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携帯電話は「諸刃の剣」の存在 ─ 100万加入を超えた北朝鮮携帯電話市場の実態(後編)

2012.05.07

Updated by WirelessWire News編集部 on May 7, 2012, 11:00 am JST

前編はこちら

コリョリンクの親会社であるオラスコム・テレコムは、2011年4月にロシア第2位の携帯電話事業者ヴィンペルコムへ売却された(注1)。これに伴い、本来であれば、コリョリンクもヴィンペルコム傘下に入り、サウィルス一族による経営から引き離される運命にあったと言える。

サウィリス一族が北朝鮮に固執する理由

しかし、北朝鮮の携帯電話事業を含む一部事業は、引き続き自己の支配下に置いておきたいとするサウィルス一族の強い意向の下、オラスコム・テレコムからスピンオフされ、同一族が新設した持株会社、オラスコム・テレコム・メディア・アンド・テクノロジー(以下、OTMT)へ移行された(図1)。同社の会長には、オラスコム・テレコムで会長を務めていたナギブ・サウィリス氏が就任しており、経営方針もそのまま引き継がれた模様だ。

▼図1:コリョリンクへの出資関係図(※画像をクリックして拡大)
201205071100-1.jpg出典:オラスコム・テレコム及びOTMTの各種資料に基づき作成

サウィルス一族は何故、ここまでして北朝鮮の携帯電話事業に固執したのだろうか? その解は、決算数値から読み取ることができる。オラスコム・テレコムの2011年第3四半期決算(注2)によれば、携帯電話事業全体の営業収益に占めるコリョリンクの比率は約4%と低い(表1)。

▼表1:5市場の業績比較(オラスコム・テレコムの2011年第3四半期決算より)
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出典:オラスコム・テレコムの2011年第3四半期決算を基に作成

  1. 直接的に売却したのはサウィリス一族が97%株式を保有するウィンド・テレコム。ウィンド・テレコムは、オラスコム・テレコムの51.7%株式を保有。ウィンド・テレコムの売却に伴い、オラスコム・テレコムもヴィンペルコム傘下に入った。
  2. コリョリンクの業績は、旧出資元であるオラスコム・テレコムの決算で公表されてきたが、2011年12月に同社がOTMT傘下に移行したことに伴い、2011年第4四半期より公表対象外となった。そのため公表済みのコリョリンクの最新業績(2011年第3四半期決算)の数値を採用。本稿執筆時点(2012年4月20日)で、新たな出資元となったOTMTは決算公表を行っていない。

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しかしながら、同社の持株比率が75%以上で個別の決算数値を公表している5市場の各営業収益の対前年同期比増減率に目を転じると、コリョリンクが125%増と高い伸びを見せた一方で、他の4市場はいずれもマイナス成長もしくは1桁台の微増にとどまった。企業の収益性を示すEBITDAマージン(同値が大きいほど収益性が高い)でも、コリョリンクは80%という高率を記録し、5市場の中で断トツの位置にある。

なお、この極端に高いEBITDAマージンは当四半期だけの異常値ではない。直近の2四半期を見てみても2011年第1四半期が87.6%、同第2四半期が84.3%と、当四半期をさらに上回る値となっている。利払前・税引前・償却前ベースの利益ではあるものの、北朝鮮の携帯電話ビジネスは、営業収益の実に8割以上が利益(2011年第3四半期決算ベース)となっており、極めて高い収益性を有している。

NTTドコモのEBIDTAマージン(2010年度)は37.1%、印トップの携帯事業者バーティー・エアテルは同33.7%(2011年第3四半期)であることからも、同社の同値が著しく高い水準にあることが分かる。サウィリス一族が、オラスコム・テレコム売却後もコリョリンクを手放さなかった理由は、両国の密接な関係が根底にあったにせよ、同社のこのように突出した成長力と収益性に対する大きな期待があったからだろう。

