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有害な「創業者らしさ」

2024.10.16

Updated by yomoyomo on October 16, 2024, 11:49 am JST

先月、スタートアップアクセラレータのY Combinatorの共同創業者であるポール・グレアムの「創業者モード」というエッセイが大変話題になりました。

これはAirbnbの共同創業者にして最高経営責任者のブライアン・チェスキーが、Y Combinatorのイベントで行った講演に触発されて書かれたもので、原文を読みたくない人は、小林雅一氏の紹介記事などを読んでいただければと思います。

一言で言えば、創業者は企業が大きくなる過程で組織を階層化し、管理職となる人材を雇って権限を委譲するべき、という現行の企業経営の常識を疑う内容です。

優秀な人材を雇って仕事を任せるというと聞こえがいいが、現実にはそうして雇われたマネージャーの元で組織はブラックボックス化され、上への報告ばかり上手い「プロの詐欺師」を引き入れることとなった、というのがブライアン・チェスキーの実感であり、その「マネージャーモード」に対し、経営者自身が業務全般に直接関わり、強いリーダーシップを発揮する「創業者モード」のほうが優れているのではないかというのがポール・グレアムの見立てです。

企業経営の常識を疑うグレアムのエッセイは喧々諤々の議論を呼んだわけですが、常識にとらわれず異端的な考えを口にし、道徳的なタブーを犯したという意味で、彼の面目躍如と言えるでしょう。いかにもスケールしなさそうなポイントを突いてくるあたりも、彼の文章を長年読んできた読者としてシビれるものがあります。

チェスキーの講演を聞いた創業者や投資家たちの多くが感銘を受け、グレアムのエッセーにも支持の声は多いですが、一方で「ただのマイクロマネジメントの復活じゃないか」といった反論も容易に想像できます。人間的な好き嫌いは別として、その仕事にワタシも敬意を払っている八田真行氏も、「創業者モード」と「マネージャーモード」の議論を、昔からある独裁制と民主主義の優劣の議論になぞらえ、「創業者モード」がうまく機能しているうちはよいが、何らかの理由で歯車が狂いだすと(独裁制と同様に)立て直しが利かなくて崩壊してしまうと指摘します

もっとも穏当な評価となると、やはりベテランジャーナリストのスティーブン・レヴィによる「「創業者モード」に入れるのは、ほんのひと握りの起業家だけだ」になるでしょうか。チェスキー自身が参考としたスティーブ・ジョブズをはじめとして、マーク・ザッカーバーグ、ジェフ・ベゾス、そして(Twitter買収前の)イーロン・マスクといった「創業者モード」の守護神というべき存在は確かにいます。しかし、八田真行氏が例に出すWeWorkのアダム・ニューマンや、レヴィが例に出すUberのトラヴィス・カラニックといった有害な「創業者モード」も簡単に挙げられるのです。

あとワタシが付け加えておきたいのは、チェスキーが「創業者モード」に入ったのは、新型コロナウイルスによるパンデミックにより、8週間でAirbnbの売上の80%が消滅するという尋常でない危機に陥った2020年であったことです。今回の議論を契機として「創業者モード」について研究がなされ、将来的にそれこそビジネススクールで教えられるようになるかもしれませんが、(スタートアップの創業期を除けば)経営危機を乗り切る経営資源の集中の手法などに推奨局面が限定されるのではとワタシは予想します。

ただ、グレアムのエッセーが、シリコンバレーの経営層のフラストレーションをすくい上げた側面があるのも無視できません。小林雅一氏は、「創業者モード」が「マネージャーモード」に勝った例として、生成AIの開発におけるOpenAIとGoogleを例に挙げています。「GoogleがAI競争に負けたのはリモートワークやワークライフバランスを優先したから」と発言し、その後、撤回と謝罪を行うというGoogle元会長のエリック・シュミットのいささか見苦しいムーブも、「マネージャーモード」への苛立ちという補助線を引くと分かりやすいように思います(シュミット自身が、創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンから雇われた経営者だったのは措くとして)。

