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技術で水を作り出す未来 シンガポール

2015.03.17

Updated by Masakazu Takasu on March 17, 2015, 17:19 pm JST

▼シンガポールの人たちの間でPV「Do you feel the Future」が作られるほどの大人気を集めた、スケルトニクス来星時の写真 
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ちょっとSFめいた写真ですが実写です。スケルトニクスのバックに広がる、高さ20-50mにも及ぶスーパーツリーは公共事業によって立てられています。そこには、テクノロジーがなければ水も確保できないシンガポールならではの事情があります。

シンガポールは東京23区と同じぐらいの面積の、マレー半島の先端に浮かぶ島です。東京23区のまわりには、秩父や神奈川に豊かな山があり、そこから供給される豊富な水があるのですが、シンガポールは独立した島に500万人あまりの人たちが、工場など含めて生活しているので、水を自給することができず、豊かなジャングルと広い国土を持つ隣国マレーシアからパイプラインで水を買っています。

シンガポールは、イギリスの支配下にあった1961年に、マレーシアと50年間、100年間の2本の水供給合意書を結びました。独立した現在も水をマレーシアから買っているのですが、今では一人当たり所得では遙かにマレーシアを超えるお金持ちの国になったシンガポールとマレーシアの関係はなかなか微妙で、値上げ交渉などいくつかのトラブルに悩まされています。生活の根本だけに、「高いから買わない」とはいえません。「安心して水が使える」のは、シンガポールが独立するための、ひとつの悲願だったと言えます。

国内の数カ所に貯水池をつくる、「川が汚れているのは都会で繁栄の証」という国民の価値観を変えるなど、シンガポールはずっと「自分たちの水」をテクノロジーで手に入れるために努力してきました。その取り組みは総称して「ニュー・ウォーター」政策と呼ばれています。

長く水に取り組んできたシンガポールの浄水テクノロジーは高く、水道の水はそのまま飲めます。2001年から生産を開始した、下水を逆浸透膜技術によりリサイクルした再生水「NEWater」は、ミネラルがまったく入っていない超純水として半導体の製造などにも使用でき、工業用水としても使われています。

そして2008年、シンガポール川が流れ込むシンガポールハーバーをダムによって海から隔てて堰き止めてまるごと淡水化し、シンガポールから外に流れ出す水の流れを止めて、水を自給自足できるようにするプロジェクトが完成しました。

▼マーライオン、マリーナ・ベイ・サンズなど、シンガポールのシンボルが並ぶシンガポールハーバー。すでにこの湾の水全体が淡水化されている
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逆浸透膜技術から作った水や海水の淡水化によって作った水は、雨水やマレーシアから買った水よりも高価です。ただ、それはシンガポールにとって悲願である「自分たちで確保した水」なのです。仮に水の供給が止められても自分たちはやっていける。そして、お金を稼ぐこととコストを下げることは、シンガポールの長年の得意技でもあります。

上に船の形をしたプールが載っている有名なホテル、マリーナ・ベイ・サンズは、カジノの上に建設されています。また、その隣にはスーパーツリーのあるガーデンズ・バイ・ザ・ベイが広がっています。これらはシンガポールに巨大な観光収入とカジノ収入をもたらしています。この土地全体が、シンガポール湾を閉じるための埋め立て地であり、サステイナブルをアピールするための植物園でもあります。ひとつの埋め立て地が、カジノや教育、水資源政策と絡み合って、何重もの効果を上げているのです。
そして、埋め立て地の突端に海とシンガポール湾を隔てるダムがあり、そこにサステイナブル・ギャラリーという博物館があって、シンガポールの水政策とテクノロジーについて丁寧に解説してあります。

▼サステイナブル・ギャラリー。シンガポールの水資源政策と、水を浄化するテクノロジーについて詳しい解説がある。まわりは緑豊かな公園になっていて、シンガポール市民の憩いの場になっている。
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サステイナブル・ギャラリーには、「貯水池を作る」というタイトルで、シンガポールの建国者リー・クアン・ユーのこんな言葉が掲げられています。

これまで20年以上も、我々は濾過と、汚染防止の両面で、技術革新を重ねてきた。
そして今、我々はついにマリーナ湾を堰き止め、海から隔てることができた。
ついに、巨大な淡水の貯水池を手に入れたのだ。

いわば、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、マーライオン、マリーナ・ベイ・サンズなどのシンボルが並ぶこの一角そのものが、「水、水を活用するための技術」を手に入れるためのものと言えるかもしれません。2011年に、マレーシアとの水供給の50年の契約が節目を迎えましたが、「ニューウォーター」の成果を背景に、無事マレーシアとの交渉を終えることができました。

今もシンガポールは毎年Water WeekやWater Expoといったイベントを設け、「リー・クアン・ユー Water Prize」として、水のリサイクルに繋がるテクノロジープロジェクトに、毎年30万シンガポールドル(現在のレートで約2800万円)の賞金を出しています。

シンガポールには「水・環境大臣」という分野の大臣がいます。シンガポールハーバーの淡水化が完成した2011年からは、エンジニア並みのスキルを持つギーク大臣ヴィヴィアン・バルキシュナンが水・環境大臣を務め、この成果をさらに進化させて、むしろ国外に売り出すことを視野に入れています。長年続いたニュー・ウォーター政策のおかげで、世界各国から150の企業と26の研究所が、シンガポールに拠点を構えていて、それらの会社の技術を統合した政策を行うシンガポールの企業が育ち、中東など、水に悩む国に技術を輸出し、むしろ経済成長のエンジンになろうとしています。

エンジニア集団が国の期待を背負って技術開発をする、シンガポールはそういうSFのような社会をつくっています。

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高須 正和(たかす・まさかず)

無駄に元気な、チームラボMake部の発起人。チームラボニコニコ学会βニコニコ技術部DMM.Makeなどで活動をしています。日本のDIYカルチャーを海外に伝える『ニコ技輸出プロジェクト』を行っています。日本と世界のMakerムーブメントをつなげることに関心があり、メイカーズのエコシステムという書籍に活動がまとまっています。ほか連載など:http://ch.nicovideo.jp/tks/blomaga/ar701264