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欧州編(5)欧州携帯市場とNo.2プレーヤー Orangeの戦略

2010.08.19

Updated by Mayumi Tanimoto on August 19, 2010, 17:00 pm JST

○欧州No.2キャリアであるOrangeは、新興国市場であるインド、中東、アフリカなどにも積極的に進出している。

○新興国には積極的に進出する一方、4G/LTEに関しては、他の携帯電話キャリアに比べ慎重に取り組んでいる。

orange.com
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1. Orangeの成り立ち

加入者ベースの規模では、Vodafoneに次いで欧州第2位であるフランスのOrange(オランジェ)は、フランスの元国営電話会社(1998年に民営化された)であるFrance Telecomの100%子会社で、事実上France Telecomの携帯電話部門として運営されている。フランス中央部のアルクイユ(Arcueil)に本社をおき、2010年6月の時点で、32カ国でサービスを展開している。

Orangeというブランドは、元々Hutchison Telecom(ハッチンソンテレコム)のイギリスにおける携帯電話ビジネスのブランド名であったが、2000年8月に同社がFrance Telecomにより買収されることで、France Telecomの携帯電話部門となった。2006年にはWanadooというブランド名であったFrance TelecomのISP部門も、ブランド名をOrangeに統一している。

なお、Orange発祥の地であるイギリスにおいては、OrangeとT-Mobileが「Everything Everywhere」というブランド名の元で合弁事業を展開しており、Vodafoneを抜いてイギリス最大の携帯電話キャリアとなっている。

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2. Conquests 2015

Orangeは、2010年7月5日には2015年までの戦略である「conquests 2015」を発表している。「conquests 2015」で発表されたビジネスプランは以下4つの柱から構成されている。

•The conquest of the employee pride(従業員のプライドの征服)

  • 新たな人事管理、新たな管理手法、共有の価値を中として、従業員に対して価値ある就労環境を提供する。
    - 管理職のコミュニティである「Orange Campus」を欧州主要都市および欧州外の6つの都市で提供する。
  • 複雑になったITシステムの簡素化。
  • 2010年から2012年にかけて新たに1万人を雇用する。
    - 2010年には3500名を雇用し、2012年までの間に、現在アプレンティス(研修生)1として採用しているスタッフを雇用する予定である。(参照

•The conquest of networks(ネットワークの征服)

  • 固定および無線通信の帯域の増強。
  • フランスにおいて2015年までに20億ユーロを投資し光ファイバー網を整備し、フランス国内では2012年までに40%の家庭がカバーされることを目指す
  • LTE、モバイルデータ通信およびグリーンな技術への投資。

•the conquest of customers(顧客の征服)

  • 顧客のニーズの分析等を通して顧客満足度の向上を目指す。また顧客に対する「マルチメディアのコーチ」としてデジタルライフスタイルの提案。
  • 音声通信の品質を高め、SIMカードへの追加機能の提供、さらに「Orange Care」(保険およびオンラインサポート)のような新サービスの提供。

•the conquest of international development(国際ビジネス推進の征服)

  • 新興国を中心とした海外でのビジネス展開と顧客の獲得。
  1. アプレンティスとは、フランスやイギリスにある制度で、経験の少ない若者を「弟子」として企業に「お試し雇用」し、研修しながら職業適性を見極める、という制度である。政府が補助金をだして実施する場合もあるが、企業が独自の制度を実施している場合がある。新卒一括採用という採用方式で社員を採用しないため、アプレンティスやインターンシップを実施した上で、若者を雇用する企業が少なくない。知識よりも経験を重視する欧州らしい制度だといえる。

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3. 北アフリカと中東に注力するOrangeの海外戦略

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(cc) Image by Jorge Andrade

Orangeの顧客ベースは堅調に増加しており、今年7月29日の発表では、携帯電話ユーザーは前年比で6.6%の増加であった(参照)。
しかしながら、法人サービスやデータ通信サービスは若干伸び悩んでいる。戦略の柱の一つである国際ビジネスの進展で、積極的な海外ビジネスを展開することで、2015年までに全世界における顧客数を3億人まで拡大することを目標とし、収益の拡大を図る模様である。

海外での事業展開に関して、Orangeは全世界に旧植民地を持つイギリスのVodafone同様、旧植民地のネットワークをいかして、新興国に対して積極的なはたらきかけを行っている。

例えば、アメリカやイギリスのキャリアの展開が手薄な北アフリカのチュニジアでは、Orangeの親会社であるFrance TelecomがMabrouk Groupとの合弁企業であるInvestecの49%の株式を保持し、同国にて3Gサービスを展開している。

