前回やたらと長い文章になってしまったので、次は軽い話題を――と思っていたら、ワタシが15年来のファンであるイギリスのコメディグループのモンティ・パイソンが再結成とのことで、この話題に飛びつくことにしました。
個人的には、解散宣言をしていたわけでもなく、結成20周年に始まり、30周年、40周年とメンバーが出演する記念番組が何かしら作られてきたわけで「再結成」という表現には抵抗があるのですが、来年7月に一日だけ行うという Monty Python Live (mostly) が、グループとしての本格的な活動としておよそ30年ぶりなのは確かです。
過去一度「再結成」に近づいた30周年記念のときならまだしも、それから15年経つ、メンバーも全員70代に入った来年にショーをやるといっても大して期待はできないし、映画監督のエドガー・ライトも「年輩のアメリカ人が『自分もイギリスのコメディーは知ってる』と言いながら引き合いに出すのがモンティ・パイソンなのにうんざりする」てなことを言ってましたが、とっくにエスタブリッシュメントになったご老体に今更先鋭的な笑いを望むほどお笑い業界も人材不足ではなかろうよ――などと斜めに構えてはみるものの、ファンとして嬉しいのは間違いありません。
パイソンズの記者会見のハイライトを見て、終始人を食った態度の爺さんたちにひとまず安堵したものですが、さすがに2万枚のチケットがわずか43.5秒で完売し、5日連続公演をやることになったというニュースには驚きました。1969年の結成以来、テレビシリーズ「空飛ぶモンティ・パイソン(Monty Python's Flying Circus)」と5本の映画を生んだコメディ界の伝説は健在だったということでしょう。
今回はモンティ・パイソンの代表的なスケッチ(コント)、それも英語が分からなくても大体楽しめるものを紹介して、パイソニアンであるワタシの高まる期待と不安を鎮めたいと思います。
モンティ・パイソンは6人組のグループですが、言葉の応酬や言葉遊びを多用しロジカルな笑いを追求するケンブリッジ組のグレアム・チャップマン(1989年死去)、ジョン・クリーズ、エリック・アイドルと、視覚的な面白さを重視するオックスフォード組のテリー・ジョーンズとマイケル・ペイリンに笑いのタイプを分けることができ、残る一人で唯一のアメリカ人にして主にアニメーションを担当したテリー・ギリアムは気質的にはオックスフォード組のほうが近いと言えます。
英語が分からなくても楽しめるとなるとオックスフォード組のほうが適しているように思えますが、まずは軽いところで「魚のビンタダンス(The Fish-Slapping Dance)」をどうぞ。
パイソン結成30周年記念番組「パイソン・ナイト」においてマイケル・ペイリンがテレビ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」でロケを行った場所を再訪する企画があり、この「魚のビンタダンス」で自身が叩き落される高さを見て、「頭おかしいんじゃないか」と過去の自分に呆れていたのが印象的でした。このスケッチはマイケルが一番好きなスケッチですが、ジョン・クリーズの一撃はホントに痛かったそうです。
余談ですが、このロケ地再訪の旅でマイケルが地図代わりに参照するのが、なぜか日本で出た本家公認公式解説本『モンティ・パイソン大全』なのは日本のパイソニアンの間で語り草になっています。
ついでにもう一本、ドイツ版 Flying Circus から「ウィリアム・テル」をどうぞ。
その後反復されることとなる笑いのパターンの原型ですね。
さて、ケンブリッジ組も身体の動きで見せるスケッチをいくつも作っており、もっとも有名なのはジョン・クリーズの「バカ歩き省(The Ministry of Silly Walks)」スケッチでしょうか。
ただ、こうして単独でバカ歩きだけ見て笑えるかというと難しいところで、自分がこのスケッチに大笑いしたのは、このスケッチに至る「空飛ぶモンティ・パイソン」の第2シーズンエピソード1の構成が優れており、ここにいたるまでに十分「身体が温まっていた」からだと思い至るわけです。
ですので、モンティ・パイソンに興味があるが、何から手をつけていいか分からないという方は、「空飛ぶモンティ・パイソン」において最高傑作とされる第2シーズンの前半が収録された『空飛ぶモンティ・パイソン Vol.3』をお勧めします。
