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ETWSは何を想定した仕様だったのか

2013.01.17

Updated by Asako Itagaki on January 17, 2013, 09:30 am JST

2012年12月、ソフトバンクのiPhone 5の一部で、緊急速報メールとしてauが配信しているゲーム情報やスポーツニュースなどが配信されるという不具合が発生した。auが自社ユーザー向けのコンテンツ配信に、緊急速報メールを配信するのに使用しているのと同じ「ETWS(Earthquake Tsunami Warning System)」方式を使用して同報しており、これを特定の条件下にあるソフトバンクのiPhone 5が受信し、警報として表示してしまったのだ。

abeta.jpgNTTドコモ
無線アクセス開発部 無線方式担当部長
無線ネットワーク方式担当部長
安部田貞行氏

緊急速報メールは地震や津波など、生命にかかわる情報を一斉に配信する仕組みであり、そこに関係のないコンテンツがたびたび配信されるようなことがあってはならない性質のものだ。通信事業者やユーザーなどさまざまな立場から、「ETWSを使用して緊急速報以外のコンテンツを配信することに問題がある」「効率よく情報を一斉同報できるETWSを通常時にもユーザーに対するサービスの仕組みとして使用することは、新たなサービスの提供を促進し、ユーザーの利益にもなるはずだ」といった議論が起こっている。

そもそもETWSという標準は国際的な標準化団体である3GPPで策定されたものである。建設的な議論のためには、前提として「ETWSはどのような目的で制定されたもので、緊急性のないメッセージの扱いについてはどのように取り決められていたのか」を知る必要がある。そこで、3GPPにETWSの標準化を提案し、標準策定にもたずさわったNTTドコモ無線アクセス開発部 無線方式担当部長兼無線ネットワーク方式担当部長 安部田貞行氏に、ETWSの仕様策定の経緯と仕様の問題点、また最新の動向について聞いた。

ETWS以前:「一斉配信」の仕様を拡張して実現していた緊急地震速報

NTTドコモ(以下ドコモ)が発行している「NTT DOCOMOテクニカルジャーナル」では、「次世代緊急地震速報の仕組み」としてETWSが紹介されている(PDF)。ETWSについて考えるとき、緊急地震速報は切り離せない関係にある。本題に入る前に、ETWS以前のドコモが配信していた緊急地震速報の仕組みを復習しておこう。

ドコモが緊急地震速報を配信していた「エリアメール」の仕組みは、もともとは3GPPで規定された「CBS(Cell Broadcast Service)」を拡張したものだった(現状でも一部の機種に対してはCBS方式を利用して緊急地震速報を配信している)。CBSとは、文字通り、基地局セルごとに、エリア内の端末に一斉配信するための手順を定めた標準である。

ではそのCBSはどのような経緯で3GPPの中で標準化されたのかといえば、元々は海外で行われていた、テレテクスト(テレビの電波に乗せて文字情報を配信するサービス)と同じサービスを携帯でも実施するために制定されたものだったという。安部田氏によれば、「実際に使われているところを見たわけではありませんが、交通情報などを配信するのに使われていたと聞いています」とのことだ。つまり、元々は、情報を効率よく同報するための手順として標準化されたのであり、特に緊急時に限定した使い方を前提としていたわけではなかった。

CBS方式を利用したドコモのエリアメールは、気象庁で作成された緊急地震速報電文を、気象庁と接続した同時配信装置(CBC)で受信し、内容を解析して配信先のエリアとメッセージ文を作成し、メッセージを配信すべきセルに情報を渡す。最終的にRNCでCBSメッセージが作成され、CBSの標準にのっとってセル配下の端末にメッセージが配信される。CBSの中には、「ブロードキャストするメッセージはどのようなメッセージなのか」を表す「メッセージID」という符号が設定されている。ここに「緊急度」を表すコードを挿入してCBSで送信し、受信した側の端末で特定の警報音やメッセージを表示する。

この中で、セルからメッセージを配信する部分以外、すなわち外部からCBCで情報を受け取り、緊急情報であると判断して優先して配信するネットワークの仕組みや、受信した端末が警報音やポップアップで通知する仕組みは、3GPPの標準には含まれない。つまり、「緊急地震速報対応」のために、ネットワーク側と端末側で対応する必要がある部分についてはドコモのエリアメール独自の仕様を加えることで、緊急事態に対応した速報システムとしての仕様を整えたのだ。
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「緊急情報」を配信するための標準として提案されたETWS

 2008年はじめ、ドコモは3GPPに対してETWSのワークアイテムの立ち上げ(仕様検討の開始)を提案し、了承された。

▼エリアメールとETWSの配信方式の概要(図版提供:NTTドコモ)
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当時、3GPPの警報システムでは、既にPWS(Public Warning System)という仕様が検討されていた。にもかかわらずETWSをドコモが提案した理由は2つある。