チュニジアはフランスの旧植民地であり、フランス語がどこでも通用し、フランスパンが国民食となっているほど、フランス植民地時代の影響が強い。言語、文化的バリアがないために、北アフリカとはいっても、フランスにとってはビジネスを展開しやすい環境だ。

チュニジアには、フランスから直行便も飛んでおり、イタリア経由であれば、フェリーでチュニジア入りすることもできる。日本では想像が付かないが、北アフリカや中東は、心理的にも物理的にも、フランスにとって身近な地域なのである。

Orangeが新興国に力を入れる理由は、最近の顧客数の増加を見れば納得できる。今年7月29日に発表された最新の携帯電話ユーザー数で、中東とアフリカ地域は3400万人を占め、年に18.4%増加している。全世界では収益増が前年比0.9%を小幅な伸びに留まったのにも関わらず、同地域に関しては、前年比8%の伸びである。この収益の伸びは、前年比29%増加というオペレーションの拡大が牽引している。

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4. 携帯電話向け支払いソリューションで口座を提供し、ARPUを確保

増加するユーザーに対して、音声およびデータ通信サービスを提供する以外に、Orangeは、自社のブランド名を浸透させ、ARPUを増加する策も練っている。代表例は、フランスの銀行であるBNP Paribas (BICIS/BICIM)と共同で提供する携帯電話向けのペイメントソリューションである「Orange Money」だ。

このソリューションは、Orangeの携帯電話ユーザーでなくても、小額のデポジットを支払えば可能で、送金やお金の受け取りから、簡単な銀行のような機能まで提供する。また、すでに存在する他社のソリューションや、銀行や郵便局など、既存のサービスが競合となり得るが、「Orange Money」は各ユーザーに「口座」を提供する点が他社と大きく異なっている。

「Orange Money」は象牙海岸、セネガル、マリ、マダガスカルで提供されており、さらに他の国へも拡大される予定である。象牙海岸ではすでに25万人のユーザーを獲得しており、政府中央銀行の認可の元でサービスを展開している。

アフリカ各国では、銀行口座保有者が人口の10%に満たない場合が少なくなく、口座を持っていない人口が大半の場合がある。口座がないために、私生活や仕事でかなり不便を感じている人が多く、Orangeのサービスはそのようなユーザーにとって大変利便性の高い物となる。

さらに、金融サービスが劣悪なので、例えば、セネガルのように、国内送金に6−7日かかり、「送金とお金を受け取るのはまさに悪夢」という国が少なくない。銀行口座保有者にとっても、Orangeのサービスはとても便利なサービスなのである。(新興国だけでなく、欧州でもこのようなサービスがほしいと思うこともある!1

Orangeがこのようなペイメントソリューションに力を入れる理由は、アフリカ地域でのブランディングの向上という目的だけではなく、ソリューション自体がARPUの向上に結びついているためである。

「Orange Money」が実際に使われる様子は、下記のビデオで紹介されている。

  1. ちなみに筆者が在住していたイタリアですら銀行送金やお金の受け取りは、ネットバンキングを使わずに銀行で頼むと、一日がかりの大仕事であった。担当者が常に不在(食事に行っているかコーヒーを飲んでいるか話している)で長蛇の列であるばかりではなく、停電でシステムが止まったり、送金先を間違えてお金が消えるためである。まさに、セネガル同等の悪夢であった。イタリアにもこのような便利なペイメントソリューションがあれば、と思う。

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5. 研究開発拠点を現地に立地

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(cc) Image by Francesco Gasparetti

またOrangeは、中東およびアフリカ市場の有望性に注目し、2008年に末には、エジプトのカイロに、Orange Labと呼ばれる研究所を設立している。Orangeはこの研究所に60名の研究員を配置し、ネットワーク、アプリケーション、「Orange Money」に代表される金融サービスの研究を実施している(参照)。

Orangeは、「エジプトに研究所をおく重要性は、新興地域であるアフリカと中東に近いため、ビジネス展開する上でとても有利である。また、現地の空気を感じながら、現地のユーザー向けのサービスを開発していく点にある」と語っている。「Orange Money」のような消費者向けソリューションは、現地の生活や風俗、通信環境を十分理解した上でなければ、開発が難しい。様々な新興国で実際にビジネスを展開してきたOrangeらしい発言であるといえるだろう。

もちろん、これら地域への最新デバイスの投入も忘れていない。Appleとの提携により、OrangeはiPhoneをオーストリア、ベルギーといった西欧各国だけではなく、ドミニカ、エジプト、ヨルダン、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、そしてアフリカ各国で提供しているのである。

