EPUBは、諸々ある電子書籍フォーマットのうち、米IDPF(International Digital Publishing Forum)が世界標準規格とすべく策定したもの。英語圏ではデファクトスタンダードとなっている。XMLベースであるため、相対的に製作が容易で、webコンテンツとの親和性も高い。オープン規格であるためコンテンツ制作側も安心して採用できる。リフロー(画面サイズに合わせてページ組版を調整する)機能があって、これは端末やブラウザの開発者にも読者にも好都合である。
2011年5月に、縦書きに関する諸々やルビ・圏点など日本語組版特有の事情に対応した仕様となり、日本語書籍の標準規格となる用意はできた。当時は読むためのブラウザがiBooks等限られていたが、現在は日本において各社が対応していないという状況も徐々に解消されつつあり、出版社側もこれを採用するものが増える見通しである。
とはいえ、この規格については、電子出版業界の中でも各レイヤー間で受け止め方に温度差がある。つまり、ビジネスチャンスと感じている側と負担と感じている側と、何も変わらないと感じている側とである。一つの技術なり規格について、業界内に利とみる側と損とみる側の居ることは、一般の産業界ではいくらでもあることだが、出版業界でこのような事態は珍しい。
電子書籍発行にたずさわるレイヤーにとってEPUB3.0とは、また論点を少し拡げ、電子書籍(または書籍の電子化)とはどういう位置にあるものなのかを整理する。
このレイヤーにある業者が、EPUB3.0に対して最も熱い。というより、EPUBをメインとする日本語電子書籍店がない以上、ここばかりが熱くなっているといってもよい。年間7万余点の新刊(出版科学研究所による)、膨大な数の既刊書がそのままビジネスチャンスとして見えているからである。
従って、EPUB3.0における日本語組版対応では、現在ある日本語組版の複雑なパターンの再現に大きな力が注がれた。どんな書籍でも乗れる器であったほうがよいからだ。
一方、DTPデザイナーには「たかが保存形式の違い、されど保存形式違い」という見方もある。彼らにとって、「書籍の電子化」という工程面だけをみれば、今回起こっていることはさほど大きなことではない。
一方、編集および製作費を負担する出版社にとっては。EPUB3.0のweb親和性をどのように企画や製作、拡販につなげるかが工夫のしどころである。しかし実際は、本格的にハイパーリンクされた書籍が本当に「書籍固有の価値」を保ちうるのかといった〈パンドラの函〉的状況にある。
また、これまで組版・印刷所まかせであった文字コードの知識、ノウハウを身につけねばならないところは負担となる。
一方、出版社のもう一面である製作費用負担からすると、いわゆる「マルチプラットフォーム」は、電子書籍マーケットが未然である現在、電子化は時代の流れとはいえ、コスト要因とみられている。
一方で、電子書籍を読む読者、利用者は、相当に身勝手で、自分の欲しいものしか買わないのに、書店に対しては「全てがある」ことを求めている。リアル書店が肥大化した理由がここにあるが、同じ論理でEPUBであろうと他の規格であろうと、「規格が統合される」ことは歓迎するであろうしかし、それが売上げ増に直結するわけではないのは、紙の書籍でみられるとおりである。EPUB化の進展が進まない理由には。こうした事情もあるという見方もできる。
文・長沖 竜二(スタイル株式会社企画編集室長)
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