October 19, 2026
WirelessWire & Schrodinger's編集部 WirelessWire & Schrodinger's編集部
フィルムやゲル、高分子、液体などのソフトマターは、本来の状態を保ったまま内部を観察することが難しいが、バイオ分野で発展してきた共焦点レーザー顕微鏡と蛍光寿命イメージング(FLIM)を組み合わせることで、材料の3次元構造だけでなく、粘性や極性などの物性分布まで可視化できるようになってきた。新しい観察技術は材料研究や材料設計をどう変えるのか。ライカ マイクロシステムズ株式会社 ライフサイエンス・リサーチ事業部 アプリケーションスペシャリストの鶴沢英世氏に聞いた。
材料の構造を見るだけでなく、粘性や極性などの物性が「どこに」「どのように分布しているか」まで見える技術があります。「共焦点レーザー顕微鏡」と「蛍光寿命イメージング」を組み合わせた技術です。これは、ソフトマターや有機化学材料の分野で機能性材料を作る研究者にとっては、夢のような技術です。
装置として使うのは「共焦点レーザー顕微鏡」という光学顕微鏡です。従来の用途では、蛍光色素というマーカーを観察対象となる分子に付け、蛍光イメージングをすることによって、その標的分子の分布や構造を3次元で観察するために使われてきました。最近の共焦点レーザー顕微鏡では、レーザー光源がパルス駆動となり、検出器が高感度化してフォトンカウンティング(光子1個1個をカウントする手法)が普及してきました。共焦点レーザー顕微鏡の要素技術が進化したことにより、後述する蛍光寿命分析イメージング(Fluorescence lifetime imaging microscopy: FLIM)が簡単に計測できるようになり、FLIMを使ったソフトマターの局所物性分析が新たな時代を迎えようとしています。
分析手法の歴史を俯瞰すると、顕微鏡のプラットフォーム上で構造解析(microscopy)と局所分析(microanalysis)が融合することは自然な流れです。その代表例は、電子顕微鏡(SEMやTEM)で、構造観察と同じ視野で元素分析(EDX)を行うことが一般化しています。研究者の根源的な欲求として、ナノメーターレベルや原子分解能レベルでの微細構造が見えたら、その構造がどのような化学的性質や物性を持っているのか調べずにはいられないのです。そのような研究者の飽くことなき知的欲求に後押しされて、電子顕微鏡のイメージング技術と様々な局所分析手法の融合が進み、電子顕微鏡は材料科学の分野において最も成功した顕微鏡手法の一つになっています。その一方で、電子顕微鏡には大きな弱点があります。観察する試料を高真空のチャンバー内に入れることです。金属やセラミックスなどの固体材料であれば真空環境との相性は良いのですが、ソフトマターの、特に溶媒を含む材料系においては、真空環境下での観察には大きな困難を伴います。例えば、水分を含んだゲルを本来の状態のまま電子顕微鏡で観察するためには、ゲルを完全に乾燥さる必要があります。これは豆腐をフリーズドライして見るようなもので、物性が異なる状態でしか観察できないのです。
電子顕微鏡が成功を収めたmicroscopyとmicroanalysisの融合にヒントを得て、ソフトマターの材料系でもそういった手法がないものかと私は思考していました。そういった課題に対して、いま私が注目している顕微鏡手法が蛍光寿命分析イメージング(FLIM)です。ソフトマターの材料系にFLIMを適用すると、局所的な粘性、極性、イオン濃度、ポリマー内部の応力などの物性をマッピングできるようになります。共焦点レーザー顕微鏡が得意としてきた3次元・非破壊の構造解析に対して物理化学的な局所分析を融合させる手法で、ソフトマターが持つ構造と物性の空間階層性を本来の状態のまま顕微鏡で検証できる時代が始まろうとしています。