6. 4G/LTE展開には慎重なOrange

4G/LTE戦略に本格的に取り込んでいるVerizon Wireless 、VodafoneやNTTドコモに比べ、Orangeの動きはやや慎重になっている。今年5月にドイツのベルリンで開催された「LTE World Summit」(LTEワールドサミット)では、「LETの展開はまだ先になる」と発表している。

同社が取り組みに時間をかけるとしている第一の理由は、「技術的な問題点」に関する懸念である。3Gサービスを開始した際に、欧州の他の携帯電話キャリア同様、周波数帯域の獲得と、先を急いだサービスの展開で、莫大な先行投資が発生した。それにもかかわらず、3Gは思ったほど優れた技術ではなかった。スピードは思った以上に遅く、トラブルが多発した。

Orangeは、サービスとしては失敗とみなされた3Gの失敗を、LTEでは繰り返したくないと考えているのである。これは、ドイツでのサービス展開では先行しているものの、3Gの失敗を、LTEでは繰り返したくないを考えているVodafoneと同じである。

同サミットでは、同社は、技術的な問題以外にも、音声通話のサービスへの対応状況、バックホールネットワークへの負荷、知的所有権、技術標準化の不備、さらに、電波帯域の不足が懸念点であるとしており、この中でも、特に、LTEではバックホールネットワークへの負荷が懸念されている。T-Mobileの通信ネットワーク開発バイスプレジデントあるKlaus-Juergen Krathは「3Gで現在体験しているバックホールネットワークへの負荷が、LTEでは増大するので注意が必要だ」としている(参照)。

LTE の提供にあたり、Orangeはフォールバック・サーキットスイッチ技術を使用していきたいと考えている模様である。

Orangeの親会社であるFrance Telecomの前CTOであるMarc Fossier氏は「2G/3G フォールバック技術は最適な選択ではないかもしれないが、便利だと思う。またLTEサービスを提供する場合、当初はデータ通信サービスのみの提供になる」としている(参照)。

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7. 2011年以降のLTEサービス開始に向けた布石は東欧圏にも及ぶ

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(cc) Image by Guttorm Flatabø

Orangeに限らず、北米に比べると、北欧を除く欧州でLTEサービスの開始がやや遅れているのは、地上派アナログ放送のデジタル放送への切り替えで空く2.6GHz帯と800MHz帯のオークションを、携帯電話キャリアが待っているためである。

例えば、フランスの通信事業者規制機関である電子通信・郵便規制機関であるARCEPは、今年7月27日に2.6GHz帯と800MHz帯のオークションに関するコンサルテーションを開始し、9月13日を締め切りとしている(参照[PDF])。
イギリスにおける同帯域のオークションは、今のところ2011年の第3四半期頃になると見られている(参照)。

2.6GHz帯と800MHz帯の代わりに、900MHz帯もしくは1800MHz帯を使用する方法もあるが、Orangeはこれら帯域を使用してLTEサービスを提供する意図は今のところなく、2.6GHzに的を絞って展開していく方向である。

商用サービスの開始までは他のキャリアよりは時間がかかりそうだが、Orangeは他の携帯電話キャリア同様、欧州各地で4G/LTEの実証実験を実施している。

本年2月には、本国フランスで2.6 GHz帯を使用した実証実験の第1フェーズを終了した。この実験では、Alcatel-Lucentが提供するソリューションを使用している。

また、Orangeは他のキャリアに先駆けて東欧新興国での実験を実施している点に注目したい。

2010年2月と7月には、ルーマニアとウクライナに近い東欧のモルドバ共和国にあるOrange Moldovaが、モルドバの首都であるキシナウ市にて、公開実験を実施している。この実験には、LTE用ソリューションを提供するAlcatel-Lucent、Orangeの研究所であるOrange Labs、モルドバの通信監督官庁であるAnrceti、さらにモルドバ通信省が協力した。Orange Moldovaの店頭で一般公開されて実施された実験は成功に終わり、100MBpsでサービスを提供した。

Orangeは同国では1998年からVoxtelの元で携帯電話サービスを提供しており、2009年後半からは3.5Gサービスを提供している。同国では携帯電話普及率が78%であり、今後も期待される市場であると見られている。Orangeが同国で実験を実施したのは、新興国もターゲットに入れたOrangeの顧客拡大戦略の現れであるといえよう。今後も注目したい点である。

Orangeは、他の携帯キャリアに比べてややスピードは遅い物の、LTEの導入に向けて、インフラの拡張にも取り組んでいる。今年7月には、今後2年間に渡り、オーストリアにて4G/LTE向けのインフラ拡張に取り組んでいくと発表している。拡張にはEricssonの技術を使用し、都市部だけではなく郊外もカバーされる。従来に比べ40%の熱効率の高いインフラになる見込みであり、環境にも配慮した拡張を実施する予定である(参照)。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。