WirelessWire News Technology to implement the future

by Category

ICT各分野の専門家が発表『大震災と情報通信:果たした役割と未来』・前編

2011.08.02

Updated by Yuko Nonoshita on August 2, 2011, 09:00 am JST

東日本大震災でICTが果たした役割について様々な分析が行われており、それらに関連する発表会も多数開催されている。ここでは、7月28日にアルカディア市ヶ谷で開催された、情報通信政策フォーラム(ICPF)主催、電子行政研究会共催によるシンポジウム『大震災と情報通信:果たした役割と未来』を紹介する。前半では主に震災時に活用された情報技術の解説とそれらを運用する際に生じた問題などについて、各専門家が技術的な解説を交えながら紹介した。

ちなみに情報通信政策フォーラム(ICPF)とは、情報通信政策について民間企業や専門家、研究者が議論を行い、政府に提言を行うことを目的に設立されたNPO法人で、情報通信の競争力やプライバシー問題など国の戦略に関する話題や、電子書籍や検索、情報メディアなど注目を集める情報技術などをテーマに、シンポジウムやセミナーを定期的に開催するといった活動を行っている。

大規模災害時の衛星活用には可搬性の高い地上設備が有効

ICPF理事長から開会のあいさつが行われた後、さっそく宇宙航空研究開発機構(JAXA)国際部の辻野照久氏より「東日本大震災における衛星の活用と今後の展望」と題した話が行われた。今回の震災では、地震の影響を受けない宇宙インフラ=通信衛星を利用したインターネット接続が発災直後から行われ、その利用価値が改めて見直される機会になった。利用された通信衛星は、JAXAの超高速インターネット衛星「きずな(WINDS)」と技術試験衛星「きく8号(ETS-VIII)」、スカパーJSAT社の「JCAST」および「SUPERbird」、NTTドコモ社の「N-Star c」「N-Star d(=JCAST-9)」、米国イリジウム社の5つで、高度780kmの極軌道を周回する「iridium」以外は全て静止衛星である。

▼岩手県における超高速インターネット衛星「きずな」の活用例
201108020900-1.jpg

「きずな」は岩手県からの要請に基づいて、県庁と釜石市を結ぶ回線を3月20日から提供しており、県の災害対策本部とハイビジョンテレビ会議による情報共有や、IP電話、安否情報の発信などを、筑波宇宙センターを基地局としたインターネット接続を行って活用した。県では緊急時に衛星通信を利用する体制は整えていたものの設備が被災してしまったため、NICTが現地へ直接車で道無き道を走って届けたという。また、「きく8号」は文部科学省の依頼により、岩手県大船渡市・大槌町、宮城県女川町に対し、こちらも筑波宇宙センターを基地局にインターネット接続を3月24日から5月12日まで提供した。現地では持ち運びや設置が容易な通信端末を利用したが、被災規模が大きい場合はフットワークのある設備が有効であることが実証された。

NTTドコモは地上の回線や基地局が被災したため、現地に移動基地局車を配備し自前の衛星を使って接続を行った他、避難所へ衛星電話の提供を行った。他の携帯電話キャリアは衛星を持っていないため、スカパーJSAT社の衛星を利用している。宮城県石巻市では震災後に「iridium」を手配したが、余震が続いて通信回線の利用が不安定な時に利用できたそうだ。また、通信衛星以外では、陸域観測技術衛星の「だいち」の映像を津波浸水域の推移のモニタリングなどに活用したり、舶会社に提供して衝突防止に務めたりしている。衛星の場合、GPSよりも面での情報が提供できるため近く移動の測定などにも役立てられている。

===

災害に強かった宇宙インフラ

また、辻野氏は海外での人工衛星戦略についても詳しく、海外からどのような支援協力があったかについても紹介された。今回は外国の衛星だけで20機以上が日本の状況を撮影しており、被害状況の分析などに役立てられている。たとえば、災害が起きた時にお互いに画像を融通しあう「国際災害チャータ」があり、この場合商業衛星の画像も無料で提供され、デジタルグローブ社が福島第一原子力発電所の上空写真を提供している。また「センチネルアジア」では台湾、タイ、インドなどアジア諸国が打ち上げた衛星からのデータを提供し合うようになっている。これらの相互利用は、情報提供する側にとっては貴重な経験になっており、欧州では過去最大の寄与になったと自己評価しているそうだ。

通信、高高度画像映像以外では航行測位衛星=GPSの活用もあり、米国のGPSは様々な場面で貢献した。ただしデータとしては完璧ではなく、日本の準天頂衛星初号機「みちびき」の活用が急がれている。1号機は昨年打ち上げられたがまだ実証段階で、測位アプリケーションの普及も遅れている。1機につき日本上空の滞在時間が8時間なので、災害時も含めて有効活用するには合計3機が必要となり、そうなれば行方不明者の捜索やマンナビゲーションなど活用方法も拡がる。

