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ベンチャーと特許とノーベル賞

2014.10.08

Updated by Ryo Shimizu on October 8, 2014, 07:17 am JST

 日本出身の研究者が青色LEDの発明でノーベル物理学賞を授与されたというニュースは久々に明るい話題で、私も他人事ながら嬉しくなってしまいました。

 青色LEDの発明には民間企業も大きく関わっています。

 一方で、発明者の一人である中村氏が所属していた企業を訴えたりと訴訟合戦になってしまったことは企業人として残念でなりません。

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 個人的な印象ですが、研究者によって特許を過大に考えるか、全く無関心か、両極端に別れると思います。

 大企業で半ばノルマとして特許を申請していた研究者にとって、特許の価値がほとんど実感として感じられない人もいれば、大学などで、本来は特許として認められるかどうか、仮に認められてもそれが実効力を持つのか怪しいにも関わらず、数十万円から数百万円という費用を費やして特許を取得しようとする先生も居ます。

 企業にとって特許の申請費用は一種の保険なのでそれほど過大ではありませんが、大学の一研究室にとっては大金です。

 最近は大学内で行われた発明をきちんと特許化・権利化してライセンスしていく方針が国内の大学でも広まりつつありますが、まだまだ特許に関する認識は正しく成されていないという印象があります。

 私自身は大なり小なり、毎年何らかの特許を出願しています。
 年によってその数は異なりますが、問題は特許の数ではなく、質です。

 特許というのは、ポーカーで言えば1枚のエースです。
 上手く使えば最強の手を作ることが出来ますが、そのままでは何の役にも立ちません。

 しかし特許をジョーカーのようなものとして捉える人も居ます。
 他の無価値なものを突然価値があるかのように変えてしまう魔法のカードだと。
 しかし現実の特許はそんなことはありません。

 1枚しかないエースは、他のカードとの組み合わせ、もう一枚のエースや、他のカードが全て同じスートになっているか、ストレートか。もちろんエースが多い方がより高い手を作れます。

 故に、企業は特許を沢山取得する必要があるのです。

 金も力もないベンチャー企業にとって、しばしば特許は生命線になります。
 特許は知性のみにおいて勝る弱者が、それ以外の全てで勝る強者と対抗するための強力な武器です。

 武器として特許を使いこなせるかどうかが、企業の命運を左右することも少なくありません。

 かつて日本で世界初の無料インターネットプロバイダが産まれた時、遥か遠くワシントン州から、ビル・ゲイツが直々にやってきて、彼らのオフィスを訪ねたそうです。

 当然、日本のちっぽけなベンチャー企業にあのマイクロソフト帝国の皇帝がやってくるわけですからてんやわんやで、社員一同はもちろんのこと、取引先銀行や投資家も集まった大会議でプレゼンが行われました。

 ビル・ゲイツは大変な興味と集中力を持ってその無料インターネットプロバイダのビジネスモデルを聞き、最後に一言、こう聞きました。

 「素晴らしい。ところで特許は取得しているのですか?」

 この一言が、この会社の命運を決定しました。
 特許のことなど、全く考えていなかったのです。

 ビル・ゲイツが帰るとすぐに銀行や投資家は考えました。

 「この方式に特許がないことをビル・ゲイツは知ってしまった。彼らが本気になって日本で同様の事業を展開すれば、このちっぽけな会社に勝ち目はないだろう」

 ほどなくして銀行は貸し剥がしを行い、そのベンチャー企業は倒産してしまいました。
 これが世に言うハイパーネットという会社の顛末です。
 この顛末については、当時の板倉社長が自ら社長失格という本で語っています。

 ビル・ゲイツは彼らを困らせるつもりで聞いたわけではありません。
 ましてや自分の発したごく普通の質問が、まさか彼らの命取りとなるとは思ってもいなかったでしょう。

 ただ一つの問題は、ポーカーをしに来た相手に、平手で勝負してしまったのです。
 手札に戦えるカードがなにもない状態でショーダウンすれば、勝ち目はありません。

 なにしろポーカーをしていることにすら気付かなかったわけです。

 特許やその他の周辺知財は、ベンチャー企業が他の大企業にはない価値を持っていると証明する唯一の武器で、これがあるからこそ、大企業からの単純な下請けではなく、レベニューシェアやプロフィットシェアを主張できるのです。