蛍光の原理を説明すると、外部から入射された光を蛍光物質の電子が吸収し励起状態へ遷移します。そして内部緩和を経て、蛍光を放出し初期状態(基底状態)へ戻ります。一般的な蛍光イメージングでは、励起よりも蛍光の方がエネルギーが低い(=波長が長い)ことを利用して、蛍光が出ている場所やその強度を可視化します。よって、通常の蛍光イメージングとは励起光と蛍光の“波長差”を利用した観察手法なのです。
一方、蛍光寿命分析では、励起光が吸収された時刻と、蛍光が放出された時刻の、“時間差”を分析します。蛍光寿命は蛍光物質によって様々ですが、典型的には数ナノ秒(10のマイナス9乗秒)です。当然、このような高速応答は従来の蛍光イメージングでは計測できません。しかし、パルス駆動のレーザー、単一光子検出器、そして時間相関単一光子計数法(Time correlated single photon counting: TCSPC)、を組み合わせると蛍光寿命分析とそのマッピングが可能になります。励起光を連続的ではなくパルス駆動で照射し、蛍光が検出された時刻を記録し、その光子数(蛍光強度)だけでなく時間差(蛍光寿命)も同時に計測することができるのです。
蛍光寿命による物性分析には、測定装置の他に、FLIM用の蛍光色素が鍵を握ります。先ほど説明した蛍光寿命(励起光と蛍光の時間差)は、蛍光色素の種類だけでなく、その色素の周辺の環境にも依存します。この依存性を利用すると、蛍光寿命によって局所の物性を分析することができます。つまり、蛍光色素1個1個が、分子レベルのセンサーとして機能するのです。過去の研究たちによって、粘性、極性、温度、イオン濃度、応力に応じて蛍光寿命が変化する蛍光色素が開発されてきました。その代表例として、分子ローターのFLIMによって局所粘性をどうやって分析できるのかお話しします。
分子ローターにはプロペラのような回転機構があり、溶液のなかで回転ブラウン運動をしています。周辺の溶媒が低粘度であれば回転頻度が高く、高粘度であれば回転頻度が低くなります。この分子レベルの機械的な運動が、蛍光寿命と強く相関するということが知られています。具体的には、低粘度では蛍光寿命が短く、高粘度では蛍光寿命が長くなります。重要なことは、log粘度とlog蛍光寿命の間に線形関係が成立することが多くの溶液系で報告されており、その校正プロットを使えば蛍光寿命値から粘度値への変換ができてしまうのです。粘度を測るレオメーターはバルクが対象ですが、蛍光寿命の測定はサブミクロンの空間分解能で実施できます。蛍光寿命から粘度への変換ができたことにより、FLIMマッピングから粘度マッピングを出力することができるのです。
原理的には、FLIMによる物性マッピングは3次元かつサブミクロン分解能での取得が可能となります。これは共焦点レーザー顕微鏡の分解能が光の回折限界で決まるためです。すると、複合的なソフトマター材料における界面での3次元の物性マッピングといった、課題解決につながる可能性があります。しかし、3次元かつ高分解能のFLIMは世界的にもほとんど報告がありません。そこで、いま私たちは、3次元FLIM によるソフトマターの粘性マッピングの実証に取り組んでいます。今後、学術論文や学会発表を通して、これらの最新事例を多くの材料研究者へお伝えしたいと考えております。

分子ローターとFLIM分析に関するレビュー論文。M. Paez-Perez, M. K. Kuimova, Angew. Chem. Int. Ed. 2024, 63, e202311233.

