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グローバルだからこそローカル

2013.12.20

Updated by Mayumi Tanimoto on December 20, 2013, 06:11 am JST

うちの庭には池があります。10年ぐらい生きている金魚が20匹ほどおります。寒さが増してきたので、池の越冬向けの準備をするために、近くのガーデンセンターに買い物に行きました。

ガーデンセンターというのは日本でいうところの大工道具屋というか、植木屋でありますが。しかしイギリスのガーデンセンターは日本の植木屋どころの騒ぎではありません。レストランや肉屋、地元産野菜など販売する農場ショップも併設しており、ここにくれば何でもそろうというイオンみたいなところです。

この国で郊外に住む人々は、室内は食べカスと手垢だらけでも、庭だけは奇麗に整えるため、週末になると朝からガーデンセンターに直行し、庭仕事の準備をするのです。

さてガーデンセンターで最も熱いコーナーはどこか。

それはKoiコーナーです。

そう、Koi。錦鯉のことです。

大きな生け簀には色とりどりの錦鯉が泳いでおり、日夜、庭に萌えるイギリス人の注目を集めております。週末ともなれば生け簀の周りには大きなお友達がたかり「次はあれが欲しい」「これは色がいいね」などという品評会状態です。

生け簀の近くでは、プロ向けの池構築素材(プラスチックの型など)、池の水をバキュームするもの、浄化装置などが所狭しと並びます。ここの人々は、直径10メートルぐらいある池など自分で掘って、浄化装置など自分で設置してしまうのです。バイキングの子孫ですのでそんなことは大した事ではありません。極寒の中えっさえっさと穴っこを掘るのです。それは決して特別な人々ではなく、大都市通勤圏に住むその辺のサラリーマンのおっさんです。仕事が適当ですから体力が有り余っているのです。

錦鯉の餌コーナーには、あこがれの地ジャパンから直輸入されたプレミアムな餌が並んでいるのです。「鯉」と印刷されたパッケージがひときわ目立つ輝きをはなっています。お高いのですが人気です。

田舎のしょぼい本屋やスーパーの雑誌コーナには、必ずと言っていいほど、月刊 Koi という雑誌が並び、錦鯉ファンが「オラの鯉をみてくんろ」と熱意のこもった写真を投稿しています。庭雑誌にも池コーナーがあり、鯉自慢の投稿が並びます。鯉のオークション、鯉ファンのオフ会などかなり熱いイベントが、イギリス全土で開催されています。

なお、ワタクシの実家では、一時期錦鯉を飼っておりました。ただ裕福な家ではありませんので、池も浄化装置もすべて家の者の手作りで、養殖業者さんより市場にだせなかった錦鯉を格安でわけて頂いておりました。

この養殖業者さんは、都内から2時間ぐらいの片田舎にあり、日本人でもたどり着くのが難しい感じのところにあるのですが、そこには、なんとイギリス、ドイツ、イスラエル、シンガポール、ドバイなど、世界各国のKoiファンが直接買い付けにくるのです。

この人達は決して業者ではなく、単なるKoiファンです。日本語も全然分かりませんがそれでもやってくる。日本には最高のKoiがいることを知っているからです。さらに、この人達は地方の品評会などにも遠征します。地方にも買い付けに行くのです。

日本庭園趣味が高じてKoiも極めたくなったという単なるサラリーマンもいれば、大金持ちのビジネスマンもおります。言葉も肌の色も違う人々を結びつけるのはKoi。そう、Koiに恋した人々であります。この人達は日本で震災があった時も大変暖かい支援をして下さったそうであります。また新潟で地震があった時は、Koiの事を真っ先に心配いたしました。錦鯉の発祥は新潟県山古志郷だからです。

ここまで読んだ皆さん、お分かりでしょうか。数千キロ離れたところの人々が魅了されるのがなんであるのかを。

グローバルだからこそローカル。神髄はそれであります。

遠くの人々が我が国に求めるのはKoiであり、Narutoであり、銭形警部が音をたててすするヌードルの食べ方であり、羊羹であり、貞子であり、クロサワにでてくるサムライであり、神社のお賽銭箱であり、春画であり、障子であり、鳥居であり、餅を喉につまらせて死ぬ老人なのです。

東南アジアの首脳の中には自宅に日本庭園をかまえている方々がいたかもしれません。似非黒人踊りや茶髪の喜び組の皆様をみて、かつては憧れていた我が国の凋落ぶりに涙を流された事でしょう。

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。