WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

世界の概況(1)コモディティ化する携帯電話と変化する市場構造

2010.04.01

Updated by Michi Kaifu on April 1, 2010, 12:00 pm JST

○ここ数年欧米諸国や日本など、先進国での携帯電話加入者数はほぼ横ばいとなる一方で、中国やアジア、アフリカなどの新興国では大きな伸びを見せている。その普及のスピードや既存の固定電話網との関係において、先進国とは異なるインパクトを市場に与えている。

○加入者数だけでなく収益にまで目を向けると、先進国間でも異なる市場の様相が数字で見えてくる。連載の最初にあたり、おおまかな世界観を把握するために、まず世界全体の簡単な統計を見ながら、携帯電話がどのように変遷してきたのかをおさらいしてみよう。

1. 先進国のぜいたく品から世界の普及品へ

十年一日という言葉があるが、携帯電話の世界ほど、この言葉の当てはまらないところもないだろう。筆者が約20年前にNTTに入社した頃、もちろんドコモは分離されておらず、「携帯電話」はまだなく、アナログの「自動車電話」は「特殊な」世界の人しか使わない代物であった。アメリカを筆頭とする先進国のぜいたく品であった「移動体電話」が、新興国でも必需品の「ケータイ」へと移り変わる大きな変化点は、90年代半ばのデジタル化であった。基地局あたりの容量が3〜6倍となり、回線当たりの固定費が激減し、折からの「インターネットバブル」の中でキャリアの投資が拡大し、加入者一人当たりのコストがガクンと下がった。デジタル化に合わせて、世界各地でキャリアの新規参入政策が取られ、競争導入により急激に料金が下がった。キャリアは加入者をデジタルに誘導するために、カラー画面を備えた魅力的な端末を投入し、ユーザーの数は激増。規模の経済により、端末の機能向上とコスト低下もどんどん進行し、ますますユーザー増加に貢献した。

こうした世界的な規模の経済と競争促進の波に乗り、90年代後半から、中国を筆頭とする新興国市場が立ち上がり始める。図1は、ITUの統計1をもとに大陸ごとの移動体電話加入者数をプロットしたもので、日本を除くアジア(そのかなりの部分が中国)が幾何級数的な伸びを見せていることがわかる。また、欧州も高い伸びを示しており、これには主にロシアを中心とした東欧の立ち上がりが貢献している。

▼図1 大陸別携帯電話加入者数推移
200904011200-1.jpg

この趨勢は、図2の世界の加入者数トップ10のリストの変遷を見るとさらによくわかる。1998年は、トップのアメリカが7000万加入であり、日本はこれに続く第二位。中国がそろそろ立ち上がり始めた頃で第三位、その他上位にはイタリア、イギリス、ドイツ、フランスなどの西欧先進国が並ぶ。国策として携帯電話産業に力を入れていた韓国も6位と健闘している。そろそろぜいたく品は脱した時期ではあったが、まだまだ先進国が中心の世界だった。

ところが、2008年になると、6億4000万加入を擁する中国が圧倒的なトップとなり、これに次に人口の多いインドが続き、ロシア・ブラジルを加えた「BRICs」4国にかろうじてアメリカが踏みとどまって、5位までの上位グループを形成している。日本はインドネシアにも抜かれて第7位、西欧勢でトップ10に残っているのはドイツとイタリアだけとなり、人口の少ない韓国も圏外に去り、人口の多い国が順当に上位に並ぶ。新興国まで含めた幅広い世界各国で、携帯電話は普及品、生活必需品となったのである。