いずれにしても通信衛星は商用利用が可能で、平時はもちろん災害利用にも役立つことが証明されたといえる。他の人工衛星も含めた運用の継続が重要で、運用を停止した「だいち」の次号機打ち上げ、「みちびき」の整備などを進めるためにも、宇宙インフラは災害に強いという認識を持ってほしい、というコメントで発表は締めくくられた。

▼人工衛星のデータは震災後、津波で大量に発生した海上浮遊物の情報提供も可能にしている
201108020900-2.jpg

===

ロバスト性・スケーラビリティ・オープンネスが鍵に

次に科学技術政策研究所・科学技術同行研究センターの市口恒雄氏からは「大震災と情報通信技術:ネットの果たした役割と未来」と題して、震災で人々はどのようなメディアや手段を使って情報を得たのかが紹介された。発災直後は被災地以外も含めて電話回線が利用しにくくなり、インターネットが主な手段として利用された。約6000あるノードのうちダウンしたのは100だけで、海底光通信ケーブルもループ状の配置されたロバスト性が高い仕様になっていたため、日本より香港、アジアが米国とつながらない被害が出ていた。電話基地局も数千単位で被災したが、3日で半分以上、約10日で3/4以上が回復している。

▼震災当日に電話網とインターネット網が利用できた状況を市口氏が独自にまとめたもの
201108020900-3.jpg

▼携帯電話各社の復旧状況をまとめたもの
201108020900-4.jpg

被災地でも衛星電話の無料貸出しや、衛星アンテナとフェムトセルを組み合わせた臨時基地局の設置などが行われた。国内の衛星電話商用サービスのワイドスターを利用した接続では、2つの静止衛星と2つの地球局をつないでリスク分散している。ただし、こうした運用も将来的に普及すれば、電話回線同様の輻輳が起こる可能性はあり、そうした状況も含めた緊急時の通信手段の確保を検討する必要があるとしている。

連絡手段として注目を集めたのがツイッターやフェイスブックなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)である。首相官邸も利用し、ツイッターの日本の窓口で地震関連のハッシュタグ利用の呼びかけも行われ、その結果、ボランティアや多くの人が利用できるオープンな通信手段/サービスとなった。特にSNSでは利用負荷に対してもサーバーを拡張するなど常時から備えができており、ツイッターは発災直後に利用者が1.8倍になっても使い続けることができた。さらに「都内避難場所リアルタイムマップ」のようにGoogleマップ上に情報をマッシュアップしてツイッターで拡散するといった利用もあった。同様のマップはヤフーでも公開されていたが、自由な書き込みができなかったことで両者の利用に差が出たという。

オープンな利用で注目されたものに、Googleのパーソンファインダーがある。最初は避難者自身や現地のボランティアが対応していたが、Googleが入力ボランティアを募集し、3300名以上の在宅ボランティアで9割の対応が行われた。さらにそこに新聞やNHKの情報が加わり、登録情報は622,300件にものぼった。市口氏は数万人の安否情報はマスメディアでは伝えられないが、インターネットでは可能だったことが利用を加速したと分析。さらに今回は、ロバスト性、スケーラビリティ、オープンネスの3つを兼ね備えた技術やサービスが有効であったとしている。

===

非常時だからこそ求められるアクセシビリティ

災害時においてはとにかくネットワークに接続することも大切だが、つながった後の情報提供の方法も大きな課題となった。ICPF理事長を務める東洋大学の山田肇氏から「大震災と情報通信:ウェブの果たした役割と未来」という題で、ウェブのアクセシビリティについての対応が紹介された。災害時の情報収集手段としてネットに注目が集まった結果、見えてきた不具合として、文字サイズが変えられない、読み上げソフトが使えないといった問題を上げている。他にも東京電力が発表資料に対して問い合わせ先の掲載が電話番号だけで、中途失聴者から抗議をうけてからFAXを追加したといった話もあった。

日本語以外の対応もどうするかといった課題がある。仙台市のサイトは被災直後からアクセスできたが、英語サイトは国際交流協会が記者発表の英訳だけ掲載して、タグも何もない状態だったため外国人が情報にアクセスする手段がなかった。緊急時は徹底的に情報を伝える仕組みが必要だが、平時から備えるのは難しく、また、自治体の情報発信はボランティアでは対応が難しいものも少なくないので、ある程度勝手がわかっている自治体同士での相互協力体制を整えるほうが有効だと山田氏は指摘する。

また、行政や企業のウェブサイトは、本来ならば平時からアクセシビリティ対応が必要になるが、なかなか対応できていないのが実情である。それに対し山田氏が06年に出版した「みんなの命を救うー災害と情報アクセシビリティ」という著書を、NTT出版の協力を得てPDF版を無償公開している。多様な被災者カテゴリーについての部関や対応方法も紹介されており、多くの人に活用してほしいとしている。

▼被災者といっても状況によって多様なカテゴリーに分類される
201108020900-5.jpg

【関連URL】
情報通信政策フォーラム(ICPF)
地震関連のハッシュタグ利用の呼びかけ(Twitterブログ)
「みんなの命を救う - 災害と情報アクセシビリティ」NTT出版 無料PDF版

WirelessWire Weekly

おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)

登録はこちら

野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。