先にスティーブン・レヴィの記事を「もっとも穏当な評価」と書きましたが、レヴィはグレアムのエッセーの背景にある「創業者は人間の優れた形態である」という認識を見抜き、「全能な創業者」のストーリーを「Y Combinatorにおいて重要な概念」と喝破するあたりはさすがと思いました。

ベンチャーキャピタリストたちは長い間、成功は事業計画の評価ではなく、次のスーパースターとなる創業者を見つけることが重要と考えてきた。その創業者は、汚れたパーカーを着て気だるそうにビジネスパートナーとの会議に現れるかもしれない。ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者のベン・ホロウィッツは、創業者が成功の鍵だという考えを読者が理解していることを前提としたヒット作を2冊執筆している(例えば、ホロウィッツの著書の章のタイトルのひとつは「起業のための第一法則 ── 困難な問題を解決する法則はない」だ)。

起業時に降りかかる数々の困難な問題(ハードシングス)を乗り越える「全能な創業者」というナラティブが、とても魅力的なのは理解できますが、セクシャルハラスメント被害のため起業を諦めた女性起業家に対し、「これで諦めるなら、起業家には向いてないんじゃないか」「セクハラなんて可愛く思える位、エグい経験するのが会社経営」という声が男性経営者(ハードシングスおじさん)から投げかけられる現状を見ると、そのナラティブの危険性にも注意が必要に思います(参考:新田龍氏の投稿)。

これは日本の事例ですが、シリコンバレーにおける創業者の危険性を感じさせる記事を少し前に読んだので、最後にそれを紹介したいと思います。

それはNew York Timesに掲載された「シリコンバレーの反逆者たちが地球を救うために空を汚す」で、Make Sunsetsという気候変動に取り組むスタートアップに取材した記事です。

「カリフォルニア州サラトガ。シリコンバレー郊外のレンタル倉庫の前でシルバーのウィネベーゴが停車し、3人の反逆的な気候変動起業家が降りてきたが、全員がモヒカン、口ひげ、迷彩柄の短パン姿だった」という文章で始まるこの記事は、ベンチャーキャピタルから100万ドル以上もの資金を調達し、自信に満ち溢れた彼らが地球温暖化対策という名目で、汚染物質を空に放出する計画を実行する様を描写します。

汚染物質を空に放出って正気か? と思いますが、わざと空に「汚染物質」をまいて地球を強制冷却するという「ソーラー・ジオエンジニアリング」のアイデアを支持する気候学者がいるのは確かです。

GIGAZINEの記事で取り上げられているデヴィッド・キースの名前もこの記事には登場しますが、Make Sunsetsの創業者たちは、大学における研究プログラムが遅々と進まないのに業を煮やし、カーボンクレジットならぬ「冷却クレジット」を販売し、成層圏への二酸化硫黄を散布を実行する事業に乗り出しました。

Make Sunsetsの共同創業者であるルーク・アイセマンは、かつて自動庭園監視システムを製造する新興企業Edynを手がけており、サム・アルトマンが経営者だった頃のY Combinatorの育成を受けます。その後、Edynは倒産してしまいますが、アイセマンはY Combinatorのハードウエア部門の責任者となります。そして、ニール・スティーヴンスンが2021年に著したSF小説『Termination Shock』を読み、Make Sunsetsのアイデアを得ます。

この小説のあらすじを、日暮雅通氏によるニール・スティーヴンスン作品ガイドから引用します。

気候変動が人間社会を大きく変えてしまった近未来の地球を舞台にした、クライメート・フィクション。テキサスの大富豪T・R・シュミットは、成層圏に何ギガトンもの硫黄を吹き込み、熱を奪うガスに対抗して地球を冷やす計画を立てる。火山の噴火の効果を再現するものだが、すべての地域に効果をもたらすとは言い切れなかった。彼は誠実さを示すため、海面上昇で水没する恐れのある国の代表者をプロジェクトの立ち上げに招待した。
その中にいたのが、もうひとりの主人公である、オランダ女王の孫娘サスキアだ。彼女がテキサスに到着したときに命を救ってくれた野生イノシシの賞金稼ぎ(農場や牧場を荒らす野生イノシシを捕まえる職業)、ルーファス・グラントを加え、三人の主人公が、銃撃戦とサイエンス&テクノロジーとロマンスという要素に満ちた、国際的な陰謀をめぐる物語を展開していく。タイトルは、一度始まったジオエンジニアリング計画を急に止めると、ターミネーション・ショックと呼ばれる急激な温暖化を引き起こす可能性があるという考えに基づいている。