▼図2:1998年国別加入者数トップ10(上)と2008年国別加入者数トップ10(下)(単位:億人)
200904011200-2.jpg

1998年から2008年にかけ、中国の加入者数は27倍、ブラジルは20.4倍に増えている。出足の遅れていたインドは178倍、ロシアに至っては267倍である。これに対し先進国は、アメリカ3.9倍、ドイツ7.6倍、イタリア4.4倍と一桁、日本などは「わずか」2.3倍しか増えていない。1998年に日本は世界の全携帯加入者の15%を占めていたが、2008年には3%にまで減少し、この趨勢では今後さらに低下していく。このあと見ていくように、各国ごとに発展のタイミングや事情が異なるために、市場の勢いを加入者数だけで判断することはできない。しかし、端末側とインフラ側の双方において、機器の市場としてはやはり「物量」の持つ意味合いは大きいので、このようなシンプルな数のスケールも、理解しておく必要があるだろう。

  1. http://www.itu.int/ITU-D/ICTEYE/Indicators/Indicators.aspx

===

2. 金額とARPUで見た市場の質

加入者数だけで測れない部分の大きなファクターが、売上規模である。

加入者数データと比べ、金額で見た市場規模については世界全体のまとまった統計がないが、現在でもアメリカが圧倒的なトップを占めていることは間違いないだろう。以下はいずれも、キャリアの売上をベースにした、サービスの市場規模1である。

業界団体TIA2によると、アメリカの2009年の無線サービス売上規模は1611億ドル(約15兆円)と推計されている。これに対し、加入者数ではアメリカの倍以上ある中国は、主要キャリアの売上データ3などから推測すると約5兆5700億元(約10兆円、820億ドル)程度と見られ、ドルベースでアメリカの約半分程度となる。長い間売上規模世界第二位を占めていた日本は、野村総研の推計4では7.5兆円程度、業界動向サーチ5によると10兆円弱(800〜1000億ドル)となる。為替レートにもよるが、おおまかに言えば中国と日本は同程度の売上規模と見ることができ、この3カ国が現在世界のトップ3であると合理的に推定できる。

加入者数規模と売上規模の状況がこれほど違うのは、加入者一人当たりの売上(ARPU)が大きく異なるからである。アメリカは90年代以降、50ドルを中心に上がったり下がったりする趨勢になっており、2008年の46.98ドルを底に現在はじりじりと上昇傾向(スマートフォンへのシフトに起因すると思われる)にあると推測され、2009年は48.65ドル(4400円)程度となっている6。日本は年々ARPUは下がる傾向が続き、2008年で5425円(60.0ドル)7となっている。かつて日本は8000円以上の「高ARPU市場」として知られていたが、だんだんアメリカとほぼ同程度に近づいてきた。これに対し、中国は歴史的にはARPUが上昇してきたが、最大のチャイナ・モバイルの2009年のARPUは77元(11.28ドル)、第三位のチャイナ・テレコムで59.5元(8.72ドル)8といったレベルである。

加入者数で現在世界第二位のインドはARPUが5ドル程度9、第四位のロシアは8ドル程度10、第五位のブラジルは17ドル程度11と、新興国は現在でも日米と比べて、格段にARPUは低い。アメリカ・中国・日本がトップ3と推測できるのは、このためである。なお、西欧も一般にARPUは低く、ドイツは15ユーロ12(20ドル)、イタリアは20ユーロ13(27ドル)程度である。

このように上位市場の「質」をARPUで概観してみると、アメリカと日本だけが50ドル前後の群を抜いた高ARPU市場、その次に西欧先進諸国と新興国の一部が20ドル前後に位置し、それ以外の新興国はさらに低ARPU、という分類となる。

このような質の違いの中身については、おおまかにいって、日米は特にキャリアの支配力が強く、ARPUが低くなりがちなプリペイドにユーザーが流れないよう配慮し、高料金である代わりに多くの機能やサービスを提供する傾向が強いのに対し、欧州や新興国はプリペイドが多く、高機能・高度サービスよりも標準的で安価なサービスのほうに重心が寄っている、といった違いに起因すると思われる。

