先日、イノベーティブな環境をどう作るべきか、という問いを投げかけられる機会がありました。
この問いはなかなか奥深く、興味深いものなので、その後もずっと私の頭に残り続けていました。
まだ考えがまとまったわけではありませんが、今の考えを少し書いてみようかと思います。
あるところで、「イノベーティブな環境はどうやってつくるのでしょう?」という問いを投げかけられました。
それについて、今日は考えてみたいと思います。
まず、イノベーティブな環境とは何か。
この場合、「イノベーション(技術革新)が発生しやすい環境」だと考えることにしましょう。
ということは、イノベーションの発生のために何が必要か?という問いでもあるわけです。
私が考えるイノベーションの発生のために必要な要素は以下の三つです。
・パンチライン
・メカニズム
・ストラテジー
パンチラインとは、昔の日本語で言えば惹句(じゃっく)、少し前の流行語で言えばバズワードです。要するにコンセプトを一言で表したものです。パンチラインがなければなにも始まりません。
たとえばうちの会社だと「紙を再発明(Zeptopad / enchantMOON)」とか、「21世紀のBASIC(enchant.js)」とかです。
他社だと「1000曲がポケットに(iPod)」、「Write once, Run anywhere(Java)」などです。
パンチラインによって何がしたいのか、という目的が明確化するのです。
これはできるだけ刺激的で、かつ具体的でなければなりません。
メカニズムとは、パンチラインを実現するための具体的な仕組みや裏付けです。それが本当に実現できるのか、実現できるとすればどうするのか、ということです。
ハードディスク内蔵MP3プレイヤーとか、JavaScript用カンタンゲーム開発キットとか、より具体的な裏付けを私はメカニズムと呼んでいます。
最後のストラテジーとは、通常、戦略と翻訳されます。
つまり、メカニズムをどのように普及させ、浸透させていくか、という具体的な方針のことです。
この三つが揃うと、イノベーションが起きると言えます。
イノベーション(技術革新)とインベンション(発明)の違いは、インベンションが単に新しいものを創りだし、実現するだけである(故に新しいことに価値がある)のに対し、イノベーションは新しい仕組みを創りだし、それを普及させることに重きが置かれています。つまり最先端のテクノロジーであっても普及しなければそれはイノベーションとは呼べないのです。
AT&Tベル研究所でウィリアム・ショックレーらが開発したトランジスタはインベンション(発明)と言えますが、それを応用し実用製品に作り上げたソニーは、超小型のトランジスタラジオというイノベーションを起こしました。そういう違いです。
さて、この三つはかなり概念的な話です。
ではそれを産み出す環境とは何か、ということになります。
大きく分けると、ストラテジーが出来る人、メカニズムが出来る人、パンチラインが出来る人、という三人が集まればいいと考えがちですがこれは違います。
この三つは、一人が単独でできないと意味がありません。三位一体の概念であり、たとえ誰かから助言を貰うことがあったとしても、たった一人の中で全てが有機的に結合して不可分な状態で存在していなければならないのです。
日本で最もイノベーティブな企業のひとつは、SoftBankだと思います。
彼らはインベンション(発明)そのものは行いませんが、革新的な製品を普及させ、ビジネス化する能力に掛けてはずば抜けて優秀です。
国内におけるADSLやブロードバンドの普及、iPhoneの普及といったものはSoftBankの功績が大きいと思います(当時、他のキャリアはiPhoneが売れるとは全く思っていなかったわけですから)。
これを実現している理由は、孫正義という卓越した経営者が、パンチライン、メカニズム、ストラテジーの三位一体を自ら担っているからです。これはスティーブ・ジョブズにも似ています。
ビル・ゲイツもまた優れたメカニズムとストラテジーの使い手でしたが、パンチラインがイマイチ弱い人でした。
それでもMicrosoftは未だに増収増益を続けています。驚くべきことです。
さて、ということはイノベーションを起こすということは、たった一人、そうした人材を発掘するか育てるか、どちらかが必要ということになります。
逆に言えば、イノベーティブな環境の前提条件とは、まずたった一人の天才を見つけ出し、育て上げる環境ということです。
そしてまた、周囲の人間、つまりたった一人の天才以外の人たちが、どれだけその人物を大切にし、敬愛し、チームワークを作り上げて行くか、というとても難しい問題を解決しなければなりません。
この方法についてまだ完全な解法は見つかっていませんが、ひとつは大学のシステムが参考になりそうです。
大学では優れた研究者(教授)のもとに学生がつき、学生は研究者の助手としてさまざまな研究や実装を行います。
そして自分でも師匠(教授)と同じ学会に挑戦する戦いの場を与えられ、場合によっては師匠を乗り越えて成長していきます。
これはスポーツ選手に似ています。
現役時代をどれだけ続けられるか、また、引退したあとにどうやって後進を育てて行くか、ということに集中するわけです。或いは監督やコーチとして、現場に関わり続ける方法もあれば、解説者やライターなど、外側からスポーツに関わる方法もあります。
共通している点は、若さ故の発想の素晴らしさを認め、それをどうすればより良い形で引き出すことが出来るかということに周囲が注力することです。
いわゆる天才的でないタイプの人が天才的な仕事をする方法を探そうとしても、実際にはなかなかそれは見つかりません。
