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フィジカルAI時代の「目」をつくる――異常検知を進化させたAI技術を実証/KDDI総合研究所のフィジカルAI(前編)

フィジカルAI時代の「目」をつくる――異常検知を進化させたAI技術を実証/KDDI総合研究所のフィジカルAI(前編)

Physical AI via Anomaly Detection using Vision-Language Models

July 24, 2026

WirelessWire & Schrodinger's編集部 WirelessWire & Schrodinger's編集部

フィジカルAIでは、ロボット、ドローンなどの端末が現実世界を認識し、自ら判断して行動する。その第一歩となるのが、映像情報から異常を見つける認識技術だ。KDDI総合研究所は、視覚情報を取り扱える言語モデル(VLM)と従来型の異常検知モデルを組み合わせることで、AIが「異常を見るべき場所」を理解する新しい異常検知技術を開発した。動画生成AIによる教師データ生成という新たなアプローチも取り入れ、実環境での活用も始まる段階に至った。

KDDI総合研究所のAI部門 マルチモーダル・モデリンググループで技術開発に取り組む橋本慧志コアリサーチャーと、ソリューション提供に携わる西村仁志コアリサーチャー、そして黒川茂莉AI部門長に、フィジカルAIの「目」について語り合ってもらった。

■「異常」を理解するAIは意外に難しい

橋本:KDDI総合研究所としてはフィジカルAIについても様々な研究を行っていますが、私たちの出口は「異常検知」です。工場の外観検査や監視カメラの映像解析など、異常検知が求められる場面は数多くあります。フィジカルAIの活用でも、中核になる技術です。ただし、AIで異常を見つけるのは意外と難しい。私たちは、異常検知にAIの新しい手法の1つであるビジョンランゲージモデル(視覚言語モデル、VLM)を適用することで、異常検知の高度化を実現しようとしています。

(写真左から)KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー橋本慧志、AI部門長黒川茂莉、コアリサーチャー西村仁志の各氏
(写真左から)KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー橋本慧志、AI部門長黒川茂莉、コアリサーチャー西村仁志の各氏

これまでも、ディープラーニングなどのAI技術の進展で、異常検知モデルは実用化されてきました。画像データを基にして正常か異常かを判定する仕組みで、コンピュータービジョン(CV)と呼ばれるものです。CVは、教師データがあれば画像データから正常と異常を高い精度で分類することができます。一方で、視覚情報を扱えるAIモデルの中で新しく登場したVLMは、画像を説明したり、その内容について人間とおしゃべりしたりすることは得意ですが、CVで簡単にできることが苦手だったりします。そこでこれらを組み合わせてしまえばいいのではないか、が発想の原点になっています。

黒川:これらの技術は、異なる領域で処理をしていると考えると良いでしょう。異常検知モデルを実現するCVは、人間で例えれば「網膜」や「視神経」に近い処理をしています。一方でおしゃべりが上手なVLMは、視覚情報を言語に落として思考する「脳」の役割を果たしています。どちらか一方ではなく、両方を連携させながら異常検知モデルの精度を高めていくのが私たちの考え方です。

例えば、人がたくさんいる画像データがあったとします。CVでは、多くの人が集まっていることは判別できます。しかし、その画像データが示しているのが、単なる混雑した街なのか、乱闘が起きているのかは区別できないわけです。CVとVLMを組み合わせれば、視神経や網膜に、脳を組み合わせて異常検知ができるということです。CVが「異常」を教えることで、VLMが「どこを見るか」を学ぶのです。

橋本:VLMとCVを連携させることで、異常検知モデルの性能が上がるのではという発想で研究を始めました。手を付けてみると、既存手法よりも性能が上がりそうであることがわかってきました。そこで、ドライブレコーダー(ドラレコ)の映像データを多く保有している東京農工大学と、2年間の共同研究を行いました。背景が連続して変化するドラレコ映像を使った異常検知が、VLMとCVの組み合わせで高い精度で実現できることを明らかにしました。その成果は、精密工学会で2025年度論文賞をとるなど、国内外にも注目されています。

