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誰もがAIを自由につくり、使える世界はどう実現するか?

2019.11.30

Updated by Ryo Shimizu on November 30, 2019, 11:17 am JST

過日、浜松町クレアタワーにて、日経BP総研主催によるAIイベント「GHELIA EXPO TOKYO2020」が開催された。筆者はこのイベントの共催企業ギリア株式会社の代表として関わった。

日経BP社の媒体にもイベントのレポートは掲載されるが、少し先になるのでまだ当日の興奮が冷めないうちに当事者として振り返っておこうと思う。

このイベントのテーマは「みんなのAI」である。当社は成立当初より「みんなのAI」を標榜しており、これは専門家だけでなくありとあらゆる人が、スマートフォンを使うようにAIを使う時代がやってくるというコンセプトだ。

30年前、「ビデオの録画予約さえできないうちの母親だっていつかはコンピュータを使う日が来る」と言ったら笑われただろうが、今80歳になる母親は、スマートフォンで旅先から写真入りのLINEメッセージを送ってくる。30年前に同じことをしようと思ったら、3キロの可搬コンピュータを旅行先まで持ち歩き、音響カプラでホテルの電話器を経由して、さらに高額の通信費を払う必要があっただろう。

その状態からポケットに入るコンピュータが当たり前のように使われている状況を想像するのはとても難しいことだったはずだ。

それから10年が経過してiモードが出たときも、これを使いこなすのは一部の人に限られた。

今のAIも30年前のコンピュータと同じ状況にある。いや、それよりもっと前、世界初のパーソナルコンピュータが発売され、ワンボードマイコンのTK-80が発売された1976年8月3日の状況に近い。その前日に僕は生まれた。

TK-80はその名の通り「コンピュータとはなにかを知るためのトレーニングキット」であり、ほとんどのコンピュータの専門家からは無視された。
しかしホビイストや中小企業のエンジニアたちからは絶大な支持を集め、それがNECの看板製品に成長し、大ベストセラーになっていくまでにそれほど時間はかからなかった。とはいえ、1976年に発売されたTK-80がPC-9801へと発展していくのに6年を要している。

今年は初めてRISC-VベースのマイクロAIチップであるKendryte210(K210)チップを載せた製品が次々と出荷され、メイカーズ界隈では大いに話題になった。

興味深いのは、売れはしても「結局なんにつかうのか誰にもよくわからない」というところだ。これもTK-80現象と似ている。

TK-80の売れ行きは発売元のNECにも不可解であり、それを知るために秋葉原にアンテナショップを作った逸話は有名だ。
青空文庫の創始者である富田倫生氏による「パソコン創世記」に詳しい。無料で全文読めるので興味のある方は是非一読されたし。

実際のところ、当社も「みんなのAI」を実現するにあたっては、TK-80とおなじやり方を踏襲しようとしている。
ディープラーニング用プロフェッショナルマシンであるDeepStationシリーズを子会社のUEIから発売し、ワンボードAIマイコンK210へのデプロイを前提としたワークショップを日本最大手の代理店であるスイッチサイエンスと共同で実施している。

これは単にワークショップで利益を得ることを目的とはしていない。実際の市場ニーズがどんなところにあるかを知り、エンドユーザーと密なコミュニケーションをとることで市場の方向性を見つけようとしているのである。

ギリアではTK-80におけるBASICに相当する、簡易なAI開発実験環境、「DeepAnalyzer」を開発・提供してDeepStationシリーズにバンドル販売している。

DeepAnalyzerを使うと、プログラムの知識なしでディープニューラルネットワークを開発・検証することができる。
同様の環境はいくつか存在するが、当社の製品は基本的に「AIの素人」をターゲットにしている。ところが違う。

実際、現場で働く医師やアーティスト、農業や地質学の研究者など、幅広い人々がこのソフトを活用して日々の仕事に活用している事例を集めている。
実際、非エンジニアのインターンたちは、DeepAnalyzerを使ってペットボトルとカンとビンを自動的に仕分けるベルトコンベア装置を開発し、展示していた。