北朝鮮では稀有の広告宣伝活動も積極展開

北朝鮮の広告産業は未発達の状況にあるものの、コリョリンクはサービス開始当初からラジオや新聞、屋外広告などを活用した広告宣伝活動を積極的に展開してきた。

2011年9月には北朝鮮がホスト国となって平壌で開催された国際テコンドー連盟(ITF)主催の第17回テコンドー世界選手権大会で、コリョリンクがプラチナ兼独占スポンサーとなっている。世界約80カ国から約800人が参加した同大会において、同社は会場内のいたるところに広告を掲示するなど、大々的な広告宣伝を実施した。

海外へ向けての情報発信の場ともなるこうした国際大会を通じて自国の携帯電話ビジネスを全面的にアピールしたという事実は、北朝鮮が同ビジネスに本気で取り組んでいくことの決意表明であるとも感じられる。オラスコム・テレコムも、このような協賛広告へ参画は、北朝鮮にとって初のことだとしている。

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北朝鮮で「アラブの春」が起こる可能性

2011年に中東及びアフリカで、携帯電話やソーシャルメディアが民衆蜂起の原動力の一翼を担って政権崩壊をもたらした「アラブの春」が、北朝鮮でも起こり得る可能性は少なくとも現時点では極めて低い。政権崩壊に至ったチュニジア、エジプト、リビア、イエメン各国の携帯電話普及率は概して高く、最も低いイエメンでも約半数近い46%(2010年末時点)で、最も高いリビアでは172%(2010年末時点)にも達している(表2)。

▼表2:北朝鮮及び「アラブの春」で政権崩壊に至った4カ国の携帯電話加入数/普及率比較
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出典:各種資料に基づき作成 ※北朝鮮=【図2】に同じ、北朝鮮以外の4カ国=国際電気通信連合(ITU)

携帯電話が一般大衆化していたこれらの国々では、携帯電話が政権崩壊をもたらすトリガーとなった一般市民間の情報流通の面で大きな役割を果たしていたとされる。エジプトの携帯電話普及率も87%(2010年時点)と高く、オラスコム・テレコムが自国エジプトで出資している携帯電話事業者モビニル(注1)の顧客自らも、同国の政権崩壊に多かれ少なかれ加担していた、ということになるだろう。このオラスコム・テレコムをパートナーとして携帯電話ビジネスを手掛けてきた北朝鮮にとって、これはまさに皮肉な出来事として映っているに違いない。

しかしながら、これらの国々に比べ北朝鮮の携帯電話普及率は僅か数%程度と断然低く、また顧客の大半は政府寄りの富裕層であると想定されるため、携帯電話が体制に及ぼす影響は微々たるものだろう。しかも、携帯電話は当局の厳格な監視・管理下に置かれており、所有者であっても事実上、反体制的な情報発信を行うことは不可能だ。さらに、ソーシャルメディアを含むインターネットへのアクセスも厳しく制限されている状況にある。こうした理由から、現況下において北朝鮮で携帯電話が政権を揺るがすほどの影響力を持つことは無い、と言ってよいだろう。

  1. オラスコム・テレコムのヴィンペルコムへの売却後、オラスコム・テレコムよりスピンオフされ2011年12月にコリョリンクとともにOTMT傘下に入った。

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新体制下で再び携帯電話の使用が禁止に?

2011年12月の金日正総書記の死去を受け、北朝鮮は現在、金正恩氏を国家の新たなトップとする後継体制を固めつつある。こうした中、英テレグラフは2012年1月26日、過去の唐突な携帯電話使用禁止令の再来を彷彿させるニュースを伝えた。韓国のNGOで北朝鮮住民を支援しているGood Friendsの情報によれば、100日間の喪に服している期間中、朝鮮労働党が携帯電話の使用を禁止し、利用した者に対しては戦犯に相当する刑を科すとの警告を発した、とのことだ(テレグラフ(2012年1月26日))。一方でOTMTは、North Korea Techによるインタビューに対し、こうした事実はないとして、これを否定している(North Korea Tech(2012年2月15日))。

相反する情報が交錯しており、禁止の実態は不明確だが、後継体制を整える過渡期にある現在の北朝鮮にとって、国内外の情報流出入の温床になりかねない携帯電話の使用に、これまで以上に警戒心を強めているのは確かなことだと思われる。