みなさんよく勘違いされていることがあるのですが、天才的な人というのは、それ単体ではとてつもなく優れたエンジンであるかもしれませんが、自動車はエンジンだけで走るわけではありません。シャーシがあり、フレームがあり、最終的にはどこの会社の車でも使い回されているタイヤという部品がなければ走ることが出来ないのです。BMWがどうだとかフェラーリがどうだとか言っても、最後に路面を蹴るタイヤはブリヂストンかミシュランか、どちらにせよ大差のない部品です。どれだけ優れたエンジンがあっても、シャーシやタイヤ、規格品のネジのような、目立たないけれども決して欠かすことの出来ない仲間がなければエンジンは本来の能力を発揮することができません。
つまり天才的な人だけを一人、または何人か見つけてもそれは無意味であるということです。
エンジンだけを沢山集めても、それでレースに勝てるわけではありません。それぞれの天才をエンジンという一つの特別な部品(コンポーネント)だとすれば、その何倍もの「普通の部品(コンポーネント)」が必要です。
そしてまた、脚光を浴び人々に夢を見せる一つのエンジンの周囲を固める様々なコンポーネントであっても、それぞれが自らの能力を高め、クルマというチーム全体の走りに貢献するのです。
レオナルド・ダ・ヴィンチだって一人で全ての発明や美術品を作ったわけではありません。手塚治虫もアニメの全てのセルを全て一人で描いたわけではないのです。
では、こういう前提から考えたイノベーティブな環境とはなんでしょうか。
前述のように、イノベーティブな環境には、まずイノベーションを起こせるリーダーの存在が必要です。
次に、その天才のアイデアを具体化し、実際に計画を立てる参謀が必要です。さらに、その下で一つの目指すべき理想のもと、たゆまぬ努力を惜しまず注ぎ込む優秀なスタッフが必要です。
このうち、どれが欠けても本当にイノベーティブな組織にはなりません。
まず必要なのは、リーダーができるだけその能力を集中的に発揮できるよう、それ意外のありとあらゆることを排除することです。
次に、リーダーの意志をチームのメンバーができるだけ正確に把握できるよう、連携のとりやすい現場を作ることです。
常にプロジェクトのゴールについて具体的なイメージを掴むために壁に完成予想図を貼り出したり、大きなホワイトボードで常に議論のプロセスと結果を確認できるようにしたりです。
欧米のベンチャー企業のオフィスでは、オフィスの壁という壁が全てホワイトボードになるタイプの塗料を使っていることも珍しくありません。
ホワイトボードは、協調作業の象徴とも言えます。
ホワイトボードは複数の人間が様々なアイデアを共有し、ぶつけ合い、自分の頭の中にあるアイデアを具体的な形として描き出す、最も効率的な方法のひとつです。
チーム作業においては紙そのものの利便性を上回る可能性があるのがホワイトボードだと言えます。
クリエイティブな仕事をする会社に共通するのは、ホワイトボードが重要なものとして扱われていることです。
たとえば全ての会議室にホワイトボードが設置されていたり、執務室にホワイトボードが設置されていたりすること、ついでにいえば、それがいかに巨大で、至る所に存在するかというのが、その会社がクリエイティビティについて、もしくはクリエイティビティを引き出す場合のホワイトボードの値打ちについてどれだけ重要視しているかの指標になります。
また、最近は貼り付け式のホワイトボードも出て来たため、平らな壁さえあればどこにでもホワイトボードを設置することが出来ます。
ホワイトボードと双璧を成すアイテムが、マグネットです。
マグネットは、資料や書類を壁に貼付けたりするので重宝します。
記事のコピーや気になる情報などをマグネットで壁に貼付けておくと、自分だけでなく他のチームメンバーの目にもとまります。
なんとなく壁にマグネットで貼付けられていた資料や写真が、あとで思わぬ会話のきっかけになり、アイデアを引き出すことになります。
貼付けられる情報が変わることで、オフィスには常に刺激が満ちあふれていることになるのです。
三種の神器の最後のひとつは、本棚です。
「ネット全盛時代に本棚?」と思われるかもしれませんが、今ネットにある情報、しかも検索可能な情報というのはほとんど西暦2000年以降のものだけです。それ以前は、まだインターネットが充分普及していなかったため、コンピュータ関係の情報を除けば、殆どネットにはアップロードされていない状況です。
ビジネスのヒントは、現在よりむしろ過去にあります。
過去は膨大な情報の宝庫です。
人類が何万年という時を超えて脈々と重ね続けて来た歴史の中にこそ叡智があります。
そしてそうした叡智の本当のところというのは、ネットだけでは到底見つけ出すことが出来ません。
それはコンピュータのような、ネットとの親和性が比較的高い領域においてさえそうなのですから、他の分野ではもっとその傾向が強まっているでしょう。
本、特に絶版になるような本は、宝の山です。
ネットにあるような情報は、結局のところ、誰にでもアクセスできる情報です。
その情報だけで差別化することはできません。
むしろ物理的な、それを手に入れることの出来る人が限られている情報を見つけ出し、整理し、参照することで多くの叡智を得ることが出来ます。
従って、ハイテク企業ほど本棚は重要であると私は考えています。
時には古い情報を当たることも重要なヒントになりますし、「いま当たり前のように受け入れているこれはどうしてこのような形になっているんだろう?」という疑問を解き明かすには、古い雑誌や学会誌が必要で、たいていのものは普通の図書館では閲覧できなくなっています。
というわけで、私の考えるイノベーティブな環境のための三種の神器は、ホワイトボード、マグネット、本棚でした。
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登録はこちら新潟県長岡市生まれ。1990年代よりプログラマーとしてゲーム業界、モバイル業界などで数社の立ち上げに関わる。現在も現役のプログラマーとして日夜AI開発に情熱を捧げている。