ただし1980年代のBASICがコンピュータを扱えない全ての人々のための解決策ではなかったのとおなじように、DeepAnalyzerもまだまだ発展の途上にある。根本的に違うものも必要だろう。

そこで我々は、プログラムどころかマウス操作すらも必要としない、「インスタントAI(TM)」というAI開発・推論環境を開発した(特許出願中)。

「インスタントAI」には2つのカメラが搭載されており、一つのカメラは操作用、もう一つのカメラは学習データ収集用に分かれている。
操作用のカメラに指で「1」を示すと、「分類1の学習データ収集」が開始される。

一定時間動作し、学習データを集め終わると、同様に「分類2」「分類3」のデータを教えることができる。
ここではジャンケンのグー・チョキ・パーを教えた。

学習終了の合図をサムズアップで示すと、自動的に学習が開始される。

学習が終了すると、リアルタイム推論が開始される。

右上に推論結果が表示されるというわけだ。

グー・チョキ・パーなら簡単に学習できるだろうと思われるかもしれないが、手の甲の形だけから個人を識別したり、思いつき次第で手軽に試せるのが特徴だ。

この仕組みはもともとは、精肉店で職人しかできない、肉の仕分けをするために考案した。
要は、食品を扱う現場では手が汚れるような機械はできるだけ使わないようにするべきだという考え方によるものだ。

これならばとりあえずコンピュータに詳しくなくても、誰でも単純なAIを教育し、使うことができる。
FAXやワープロ専用機やテレビが、中身は実はコンピュータなのにそれを使う側に意識させないのと同じだ。

こうした取り組みはギリアの考える「みんなのAI」の社会実装の一例に過ぎない。

当日は、AIPの杉山先生を始め、東大の暦本先生、AR三兄弟の川田十夢さん、エクシヴィのGOROmanさん、アスキー総研の遠藤さん、スイッチサイエンスを展開する144Labの九頭竜さん、クリエスターズコミュニティの主催者でロボットOSベンチャーのアスラテック今井さんを招いて様々な観点から「みんなのAI」を語っていただいた。

どの方も素晴らしいお話をしてくださったが、特に暦本先生の「AIではなくIA」というお話がやはりこれからの時代に必要なコンセプトだと強く感じた。

暦本先生のおっしゃるところの、「AIではなくIA」のIAとは、Intelligence Amplification(知能増幅)のこと。
壇上では、「鉄腕アトムはAIだが、サイボーグ009とその仲間はIAだ」というたとえが使われた。つまり、IAとは、単体のAIではなく、さまざまな個性と特徴を持った複数のAIが集まったもの。

もうひとつ大事なコンセプトとして、「Internet of Ability(IoA)」というものも提唱された。
つまり「能力のインターネット」である。これはSFに造詣が深い暦本先生らしく、「映画マトリックスで、トリニティがヘリコプターの操縦法を脳にダウンロードするのとおなじように、必要な能力を必要なときに、人間がスマホのようになって、能力をアプリのようにダウンロードして使える」というコンセプト。

一見するとAIの話のようでいて、これがごく自然に暦本先生の専門分野でもあるAR(Augmented Reality;拡張現実感)にもつながっていくところが実に面白い。

つまり「拡張されるべき現実」というのは、「拡張される能力」とセットでなければならないのだ。

たとえばARグラスのようなものが一般化したとして、それが提供するのはたとえば野生生物の知識だったり、お店の情報だったり、クーポンだったりおすすめの映画だったりするかもしれないが、このどれもが「拡張された能力」のようであるべきだ、という主張なのである。

確かに、仮にARグラスを日常的にかけて歩く世界がやってきたときに、常に視界のどこかで広告バナーが出ていたら鬱陶しいし、強制的に広告を見せつけるというのは、能力を拡張するというよりも、能力を退化させることにもなりかねない。

実際、今のWebサイトやスマートフォンも、過度な広告が入るページでは明らかに便利さよりは鬱陶しさが目立ってしまう。
いまのところ我々は広告を必要悪として許容しているが、いずれ必要なくなっていくだろう。

