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もし起業そのものが目的なら、起業しないほうがいい

2014.04.15

Updated by Ryo Shimizu on April 15, 2014, 08:48 am UTC

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 先日、とある人から「会社を辞めて独立・起業しようと考えている」という相談を受けました。
 この手の相談は定期的に受けるのですが、さてどうアドバイスしたものかといつも頭を悩ませる問題のひとつです。

 とりあえず私は会社設立の注意点、資本政策の注意点、そして仲間集めの注意点についていくつか説明しました。
 


 彼は、とある大企業に居て、誰もが一目を置く程の技術者です。

 彼が独立するとなれば、資金を出すという資本家はいくらでも集まるでしょう。私だってそういう意味では応援したいと思います。

 そして、彼がごく普通の事業をやって、失敗するというイメージはまず湧きません。たぶんなんとなくは上手く行くはずです。

 でも根本的な疑問がありました。

 「ところで、どうして独立したいと思ったのでしょう?」

 今の会社で充分な地位もあり、立場も保証されている人が、敢えて独立という茨の道を選ぶ理由が、私にはわからなかったのです。

 すると、会社への不満や、自分で事業を作ってみたいという意欲、のようなものが出てきました。
 それ自体は前向きだし、正しいことです。

 ただ肝心の事業として何をやろうとしているか、と聞くと、あまりにも定まっていないのです。

 ただ、これも起業をしようとする人にはよくある話で、なにかやりたい、けど何をしたら良いのかわからない、という状態です。

 とはいえ、何かやろうとしたとき、彼の年齢はもう何かに新しく挑戦できる最後のチャンスかもしれません。

 そこまで思い詰めている人を見て、私も「やめておきなさい」と言い切ることはできませんでした。

 ただ、「起業することを止めたりはしないけど、お勧めもしない」と言いました。

 起業すると何が起きるか、ということについて一通りのことを知っておいてもらおうと思い、私は自分の体験を話しました。

 起業すると起きることの中で辛いことのひとつは、誰にも気を許せなくなることです。

 ふとした弾みで言った一言で、会社が窮地に陥ったり、組織が揉めたりといったことが普通に起きます。
 誰しも忙しい時や切羽詰まったときは心に余裕がなくなりますから、信頼していた人にさえ時にはメチャクチャなことを言われることがあります。

 友達関係で会社を立ち上げない方が良い、と言われる理由の大半はこれだと思います。

 最初は「友達として」の信頼関係で会社をつくるわけですが、次第に信頼が不信感につながります。
 当たり前です。相手は友達であって、部下ではないのですから。

 これまで笑って聞き流せていた会社の愚痴が、即座に自分への批判の言葉に変わります。
 そして上司の立場から友達としてのその人を見ると、なんとも未熟で、浅はかで、愚かな人間に見えてしまうのです。これは避けられない現実です。この歪みが一年くらい経つと、重大な軋轢をうみ、ついには離散してしまいます。友達として対等な関係で会社をスタートしているので、この分裂は会社の存続自体を危うくしてしまいます。

 だから会社をつくるなら、元部下か、せめて同僚を誘うことをお勧めします。
 仕事仲間としての関係性なら、相手の欠点も知り尽くしているはずです。

 ただ、もっと辛いのは、恋人や家族に対して本心を打ち明けることが出来なくなることです。
 例えば奥さんや子供がいたとして、「会社が来月やばいんだ」とはなかなか言えません。

 しかし奥さんも子供も、日常的に、まるで挨拶のように「会社はどう?順調なの?」と聞いてきます。
 立ち上げたばかりの会社が順調などということは万に一つもありません。しかし多くの経営者はここで「うん、大丈夫」と答えてしまいます。これが思いのほか精神的な負担になります。

 奥さんに罪はありません。彼女は自分の運命を握っているけれども、かといって自分ではどうにもならないこと、つまり夫の会社の経営に関して不安を感じ、それを確認しているに過ぎないからです。

 かといって、夫婦で会社を立ち上げると、最初は上手く行きますが、今度は別の問題が出てきます。
 社員から見て、どっちが上かわからなくなるのです。つまり、指揮命令系統の混乱がおきます。

 以前、ある会社の社長からの資金援助の要請を断った時、なんと奥さんから私に攻撃的なメールが来て仰天してしまったことがあります。

 こういうところで綻びを見せると、本人達は「愛だ」と考えるかもしれませんが、社外からは「馴れ合いだ」と感じてしまい、逆効果です。

 これは親兄弟も同様で、とにかく挨拶代わりに「会社は順調か?」と聞いてきます。しかし順調であろうとなかろうと「うん、大丈夫」と答えるしかありません。これは経営者にとって過大な精神的負担になります。禿げる人が多いのも無理なからぬことです。

 身近な人に心を許すことができず、部下にも同僚にも本音を言えない、となれば、一体全体、経営者とはなんなのでしょうか。

 たいていの人は経営者になってしまってから、そのことに気付くのです。

 「あれ、オレってたいして幸福じゃないぞ」

 とね。

 ですから賢明な創業者はさっさと社長を退いてしまいます。

 私だって、個人の幸福だけを追求するのならば、経営者をとっくにやめていておかしくないと思います。
 私自身は経営をすることと引換えに、個人的な幸福を全て手放してしまっているからです。

