Windowsは、ユーザー獲得競争に加え、優れたサードパーティ開発者や企業からの(同社製品購入という形での)投資を、競争相手と奪い合わなくてはならなくなる。それに同社が過去10年以上にわたって暗黙のうちに手にしてきた信用(のれん)といったものも。
そして、これが一番重要だが、Windowsの影響力低下にともなう心理的影響というものがある。もはやWindowsが覇権を握っているわけではない。みんながそのことに気づいたとき、いまは誰にも予想が付かないような力(ちから)が市場に解き放たれることになる。
(執筆:Horace Dediu / 抄訳:三国大洋 / 原文公開日:2012年7月4日)
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