但し、今後、2004年5月に発せられたような正式な携帯電話禁止令が再び公布されることはまずないと考えてよいだろう。一時的な使用禁止を伝える同報道が流れた翌月2月にもナジブ・サウィリス氏は北朝鮮を訪問し政府高官と交流しており、新体制下でも引き続き良好な関係が保たれていると想定される。

サウィルス一族にとっても、今まさに成長途上にある北朝鮮の携帯電話ビジネスが、万が一にも停止に追い込まれれば、これまでの莫大な投資が水の泡となってしまうことになり、こうした事態だけは断じて回避しなければならない。携帯電話事業のみならず様々な分野でエジプト頼みになりつつある北朝鮮が、両国関係に大きな亀裂を入れるような行動に出ることも考えにくい。

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北朝鮮にとって「諸刃の剣」と言える携帯電話事業。今後の展望

北朝鮮にとって携帯電話事業は、一方では経済成長力向上の起爆剤となるが、他方では体制維持の脅威となる危険性をはらんでおり、まさに「諸刃の剣」である。サウィリス一族は、最終的に約2.4千万人の人口のスケールメリットを十分享受できる段階にまで北朝鮮の携帯電話ビジネスを拡大していきたい、という野心を抱いているに違いないだろう。しかし、北朝鮮側は国家体制の維持に大きな影響を及ぼしかねない携帯電話事業に対しては、現体制に大きな変化が起こらない限り、今後も慎重姿勢を貫いていくものと思われる。そのため、他の新興国市場のように、闇雲に価格を下げて低所得者層にまで一気に普及が拡大していくようなことは期待できない。

ただ、北朝鮮は携帯電話ビジネスが、今や同国の経済発展に欠かせない重要な役割を果たしているという現実は少なからず認識していると思われる。北朝鮮で流通している携帯電話端末の大半は中国製であり、国連の統計データによれば2010年には平均単価約80米ドルで約43万台が輸入された(THE WALL STREET JOURNAL(2012年1月17日))。前述の携帯電話端末の販売単価約350米ドルから単純にこの輸入原価を差し引いたベースで、1台販売当たり約270米ドルを稼ぎ出している。2010年の輸入総数約43万台にこの単金を掛け合わせると、年間粗利額は1億1,610万米ドルに達する。2012年4月のミサイル発射費用は推定約8億5,000万米ドルで、これは国民1年分の食糧費に相当すると言われている(中央日報(2012年4月13日))。これを基準として試算した場合、携帯電話ビジネスの中でも端末販売による年間粗利(2010年の輸入台数ベース)だけで2カ月弱の国民の食糧費を確保していることになる。携帯電話ビジネスがこのように多額の利益をもたらしている現実からも、当局は監視・管理体制を堅持しながら今後も相応の拡大路線を突き進めていくものと考えられる。

今後の携帯電話事業の進め方を巡っては、エジプト側のサウィリス一族と北朝鮮当局の間にある程度の方向性の違いや温度差は存在していると思われる。両者の思惑をうまく一致させた上で、いかにして円滑に携帯電話事業を推進していくことができるかに、同事業の行く末がかかっていると言える。また、現行の契約条件によればコリョリンクの事業独占権が2013年前後に切れることになっており、その後の動向も注視する必要がある。但し、複数事業者の参入は当局による監視・管理体制を複雑化させかねないため、2013年以降も当面の間は現状の1社体制が続く可能性が高いと見られる。

様々な制約下におかれてきたものの、サービス開始から3年超にわたり北朝鮮の携帯電話事業は成長を維持し続け、100万加入突破という一つの節目を迎えた。加入増の頭打ちも懸念される中、コリョリンクは今後も引き続き加入増の勢いを堅持することができるかどうかが注目される。富裕層の大半が属していると想定される朝鮮労働党の党員数約300万人に達するか否かが、北朝鮮における本格的な携帯電話普及期の到来を判断するための一つの指標になるだろう。

文・松本 祐一(情報通信総合研究所副主任研究員)

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