一つは、PWSのなかなか仕様が決まらないことだった。「Warning系のシステムの仕様なので、やはり各国政府が3GPPメンバーの通信事業者や端末ベンダーに対してさまざまな要望を出しており、全会一致を原則としている3GPPのディスカッションではなかなか結論が出ませんでした」(安部田氏)そしてもう一つの理由は、大多数の国でPWSの用途として想定されていたのが「近所に犯罪者が逃げ込んだ」「○km先に竜巻が発生しておりこちらに向かっている」といった情報の配信であり、ワーニングではあっても日本の緊急地震速報のように「1秒を争う」配信が必要なものとは性質が異なっていたことである。

ドコモとしては、LTEのサービス開始に合わせて、LTEでもエリアメールサービスを実施したいという事情もあった。また、既にエリアメールをサービスしている3Gでも、CBSを利用した従来の緊急地震速報の仕組みでは、メッセージ受信から第一報を端末が受信し鳴動するまでに6秒程度かかっていたので、第一報をもっと早く鳴らせるような仕様が課題となっていた。そこで、PWSのサブセットとして、「特に発報から第一報までの時間を短縮することが重要な緊急性の高い情報配信」を可能とする標準としてETWSを提案したという流れである。

1年半ほどの議論を経て、ETWSは2009年6月に発表された3GPP Release 8の標準仕様として承認された。

▼ETWSの標準化スケジュールとサポート企業。SAはサービスアーキテクチャ(コアネットワークの要求仕様概要)、CTはコアターミナル(端末とネットワークのインターフェイス)を指す。KDDIは途中から3GPPに参加したため、標準化への参加も途中からとなっている。(図版提供:NTTドコモ)
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現時点でETWSを利用したサービスを提供しているのは「おそらく日本のキャリアだけ」(安部田氏)という。ちなみに、PWSも次の標準である3GPP Releease 9で承認されている。米国のキャリアは、PWSのサブセットとして同じくRelease 9で承認されたCMAS(Commercial Mobile Alert System)という標準で緊急速報サービスを提供している。

なお、そもそものCBSが目的としていた「一斉配信」のための標準として、Release 9でMBMS(Multimedia Broadcast Multicast Service)が承認されている。しかし、「海外を含め、実際に使用されている例はおそらくないのではないか」(安部田氏)とのことだ。
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「その他」の定義と3社合意の内容

KDDIとソフトバンクモバイル(以下SBM)の説明によれば、今回の「auのETWSを使ったニュース配信サービスをソフトバンクのiPhone 5が緊急速報として表示した」という事象は、「ソフトバンクのiPhone 5が、ソフトバンクのLTEエリア外にいて、かつauのLTEエリア内にいる時」に発生した(下図参照)。

▼今回発生した事象。ソフトバンクの端末がソフトバンクの圏外にいて、かつauの圏内にいるときにのみ発生した。
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これは、「自ネットワークの圏外にいる場合、他のキャリアの電波が受信できれば受信する」というETWSの仕様により発生し得る状況である。「緊急情報なのですから、他のオペレーターの端末がエリア外の状況にあれば、その端末にも情報は届けることが望ましいという判断で、そのような仕様となっています」と安部田氏は語る。つまり、この挙動自体は、本来、ETWSの仕様で意図されたものだ。

今回の事象で筆者が疑問を感じており、また多くのユーザーが指摘したのが、「auのETWSを利用したコンテンツ配信サービスは目的外利用にあたるのか」言い換えれば、「ETWSは、緊急速報以外の情報の配信を想定しているのか」という点だ。安部田氏によれば、「ETWSは緊急性の高い速報を配信することを意識して提案したが、標準には緊急速報以外の情報を配信してはいけないとは明記されていなかった」という。

ETWSで送信されるメッセージの種別は、CBSと同様、メッセージIDで区別される。ETWSの標準には緊急通信のメッセージIDとして、「地震」「津波」「地震+津波」「テスト」「その他」の5種類が標準として定義されている。「日本で緊急速報として通知しなくてはいけない情報としては地震と津波があるが、それ以外にも緊急に通知すべき情報が存在する可能性はあるので、その他という項目も定義しました。したがって、ETWSのメッセージIDとして定義されている『その他』というのは、『その他の緊急情報』という意味になります」(安部田氏)。

しかし、ETWSのメッセージID空間自体は広いので、緊急情報として定義されている5つのメッセージID以外に運用するキャリアが自由に用途を定義して使うことができるID空間がある。 2012年夏にドコモのXi端末で同様の事象が発生したときに、ドコモ、KDDI、ソフトバンクモバイル(以下SBM)の3社は、この「キャリアが自由に用途を定義できるメッセージID」について、どの社がどれを使うかを割り当てる運用をすることで合意していた。

つまり、よく言われている「仕様で定められた『その他』の情報を配信できるようにするために互いに符号を割り当てていた」というのは紛らわしい表現で、正確に表現すれば「『緊急情報として仕様で定められている情報』以外の情報も配信するために、運用するキャリアが自由に用途を定義して使うことができるID空間のIDを割り当て、各社が使用していた」ということになる。

