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ICカードと専用端末で救急救命を15分以上短縮する情報システム「GEMITS」

2012.07.26

Updated by Yuko Nonoshita on July 26, 2012, 17:00 pm JST

医療関連機器や看護、介護、福祉などに関する機器や技術、サービスを紹介するイベント「国際モダンホスピタルショウ2012」が7月18日から20日までの3日間、東京ビッグサイトで開催された。東日本大震災以降、医療現場にICTを取り入れようとする動きは加速しており、展示会場では、電子カルテや医療データクラウド、看護、介護情報システムなどの展示や、デジタル系イベントで見かけるようなメーカーや企業のブースが数多く出展されており、来場者の関心も高まっているように見えた。その他、ICTをテーマにしたセミナーも開催されており、ここでは、「最適な救急医療提供を支えるICT活用」と題したセッションを紹介する。

▼国際モダンホスピタルショウの展示会場は医療関係のイベントでありながら、ICT関連のメーカーやサービスが数多く出展していた。
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場所ではなく、人に届けるための情報システム

救急医療では発症やケガから1時間以内の"ゴールデンアワー"に治療を行うことが救命率を高めるため、搬送時間もさることながら、適切な診療が行える医療機関の質を判断することも大切になる。各病院の医療チームを資源として把握し、適切にマッチングするには、救急車で搬送する時点で患者の既往歴なども知っておかねばならず、ICTでなければ対応できない。そこで、救急災害医学分野を専門とする岐阜大学病院の小倉真治教授は、救急医療の全体最適化を支援する情報システム「GEMITS(ジェミッツ)」を考案。2年前から岐阜県で実証実験を行い、実用化に近付けている。

小倉教授は、県内の中山間面積が82%を占める岐阜県でドクターヘリの導入を進めてきた人物でもある。ベストセラー小説を映画化した「ジェネラルルージュの凱旋」の舞台にもなったほど、立派なドクターヘリの設備が整えられているが、ヘリは搬送時間を短くするのではなく、専門医を現地に送るのが目的であると言う。つまり、場所ではなく、人に医療を届けるためのものであり、そのためには搬送する側と受入れる側がトータルで救急体制を整えられるシステムを構築することが重要であるとしている。病院の情報を一局管理するというアイデアからスタートし、現在目指しているのが「どこでもMY病院」「シームレスな地域医療連携」の2つのテーマである。

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▼GEMITSのシステムの概要。患者が持ち歩くメディカカードと救急医療車に配備された専用の読み取りデバイス、医師が持ち歩くICカードの連携による情報共有で救命医療を支援する。
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必要な医療情報をセグメントして登録できる救急医療情報カード

患者がどこでも同じように医療を受けられるようになるに際して最も大事になるのは、患者自身が治療データを持っていることである。政府の規定では自分の治療データは自分で保管するとしているが、自分がどんな薬を飲んでいるかを知らない患者も少なくない。また、家族や周囲の人間が、そうした情報を正確に把握しているとも限らない。医療機関の横つながりも薄いため、救急搬送先で二重投薬になる例もしばしばあるという。とはいえ、普段から患者が医療データを紙で保存するのは難しいことから、デジタルでなおかつ適切なセキュリティで保管できるようにする必要がある。

具体的には、メディカカード(救急医療情報カード)と呼ばれるICカードに投薬や診療、既往歴といったデータを自分の意思で記載できるようにし、専用端末のみで読み込めるようにしている。タスポカードと同じMIFAIR規格を採用し、原稿用紙4枚分の情報が記録できる。県民の1100人が使用しているが、カードを紛失してもバックアップがあり、16桁の登録管理番号を全国共通にしようと呼びかけているところだ。すでに全国で5万人が共通コードを利用している。