暦本先生の話に刺激を受けて、川田さんのARアートの話も、近藤(GOROman)さんのAnicast Maker(VR空間におけるコンテンツ開発ツール)の話も非常に先鋭的なものになった。実際、来場者たちからも「もっと聞いていたかった」という声が聞かれたほどだ。

もう一つ、どうしても紹介したいのは、アスキー総研の遠藤諭さんによる「ドンキーカー」の解説だろう。
「ドンキーカー」とは、市販のラジコンカーにラズベリーパイのようなワンボードマイコンを搭載させ、自分でラジコン操作をしてAIにコースの攻略法を教え、学習したAIが自動運転でコースを回るというオモチャである。

AIの学習などに少しややこしい手続きが必要だが、基本的には小学生でもAIを訓練でき、自動運転させることができるという意味では、「みんなのAI」というコンセプトに非常に近いものがある。

遠藤さんはWired元編集長であり、フリーミアムやロングテールといったコンセプトを提唱したクリス・アンダーソンの「テクノロジーの大波はオモチャのようなものからやってくる」という台詞を引用して、ドンキーカーが既存の自動車工学の流れからではなく、非常に単純な画像認識とラジコンカーの組み合わせだけで成立している点が重要だと指摘する。

たとえばドローンで用いられるクワッドコプター技術は、航空力学の本流から出てきた概念ではなく、ラジコンヘリコプターの操縦が難しすぎるために考案された。ラジコンヘリコプターの操縦はとてもむずかしい。全てのラジコンのなかで最も難しいと言われるほどだ。

なぜ難しいかといえば、ラジコンヘリコプターは、メインローターの回転と、それを打ち消すためのテールローターの回転をうまく調整しないと、そもそも静止することすら難しいからだ。

というのも、メインローターが回転する遠心力と反対方向に打ち消す力がないと、その場でコマのようにクルクルと回転してしまうからだ。
さらにいえば、ヘリコプターはメインローターの角度変化によって前後左右に進むため、テールローターの出力調整は天文学的な複雑さになる。

ところがローターを4つにして2つずつ逆方向に回転させれば、遠心力は打ち消し合い、単純に上に向かう推進力が得られる。また、4つのローターの推力を調整するだけで上下はもちろん、前後左右への移動や方向転換といったものはいとも簡単に実現できる。誰にでも操縦しやすい航空ラジコンの完成だ。

これが既存の航空工学から登場しなかった理由は、そもそも本物の航空機はエンジンを使うため、電気モーターほど気軽に回転翼を増やせないからだ。

そしてドローンは、ひとたび普及すると、もはや人類が手放せないほど便利な存在になった。

実際、当社も、橋梁の劣化部分の撮影などの高所作業や、農作物の状況の撮影をする際などにわざわざ高価な航空機をチャーターする必要がなくなり、手軽かつ安価に行えるようになった。これもまた、新しい視点の獲得という意味で能力拡張の一種である。

そういう意味では、ドンキーカーもまた本流の自動運転技術とはほとんど無関係に発展する可能性も秘めている。たとえば屋内を自動走行するような用途の場合、完全に自動運転にするよりは人間が最初に道筋を教えて、その範囲で移動するようなロボットの方が需要があるかもしれない。

現在の屋内用ロボットの明らかな欠点は、ドアを開けられないことだが、ドアを開けられるロボットが登場すれば、社内での郵便配達のような業務から人間を開放することができるかもしれない。

人間の知的能力を拡張する、究極の方法として、生命科学や自然科学への応用がある。
その話をするのにうってつけなのが、手前味噌だが当社の取締役会長であり、ソニー株式会社執行役員であり、Sony AI代表でもある北野宏明だ(社内の人間なので以下、敬称は略させていただく)。

北野はシステム生物学(System Biology)という分野の創始者の一人である。システム生物学とは、生物の成立構造を一つのネットワークシステムと見做し、医療や薬学の発展に貢献するという学問である。日本ではOIST、海外ではハーバード大学やコロンビア大学といった名門大学にシステムバイオロジー学科が設置されている。北野が主催するNPO法人SBI(システムバイオロジー研究所)は、こうしたシステム生物学に対応した情報学基盤(インフォマティクスプラットフォーム)であるGARUDAを提供している。