先進国の中での普及率を比較しても、日米が100%以下(一人一台が基本)であるのに対し欧州は100%以上(一人複数台)、と同じ区切りで分けられる。なお、欧州のプリペイド志向については、細かく言えば、フランスはプリペイド比率が低く、イタリア・スペインなど南欧は高い、といった国による違いがあり、一概に言うことはできない。ここでは日米と比較すると高い、という点だけにとどめることとする。

詳細はそれぞれの市場事情の回に譲る。

  1. ページャーなど携帯以外のサービスが含まれるか含まれないかなど、細かい点が統一されていないこと、および各国の2009年のキャリア売上データの詳細が発表されておらず推測を含むことなどの理由で、厳密な統計でなく、大体の規模感を把握するための参考として理解してほしい。なお、為替レートは、特に但し書きがない限り、2010年3月23日 現在のレートを使用。
  2. http://www.tiaonline.org/
  3. 数字はメディア向けに配布された資料による
  4. チャイナ・モバイルは発表済み2009年の売上ほぼ全部が無線と仮定、チャイナ・ユニコムは2009年のアナリスト予測売上に対し携帯が発表済みの2009年前半の比率と同じと仮定、チャイナ・テレコムは2009年の携帯売上発表済みの数字を使用
  5. 記事にある2008年の推計から、2009年はほぼ横ばいの売上と推計http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090630/172409/
  6. http://gyokai-search.com/3-keitai.htm
  7. TIAによる
  8. http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090630/172409/
  9. いずれも各社財務発表より。ドル換算も発表の数字をそのまま掲載してある。
  10. http://www.secondrepublic.in/StoryDescription.aspx?mainid=1&storyid=276
  11. http://www.marketresearch.com/product/print/default.asp?g=1&productid=2433728
  12. http://www.teleco.com.br/en/en_comentario/en_com209.asp
  13. http://www.marketresearch.com/product/display.asp?productid=2584552&g=1
  14. http://www.marketresearch.com/product/print/default.asp?g=1&productid=2495357

===

3. 通信は携帯中心の世界へ

もう一つの世界趨勢として重要なのが、固定電話との関係である。

筆者などは、日本やアメリカで、固定電話が基本で携帯電話はおまけ、固定電話の回線数が携帯よりも多いという時代の記憶があるが、今ではもう遠い昔となってしまった。それでも、固定電話がほぼ行き渡ってから携帯が入ってきた先進国ではまだ、家庭には両方あるのが普通である。これに対し、固定電話が普及する前に携帯時代にはいった新興国では、固定電話と携帯電話の比率が、圧倒的に後者に偏っているという大きな特徴がある。

図3でわかるように、日米では、携帯が固定の回線数の2倍程度であるが、ロシア・東欧を含む欧州と、ブロードバンド向け固定回線の伸びも著しいアジア(日本以外)がほぼ3倍、南米では約4倍、アフリカでは11倍以上(いずれも2008年)となっている1

▼図3 大陸別携帯・固定比率(2008年)
200904011200-3.jpg

新興国では、先進国のような「固定電話」で長いこと培われてきた「電話」の役割、固定観念、使い方、マナーのようなものが全くないまま、パーソナルな携帯電話がいきなり入ってきたということになり、技術や社会のあり方にインパクトを及ぼしつつある。

先進国においても携帯電話が通信の中心的な存在となっていることは変わりがない。どの国でも携帯電話が一家の大黒柱となって、キャリアの利益構造を支えている。

以上、数字で見た世界の携帯市場概観である。次回以降、もう少し詳しく各市場の中身を見ていくことにしよう。

  1. ITUによる

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

海部美知(かいふ・みち)

ENOTECH Consulting代表。NTT米国法人、および米国通信事業者にて事業開発担当の後、経営コンサルタントとして独立。著書に『パラダイス鎖国』がある。現在、シリコン・バレー在住。
(ブログ)Tech Mom from Silicon Valley
(英語版ブログ)Tech Mom Version E