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早すぎたHyperCardの上昇と下降、そしてモバイルから来たカードの群

2014.03.19

Updated by yomoyomo on 3月 19, 2014, 09:30 am JST

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(cc) Image by Gregg Richards

先週は World Wide Web が誕生して25年というのが話題になりましたが、今回はその話ではなく、2年前に誕生25周年を迎えている HyperCard というソフトウェアについて書きたいと思います。

HyperCard は、初代 Macintosh の開発者の一人にして、かのドナルド・クヌースに「この世で書かれた最高のプログラム」と言わしめた MacPaint の作者であるビル・アトキンソンが作り上げたマルチメディアオーサリングソフトウェアです。

HyperCard は内蔵する HyperTalk というスクリプト言語を利用することで、カードを積み重ねる形で簡単にアプリケーション(スタックと呼ばれた)を作ることができました。名作アドベンチャーゲーム『MYST』も最初は HyperCard を使って制作されたことが知られています。当初 Macintosh に標準添付されたこともあり、HyperCard は Macintosh ユーザがソフトウェア文化を形成する上で重要な役割を担いました。

......と書いたところで、若い読者には全然ピンとこないと思います。筆者自身、当時 Mac ユーザではなかったため、実は HyperCard を実際に使ったことがなく、ビル・アトキンソン自身の解説を見たりして当時のインパクトを想像するしかありません(なお、このテレビ番組全体は Internet Archive で見られますが、いきなりゲイリー・キルドールが登場して驚きます)。しかしというべきか、だからというべきか、ワタシは HyperCard にずっと憧れというか畏敬の念を持ってきました。

その理由は、HyperCard がハイパーテキストの概念を実現した最初のソフトウェアであること、そして何よりワタシが翻訳者としてのキャリアのはじまりとなった『Wiki Way―コラボレーションツールWiki』の共著者であり、Wiki の原作者であるウォード・カニンガムも HyperCard に非常に大きな衝撃を受け、これを使って作った「パターンブラウザ」が後の WikiWikiWeb に発展した経緯があるからです(このあたりについては、江渡浩一郎さんの『パターン、Wiki、XP 時を超えた創造の原則』に詳しいです)。

Mac ユーザの間で根強い人気を誇った HyperCard ですが、スティーブ・ジョブズが Apple に復帰するとやがてチームは解体され、今から10年前の2004年に製品自体姿を消してしまいます。ビル・アトキンソンは(かつてジョブズを Apple から追放した)ジョン・スカリーがライセンスを持っていることを理由としていますが、HyperCard がジョブズの作ろうとしている世界にそぐわなかったからという説もあります。

タブレットというジャンルを生み出した iPad が2010年に発表されると、後に Maker Media の CEO となるデール・ドハティなど iPad の長期的な成功には HyperCard のようなコンテンツ作成ツールが必要と訴えたり、当時ジョブズ自身 HyperCard の名前を引き合いに出すこともあり、iPad 版 HyperCard を期待する声が一部で高まりましたが、実現にはいたりませんでした。

HyperCard がハイパーテキストの概念を実現した最初のソフトウェアであることは上で述べましたが、作者のビル・アトキンソンが、自分が Apple というコンピュータ中心の文化でなく Sun Microsystems のようなネットワーク中心の文化の会社にいたら、HyperCard は最初のウェブブラウザになれたのにと悔いていることは知られています。

しかし、デヴィッド・ワインバーガー(彼の『Too Big to Know』の邦訳はもう出ないのでしょうか?)は、HyperCard 誕生25周年の一昨年に書いた文章でその見方に異を唱えています。

デヴィッド・ワインバーガーは1987年の MacWorld における HyperCard 発表時のビル・アトキンソンのプレゼンを目の当たりにして魅了された経験があり、HyperCard 並びにアトキンソンの功績を称えますが、HyperCard がネットワーク志向だったら素晴らしかっただろうが、だからといってそれはウェブブラウザではないと断じます。

ここで彼が引き合いに出すのは、Web の発明者ティム・バーナーズ=リーが天才だったのは、ブラウザを作ったことではなく、ハイパーリンクされる情報の表示並びに共有に関するプロトコルや規格を定めたということです。

そして、ウェブは HTML と CSS の組み合わせによる「文章構造と見た目の分離」により、ワープロソフトウェアのメタファーから離れました。一方で HyperCard は、ビル・アトキンソンの描画へのこだわりもあり、とても美しい表現ができるかわりに構造と見た目の分離はまったくなされていません。

以上をもってデヴィッド・ワインバーガーは、確かに HyperCard は時代を先んじていたが、先んじていたのはウェブ時代ではなくアプリ時代であると書き、アプリ時代の今も HyperCard がなしたことを実現できるアプリ開発環境がないということは、HyperCard は今も時代を先んじているようだと結論づけます。

続いて紹介するのは、フレッド・ウィルソンが今年2月に公開した「早すぎた Hypercard(Hypercard - Way Too Early)」という文章です。

Mac ユーザに十分人気があった HyperCard を「早すぎた」と言われると違和感がありますが、フレッド・ウィルソンもデヴィッド・ワインバーガーと同じく HyperCard を時代を先んじたソフトウェアと見ているわけです。

ウィルソンも HyperCard スタックを自作していた世代の人間ですが、彼が注目するのはカードの集合をもってアプリとする HyperCard のインタフェースです。そして、モバイル界隈をみるとこのカード型のインタフェースをいたるところで見るとウィルソンは指摘します。

Google は Android において UI としてカードを推しており、それは Google Now などのアプリケーションを見れば明らかです。Twitter はここ数年ツイートの内部にカードを格納するようなインタフェースですし(しかしウィルソンは、デフォルトでタイムラインをカード表示にすべきとご不満です)、Facebook の UI は一連のカードのようです(しかしウィルソンは、そのカード UI で何もできないとご不満です)。

カード型 UI の利用法として彼の一番のお気に入りは、メッセージングアプリ Kik Messenger の内部で動作する Kik API です。少し前に Facebook がメッセージングアプリ Whatsapp を190億ドルで買収したことが大きな話題になりましたが、Kik も日本ではまったく無名ながら世界で最も人気のあるメッセージング・アプリ10選に入る存在で、カナダではシェアトップのようです。

ウィルソンの会社はKikに投資しているので注意が必要ですが、地図や写真や動画プレイヤーなどのアプリをカードとして使えるようにする Kik の方向性が正しければ、HyperCard の(ページでなく)カードのメタファーは、ネイティブアプリもモバイルウェブのいずれにおいてもモバイルコンテンツの原子単位の域に達しているのではとウィルソンは主張します。

彼の文章は以下のように終わります。

だからカードから目を離してはいけない。思うに、30年前に HyperCard を作り始めた頃、Apple は UI やユーザビリティの全体像から何か重要なものを会得したんだ。それが今モバイルにおいて息を吹き返そうとしており、カードこそこれからの数年、モバイル分野でもっとも面白い主戦場になると思う。

確かにデヴィッド・ワインバーガーが言ったように、HyperCard はアプリ時代を先んじていたようです。一度スティーブ・ジョブズによって葬られた HyperCard は、カード型 UI としてモバイルにおいて甦ったのかもしれません。

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yomoyomo

雑文書き/翻訳者。1973年生まれ。著書に『情報共有の未来』(達人出版会)、訳書に『デジタル音楽の行方』(翔泳社)、『Wiki Way』(ソフトバンク クリエイティブ)、『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)がある。ネットを中心にコラムから翻訳まで横断的に執筆活動を続ける。

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