逆にいうと、「バカ歩き省」に加え、「スペイン宗教裁判(The Spanish Inquisition)」、「建築家スケッチ(Architects Sketch)」に始まるフリーメイソンいじり(日本語字幕付動画)など見所はつきませんが、逆にいうとこれをみて面白さを感じないなら、あなたはモンティ・パイソンと相性が悪いということで、パイソンのことなど忘れてしまうのがよいでしょう(当たり前ですが、それであなたは人生を何も損してなどいませんから!)。
「空飛ぶモンティ・パイソン」はスケッチ単体でなく、約30分のエピソード全体を見るのが一番楽しめるというのは、同じくパイソンのスケッチで最も有名で、スパムメールの語源とされることで IT 方面にもなじみがある「スパムSpam」にもいえます。
このスケッチの後半に登場するジョン・クリーズのキャラクターは、このエピソードの前半に登場する「ハンガリー人の下品な英会話本」スケッチを見てないと意味が分からないし、この動画の後にいったん別のスケッチに移ったようにみせかけてまたスパム食堂に戻ってエンドクレジットという構成など、「空飛ぶモンティ・パイソン」は反復されるスケッチの構成の妙が魅力なんですね。
パイソンはスケッチ単体では楽しめない――という方向に話がいくとこの文章の試み自体無駄という話になるので趣向を変え、英語は分からんでも音楽なら楽しめるだろうということで彼らの代表曲を紹介します。映画『ライフ・オブ・ブライアン』における、「人生なんて所詮こんなもんやし、笑わな損やで」みたいな諦念まみれの、しかし感動的と言ってもいいほどの暖かなヒューマニティー。の両者は、かけ離れたものであるだけに普通は同時には表現できないものであり、うっかりその両方に足をかけてしまえばだいたいどっちかに転げ落ちてしまうか、或いは、お股が裂けて二度と使いものにならなくなっちゃうかのどっちかなのだが、見事にそのアクロバットに成功している奇跡的な例であるラストに流れる "Always Look on the Bright Side of Life" をどうぞ。
ワタシは性格が暗いので、この曲の "Life's a piece of shit, when you look at it. Life's a laugh and death's a joke, it's true" という歌詞を愛するのですが、パイソンの映画で唯一吹替版を最初観たため、このラストでは自動的に故広川太一郎さん の名調子が脳内再生され、泣いてしまいます。
フォークランド紛争で撃墜され沈没する英海軍の駆逐艦の乗組員たちが救援を待つ間にこの歌を合唱したという逸話があり、90年代はじめにはサッカーファンのアンセムになってることをゲイリー・リネカーに教えられたエリック・アイドルがこの曲をシングルとして再発したら大ヒット、日本でも21世紀に入って野茂英雄や小野伸二も出演するナイキの CM で使われましたし、2012年のロンドンオリンピックの閉会式におけるエリックの雄姿が NHK の実況にシカトされていたのは記憶に新しいところです。
エリック・アイドルはボンゾ・ドッグ・バンドのニール・イネスと組んだビートルズのパロディバンド The Rutles での仕事も有名ですが、パイソンでも優れた楽曲をいくつも書いており、2005年には映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』を主なネタ元とするミュージカル『スパマロット』を大成功させます。
パイソンズの歌をもう1曲。『モンティ・パイソン ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル』より、"Sit on My Face" をどうぞ。
この曲に聞き覚えがある方もいるでしょう。これはキムタクが出演するコーヒーの CM に使われたことがある1930年代のポピュラーソング "Sing as We Go" の替え歌で、歌詞の内容はずばりシックスナイン賛歌です。
2001年に死去したジョージ・ハリスン(題材に映画会社がビビッて逃げたため製作が頓挫しかけた『ライフ・オブ・ブライアン』をプロデューサーとして救い、同作にカメオ出演もしている)を偲び翌年に開催された「コンサート・フォー・ジョージ」において、エリック・アイドル、テリー・ギリアム、テリー・ジョーンズ、そしてニール・イネスの4人がこの曲を再演したのですが、ケツの露出度をあげていて恐るべき爺さんたちだと呆れたものです。
次はカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した映画『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』より、避妊ができないためにぽこぽこ子供を作った挙句、生活苦のため子供たちをまとめて化学工場に売り渡す貧民家族が歌うローマカトリック賛歌 "Every Sperm Is Sacred" をどうぞ。
「ザーメンは自ら助くる者を助く」という字幕にバカ笑いしながらも段々といたいけな子供たちに何と言う歌詞を歌わせるんやと怖くなってくる映画史上に残るミュージカル場面の一つですね。
上述の通り『人生狂騒曲』はグループとしての最後の作品で、『ホーリー・グレイル』や『ライフ・オブ・ブライアン』のようなストーリーの一貫性がなく散漫と言われますが、個人的にはモンティ・パイソン初体験が15年前のある深夜にテレビでやってたこの映画なので思い入れがあるので、続けてこの映画から「臓器移植」スケッチをどうぞ。
今では『未来世紀ブラジル』、『フィッシャー・キング』、『12モンキーズ』の監督として知られるテリー・ギリアムがとんでもない目にあってますが、その身体を切り刻むグレアム・チャップマンは現実の医師でもあったりします。
そして最後に絶対食事時には見てはいけない「クレオソート氏(Mr Creosote)」スケッチをどうぞ。
何かにつけてフランス人をこき下ろすのもパイソンのお家芸ですが、クレオソート氏を演じているのは、この映画の監督でもあるテリー・ジョーンズです。上の動画も相当ですが、実はこの後からが本番なので、興味ある方は映画をレンタルください。
あとおまけですが、今年亡くなったマーガレット・サッチャーが、モンティ・パイソンの中でおそらく一番有名なスケッチである「死んだオウム(Dead Parrot)」(オリジナル)ネタをかます非常に貴重な映像があります。
これは当時自由民主党(もちろんイギリスの)がマスコットにオウムを選んだことを皮肉っており、"This is an ex-parrot" と言っただけで会場バカ受けですが、その後もサッチャーはジョン・クリーズにも劣らぬ見事な deadpan(すまし顔)でジョンの台詞を続けた挙句、やはりジョン演じるアナウンサーの決め台詞 "And Now for Something Completely Different" で見事に締めくくっていますが、首相としてほぼ最後あたりのスピーチがこれだったというのも趣き深いものを感じます。
最後に一つ書いておきますが、ワタシはブログで YouTube の動画を紹介する場合、できるだけ公式的なアカウントで公開されている動画を選ぶよう心がけています。今回もモンティ・パイソンの公式 YouTube チャンネルからほとんどを選んでいますが、いくつかそれ以外からも選んでいます。
それを今回自分に許したのは、パイソンが公式 YouTube チャンネルを公開して DVD の売り上げが23,000%伸びたというニュースを受けて書かれた Rauru Blog の「コンテンツ格差」という文章を思い出したというのがあります。
言い訳でもありますが、これだけ動画をはって代表的なスケッチを見てもらっても、作品全体としてみたほうがずっと面白いのが分かっているので安心して紹介できます(実際、今回の再結成を契機に彼らのディスクは売り上げを伸ばすでしょう)。
コンテンツが無料で消費尽くされる当世において、何十年も前に作られたコメディーがなぜ生き延び、DVD の売り上げを大きく伸ばすのか、エントリに寄せられた『モンティ・パイソン正伝』担当編集者のコメントが抜群に面白いので、一読をお勧めします。
本当はモンティ・パイソンのすべてを笑いつくす戦闘性、メンバーの笑いに対する姿勢の厳しさについても書きたかったのですが、気がつくと長すぎた前回よりもさらに長い文章になってしまっているのでこれで終わりにします。ただ、そうした厳しさなしにモンティ・パイソンの名前を引き合いに出して自分の風刺とやらを擁護する手合いはロクなもんじゃないとだけ書いておきます。
おすすめ記事と編集部のお知らせをお送りします。(毎週月曜日配信)
登録はこちら雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。