 もちろん、その後、Microsoftが特許権の不在をいいことに無料インターネットサービスプロバイダを開業したりはしなかったのですが、もしその時ハイパーネットがそれに関するビジネスモデル特許を取得していたら、ビル・ゲイツはその場でハイパーネットを買ったかもしれません。その当時の選択肢として特許とノウハウを持った会社を買うということは充分あり得ました。

 私の会社自身も、これまで何度となく特許に救われています。

 ソフトウェアの特許は日本では申請もややこしく、行使するのも比較的難しいのですが、それでも特許を定期的に出現し続けているからこそ、会社の価値を社外から認められ、特許を応用した技術で事業が展開できているのです。

 ベンチャーの武器はアイデアだとしたら、アイデアを権利化する方法が特許を始めとする知的財産です。

 これは大企業でも例外なく、我々零細から見ると大企業というのは年商100億の会社も10兆円の会社も差がなく見えますが、倍率でいえば100倍の差があることになります。

 これは年100億の会社と1億の会社くらいの違いであり、大企業同士といえど規模の差は絶対的な差なのです。

 この差を覆して戦うには、やはり最終的には知財がものを言います。

 ただし大企業というのはある程度の規模になると、知財の数は沢山うまれても、質が一定のレベルで高止まりしてしまいます。

 それは、個人の能力の限界です。

 企業全体の規模が大きく異なっていても、発明者個人の能力にそれほど大きな差がないからです。

 経済規模は大きい方が圧倒的に有利ですが、知的生産は個人の能力の問題なので、企業が資本力だけでできることは、優秀な研究者を集めて研究させることです。ところが優秀な研究者は研究することに熱心であっても、それを事業化することに熱心とは限りません。いえ、多くの場合はむしろ消極的です。

 多くの研究者にとって、人類の進歩に貢献したい、ということが第一優先であり、それによって会社が儲かる、というのは二の次です。だから企業の持つ専門の研究機関であっても、ベンチャー企業並の規模に落ち着きます。また、こうした研究機関における特許を含む成果を事業に結びつけるのは至難の業です。

 優秀な研究者ほど自分の興味のあることしか研究しないからです。

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 筆者の経営するUEIには、専属の研究機関としてUEIリサーチがあり、西田友是東大名誉教授(写真左)を所長として数々の国際学会に論文発表を行っています。

 査読付きの論文発表ができるということは、なんらかの新規性があるということで、つまりこれは発明の産まれるチャンスでもあるのです。

 しかし、一つの発明をどのように特許化すれば有効なカードとなりうるか、ということは全く別の問題です。

 研究者は「新規性」という観点で特許化を考えますが、企業は新規性と同時に事業性を評価して特許化を考える必要があります。

 その二つの視点は全く別のものであり、これが別のものであることを前提として受け入れた上で研究者と企業は二人三脚で事業を推進していく必要があります。

 知財を疎かにすると、大企業でさえ足をすくわれます。
 
 かつて一眼レフカメラのトップメーカーであったミノルタは、ハネウェル社から特許4件の侵害で訴えられ、敗訴して賠償金165億円の支払いに応じます。また、キヤノン、ニコン、ペンタックス、オリンパスといった他の日本メーカーも全て数十億の賠償金の支払いを命令されました。

 これがミノルタがカメラ事業から撤退した遠因とも言われています。

 先行発明がないこと、特許権を侵害していないことを確認するには、出願するのが最も効果的です。それが認められてしまえば、侵害していないということになります。

 
 だから企業はせっせと特許を出願するのです。大企業は特許出願に大量の人員を投入することによって、少なくとも自分たちの作ろうとしている製品が他の特許を侵害していないことを確かめることが出来ます。
 

 そういう性質のものですから、特許そのものがどうというよりは、やはり特許の扱い方の問題なのではないかと思うのです。

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清水 亮(しみず・りょう)

新潟県長岡市生まれ。プログラマーとして世界を放浪した末、 '17年にソニーCSLとWiL LLC.とともにギリア株式会社を設立し、「ヒトとAIの共生環境」の構築に情熱を捧げる。 '17年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員を兼務。著書として「教養としてのプログラミング入門(中央公論社)」「よくわかる人工知能 (KADOKAWA)」「プログラミングバカ一代(晶文社)」など。