メディカカードについては、国民総背番号制を懸念する声もあるが、一方で、カード所有者の2.5%が再度救急搬送され、中でも脳神経外科患者の再搬送率は11%を占めていることから、その実用性が証明されている。特に救急車を呼ぶような状況では自分の症状などを伝えることは難しいので、ICカードで的確に状況を伝えることで救命率を高めている。東日本大震災では患者情報が共有できないという問題が浮き彫りになってから、医療データをとりまくパラダイムが変わり、貯金と同じで人に見られたり、活用されるものであってはならないが、必要な情報を開示することで救命につながるという考えが浸透してきているという。もちろん、取り扱いは慎重であるべきだが、災害時は共有できるようにするなどのルール作りを、3つの学会で検討しているところでもある。

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30m離れた場所から医療機関に患者情報を送信

メディカカードの情報を読み取りできる専用端末は、防水防塵落下に強く、OSはAndroid2.2以上を想定し、3G回線で電話もかけられるというもの。やや大型のスマートフォンという感じで、機動性が求められる現場や、狭い救急車の中でも扱いやすい。デモによると、現場に駆けつけた救急救命士がまずメディカカードから患者の診療情報を読み取り、さらに、現場での症状や血圧などといった情報を入力し、その結果に合わせて搬送先の病院候補の一覧を表示、最終的に電話で搬送先の確認をとるというステップになる。

同時に、受け入れ側の医療機関の医師には、ICタグカードと呼ばれるカードサイズの端末を配布しており、病院内のセンサーで医師の位置情報が把握できるようになっている。受け入れ先の候補となった時に、適切な対応が出来る医師がいるかどうかはもちろん、現在、食堂にいる時は緑、手術室に入ると赤というように自動で状況がわかるので、搬送しても医師が休みだったり、手が放せず対応できなかった結果、次にたらい回しになるという問題が防げる。

メディカカードと専用端末で得られた患者情報は、30m離れたところから発信できるので、実験では、平均して15〜20分治療開始時間を早められるという結果が出ているという。本システムはドクターヘリにも搭載されており、将来的には救急医療以外の介護情報などとも連携し、より適切な診療ができることを目標としている。

▼岐阜県内で実証実験が進められているGEMITSは、将来的に全国の医療機関で共通して使える情報システムを目指している。
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新しい技術を取り込んで柔軟に進化できる医療システムを目指す

情報システムとしてはほぼ完成されているが、まだ課題として残っているのが自動化への取り組みである。将来的にGEMITSは、メディカカードを端末にかざすだけで、受け入れ先の判断などがある程度自動で行なわれるのを理想としているが、現時点では受け入れ先の判断はコーディネーターが間に入り、最終的に電話で確認するという状況になっている。技術的にはすでに一歩先を行っていて、6つの病院が同時にカンファレンスできる機能もあるので、そうした技術を使ってより搬送時間の短縮と適切化することが検討されている。

今まで医療分野の技術は、専門性や安全性を重視しすぎるあまり、高コストな上にバージョンアップできないといった問題があったが、それらについても震災以降状況が変わりつつある。GEMITSはバージョンアップを想定したシステムになっていて、端末なども市場に合わせて進化させたいとしている。こうして信頼性が得られた技術を他でも応用していくのももう一つの目標である。具体的には、目視しかできないため危険が伴うドクターヘリの位置情報を確認したり、搬送中に患者情報を衛星無線で発信できるシステムをJAXAと共同で開発するなどしている。衛星回線にしても送信データー容量が少ないため、常に次の手段がないか模索している。

GEMITSの開発の中心となっているGEMITSアライアンスパートナーズには、NTTデータや沖電気、ゼンリン、トヨタ自動車などが参加している。しかし、医療がますます高度化する中で対応できるシステムを開発していくには、さらに幅広い業界からの賛同が必要であり、アライアンスパートナーズの会長を務める小倉教授も、より多くの協力者を求めている。

【関連URL】
国際モダンホスピタルショウ2012
GEMITSアライアンスパートナーズ

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野々下 裕子(ののした・ゆうこ)

フリーランスライター。大阪のマーケティング会社勤務を経て独立。主にデジタル業界を中心に国内外イベント取材やインタビュー記事の執筆を行うほか、本の企画編集や執筆、マーケティング業務なども手掛ける。掲載媒体に「月刊journalism」「DIME」「CNET Japan」「WIRED Japan」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。