分子ローターBODIPY-C12を有機溶媒に溶かしたサンプル。粘度が上がると、蛍光波長は変わらないが、蛍光寿命が長くなる。
蛍光寿命イメージングによる分析マッピングを実現するには、装置と蛍光プローブの2つのイノベーションが必要です。
装置側では、パルスレーザーによって蛍光物質を励起し、放出される光子を1つずつ捉えるフォトンカウンティング検出器が必要です。ライカの共焦点レーザー顕微鏡システム「STELLARIS」は、パルス駆動の白色レーザーを標準光源とし、超高感度フォトンカウンティング検出器を標準搭載しています。先進的な光源および検出器を採用したことで、STELLARISでは蛍光イメージングと蛍光寿命分析が機能統合され、観察条件を変えずに同一ワークフローとして実行できます。実用的なスループットでマッピングができるように、高速フォトンフィルターや多検出器の統合、異なる波長での同時FLIM、など測定および解析の機能が揃っています。
もう1つ重要なのが、周囲の環境に応じて光り方が変わる多様な蛍光プローブです。粘性、極性、イオン濃度、応力などに応答するプローブを観察材料に組み込むことができれば、STELLARISで蛍光寿命を計測することでその物性の分布を可視化できます。新しいプローブが開発されれば、見える物性もさらに増えるので、色素合成の分野においてもFLIM用プローブは盛んに研究されています。顕微鏡というプラットフォーム、蛍光プローブを作る研究者、材料の特性を調べたい研究者という三者が連携する場を、日本の中で作っていきたいと考えています。
日本は、ポリマーなど高機能なソフトマターを作る技術に強みがあります。新しい材料を作るとき、研究者は頭の中で構造と機能をデザインします。しかし、それを検証したくても、これまではミクロな構造や物性を分析する方法が十分にありませんでした。共焦点レーザー顕微鏡と蛍光寿命分析を融合した計測によって、機能性材料研究のミクロな世界に風穴を開けたいと考えています。
このような共焦点レーザー顕微鏡と蛍光寿命イメージングの活用法は、ゲルやインク、高分子などのソフトマターだけに限ったものではありません。光学特性を持つ蛍光体や化合物半導体への応用も考えられます。ミクロな構造と物性の関係を分析し、そのデータを材料設計へ戻していくことで、共焦点レーザー顕微鏡は、材料分野において構造解析と局所分析を融合するプラットフォームになっていくと考えています。

私はソフトマター物理の研究で博士号(東京大学工学系研究科 物理工学専攻)を取得しました。平日はライカマイクロシステムズで顕微鏡関連のビジネスに従事する一方で、週末は東京大学生産技術研究所でやっていた研究を現在も続けています。研究対象は、コロイド粒子がどのように固まり、ゲル化するのかという基礎物理の問題です。わかりやすく言えば、「豆乳が豆腐になる物理」です。ゲル材料について数千年前から人類は現象として知っていたのですが、その物理的なメカニズムは現代でも解明されていません。その原因は、ゲル化が非平衡の相転移だから、ということに尽きます。材料科学で主軸となる統計力学は平衡状態を大前提として構築されており、非平衡への拡張は21世紀の課題として残ったままです。コロイドゲルも非平衡統計力学の典型例の一つで、理論的な理解は進んでいません。
私たちのアプローチは顕微鏡による直接解決で、コロイド粒子が完全に分散した状態から、完全に凝集し終わるまでの全過程を共焦点レーザー顕微鏡で観察する手法を構築しました。その結果、コロイド相分離の全ての過程を、3次元かつ単一粒子レベルで追跡できるようになりました。世界で初めて、数万個のコロイドがゲル化する現象において、全粒子の全時刻での3次元座標を私は手に入れたのです。このデータを解析して、Nature Materials誌などで論文を発表してきました。コロイドゲルの中には、非平衡ならではの物理現象が隠れていました。例えば、粒子間の流体力学的相互作用がネットワーク形成を支配することや、非結晶構造の中に5回の回転対称秩序があること、それらの構造化が自由エネルギーではなくポテンシャルエネルギーで駆動されていることなどです。もし専門的な興味があれば、私の原著論文を読んでください。
世界初の顕微鏡観察手法は2010年ごろに完成していました。そして、困難だった観察問題を解決できたのだから物理メカニズムはすぐに解明されるだろう、と私は考えていました。しかし、顕微鏡観察とそのデータ解析で1つ問題を解決するごとに、その先にある深い問題を見つけ、その問題を解決する、という追いかけっこを15年ほど続けてきました。最近になって、コロイドゲルの物理メカニズムを理解できたと私は実感するようになりました。Seeing is believing(百聞は一見に如かず)ではなく、Seeing is starting(観察は研究の始まりに過ぎない)だったのです。顕微鏡とは疑問に視覚的に答えてくれると同時に、新しい疑問に気づかせてくれるツールです。顕微鏡が進化をしてより多くの情報を得られることは、研究者がより多くの回答と疑問を生み出せるという意味で、科学の進化に貢献するのだと私は考えています。
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