New York Timesの記事には、コロンビア大学法科大学院サビン気候変動法センターの創始者であるマイケル・ジェラルド教授の「彼らの計算には透明性がまったくないように見えます」「科学的知識を誇示するつもりはありませんが、私が持っているわずかな知識でも深い疑念を抱かせるに十分です」といった証言をはじめ、Make Sunsetsの事業に懐疑的な声がいくつも紹介されています。

Make Sunsetsの創業者たちの主張を検証する実験も、小規模な二酸化硫黄の放出で冷却効果が得られるかの詳細な分析も行われていません(地球の気温に顕著な影響を与えるには、成層圏に何トンもの二酸化硫黄を持続的に注入する必要がある)。またMake Sunsetsには科学者のスタッフもいなければ、科学諮問委員会も設けられていません。

カリフォルニア大学のシキナ・ジンナー教授は、Make Sunsetsが「正当な研究をしている人たちをより困難にしており」「かなり無責任」と批判しますが、Make Sunsetsのアイセマンは、意に介していない様子です。批判を気にすることなく、今こそ思い切った行動が必要という立場です。

ニール・スティーヴンスンの小説がテック企業に大きな影響を与えた事例はメタバースなど過去にもありましたが、Make Sunsetsのやっていることは、規模は遥かに小規模とはいえ、『Termination Shock』そのまんまと言えます。

少し前にWIREDに今や「メタバース」という言葉が一種の禁句になっている現状が記事になっていますが、メタバースの普及に関してテック企業に見込み違いがあったのは間違いなさそうです。

ここでワタシが思い出すのは、「先鋭化する大富豪の白人男性たち、警告する女性たち」で引用したダナ・ボイドの言葉です。

テック・ブロがディストピア小説に出てくるような世界を作り上げておきながら、自分なら違うものにできると思い込みたがるのに呆れを禁じえない。念のため書いておくが、これこそ狂気そのものだ。

スティーヴンスンはNew York Timesの取材に対し、Make Sunsetsについてコメントするのを拒否していますが、彼自身の表現を借りるなら、「手段を選ばない「ならず者」による」「一種のならず者的ジオエンジニアリング事件」を現実化しようとするシリコンバレーのスタートアップが出てくるくらいは想定の範囲内だったかもしれません。

『Termination Shock』発表時のインタビューでスティーヴンスンは、「わたしの意図は、その行為の善悪について立場を明らかにしようとするのではなく、それはおそらく起こるだろうことであり、これから何が起こるかを読者に伝えようとしているのです」と述べているからです。

ただ、それに続く、彼をインタビューしたアダム・ロジャーズの言葉も重要です。

正直なところ、これにはちょっと驚いたんです。というのも、ニールの作品の多くは、テクノロジーとそれを駆使する人間に対する批判に溢れているからです。特に、ある種のテクノロジストたちに人気のある人物に対してその傾向が強い。ニールはシリコンバレーの守護聖人のような存在だけど、彼の本の多くは、パロディとまではいかなくても、どれだけ懐疑的な筆致で書かれているかということを人々は忘れているように思います。

ジョージ・ワシントン大学准教授のデヴィッド・カープは、スティーヴンスンの小説には「これは架空のディストピアであって、取扱説明書ではありません」という警告ラベルが必要と冗談めかして書いていますが、どうしてもシリコンバレーにおけるSF脳の弊害を考えてしまいます。

ここまで読まれた方はお分かりのように、ワタシ自身はMake Sunsetsのアイデアにはっきり懐疑的で、「有害な男らしさ」ならぬ「有害な創業者らしさ」を感じるというのが正直なところです。しかし、常識を疑い、信念に基づいて行動することこそ起業家の役割でもあるわけで、この事業が地球温暖化にポジティブな効果を実現した暁には、自分の先見性と想像力の乏しさを素直に認めたいと思います。

とりあえず今は、早川書房から『Termination Shock』の邦訳が出るのを待つことにします。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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