 今の楽しみは、自宅のワンルームマンションでささやかな手料理を作ることくらいです。
 それとて高級食材を使ったりするのではなく、普通にスーパーマーケットで買ってきた肉を焼いたりするだけです。

 それ以外の楽しみというものは、全てが辛い現実から逃避するための余事に過ぎないのです。

 そしてこのような生活とて、血の滲むような苦労と、歯ぎしりするような悔しさの果てにようやく掴んだ僅かばかりの幸福の姿であって、とても万人に薦められるようなものではありません。

 もちろん私よりももっと上手くやれる人は、この世の春を謳歌しているのかもしれませんが、会社の規模が大きくなればなるほど、不安や心配も増えて行きますし、いざとなったときに必要な資金も膨大で、とても個人の裁量で賄えるものではありません。

 先日、私の元上司であるドワンゴの川上会長と二人で食事をしたときの話です。

 会社を経営するプレッシャーとどのように闘えば良いかと聞くと、川上会長はこう答えました。

 「絶対に守りたいと思うものを一つだけ決めるといい。一つだけなら守りきれるし、それ以外のものは守れなくても仕方がない、と思って諦めるんだ。たとえば猫とか、盆栽とか、それはなんでもいいんだけど、それだけは守ろうと決めればいい。一番最悪の事態を想定して、全てを喪ってもこの盆栽だけは残るんだとか、そういうふうに考えると、冷静に判断できるようになるよ。僕も、それをたった一つだけ持ってる。だから苦しいときも頑張ることが出来た」

 なんと、何百億という売上と資金を誇り、何千万人が毎夜のように熱中するサイトを運営してなお、川上さんですら、自分が本当に守りたいものはただひとつである、という覚悟で経営をしていたのだそうです。

 逆に言えば、常にそれ意外の全てを喪うという覚悟を持っているということです。

 私にとって絶対に守るべき、最も重要なのものは何か、それは仕事そのものです。
 仕事、というのは、UEIがつくるenchantMOONとその先にある未来です。

 この先の未来が必ずあると信じて、全身全霊、全ての精力を注ぎ込んでこの仕事をしているつもりです。
 いまのenchantMOONはまだその片鱗しか見えていませんが、これが発展し、私が思い描くような未来が必ずやって来ると思っています。
 

 この仕事をするためなら、私は喜んで経営者の座を辞します。
 私自身の存在よりも、この仕事の存在が大事なのです。

 個人はいつか滅びますが、思想や仕事は永遠の命を持つようになるのです。

 こうした仕事は、BHAGと呼ばれます。Big Hairy Audacious Goal、とてつもなく遠大な目標、ということです。

 IBMが世界初の汎用コンピュータ、System/360を開発するとき、アポロ計画と同じだけの予算が掛かったそうです。もちろんこれはIBMがたったひとつの製品を開発するために、倒産の危機を迎えることを意味しました。

 ボーイングが世界初のジャンボジェットを開発するときも、膨大な借金をしました。それでも彼らにとって、そうしたBHAGは、自身の存在を賭してでも挑戦する価値のあることだったのです。

 私自身はあまり個人的な幸福を手にしているとは思いませんが、enchantMOONというBHAGを持てたこと、そしてそれを実現するために相応しいチームとしてのUEIを指揮できることそのものが最も大きな喜びです。そのためには個人的な幸福など余事に過ぎないのです。

 起業を考えている人は、いま取り組もうとしている事業が、そのように自分自身の幸福を犠牲にしてでも実現したいBHAG足りうるかどうか、もう一度考えてみるといいと思います。

 もちろん最初の最初から、このBHAGを持っていることのほうが稀です。ただ、自分の夢とはなんだったのか、ということと、BHAGとはその夢の実現の途上にあるものなのか、もしくは夢そのものなのか、という、人格と目標の一致が必要だと思います。

 私にとってはenchantMOONのような手書きコンピュータの実現は、子供の頃からの夢であり、人生最大の目標でした。
 それを実現するためにプログラミングを学び、世界最大のオペレーションシステムの会社で働き、コンテンツの制作や組織の運営について学びました。
 その結果が、今の状態であり、その延長上にenchantMOONがあり、さらにその先に、私の目指す夢があります。

 自分自身の存在よりもその仕事を成し遂げることが、自分にとって大切である、そう感じるようなBHAGを見つけられた時、それはすなわちあなたが起業すべきときだと思うのです。

 そうではなく、起業ありき、の起業であれば、これからやってくる数々の苦難は、あなたを不幸にするだけではないかとも思うのです。
 それが私が起業そのものを他人に薦めない大きな理由です。

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清水 亮(しみず・りょう)

ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長CEO。1976年新潟県長岡市うまれ。6歳の頃からプログラミングを始め、16歳で3DCGライブラリを開発、以後、リアルタイム3DCG技術者としてのキャリアを歩むが、21歳より米MicrosoftにてDirectXの仕事に携わった後、99年、ドワンゴで携帯電話事業を立上げる。'03年より独立し、現職。'05年独立行政法人IPAより天才プログラマーとして認定される。

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