■VLMに「異常を見る目」を教える

橋本:今回の新手法のポイントは、CVを、VLMの教師役として使ったことにあります。VLM単体では異常検知の能力はさほど高くありませんが、言語理解には優れています。そこで、VLMに学習させる画像データに、ペアになる説明文を付けて教え込ませることで、VLMの異常検知の精度を高めようと考えたわけです。ただし、画像データを分析して説明文を人間が付けると大変な負荷がかかりますから、CVの出力から「異常部分を示すヒートマップ」や、「異常度スコア」を抽出し、テキストに変換してVLMに学習させました。画像データと説明文をセットにして学習することで、VLMは「この画像のどこを見ると異常検知できるか」を理解できるようになるんです。VLMなので、おしゃべりも得意ですが、こうして教え込ませたVLMは異常検知以外のおしゃべりをしない、という好ましい傾向もみられます。異常検知に特化したVLMが出来上がったのです。

異常検知といっても、実際に利用するシーンやお客さまの環境によって何を異常と考えるかは異なるでしょう。配管に亀裂があるとか、落下物があるとか、「誰が見ても異常」と考えられる場面に対しては、高精度な判断ができるようになりましたが、まだ予兆検知のような予測を含む判断は難易度が高いと感じています。

黒川:高度な異常検知ができることで、例えばヒヤリハットの抑制につながります。子どもの道路への飛び出し、左折車による自転車の巻き込みなど、実際の事故に至らなくても危険なケースは多くあります。これらをリアルタイムに検知してドライバーにフィードバックできれば、ブレーキを踏むための警告になります。ドライバーの運転評価にも使えるでしょう。

橋本:農工大のドラレコ画像を使った検証では、従来手法に対して新手法の異常検知性能が4.2ポイント向上しました。全体の4%というと大したことはないと思うかもしれませんが、1000件の中40件ほどの異常を拾えるようになるわけです。交通のヒヤリハット案件は、1件でも命に関わる可能性があり、異常を高い精度で検知できることの意味は大きいと考えています。

■社内副業制度が生んだ異色チーム

黒川:現在は研究所でAIによる異常検知の研究をしている橋本さんですが、最初に出会ったときは本社のSEでしたよね?

橋本:学生時代の研究テーマとして、異常検知を手掛けてはいたのですが、就職したKDDIではソリューション事業のSEとして、研究とは離れた業務に取り組んでいました。それでもAIや異常検知についての思いが継続していて、自主的に研究を続けていました。

黒川:KDDIグループには、AIの社内コミュニティーがあります。登録メンバーは千人を超える大規模コミュニティーで、毎月のライトニングトーク会にも100人規模で人が集まる活発なコミュニティーです。そこに私が参加したとき橋本さんの発表があり、すごい才能のある人がいることに驚きました。ちょうど研究所でも異常検知に詳しい人を探していたので、橋本さんに業務時間の2割を別案件に振り分けられる社内副業制度を利用して、研究所で異常検知の研究をしないかと提案したんです。

橋本:業務の2割から始まった異常検知の研究でしたが、だんだんとこちらが本業になり、研究所に異動することになったわけです。副業の当初から、「通信事業者×異常検知」の視点は持っていましたし、一方でKDDIでは通信トラフィックをモニタリングして通信障害の検知をするといった研究はすでに進められていました。そこで、通信回線の先にあるIoTデバイスの情報から現実世界の異常を検知する方向に研究の方向性を定めました。動画から異常を検知するVideo Anomaly Detection(VAD)の技術開発です。

■動画生成AIで「異常データ不足」を克服

橋本: VLMとCVを組み合わせた異常検知モデルを開発する中で、新たな課題に直面しました。IoTデバイスや監視カメラから集めた映像データには正常なデータは大量にありますが、異常データはほとんどありません。そこで私たちは、異常データを動画生成AIで作り、異常検知モデルの教師データとして活用することを考えました。

ところが、動画生成AIで異常動画を作ってみると、別の課題が見えてきました。1つは指示に対して一貫性のない異常動画が生成されることです。例えば「喧嘩の動画を作って」と指示すると、群衆が輪になって踊っているような動画になってしまうことがあります。こうした現実には起こりにくい異常は、教師データには適していません。もう1つは、カメラワークです。例えば「逮捕する動画」を生成させると、映画のようにカメラが動く映像になってしまいます。固定カメラの映像を想定した異常検知では、人の動きを学習してほしいのに、AIがカメラの動きを異常として学習してしまう可能性があります。

