納屋から子豚を見るエンジニア

An engineer to see piglets from a shed

2015.04.01

Updated by Mayumi Tanimoto on 4月 1, 2015, 08:00 am JST

都心への通勤渋滞は相変わらずひどく、30年以上前から地方分権、郊外へのオフィス移転、遠隔勤務なんて言葉が叫ばれています。通信インフラは恐らく世界最高水準なのにもかかわらず、我が国ではいまだに都会に住んで都会で働くというのがナウいという感覚の人が大勢います。

タワーマンションや六本木ヒルズに住むお金持ちがテレビに登場し、芸能人の誰それさんや起業家の誰それさんは都心のマンションに住んでいて、という記事が週刊誌に載っています。都会に住むのが成功の証、という感じですね。

しかし日本以外の先進国で金持ちやウェイウェイしているエンジニアが目指すのは郊外であります。

例えばロンドンの場合、ロンドンをぐるっと囲むM25という環状道路の外に移転するテクノロジー界隈の人々や金融関係者が増えています。10年ほど前まではロンドン中心の方に住むのがトレンドでしたが、最近は郊外が人気です。

海外からの投資の増加と住宅不足により中心部の物件の値段が上がっているという原因もありますが、ゴミゴミした中心部に住むよりも、素敵な町並み、緑、アットホームな雰囲気を求めて郊外に移転する人が増えているのです。

ロンドンの不動産屋であるSavillsは「郊外物件のブームが来ている」と語っています。同社の顧客の6割は町の中心ではなく郊外を選び、お金を持っている幹部クラスの人々や専門職ほど郊外を選ぶ傾向が高いと述べています

こういう人達が購入するのは物件は安いもので一軒8000万円程度、高いものだと10億円とかそういう値段です。その様な物件が立ち並ぶ郊外を最近では「superbia」「super-suburbs」と呼んだりします。

以前このブログでご紹介した様に、ロンドンではエンジニアの賃金は高く、例えばインフォメーションアーキテクトが年収2千万、優秀なソフトウェアエンジニアはコントラクタとして働いて日給15万円なんてのも珍しくありません。そのぐらい稼ぐので8千万円程度の物件を買うことは決して難しくはありません。

そもそもテック業界などの知識産業は、在宅勤務を推奨している会社や郊外にオフィスがある会社が少なくないので、中心部へ通勤する必要がなかったりします。それが可能な理由は、業務の分担範囲がはっきりしており、業績評価が明確で、成果を基準に報酬を決めるので、オフィスにいる時間や馴れ合ったかどうかが評価されないからなのですが。この辺が日本と違う所です。

スタートアップの中には東ロンドンにオフィスをかまえている所もありますが、通信事業者や金融系IT、ソフトウェア開発会社、情報通信系の研究所はイギリス南部の方にあったり、ギルドフォード、ケンブリッジなどの郊外にオフィスがあります。都内からの距離感で考えると、伊東、鎌倉、八王子、町田辺りにオフィスがある感じです。

日本の通信インフラはここよりも遥かに良いので日本のテック企業もドンドン郊外に移転してしまえばいいのにと思うのですが。

 

ところで郊外に住みたがるのはテクノロジー業界の人達だけではありません。芸能人、政治家、作家なども郊外に住んでいます。有名な「superbia」の一つはChipping Nortonであります。

最近「Top Gear」を首になることで話題になっているイギリスの人気司会者であるジェレミー・クラークソンはじめ、キャメロン首相、ルパート・マードック、その娘と婿、ゴシップ雑誌の発行元であり政治家や王室を盗聴したスキャンダルが大問題になったNews Internationalの元CEOであるレベッカ・ブルックス女史など政治やメディア業界の主要人物が集っています。

首相はここが選挙区ですが、近所に住むブルックス女史の二番目の夫は超有名私学イートン校の同窓生なので、パーティーや夕食会で仲良くしていることで大有名です。

ちなみにChipping Nortonではジェレミーは最低最悪な奴(wanker -  語源は「自慰行為ばかりしている人」という意味です。それぐらい価値がない人という意味)として有名な様です。

イギリスのこういう大金持ちや有名人、そこそこお金がある専門職の人々は、こういう田舎に住んで、長靴にハンター用のジャケットを着て、ランドローバーで田舎パブに繰り出して、温いビールを飲んで、家ではアヒルや馬や子豚を飼って、乗馬やハイキングに出かたり、クラッシックカーでドライブをするという生活をステータスだと考えています。

芸能人が登場するゴシップ雑誌やテレビでも、「何チャラさんはロンドンの中心のいくらのマンションに住んで」というよりも「どこそこの田舎に住んで、何頭の馬を所有し」というのがでてきます。田舎に住んで優雅な生活を送る、というのが「凄い」という感覚なのです。

面白いのはテック業界の人々も、仕事はハイテクなのにも関わらず、ちょっとお金ができるとこういう生活を好むという点です。

農場を改築した2億円の家に住んで、800万円かけてガラス張りのサンルームを作り、納屋を改造した部屋でコードを書いて、庭の子豚を眺めながら新しいアプリを考え、ランドローバーで学校に子供を迎えに行き、夕方は家族で食卓を囲み、乗馬で遠出する合間にスマホから海外にいるプロジェクトメンバに連絡を取り合う、というのが理想の生活なわけです。

郊外に住みたがるトレンドはアメリカでも同じなのが興味深いです。例えばthe National Association of Home Buildersが1500人あまりに実施した調査によれば、Y世代(1975年から1989年までに産まれた人々)の66%は都会のマンションよりも郊外の一軒家に住みたいと答えています。

アメリカも一時期は都会に住みたいという人が少なくなかった様ですが、なぜかここに来て郊外に回帰したい人が若い人中心に増えている様です。テクノロジーの進化により、昔に比べて会社にいなくても仕事をしやすくなった、というのが理由の一つに違いありません。

日本ではオフィスにいたくない、在宅勤務したいという人が少なくありませんが、会社の経営陣や総務人事の考え方が変わるだけではなく、社会を働く人の方も納屋から子豚を見る生活の方がクールだという風に感覚が変わらない限り、通勤ラッシュも長時間労働もなくならないのかもしれません。

 

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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

NTTデータ経営研究所にてコンサルティング業務に従事後、イタリアに渡る。ローマの国連食糧農業機関(FAO)にて情報通信官として勤務後、英国にて情報通信コンサルティングに従事。現在ロンドン在住。

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