GARUDAは主要な製薬会社のほとんどで使われており、創薬のための重要なプラットフォームとなっている。

GARUDAには深層学習を活用した情報基盤であるガンダーラプラットフォームと接続され、我々が日々使う医薬品の開発などに役立てられているそうだ。

生命科学においては、年間100万本以上の論文が発表されており、これを全て網羅してレビューできる研究者は一人も居ない。これはAIに関する論文と似た状況でもあるが、数の差は膨大だ。AIの論文がせいぜい年に2万本あったとしても、その百倍近い論文が発表されていることになる。

こうなってしまっては、そもそも生命科学における科学的発見とは本質的にほとんど偶然に頼っているのと同じであると北野は主張する。

北野はこれとおなじような状況のメタファとして、AlphaGoを取り上げた。

最初のAlphaGoは、人間の棋譜を学習してから強くなった。人類は2000年前から囲碁をしており、膨大な棋譜が残っている。これを学習させることで囲碁の定石をもとに学習する強化学習をAlphaGoは行った。

ところが実際には囲碁はルール上、どのような不可解な場所にも石を置くことができる。したがって、人類の千年分の棋譜を持ってしても、碁盤の表現できる全ての組み合わせを表現するには程遠い。

ところがAlphaGo Zeroは、人間の棋譜を学ぶことをやめ、ゼロからひたすら対戦を繰り返すことによって強くなっていった。その結果、仮説空間が広がり、人類とは全く別次元のレベルの碁が打てるようになった。AlphaGoと対戦し敗北したイ・セドル9段が「AIには勝てない」と引退を表明したのも、根本的にこの仮設空間の違いがあれば人類は決して囲碁でAIに勝ることはないという悟りがあったためだろう。

北野は、この原理を生命科学の研究に応用できると考えている。

生命科学の仮説空間は膨大であり、とても人間が把握できる範囲を超えている。
しかしAIならば人間では不可能に思えるほどの情報量でも処理することができるので、仮説の発見や論理の整合性チェック、論文間の関連性のチェックなどは遥かに効率的に進むはずだ。研究が進まないのは一人ひとりの人間に寿命があるからで、実際には不眠不休で動くAIがあれば科学的発見の頻度は飛躍的に進歩するだろうと考えられるのだ。

「いずれAIが生命科学か医学の分野でノーベル賞をとることになる」と北野は説く。彼はこの挑戦を「ノーベル・チューリング・チャレンジ」と呼ぶ。

結論だけを先に聞くと荒唐無稽に聞こえるが、実際に方法を聞いてみるとできそうな気がしてくるのがこの話の不思議なところである。

人類は自分たちの能力では到底できないことをAIによって拡張し、さまざまな疾病を克服し、最終的には寿命さえも克服できるのだろうか。

近い将来、病気や痴呆から人類が開放されるとすれば、それはまさしく「みんなのためのAI」である。
それは夢物語なのだろうか。しかし実際に、その夢の実現に向けて行動する人々が居る。

最後に壮絶なビジョンを示して、ギリアエキスポは盛況のうちに閉会した。

日経BP総研としては、想定以上の集客と定着率で、むしろ当日は非常に焦ったという。結果として一時的に立ち見が出てしまい、クレームになってしまったそうだ。

筆者個人としては、これだけの豪華なゲストに来ていただき、一人ひとりがピンのイベントを成立できるレベル感のなかで、互いに化学反応を起こすような話が展開されるのだから、注目を集めて当然だと考えていた。しかしその考えを開催する前に伝えることはうまくいかなかったという反省を感じている。

いくつか反省点はあったものの、来場していただいたお客様たちの評判は総じて高く、アンケート回収率も非常に良好な結果となったと聞いている。

来年に向けて、これから会社がどのように一般の方々とコミュニケーションをとっていくべきかというのは一つの大きな課題でもあり、たくさんの宿題をもらった気分ではあったが、ギリアとして初の自社イベントが成功裡に終わったことは喜ばしい。

今後もAIの社会実装を目指して日々の仕事に真摯に向き合っていきたい。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。

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