そこで、私たちは2つの手法を提案しました。1つ目は、VLMがプロンプトを自動生成する仕組みです(Class-Aware Pseudo-Anomaly Generator)。異常動画を生成するプロンプトを、人ではなくVLMに考えさせます。初期画像に対してVLMが最適なプロンプトを生成することで、物理的にも文脈的にも自然な異常動画を作れるようになりました。人手でプロンプトを作る負担も軽減できます。

2つ目は、生成動画の動きの偏りを補正することです。分類器の内部データを解析し、動きの大きい動画ばかりを学習しないよう正則化を施しました(Domain-Aligned Regularized Module)。こうした工夫によって、動画生成AIを活用した異常動画の品質を高め、性能向上を実現しました。これらの成果は、国内会議ViEW2025 最優秀論文賞を受賞し、ビジョン分野の最難関国際会議である、ECCV2026でも採択されました。

■防衛省で始まる実運用

西村:橋本さんの技術を活用した代表的なユースケースとして、ニュースリリースも出している防衛省向けの案件があります。陸上自衛隊に向けたリモート警備システムで、KDDIとセコムが受託したというものです。陸上自衛隊は、国内に多くの駐屯地があります。広大な敷地があり、継続的に監視が必要な施設です。しかし、これまでは人間が歩いて周囲を巡回し、目視していました。警備業務の人的負担の削減が課題となり、AIカメラ、センサーなどを使ったリモート警備システムの構築に取り組むことになったのです。監視カメラの映像をAIが自動的に判定して、異常があった場合にアラートを上げる仕組みです。

ここで橋本さんの異常検知の技術が使われています。AIカメラの情報はビデオマネジメントシステム(VMS)が管理し、VLMを使ったAIモデルで解析します。異常を検知したら、AIドローンや無人地上車両(UGV)が現地に向かいます。24時間365日体制で駐屯地内の警備・巡回を支援し、将来的には全国で3割の省力化を目指します。KDDIグループの中の役割としては、KDDIがセキュアなネットワーク基盤を提供し、KDDI総合研究所はVLM基盤の構築を、KDDIスマートドローンがドローン技術をそれぞれ提供しています。

黒川:防衛省の事例に限らず、監視カメラやAIドローンを使った異常検知の検証は、すでに取り組みが具体化してきています。異常検知の文脈でお話していますが、ドローンや監視カメラを使ってリアル世界の環境を認識することは、フィジカルAIを実現する上での重要なファクターです。

西村:橋本さんの技術で、侵入シーンの動画を生成して効率的に学習し、異常検知の精度を高められることはKDDI総合研究所とKDDIのアドバンテージです。さらに、異常検知なので10分かけて高い精度で異常検知しても、実際には役立ちません。迅速に判定結果を返すことを目標に、高速化の工夫を数多く取り入れています。無線でも低遅延で高速のネットワークを提供できる5G SA(スタンドアロン)ネットワークの活用や、重要なフレームだけを解析することで処理を高速化するライブラリの適用などが、短時間の検知に貢献しています。

黒川:研究所のAI技術だけでも、通信ネットワークだけでも、フィジカルAIは実現できません。KDDIグループが持つネットワーク、ドローン、エッジAI、データセンターといったアセットを組み合わせることで初めて現場で動くシステムになります。今回ご紹介した異常検知も、フィジカルAIを現実の社会で動かすための重要な技術の1つなのです。

「KDDI総合研究所のフィジカルAI(後編)」に続く

KDDI総合研究所との連携研究にご興味のある方は下記からお問い合わせください。
https://www.kddi-research.jp/inquiry.html

KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー
橋本慧志

フィジカルAIの中で、強化学習は要素技術の1つとして今まさに勉強しているところです。古くからある技術ですが、生成AIの学習に使われるようになり現在でも注目されています。「ゼロから作るDeep Learning (4)――強化学習編」(斎藤康毅著、オライリージャパン)を社内勉強会で用いる入門書として活用し、知識共有に努めています。

KDDI総合研究所 AI部門 マルチモーダル・モデリンググループ コアリサーチャー
西村仁志

専門書が好きですが、ここでは機械学習(マシンラーニング、ML)を運用につなげる書籍として「事例でわかるMLOps 機械学習の成果をスケールさせる処方箋」(杉山阿聖、太田満久, 久井裕貴編著、講談社)を紹介します。事業化、商用化するまでのMLOpsの遠い道筋に対する処方箋が書かれた数少ない本として参考になります。

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