筆者の理解では、上記の前提の元で今回のような事象が発生する理由としては、以下の(A)(B)のいずれかのケースが考えられる。

(A)auが誤って自社に割り当てられているメッセージIDとは異なるIDでコンテンツを配信し、それを受信したソフトバンクのiPhone 5が緊急情報として表示した
(B)auは正しいメッセージIDで配信したが、auのメッセージIDを受信したソフトバンクのiPhone 5で表示されてしまった

既に対策として、SBMからは「来春までに警告を表示しないよう端末の仕様を対応する」、KDDIからは「SBMの対応が完了するまで一部コンテンツの配信を見合わせる」という発表があったので、おそらく実際には(B)が今回の事象の原因ではないかと推測する。

また、この「メッセージIDにより他社のメッセージ表示を回避する」という方法でもう一つ問題となるのが、国際ローミングなどで入ってくる端末だ。3社のメッセージIDの割り当ての取り決めは当然、3社が提供する端末にしか反映されないので、ETWSに対応した国際ローミング端末や、海外から輸入したSIMフリー端末などでも、今回ソフトバンクのiPhone 5で発生した事象と同様に、緊急速報ではない情報を緊急速報としてアラートを表示する可能性があった。
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すでにETWSの仕様は改善されていた

ここまでみてきたとおり、今回の事象は、ETWSで扱うとも扱わないとも規定されていなかった種類のメッセージの取り扱いについて、日本の3キャリアが合意した取り決めの上で生じた事態であるが、実は既に2012年10月、「緊急情報以外のメッセージIDの取り扱い」を定めるように、ETWSの標準仕様書が変更されている。変更後の標準仕様書では、メッセージIDの中でも、当初の仕様で定義されていた5つを「緊急ID」として定義し、「メッセージIDが緊急IDの場合は、自社圏外時であれば他社ネットワークからのメッセージでも受信し、それ以外のIDであれば他社からのメッセージは(受信しても)表示しない」としている。

「元々のETWSの仕様では、すべてのIDをキャリアに関係なく受信するようになっていたのに対して、新しい仕様では固定的に決まっている5つのメッセージを受けた時だけ、自社圏外でも受信すると変更されています」(安部田氏)すなわち、自社圏外でも受信する「緊急速報」の種類を明確にすることで、逆に当初の仕様では明示されていなかった「緊急速報以外のメッセージ」の扱いについても規定しているのだ。

ただし、新しい仕様に対応したエリアメールサービスの展開には、ネットワーク側の変更だけでなく、端末がメッセージIDによる挙動の制御に対応する必要があり、「実際にいつ、どの端末が対応できるのかはそれぞれの端末メーカーに確認する必要があり、いちがいには言えません」(安部田氏)とのことだ。

海外からのローミング端末についても、新しい仕様であれば、「緊急速報」についてはどこのキャリアの電波であっても受信すれば表示はするので、ETWSに対応した端末であれば利用できるようになる。また、各キャリア独自のニュースやコンテンツ配信については、ローミング端末では受信しない。

まとめると、ETWSは本来、その成り立ちからして、緊急時の警報を、ユーザーに迅速に知らせることを第一の目的とした仕様であり、その目的に照らすと、地震発生という緊急時に、キャリアの枠を超えて緊急地震速報を受信することがあるべき姿であるとして仕様が定められていた。しかし、明示的に「緊急速報以外の情報」の送信を禁止しておらず、その運用についてはキャリアの裁量で行う余地があった。そのため、日本のキャリアは、独自のメッセージIDを使用することで、それぞれのキャリアごとにユーザー向けのサービスを展開できるよう協定を行っていた。

一方、改定後のETWSの標準仕様書は、その本質をそこなわず、なおかつ、同じ仕組みをキャリアが自社ユーザー向けの緊急ではない情報の一斉配信に使えるように拡張されている。平常時には各社がそれぞれ自社ユーザー向けに利便性を高めるサービスを提供し、緊急時の警報はキャリアの枠を超えて情報を配信するという運用が可能になる。対応端末の普及により、早い時期により多くのユーザーがあるべき姿でのサービスを享受できるようになることを望みたい。

【参照情報】
緊急情報の同報配信サービスの開発(NTT DOCOMO テクニカルジャーナル Vol.15 No.4)[PDF] 
次世代ネットワークにおける緊急情報の同時配信高度化(NTT DOCOMO テクニカルジャーナル Vol.17 No.3)[PDF]
緊急速報メール受信時の一部事象について(ソフトバンクモバイル)
速報コンテンツの一部配信停止について(KDDI)

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板垣 朝子(いたがき・あさこ)

WirelessWire News編集委員。独立系SIerにてシステムコンサルティングに従事した後、1995年から情報通信分野を中心にフリーで執筆活動を行う。2010年4月から2017年9月までWirelessWire News編集長。「人と組織と社会の関係を創造的に破壊し、再構築する」ヒト・モノ・コトをつなぐために、自身のメディアOrgannova (https://organnova.jp)を立ち上げる。